和愁牧場(★)(再録)

「おっはよ~愁~!」
「……? 虎石?」
 いつものように、空のミルクタンクと愁の朝ごはんが載った台車を押して厩舎へ行くと、藁のベッドで寝ていたらしい愁がのっそりと体を起こすところだった。
「や~風邪引いちゃってさ~。愁に風邪伝染すわけにもいかねえじゃん? だから昨日は会いに来れなかったってワケ。ま、もうすっかり治ったし? 今日は学校もないし、一日一緒にいられるぜ」
「……大丈夫か?」
 愁が立ち上がって、上機嫌な虎石のところまで歩いてきた。心配そうに虎石の全身をじっくりと見る愁。和泉は笑ってぱたぱたと手を振った。
「もう全然大丈夫だって」
「乳飲むか?」
「おい愁、オレの話聞いてる?」
「……俺の乳、他の牛のよりすげえんだろ。だったら、お前の体にもいいんじゃねえか」
「そりゃそうかもしれねえけどさ……待て待て待てって」
 ビキニをせっせと自分から脱ごうとする愁を慌てて制止すると、愁は不満げな目で和泉を見た。
 確かに、愁が出す乳は一般的な牛乳に比べると味がいいだけでなく、栄養価も高い。体にいいのは間違いないのだが、愁の乳は出荷することになるので、胸に直接口を付けて飲むのは流石にまずい。
 しかし愁の思いは素直に嬉しいし、応えたいと思ってしまう和泉。
 ……それに、初めて会った時一度味わったきりのあの何にも代えがたい甘露のような味をもう一度味わえるというのは、和泉に取って大きな誘惑であった。
「……じゃーさ愁、出荷する分搾り終わって、それでまだ出せるなら、お願い。な」
 和泉がそう提案しても愁はまだ不服そうではあったが不承不承、こくりと頷く。
 愁の気持ちが嬉しいので、和泉はそんなむすっとした愁の顔を両手で挟んで引き寄せる。ちゅ、と音を立てて唇を重ねると、少しだけ愁の表情が緩んだ。
「それじゃ、いつもみたいにお乳搾ろうな」
 和泉は立ち上がると、我ながら最高にいやらしいと自覚している笑みと共に、壁際に設置された搾乳器本体を檻の中からトントンと叩いた。
 仕方ねえな、とでも言いたげな顔で、愁は一つ、溜め息をついたのだった。