「ねえ、廉はいつになったら俺を抱いてくれるのかなぁ」
「っ……?!」
南條に唐突にそう言われ、北原は飲んでいたペットボトルの水を勢いよく噴き出した。ゲホゲホと咳き込んでいると南條が優しく背中をさすってくれた。
呼吸を整え、隣にすわっている南條を睨む。
「っ……お前、急に何言い出すんだ」
「何って、そのままだけど。ちなみに俺的には、付き合い始めてそれなりになるのに未だに抱こうともしてくれないのは、廉は俺じゃ勃たないのかなあって少し悲しくなるかなあ」
「うっ……そ、それはだな……」
なかなか痛いところを突かれ、北原は言葉に詰まった。
一年の時に南條と仮にも恋人関係になってからもう半年以上は経っている。キスは済ませたが、その先まで進んではいない。互いの同室者が不在の時にこうして互いの寮を行き来するのは当たり前になっているし、そういうタイミングの度に南條がキスの先を求めていることに北原は気付いていたが、それでもわざと見ない振りをして来た。
「……わりーかよ……」
「悪いとは言ってないよ。ただ、いつになったら抱いてくれるのかなって聞きたいだけ」
「そういうのはな……もっとこう、大事にしたいって言うか……」
「……大事、って言うのは?」
「……時間かけたりとか……ムードとか……」
北原はそう言いながらどんどん顔が熱くなっていくのを感じていた。思っていることをただ言っているだけなのだが、それが異常に恥ずかしい。そしてそれを聞く南條はいつものように飄々とした笑みを浮かべているのでなおのこと恥ずかしい。
「廉って意外とロマンチストだよねえ」
「うっせえ」
「俺は早く廉にその気になってほしいんだけど……まあ、廉がそう言うなら仕方ないかなぁ」
そんな言葉の端々にも余裕が滲む。
こっちは経験もないってのにこうして余裕をわざとちらつかせてくる辺りは本当に有罪だ。北原がそれを思ってふてくされていると、南條はくすりと笑って長い指でするりと北原の顎を掬い、上向かせた。自分を見下ろす紅い双眸に見すくめられ、そこから目が離せなくなる北原。南條はそんな北原の唇に自身の唇を重ねた。
先までの会話が会話なので何をしてくるかと思ったがキスならいつもしている。北原は戸惑いながらも目を閉じ、何度か角度を変えて降る南條のキスに応じた。
南條の舌が唇を撫でたので大人しく口を開けてやると、嬉しそうに口の中に入り込んできた。わざと水音を立てながら口腔内を舐め回され、粘膜と粘膜が擦れる感覚に北原は肩を震わせた。ぞくぞくと背筋を走る刺激に耐えながら舌を絡めてやれば、これまた嬉しそうに応じてくる。キスしてる時はやたら素直なんだよなこいつ、と、度重なる刺激に朦朧とし始めた意識の片隅の冷静な部分で考える北原。
と、ぞわり、と急に今までより遥かに強い刺激が背筋を駆け上った。
「っ!!」
思わず目を開けると、目に愉悦の色を讃えた南條とばっちり目が合う。視線だけ下に降ろすと南條の手はいつの間にか北原の股間に伸びていた。思わず南條の肩を掴んで離れると、南條は唇の端から唾液を垂らしながらくすくす笑いながらズボンの上から北原の股間を撫でた。
「廉のここ、すごい固くなってるよ?」
「っ……!」
ただでさえ息が荒くなっているところに男の急所を撫でられて嫌でも呼吸が乱される。
抵抗させる間もなく南條は楽しそうに北原のズボンのベルトを解き、ズボンを膝より下まで下ろす。北原のボクサーはテントを張り、その先端はボクサーより一段暗い色に変わっている。
北原が抵抗も兼ねて睨むと、南條はクスリと笑った。
「なんだあ、ちゃんと俺でも勃つんだ。安心した」
そう言う表情は、いつものように人を食ったような隙のない笑顔ではなく、心から嬉しそうな緩みきった笑顔で。どきん、と心臓が跳ねると同時に、どくん、と下半身に血が集まる。余計に固くなる北原のそれに笑みを深めた南條は「ねえ」と囁きながら北原に顔を近づけた。反射的に顔を背けそうになったが、南條の瞳に灯った熱に捕らわれ。
「これでもまだ……俺のこと、抱く気ないって言うの?」
目を細め、蠱惑的に笑う南條にとん、と肩を押されたかと思うと、気付けば背中が床に触れていた。目の前には自分を見下ろす南條の顔。
「っ……お前、なんでそんなにオレに抱かれることにこだわんだよ。お前も男だろうが」
「好きなやつに抱かれたいって思うのに理由が必要かなあ? そこに男も女もないと思うんだよねえ、俺は廉だから抱かれたいんだけど。廉が女の子でも抱かれたいって思ったんじゃないかなあ」
さらりととんでもない殺し文句を言われた気がする。そもそもオレが女だったらどうやって抱かせるつもりなんだこいつ……と思ったが、すぐに考えるのをやめた。こいつのことだから多少えげつなくともあの手この手を用意して来るに決まってる。
「安心していいよ、そもそも俺ゲイだし抱かれることへの抵抗とか全っ然ないから。後は女の子にとってもモテるのにまさかの童貞の廉に腹括って貰うだけ」
「後半は余計だ、有罪」
南條はくすくす笑い、北原の顔をゆっくり撫でた。指先の動き一つ一つに興奮を煽られ、南條のペースに乗せられっぱなしで悔しくなり、北原はグイと南條の腰を引き寄せた。その時自身の腰に触れた南條の股間が固くなっていることに、こいつも確かに興奮しているのだと気付かされる。
「!」
驚きで目を見開いた南條の表情に満足し、北原はニヤリと笑った。南條の頭を肩口に引き寄せ、耳元で吐息混じりに囁く。
「……分かった、抱いてやる。お前が満足するまで、完璧にな」
ひくりと南條の体が震えた。
「っ……童貞だって言うのに、どこで覚えたの、それ」
そう言って北原を見る南條の目は、熱で濡れている。
「さあな?」
AVから、とは流石にこの空気では言えなかった。
「抱いてもらえるところ嬉しいんだけど、廉は男同士のやり方なんて知らないだろうから俺が全部やってあげるね」
「有罪!!」
南條にズボンを全部脱がされたと思ったらベッドに押し倒されそうになった北原は慌てて腕を突っぱねて抵抗した。南條はきょとんとした顔になったが、すぐに目を細めて笑った。
「へえ~、廉、出来るの? 童貞なのに?」
「出来るかどうかじゃねえ、やんだよ。さっきも言っただろうが。つか童貞童貞うるせえぞ、有罪」
「じゃあ、一緒にやろっか」
けろりとした顔で南條が言う。やっぱりペースに乗せられている気がしてならない北原は渋々頷いた。南條は北原を押し倒すのをやめると、ベッドの上に乗り北原の隣に座った。
「早速だけど廉はセックスの時相手に全部脱いでほしい方? ワイシャツくらいは羽織っててほしい方?」
「セッ……?!」
南條の直接的な物言いにボッ、と顔が熱くなる北原。南條はそれを見てニヤニヤ笑っている。
「ちょっ直接的すぎるだろうが!!」
「どうせ今からすることなんだし、オブラートに包んでも仕方なくない? で、廉はどっちがいいの?」
「……おまえの好きな方でいい」
「そっか……」
南條は少し考えてから自分のワイシャツのボタンをするすると全て外した。全開になった合わせの隙間から覗く白い素肌に、北原は生唾を飲み込んだ。
「ちなみに俺、普段は下着も着ないで直にワイシャツ着るなんて絶対しないよ。気持ち悪いし」
「……知ってる」
着替えだけなら練習の合間の更衣室で散々見たことがある。合宿の風呂場で裸を見たことだってある。ただ、こうして無防備にワイシャツを身に纏う南條を見るのは初めてだからなのか、心臓が痛いほど鳴っている。
南條がワイシャツを脱ごうとしたので、北原は南條の手首を掴んだ。
「待った、そのままで良い」
「着たままが良いの? どのみち下は全部脱ぐよ」
「いい。上は着てろ」
南條は喉を鳴らして笑うと、自分の手首を掴んだ北原の手をそっと解き、ごろりとベッドに横たわったかと思うと北原の手を自分のズボンのベルトへと誘った。
「じゃあ廉、俺のこと脱がして」
「っ……」
北原は震える手で南條のベルトのバックルに手を掛けたが、手の震えのせいでベルトを上手く外すことが出来ない。「廉、ゆっくりでいいよ」そう言う南條の見上げてくる熱のこもった視線を感じながら、北原は三分近く掛けてどうにかベルトを外すことに成功した。南條が腰を浮かせたのでズボンに手を掛けてゆっくり脱がしていく。ズボンが床に落ち、南條の白く長い脚が露わになる。急に増えた肌面積にガツンと脳を殴られたようになり、どうにか落ち着こうと北原はゆっくりと深呼吸をした。
「ね、見て、廉」
南條は北原の手を取ると、まだ穿いているボクサーパンツへと導く。黒いそれはしっかりとテントを張り、布の下にある南條の雄の存在を主張していた。北原が震える手でボクサーを脱がすと、固くなった南條の屹立が露わになる。
「男同士の時はね、ここを使うんだよ」
片手で自身の片膝の裏を抱えつつ、もう片方の手で南條は自身の秘部をそっと広げて北原に見せた。
「……そこに、入れんのか」
「そう。広げて、馴らしてからね」
南條は枕元のローションの瓶を手に取り、北原に差し出した。いつの間にこんなもん用意してたんだ、と呆れる北原。よく見ると枕元には未開封のゴムがいくつか散らばっている。用意周到がすぎる、有罪。心の中でそう呟きながらローションの瓶を開けると手のひらに垂らしてみた。指に塗ってみれば、ぬるぬるとした感覚に奇妙な興奮を覚える。しばらく自分の指を擦り合わせてその感覚を味わううちに、北原はふと呟いた。
「……スライム思い出した」
「は?」
「小学生の時に遊んだスライムだよ……お前は触ったことも無さそうだけどな」
「ああ、夏休みの自由研究で作ってる奴が毎年いたねえ」
「それ……で、この指を、お前のそこに入れるってことでいいのか?」
「そう。ゆっくり、まずは人差し指だけ」
南條に言われるままに、北原はそこに指を入れる。入り口でゆっくり曲げながら動かしてみると南條の媚肉が指にきつく絡みつき、思わず眉を寄せた。
「きっつ……ほんとにここに入れんのかよ」
「っは……そうだよ、だから、広げるわけ……ゆっくり、指で押して広げるみたいに……んっ」
ゆっくりと、南條に指示されながら指を動かす。少しずつ解していくうちに、最初のようなきつさは感じなくなってきた。そして内壁を指先で刺激する度に南條が呼吸を乱すので、北原は少しずつ南條の悦ばせ方を理解しつつあった。
もう一本入りそうだ、と北原は中指も南條の中に入れる。二本の指で孔を広げ、わざとらしく内壁に強く指を擦り付けてみれば南條は体を震わせ、北原の指を強く締め付ける。
「なあ聖、やっぱそこ弄られんの、気持ちいいのか」
「ん、ふっ……まあね、気持ちいいから、するんだし……セックスって、ん、そういうものでしょ」
「そうか、一緒に気持ち良くならねえと意味ねえもんな……」
何の気なしに呟くと、ぎゅっと南條の中が締まった。思わず南條の顔をのぞき込むと、南條は僅かに頬を染めながら北原から目を反らした。照れを押し隠すようなその仕草と僅かに緊張したような表情は北原も見たことがなく。
「……有罪」
そう呟くと、南條は先までのしおらしさはどこへやら、くすくすと笑うのだった。ふと、この体勢だと腰が辛そうだな、と気付き、北原は床のクッションを取ろうと指を引き抜いた。抜いた時に上がった「んぁ……!」という小さな叫び声と、腰の下にクッションを敷いている時のひどく熱い視線に、こいつは本気で俺を求めているんだ、と思い知らされ、北原は頬を熱くした。
改めて指を入れ、勝手がまだ分からないものの、分からないなりに丁寧に南條の中を解していく。何事もやるなら完璧に──そのポリシーはこんな時でも有効だ。
「……指、そろそろ三本目、かな」
「お、おう」
指を三本入れて広げられるくらいなら丁度良くなるということか。薬指も中に入れ、ばらばらとゆっくり動かしながら広げていく。南條は言葉も少なくなり、時折息を呑むようにして声を上げる。互いにだんだんと余裕がなくなっているのを感じ、北原は空いている手で南條の頬を撫でた。すると南條は一瞬目を見開き、しかしすぐに紅潮した目元を緩ませ北原の手に頬を寄せた。その顔は、「俺でも勃つんだ」と言って笑ったあの緩みきった表情と同じで、いや、それより一層色っぽく見えて。
こっちもそろそろ限界だ、と北原は熱に浮かされた頭で思う。
「なあ聖、もう、」
「うん……廉の、俺にちょうだい」
熱で濡れた低い声が脳を揺さぶる。北原は指を引き抜き、ボクサーを脱ぎベッドの下に放った。ついでだからと着ていたTシャツも脱ぎ捨ててやる。露わになった上半身、そして屹立する北原の雄を見てか、南條が小さく息を呑んだような音が聞こえた。先から余裕の無い自身にどうにかゴムを付け──この時ばかりは性教育の授業を真面目に聞いていた中学時代に感謝した──、自身の先端を先まで指で広げていたそこの入り口へ押し当てる。
「……入れるぞ」
「うん……」
南條はそっと北原の顔に手を伸ばした。髪、耳、頬を撫で、首を傾げながら笑い、北原の頭を抱き寄せて耳元で歌うように囁く。
「……おいで」