だいたいお前のせい(再録)(★)(ダンシュン)

 夕食・風呂を済ませ、現時刻は午後10時過ぎ。
 シュンがダンを客人用の寝室(ただし使用されることは殆ど無い)に通そうとしたところ、一緒の部屋で寝たいとダンがあまりにごねる為、結局シュンは自室にもう1人分の布団を運び込んだ。
「しっかし広いなーオマエの部屋。しかもきっちり掃除されてやがるし」
「掃除くらいは当然だろう」
 布団は自分で敷け、と言いながら、シュンはダンの分の布団をドサッと畳に降ろした。
 実際、シュンの部屋は広い。家具の数も少ない為、布団2人分を敷いていてもなお、あと8人分くらいは敷けそうなスペースが残されている。
 ダンは部屋の中央に敷布団を畳に敷きながら、シュンにこう尋ねた。
「今でも、いつもこれくらいの時間に寝てるのか?」
 シュンは、自分の布団を敷きながら答える。
「ああ。起床は夜明け前だから、睡眠時間そのものは標準的だと思うが」
「それ、学校の宿泊行事とかで苦労するんじゃねーの……?」
「祖父の介護を言い訳にして全て欠席してきた」
「オマエの祖父さん介護要らねえだろ」
 程なくして、布団を敷き終える。
 ダンは、ボスッと布団に寝転がった。
「あー、今日はつっかれたー」
「じゃあ早く寝ろ」
「待て待て待てって。そう言いつつ部屋の電気を消そうとするなって……本当に会話広げるの下手だなオマエ!」
 ダンがバッと起き上がって、天井の電灯のコードを引っ張って消そうとしていたシュンの足にしがみ付こうとする。シュンは軽いステップでひょいと避けた。ダンはそのまま布団に顔面から突っ込んだが、すぐに起き上がり胡座を掻いた。
「せっかくだしさ、なんか語ろーぜ!」
 シュンは呆れて苦笑し、コードから手を離して、ダンの真正面に座る。
「で?」
 ダンはしばらく考え込み、やがてぽつりと呟いた。
「……オマエと会うのって、半年ぶりだよな」
「今になってそれを言うのか」
「いや……なんか、実感したというか」
 ダンは身を乗り出し、腕を伸ばしてぺたぺたとシュンを触り始めた。
「うん、やっぱシュンだ。触れるし、話が出来るし」
「……連絡を全く取らなかったのは、悪かったと思っている」
 ダンの手が腕や肩から顔にまで伸びて来たので流石に払いのけながら、シュンはそう詫びた。
「せめて近況報告くらいは、適度にするべきだったかもしれない」
「いいってそんなの。オマエが元気だって分かりゃそれで。……まあ、でも」
 ダンはシュンに触るのをやめ、しかし身は乗り出したまま、少し寂しそうに笑った。
「やっぱ堪えるな、オマエに会えないの。寂しいし」
「…………すまない」
 その笑顔に、シュンの心がチクリと痛んだ。
「もういいって。オマエに会いたいってのは、基本オレの我が儘なわけだし」
 ダンはそう言ってから、いつもの調子で、シュンに尋ねた。
「シュンはどうだ? オレに会えなくて寂しいって思うか?」
「……まあ、少しは」
「……少し?」
 ダンの表情が、やや不機嫌そうなものになる。この反応は想定内だったので、シュンはこう続けた。
「昔から何かにつけ一緒だったからな……しばらく会えないと、寂しくは感じる」
「……その程度か?」
「え?」
 いつの間にか、ダンの声が低く押し殺すような声になっていた。シュンがダンを見ると、ダンが怒ったような表情でシュンを見つめていた。
「オレがあんなに寂しいって思ってたのに……?」
「ダン……?」
「なあシュン、」
 ダンの右手が、シュンの左腕を掴んだ。驚いたシュンが振りほどこうと思っても振りほどけないほど、強く。
「正直に教えてくれ。オマエ、オレのことどう思ってるんだ?」
「いきなり何を……」
「いいから!」
 ダンの表情はあまりに真剣だった。いきなりそう言われ、戸惑いながらも、シュンは正直に答えた。
「俺にとって……お前は、幼馴染で、仲間で、いつかもう一度越えたい壁で、……そして、」
 面と向かって言うのは流石に初めてなので、少し緊張しつつ、シュンははっきりと、ダンの目を見て言った。
「……一番の、親友だ」
「親友……か」
 ダンは呟き、笑った。
「そう言ってくれるのは、嬉しいけど……そっか。親友止まり、か」
「……どういう意味だ?」
 意味が分からず、シュンは聞き返した。「そこでそう聞いちまうのがオマエらしいというか……オマエ、外から向けられる好意にはホントに鈍感だよな……」
 まあオレもそうらしいけど、とダンは呟いて溜息を吐いた。
「こないだルノに言われたんだよなあ、あんまり気持ちを押し付けちゃいけないって……でもオマエがそんなんだから押し付けたくもなるんだよなあ……」
 ダンの言葉はまるで、目の前にいるシュンではなく、自分自身に向かって言っているようだった。
 しかし、何故ここでルノの名前が出るのか。わけが分からず、もう一度シュンは口を開いた。
「一体何を……」
「あのさ、シュン」
 ダンはシュンの言葉を遮り、一度深呼吸してから、どこまでも真剣な表情で言った。

「オマエ、オレがオマエのこと好きだって言って驚くか?」

「……え?」
 シュンの頭が真っ白になった。ただただ呆然として、聞き返す。
「お前が……俺を?」
「ああ。ライクじゃない方の意味で」
 ライクじゃない方。それはつまり。
 ラブの方。
「……それでは、お前がさっき言ってたのは……」
 そう言いながら、シュンは自分の頬が熱くなるのを感じた。心臓が早鐘のように鳴り始める。
「やっと分かったか?」
 ダンは少しだけ嗜虐的な笑みを浮かべ、右手でシュンの腕を掴んだまま、その頬に手を伸ばした。
「ったく……遅いんだよ」
 そして、口をシュンの耳元に寄せる。
「こっちはずっと前からオマエのこと好きで好きで仕方なくて……それなのにオマエは気付いてくれねーし、しょっちゅうオレに黙ってどっか行っちまうし。いつまで待たせる気だよ、ってずっと思ってたんだぜ?」
「……っ、」
 耳元にダンの息がかかり、シュンは背中に伝うくすぐったさに身をよじった。心臓が、今まで感じたことが無いほどのスピードで鳴る。
「だが、お前……ルノは……第一、俺は男で……」
「ルノも好きだ。当たり前だろ」
 ダンの語調が強くなる。
「でも、オマエも好きなんだよ。……どっちかなんて、絶対選べない。好きになった以上、性別とかもうどうでもいい。好きだから、オマエもルノもオレのものにしたい」
「な……」
 その答えに、シュンは驚き言葉を失ったが、やがて呆れたように笑った。
「お前という奴は……我が儘なのは相変わらずだな」
「仕方ねえだろ」
 ダンはシュンの頬を撫で、その手を首筋に添えた。もうシュンは、振り払おうとはしなかった。
「オマエらどっちも大事だし。選べないくらいなら、オレは選ばずに両方取る。ルノは一応分かってくれたぜ?」
「……お前らしい」
 いつの間にか、シュンの心臓の鼓動は少しずつ収まっていった。
 ダンは、シュンの腕を掴む右手の力を弱め、その代わりに、ぐでーんと、身体全体で体重をシュンに預けた。
「ああー、やっぱシュンに密着すると落ち着く」
「……っと、」
 自然な流れでダンに押し倒されかけ、シュンは倒れないように慌てて、右手を布団に衝いて、自分とダンの体重を支えた。
「オマエさぁ……そこは黙って押し倒されろよ。空気読めよ」
「断る。第一、俺の答えすら言っていないだろう。何故そう一足飛びに段階を進めようとするんだ」
「……ふーん……」
 ダンの不服そうな声。どんな表情なのかは、見ずとも分かる。
「じゃあ、何なんだよ。オマエの答え」
「……俺は……」
 シュンは言葉を選びながら、自分の思うところを正直に言う。
「……お前にああ言われて、嫌な気分はしなかった。こうやってお前と一緒にいる時間は落ち着くし、お前が傍にいると心強い。それは今も昔も変わらない、俺の本音だ……ただ、答えを出すのは、保留させてくれないか。その……恋、人として好きかどうか、というのはまだ……」
「恋じゃねえよ。愛してんだよ。愛人って言えよ。…………なんか、急に嫌な響きになったな。恋より愛の方がランク上なのになんで『愛人』って言葉はこんなにいかがわしいんだろうな」
「知らん」
 一度そう突き放してはみたものの、それにしてもお前がそんなことを言うとはな、とすぐにシュンは苦笑した。
「オレだって成長してんだよ……つっても、恋愛がどうのって話でオマエ相手にあんま偉そうな口は叩けないけどな」
 あの時のオマエ、フェニックスとラブラブだったし。そうダンに耳元でボソリと言われ、
「今その話を出すか……」
 シュンは天井を仰いだ。
「オマエ、鈍い癖して愛とか恋とか、あの頃の時点でとっくに悟ってる感じだったしさ……流石に思ったぜ、フェニックスには絶対勝てないって。何つーか、絶対フェニックスのお陰だよな。そういう面でオマエが大人になったの。何て言うんだっけ……そうそう、プラトニックってヤツ」
「だがあの頃は、何と言うべきか……」
「あー、オマエのお袋さんとフェニックスを重ねてただけ、ってのはナシだからな。それだけなわけないだろ。最初がそうだったとしても、最後には本気で好きだった。違うか?」
「……ああ、そうだ。その通りだ」
 嘘も言い訳も、今のダンには通じないと判断し、シュンは頷いた。
「彼女と出会って、本気で好きになって……最後には、別れを選択した。それで良かったと、今でも思っている。彼女に精神的に依存してばかりだったからな、俺は」
 すると、ダンが大きく嘆息した。
「……つまり、そーゆーことなんだよ。そういう次元に達しちまってるオマエに、好きだとか愛してるとか言っていいのかって、オレは結構悩んでたわけでさ……ま、でも!」
 ダンは唐突にシュンから手を離し、身体をバッと起こした。いきなりダンの重みがなくなり、シュンは少しよろけたが、体勢を立て直して自分も身体を起こす。
 改めて、座って向き合う形になる。しかしその距離は、初めより少しだけ近い。
「今はもう、気にしないことにした。深く悩まずにぶつかって行けって、ルノに説教されちまったしな!」
「お前達は俺の知らないところで俺をどうしたいんだ。しかもお前、さりげなくルノに誘導されてないか?」
「いや、両方娶る気ならさっさと告白しろって怒られたんだよな……」
「……さっき、気持ちを押し付けてはいけないと言われた、と言っていなかったか? 第一娶るとは何だ娶るとは」
「それはそれ、これはこれ、だってよ。娶るっていうのは、まあ、言葉の綾だな。別にいーじゃん、男同士で使っても」
「それはやめてくれ」
 どさくさに紛れて女性扱いされては、たまったものではない。シュンにだって男としてのプライドがある。
「まあとにかく、今後オレは、オマエにガンガンぶつかって行く方針で行くから、よろしく。オマエの気持ちが固まるまでな」
 そう言って、ダンはグッ!と親指を立てる。その言葉で、シュンはあることに思い当たった。
「……もしかして、今日泊まりに来たのは」
「おう。ルノに説教されたのが昨日で、即行で準備して、今日朝一で電車乗り継いで来た。マルチョは送り迎えはしない方がいいですねって言ってくれたし、ドラゴのヤツなんか、シュンと水入らずで話したいからって言ったら、それだけでじゃあ留守番してるって……オレ、ホントに恵まれてるよな。帰ったらアイツにもちゃんと報告したいんだよ、既成事実は作ってきたって……」
「そうか……全くお前という奴は……ん?」
 シュンはふと、引っ掛かるものを感じた。何だか今、ダンの言葉に不穏な言葉が含まれていたような。[newpage] 「既成事実?」
 そう聞いた時、がしり、と。
 また、ダンがシュンの左腕を掴んだ。その力は、心なしか先より強い。
 そしてダンは、先ほど見たような、あの嗜虐的な笑みを浮かべ、シュンに顔を近付けて囁いた。
「せめてキスぐらいさせろ」
「っ……?!」
 ダンはシュンの左腕を引っ張って抱き寄せ、無理矢理唇を重ね合わせた。そのすぐ後に己の左腕をシュンの背中と首筋に回し、しっかりとホールドする。
 これでもう逃げられない。
 そう言わんばかりに、ダンの目が満足げに光ったのを、シュンは間近で確かに見た。
 ダンはさらに、シュンに攻め掛かるようにしてその唇を貪る。更に舌を無理矢理絡ませる。その時唇と唇が僅かに離れ、互いにほんの一瞬だけ熱い息を吐き出した。しかしダンはすぐに、その舌をシュンのそれにまた絡ませ、唇に貪りつく。
 その口づけはあまりにも息苦しく、あまりにも熱く。シュンは何も考えることが出来なかった。身体に力が入らず、ダンの為すがままになっていた。
「ぁ……んん……!」
 息苦しさでシュンは微かに悲鳴のような声を上げた。それを聞いて、ダンは自分の唇をシュンから離した。しかし、2人の唇と唇の間をなお、銀色の糸が繋いでいる。
 頬を上気させ、呆然としたシュンは肩を大きく上下させ、そのまま平衡感覚を失って、ダンの胸に倒れ込んだ。正確には、シュンがよろけたところをダンが抱き寄せた。
「……悪い……いきなり、こんなことして……」
 ダンの息も荒い。肩を上下させながら、シュンの背中を撫でる。
「……まあ、後悔は、してねえけどな」
「……お前という奴は……」
 シュンは肩を震わせながら、ダンの服を掴んだ。脳に血が上り過ぎたのか、意識は朦朧とし、視界もぼんやりとしている。それでも、ダンの言葉は意識の片隅で、しかしはっきりと聞こえていた。
「ごめんな、ホント。……でも、オマエを好きになった以上、オマエをめちゃめちゃにしたいとか、そういうのもあって……」
「……」
 ダンは呼吸を整えながら、シュンの髪を手で梳いた。
「多分、オマエの場合は最初の相手がフェニックスだったから、そういう感情が起こる余地なんか無かった。そもそもあの時は小5だしな……。でも、今はお互いにいい歳だ。分かるだろ、オレの言いたいこと」
 シュンはダンの服を掴んだまま、掠れた声で答えた。
「……お前の言いたいことは、分かる。分かるが……それでも、いきなり……いきなりあのようなこと……」
 自然、声が震える。目頭が熱くなり、鼻の奥がツンとしてきた。
 シュンは顔を上げ、ダンを見上げた。
「……怖かった。お前が、俺の知っているお前ではなくなったようで」
「!」
 その言葉を聞き、ダンはハッと目を見開いた。そして、
「…………~~~~っ、」
 顔を赤くし、口をパクパクさせ、そしてギュッと目を閉じ、額に手を当てて首を左右に振りながら呟いた。
「不意打ちで異常に可愛くなるのやめろよオマエ……心臓に悪いだろうが……」
「……?」
 その言葉は、シュンにはよく聞こえなかった。
 そうこうしているうちに段々と、シュンは自分の呼吸と心拍数が整ってくるのを感じた。心拍数が正常に近付いていくことで次第に意識は明瞭に、視界ははっきりと鮮やかになり、そして、

 ゴッ。

 ダンの顎に、斜め下から掌底突きを食らわせた。
「ごふっ……?!」
 避けることも出来ず、ダンは綺麗に吹っ飛び、ゴロゴロと壁際まで転がって行く。
「……お前今、俺に何した……?」
「今それを聞くのかよ!! 遅ぇよ!! つーか今まで理解してなかったのかよ!! もしかして無意識だったのか?!」
 ダンがすぐさま起き上がって叫ぶが、そんなことは今のシュンにはどうでも良かった。
 意識が明瞭になるに連れ、今しがた何が起きたのかを、自分が何をされたのか、はっきりと理解した。理解してしまった。
 強引に抱き寄せられた。
 キスされた。
 舌まで入れられた。
「……お前という奴は……」
 シュンはゆらゆらと立ち上がった。
「おい待て!! クナイ出すのやめろよ!! つーかどっから出したんだよそれ!! さっき同じこと言ってたのに篭ってるニュアンスがまるで違うぞ!!」
「……お前、俺の気持ちが固まるまでどうのとか言っていなかったか?」
 今なら、究極爆丸相手に生身で戦える気がする。シュンはふと、そんなことを思った。どうやら、怒りの力は人体のリミッターを外してしまうらしい。まあ、爆丸相手生身で戦ったことが無いわけでは無いのだが。
「だから言ったろ、オマエの気持ちが固まるまでガンガンぶつかって行くって。……って言っても」
 ダンは悪びれずにニヤリと笑い、舌なめずりした。
「オマエ、結構敏感なんだな。あれくらいで行動不能になるなんて思わなかったぜ」
「…………っっ!」
 頬がカッと熱くなり、シュンは反射的に、ダンのいる方に向かってクナイを投げつけた。
「のわっ! 危ねっ!」
 間一髪で避けるダン。クナイが壁に突き刺さって揺れる。シュンはじゃらじゃらとクナイを取り出しつつ、ダンに詰め寄った。
「お前は、……お前という奴は……」
「よしシュン、ちょっと落ち着け」
 流石に命の危険を感じたのか、壁際に追い詰められたダンが、冷や汗を流しながら両手をバッと前に出した。シュンは一旦立ち止まる。
「……まあ、さっきも謝ったけど。悪いとは思ってる。ただし、後悔はしてない」
 ダンは立ち上がって、頭を掻きながら詫びた。
「キスそのものは、どうせオマエ初めてじゃないけど……びっくりは、させちまったかな。そこはごめん」
「びっくりなどというレベルの話ではないのだが」
 そんな言葉で済まされるなら警察はいらない。
「……オマエってやっぱ初心だよな。物理的な意味で」
「うるさいっ!!」
 カカッ。
 今度は2本同時に、至近距離から投げる。これも避けられた。
「だーから落ち着けっての! ……オレが言えた台詞じゃないかもしれないけど。今のシュン、いつものシュンじゃないぞ」
 ダンにそう指摘され、シュンは確かに、と考え込んだ。
 シュン自身も、どうして自分がこんなに冷静でいることが出来ないのか分からなかった。いつ如何なる時も冷静沈着でいることが忍としての条件だというのに。例え動転しても、それを相手に悟られることが無いよう振る舞わねばならないというのに。風見の血を継ぐ者として、常にそうあろうとしてきたのに。
 今、確実にそのペースが乱れている。そしてその原因は、
「……お前のせいだ」
 そう結論付けるしか無かった。
「お前のせいで心臓は先からうるさいし、要らぬ弱みをお前に見せる羽目になるし、壁に穴は開くし、とりあえずお前のせいだ」
「最後のはオマエのせいだろ」
「黙れ。とにかくお前のせいだ」
「じゃあ、そういうことでいいよ……で、オマエはどうしたい?」
 シュンは一度、大きく深呼吸し、心を落ち着かせた。そして、
「……もういい。寝る」
「?!」
 シュンは壁からクナイを抜き、手に持っている分も懐に全てしまうと、くるりとダンに背を向けて布団まで歩いて行き、腰を下ろした。
「……疲れたし、夜も遅い」
「え……寝るって……いや、それは別にいいんだけど……」
 ダンが戸惑ったような声を上げた。シュンはそちらを見ない。
「オマエ、オレと同じ部屋のままでいいのかよ? 寝てる間にオレに襲われない保証があるわけでも無いんだぜ? ……嫌なんだろ、そういうの」
 あれだけのことをしておいて、あれだけのことを言っておいて、この発言。シュンはそっと苦笑する。無論、その顔はダンには見えない。
 シュンは穏やかに、言う。
「……俺は、お前を信じている。俺が本気で嫌がることは、承諾無しにはしない、昔から変わらないお前を、」
「……シュン……」

 ドスッ、と。
 シュンは、自分の布団とダンの布団との間に、クナイを1本だけ突き刺した。

「……信じているからな」
「それ本心だよな?! 本心で言っててクナイ刺してるんだよな?!」
「当たり前だろう」
「……たまにオマエが怖い……」
 ダンがそうブツブツ言いつつ、布団まで戻って来た。そして、シュンのすぐ後ろに……背中合わせになる形で、腰掛ける。
「……分かったよ。じゃあ、オマエが答えを出すまで、あんなことはしない。その時まで待つことにする」
「ダン……」
「でも、抱き着くくらいなら良い……よな?」
「……それくらいなら」
「良かった」
 ダンは安心したように言って、シュンの背に寄り掛かる。背中越しに伝わるダンの体温は、じんわりと温かい。
 この間近の距離感が心地好いのは紛れも無い事実なのだ、とシュンは思う。だがそれは恐らく、ダンが自分に向けているような思いとは違う。
「……なあ、シュン」
「何だ?」
「久しぶりだよな。こうやって、オレがシュンの家に泊まりに行って、2人で同じ部屋に泊まって……」
「そうだな」
「……正直、怖かったんだよな。オマエに告白するの」
「?」
 シュンは、ダンの方を振り返った。ダンは天井を仰ぎ、訥訥と言う。
「オマエは、オレのこと、一番の親友だって、言ってくれたけどさ……その関係を壊したくなかったってのも、ちょっとあって」
「……お前らしくない悩みだな」
「やっぱ、そう思うか?」
 ダンが照れ臭そうに笑う。
 だが、恋愛とはそういうものなのかもしれない。何とは無しにエースのことを思い出して、シュンはそう思った。
「でもさ、考えると結構キツイぞ? 拒否られたらどうしようとか、色々。結局オレはルノに怒られて、自分の欲望を優先したけど。ま、フェニックスと両思いだったオマエには分からないだろーけどなー」
 最後の言葉には、どこか拗ねるような響きが含まれていた。
「だからそれはもう昔の話だろうが……」
「っせーな。いいか、シュン。オマエみたいに、片思い→告白→お付き合いのステップをすっ飛ばしてた手合いが一番面倒なんだよ。普通の手順ってのを知らねぇから、普通に押しても伝わらない。まあ今の全部ルノからの受け売りだけどな」
「だろうな」
 ダンがそんなに男女関係の話に詳しいわけがない。シュンはそう思って頷いた。
「まあオレはルノの片思いにかなり長いこと気付かなかったけどな! ハッハッハ!!」
「俺のこと言えないだろうお前」
「それはとにかく」
 自分に分が悪くなった途端、ダンは話題を切り上げた。
「さっさと寝ようぜ! 明日も早いんだろ?」
「ああ……」
「じゃ、もう寝よう! な!」
「じゃあお前もさっさと寝ろ」
 シュンが部屋の電気を消す為立ち上がると、ダンはごろりと布団に寝転がった。しかしすぐにガバッと身体を起こした。
「どうした?」
「なあシュン、ハグしていいか?」
「……………………」
「えっと……そんな氷河期レベルに冷たい目で見ないでほしいんだけど……。とりあえず、良いかダメかくらいは言ってほしいんだけど」
「……好きにしろ。全くお前という奴は……」
「よっしゃ!」
 そう言いながら立ち上がり、間髪入れずにダンはシュンに抱き着いた。
 ぎゅううううううううう。
「……やっぱオマエと密着してると落ち着く」
「…………」
 こちらを窒息死させる気なのかと思うほどに強く抱き締められながら、耳元でそう囁かれ、シュンは顔が熱くなった。
「ほら、もういいだろう! 寝るぞ!」
 強引にダンを引き離し、シュンは電灯のコードに手を伸ばす。
「えー」
「えー、じゃない。普段ならとっくに寝てる時間なんだ、俺は」
「チッ……」
 露骨に舌打ちしながらも、ダンは自分が敷いた布団に潜り込んだ。
「じゃ、お休み、な! シュン」
「……ああ。お休み」
 コードを引っ張り、電気を消す。途端、部屋はすぐに闇に閉ざされた。しかし、月光を受けた障子紙が白くぼんやりと光り、僅かに室内を照らす。
 シュンが布団に潜り込もうとした時には、ダンは早くも鼾をかき始めていた。
「全く……お前という奴は……」
 本日何度目か分からない言葉を呟き、シュンは布団に身を横たえた。自分とダンの布団の間に1本だけ刺さるクナイをちらりと横目で見る。今のところ、ダンがそこを乗り越えてくる様子は無い。
 ダンの傍若無人やら自分勝手やら自己中心やらは、昔に比べかなり改善されている。元より、一定のラインを越えるほどのことは殆どしない。ただ、ごくたまに、ああして昔の名残を見せるのだから油断ならない。
 それでも、それに振り回されるのも嫌ではないわけで。だとしても、その「嫌ではない」のレベルが自分でも分からない。
 フェニックスとの時のことは、自分でもその自覚すらなかった。ダンにああ言われたように、今となってはあの時愛し合っていたと自覚しているが、驚くべきことに、当時は一切自覚が無かった。
 要は、愛し愛されといったプロセスを殆ど理解出来ていない。頭では理解出来ていても、心のレベルでは、全く。
「……お前は、本当にいいのか? そんな俺で……」
 呟けど、答えが返ってくるわけでもなく。
 何故だか、胸が苦しい。
「……お前の傍にいたい、というのは本心なんだがな」
 それを承知で、素直な心情を僅かに口に出すと、少し気分が楽になった気がした。
 そうしていつしか、シュンの意識は、睡魔に誘われ、心地好い暗闇の中に沈み込んで行った。

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この作品の支部への投稿日時を見たら大学受験勉強の追い込みが始まりかけている時期でした。
相当疲れていたんだなあと思うことにしました。
個人的な反省点は多いのですが好評いただけて嬉しかったです。