【パパウリ】その恋の理由は

※独自設定がある
※私の書く竜弦は今回に限らずちょっと希死念慮があります

 ◆◆◆

 今度こそ死んでやろうか、と。
 記憶の奥底に意識して封じ込めていたそれが半ば自動的に思い出された時、心の底からそう思った。

 職場から帰宅してスーツのジャケットとネクタイだけを脱ぎ、革靴から屋内移動用のスリッパに履き替えて、いつも施術を行うその部屋に向かう。心臓が果てしなく底へと落ち込む心地を覚えながら部屋の扉を開くと、既に部屋の電気は付いていた。家具の少ない部屋の中心にあるキングベッドへと足を向ける。
 そうして石田竜弦は、キングサイズのベッドの上で丈の長いバスローブ姿で側臥位になっている息子の雨竜を見下ろした。既に夜の十一時を過ぎているためか、雨竜は眼鏡を掛けたままうとうとと瞼を閉じかけている。
 雨竜の背丈は竜弦とそう変わらない筈なのだが、痩せている故か、ベッドがやけに大きく見える。その姿は父親から見ればどうしようもなく子供のそれだ。
 このまま起こさないでいた方が良いのではないか……そんな思いをどうにか振り切り、雨竜の肩を軽く揺さぶる。
「始めるぞ、起きろ」
「……ん」
 長いまつ毛が震え、ゆっくりと瞼が上がった。まず視線だけがこちらに向く。それからバスローブの裾が乱れるのにも構わずごろんと仰向けになり、雨竜は小さく息を吐き出して唇を開いた。
「今日も怖がってる」
 こちらを見透かすような目。雨竜は時々こんな目をするようになった。
「……そうかもしれないな」
「僕はもう構わないって言ってるだろ」
「私が構う」
「それもそうか」
 雨竜は体を起こすと眼鏡を外し、サイドボードに置いた。
「ほら、始めるんだろ。さっさと済ましてくれれば僕も気が楽だ」
「……お前は思い切りが良すぎる」
「心臓を撃ち抜かれたり臓器を潰されるよりはまだましだからな、感覚としては」
「…………」
 これだからお前を滅却師にするのは嫌だったんだ。
 そんな思いが顔に出ているのを気配で察したのか、雨竜は小さく肩をすくめた。
「謝らないからな」
「……そうだな、それでいい」
 「命に関わるような傷を負った時の痛みよりはマシ」という程度には酷い行為をこれから息子にするのだ、例えそれが医療行為という建前の下であったとしても。雨竜の方から謝るべき道理は無い。
 竜弦は腹をくくる思いでベッドに腰を下ろした。雨竜の方に首を向けると、雨竜は竜弦の方へ体を寄せた。その表情はひどく静かで、何を考えているのか伺い知れない。
「……経口から始める。結界の定着度が最近弱い、下肢も様子を見ながらだな」
「つまりいつも通りじゃないか」
「そうとも言える。どの道、お前は体質的に結界の定着に時間が掛かる。……始めるぞ、口を開け」
 雨竜は目を閉じると素直に口を開く。竜弦は雨竜の頬に手を添えると、その口を塞ぐようにして唇を重ねた。
 体内の霊力の流れを意識しながら、口内で舌先をゆっくりと絡めていく。雨竜の肩が小さく震えた。
 体液を介した霊力の部分譲渡。そして譲渡した霊力を基礎とした体内への結界生成。それはほとんど忘れられていた技術であった。
 かつて存在した多くの滅却師は血管内に霊子を流し込む「血装」を身に付けており、防御血装があればほとんどの霊的攻撃を防ぐことが可能であったが故、わざわざ他者の霊力を使用した結界を生成する必要がなかった。それ故に忘れられた技術であると言えよう。雨竜のように「血装を使えない滅却師」など、純血・混血を問わずこの千年ほとんど想定されていなかったのだ。
 この結界は、血装の壁を突き破るほどの攻撃であっても防ぐことが可能である。
 例えばそれが、始祖の霊圧の残滓による物であったとしても。
 雨竜の肉体は近いうちに、死した始祖の霊圧の残滓に狙われる恐れがある──浦原喜助による尸魂界観測と竜弦の滅却師としての知識を総合してその推測が導き出されたのは、大戦終結から程なくしての事であった。
 滅却師の始祖は討たれたが、その肉体は未だ強大な霊圧を残し続けている。その肉体自体は現在では世界そのものの楔として「使用」されているようだが、その軛を逃れ散らばった霊圧の残滓は世界に漂い続けていた。
 霊圧の残滓と言えど霊体としての実体を伴うため、霊体に有効な攻撃全般で対処は可能である。雨竜とて本気で戦えば退けることは造作もないだろう。ただ雨竜は、その魂魄に刻まれた聖文字が始祖とのチャネルとして機能することで、始祖の霊圧の残滓をより強く引き寄せてしまう恐れがあった。
 よって必要なのは、体の内からの守り。霊力譲渡による体内への結界生成。それが、竜弦が導き出さざるを得ない結論だった。
 結界のために雨竜の体内に流し込む霊力は、何も一度に多量であれば良いという物ではない。霊力はいずれ体内で溶け合い、雨竜のそれと完全に同化してしまう。そのため結界を定着させるには、竜弦の霊力を雨竜の体内で異物のままの状態で時間をかけて馴染ませなければならない。
 そのためには、一定期間毎日のように竜弦から霊力を与えて結界を作り続ける必要があった。
 それ自体は必要なことであると竜弦は理解している。息子の命に代えられる物など何一つとして存在しない。
 ただその手段が粘膜同士の直接の接触──有り体に言えば性的接触のみであるというその一点が、竜弦を酷く苛んでいた。
 竜弦は唇を重ねたまま細めた目で雨竜を見る。
 とろとろと口内で混ざり合う唾液を、雨竜は白い喉を動かして嚥下していた。肌が微かに色付く様が花を思わせる。
 呼吸は上手く出来ているようだ、初めは不慣れゆえ何度も咳き込んでいたものだが。だが私との行為でそれに慣れる必要など無かったはずだ、と何度も湧き上がる自責の念に一時的に蓋をして雨竜の全身を流れる霊力を見る。そうでもしなければ気が狂ってしまいそうだ。
 そろそろ一度の規定量か、と竜弦が判断してすぐに、雨竜の指先が竜弦のシャツの袖を小さく摘んだ。呼吸が苦しい、の合図だ。
 静かに唇を離すと、熱に浮かされたような目と一瞬だけ視線が交わるが雨竜はすぐに目を反らして俯きながら呼吸を整え始めた。本当に熱に浮かされていた方がどんなにましか。上下する細い肩と吐き出される熱い息、そして色付いた目尻と頬は、彼がこの行為に溺れかけていた事を如実に示していた。
「大丈夫か」
 こくり、と一つ頷きが返ってくる。
 施術の最中、雨竜はひどく口数が少なくなる。耐えられないと思ったら言えと何度伝えても、雨竜はそれを口に出さない。
 竜弦はベッドから降りて自室内の小型冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを一本出す。キャップを開けてから雨竜に渡すと、500ミリボトルを一度に半分ほど飲み干して無言で突き返された。
 雨竜の呼吸が整ったことを確認してからその手首を取って、体内に流し込んだ霊力の操作を始める。一週間ほどかけてようやく体内に定着させた結界の基礎部分の上から本体を形作っていくのだ。雨竜の体内に流し込んで散らばりかけている己の霊力を掴み撚り合わせ、編むように結界を形作っていく。
「……っ」
 雨竜の細い指先が小さく震える。霊力が体内で動くのが分かる、と以前雨竜が言っていた。痛みはないが小さく疼くので気になりはする、と。
 なるべく静かに霊力を操作して結界の基礎と今日の分の霊力の結合を試みるものの、竜弦は眉をひそめた。
(基礎は定着しているが、やはり外殻はまだ緩い)
 雨竜自身の霊力の強さと親子であるがための質の近さ故か、雨竜の体内にある竜弦の霊力はすぐに雨竜の霊力に吸収されてしまう。
 となると、一度に吸収出来ないほどの霊力を数回に一度は与える必要がある。その吸収されるまでの猶予を使い、吸収されていない分の霊力を結界に利用するのだ。
「……雨竜」
 手首を掴んだまま名前を呼ぶと、雨竜は伏せていた目を上げた。これから何をするのか、何をされるのか理解し切っていることを、その目の静けさが物語っていた。
「……今日は下肢からも行う」
 努めて淡々と伝えると、「そうか」と雨竜は頷く。
「そろそろだろうとは思ってたさ、まだ外殻は作りきれていないみたいだし、前回から一週間経つ」
 淡々とした口調であったが、自分の手首をつかんだままの竜弦の手を見て僅かに眉を下げた。 
「……僕が結界定着にもっと協力出来れば良いんだけど」
「……謝るな」
「謝ってないだろ……」
 どこか拗ねたように呟いてから、雨竜は一つ溜息を吐き出した。
「僕のために必要な医療行為なんだろ」
「そうだ……そうだな」
「だったらひと思いに始めてくれないか、医者が怖がってる医療行為なんて患者からすれば不安なだけだ」
 言うだけ言って、雨竜はベッドに横になる。寝返りを打って竜弦に背を向け、うつ伏せになると小さな声で呟いた。
「……僕だって、あんたに早く楽になって欲しいんだ」
 息子にそんな言葉を言わせているのだ、父親である自分も滅却師の血も何もかも、救いようがない。
 考え始めれば何も出来なくなる昏い思いをどうにか飲み下しながら、竜弦はサイドボードの引き出しから医療用ワセリンの容器を取り出した。
「……予想はしていたようだが、準備はしてきたか」
「一応は」
 施術の際にバスローブを着るようになったのは、雨竜の思い付きだった。入院中に着ていた病衣が丁度良さそうだが流石に家には置いていないので、代わりにと引っ張り出して来たのだという。
 その選択がこの施術の医療行為らしく無さを助長していることなど、恐らく雨竜は微塵も自覚していない。だが竜弦はそれはそれで構わないような気もしていた。医療行為以上ではないと雨竜が考えているのであれば、結局それが互いのためになるのだから。
 そうだとしても、素直に抵抗してくれた方がどれほど良いと、何度思ったか。
 竜弦は小さく息を吸って覚悟を決めるとベッドの上に乗り上げ、雨竜の下半身を覆うバスローブを取り除けた。

 施術の最中、雨竜は必死で声を殺す。腰だけを高く上げてベッドにうつ伏せになり、呼吸が心配になるほど、枕に顔を埋めて。
 なるべく雨竜の負担にならないようゆっくりと腰を動かしながら、下肢から注いでいく霊力を使って体内の結界を組み上げていく。
 微かにベッドの軋む音、結合部のぐちゅぐちゅと鳴る水音、雨竜の押し殺された呼吸音が室内に響く。
 時折、雨竜の体が強く震える。身体が得てしまう刺激をどうにか己の内で飲み込もうとしているのだろう。それに耐える細い四肢を見るうちに、背筋にゾクリとしたものが走った。
「っ……雨竜、顔を上げろ。窒息するぞ」
 背筋を走ったそれから目を背けながら雨竜の頬に手を添えて顔を上げさせると、雨竜が肩で息をしながら顔をこちらに向けた。
 荒く息を吐き出す半開きの唇と涙の膜を張る目を縁取る目尻が白い肌で一際赤く見える。
 痛々しい、と、そう感じる一方で、どくりと身体の奥で脈打つ物がある。それを努めて無視しながら、雨竜に深呼吸を促す。
「私の方は見なくていい、ゆっくり息を吸え……そうだ、吐いて」
 何度か深呼吸させるうちに、浅く震えるような呼吸は落ち着いた物になっていく。
「まだ少し掛かる。……耐えられるな」
 顔を上げさせたまま確認すると、こくり、と雨竜が小さく頷いた。
 一呼吸置いてから少しずつ腰を動かし始める、
「っ、ぁあ……!」
 悲鳴に似た喘ぎ声は艶を帯び、いともたやすく理性を揺るがせた。
「は、ぁ、んぅ、」
 律動と共に雨竜は声を上げたが、恐らく半ば無意識に声を殺しているのだろう、その声はひどく小さい。だが同時に体の内を暴く竜弦を包み込むように締め付ける。まるで竜弦を求めているかのように、更に奥へと誘おうとするかのように。
 思わず呼吸が荒くなり、もっと強く抱きたいという衝動に駆られそうになる。それでも湧き上がる情欲の全てを押し殺し、努めて静かに腰を動かしながら雨竜の体内の結界を構築し続ける。
「あ゛……はッ、あっ、」
 体内で蠢く霊力の感触も加わって苦しいのか、雨竜の細い指先が藻掻くように動いてシーツを掴んだ。増えていく皺を視界の端に捉えながら、竜弦は今日の分に目処を付ける。
「……そろそろだ」
 身を屈めて耳元で囁くと、雨竜の肩がひくりと震え、一際強く竜弦を締め付けた。思わぬ反応に竜弦が眉根を寄せて耐えていると雨竜は肩で息をしながら竜弦を見た。
「っ……はや、く」
 その目に渇望の光が宿っていたのも、その声が強請るような響きを帯びていたのも、どうか気のせいであって欲しい。
「ッ、は……!」
「ん、んんっ、あ゛ぁっ」
 雨竜の限界も近いようだ。竜弦は荒い息を吐き出しながらも、己の気の迷いを誤魔化すように、努めて緩やかに腰を動かす速度を上げていく。 
「ひぅ、はッ、んあ゛……!」
 体内で与えられる刺激が既に許容量を越えているのか、雨竜の全身がガクガクと震える。本人にも制御出来ないのか、溺れた魚のように手足がバタバタとベッドの上を跳ね回った。
 対象が動き回っていては結界作製に差し障りが出る。竜弦は雨竜の細腕を掴み、体重を掛けないようにしながら細い体ごとしっかりと自身の腕の中に抱き込む。逃げ場を失った四肢はなおも暴れようとするが、体付きで勝る竜弦によってあっさりと押さえ込まれる。
 紅潮した頬を透明な液体が伝うのが見えた。
「っ……すまない、もうすぐ、終わる」
 口から出た声は、滅却師として淡々と結界を組み上げる冷静な頭脳と息子を傷付けることでしか守れない己に対する怒りと憤り渦巻く感情、そのいずれとも裏腹にひどく切羽詰まっていた。
「〜〜〜〜っっ!」
 腕の中の雨竜の全身が張り詰めると同時に、雨竜の内は激しく蠢く。
「っ、く……!」
「っひゃ、ぁあ……!」
 だらりと全身弛緩しかけた雨竜の中に、己の精を注ぎ込む。雨竜は再度電流が走ったかのように体を震わせた。
 そしてこれが仕上げと、竜弦はたった今注ぎ込んだ霊力を素早く雨竜の体内の結界へと配置する。なるべく負担にならないようにと注意したが、絶頂後もなお体内を弄られていることでひくひくと雨竜の体は小さく震えていた。それでも今日で確実に定着させられる分はここまでだろうと目処をつけた分まで結界を組み上げ、
「今日はここまでだ」
 施術の完了を告げるが、雨竜からの反応はない。意識を飛ばしてしまったらしい。
「……よく耐えた」
 小さく呟いて、自身を雨竜の中からゆっくり引き抜く。早々に自身を下着の中に収めてパンツのチャックを引き上げた。
 雨竜の脈と呼吸に異常が無いことを確認してからベッドから下りると、部屋に備え付けの浴室のバスタブで湯を沸かす。二十年以上使用していなかった元は客間であるこの部屋を施術の場に選んだのにはこの浴室の存在が大きかった。施術が決まって直ちにハウスクリーニングと水回りの業者を呼んで整備点検をさせたお陰でこの部屋全体を使えるようにしたのだ。
 ラックからバスタオルを二枚取ってベッドに戻り、雨竜のバスローブを全て脱がす。バスローブにいくらか吸収されているとは言え、その細い四肢は全身汗と体液に塗れている。それらを拭き取り回復体位を取らせてから、白い裸体を覆い隠すように使っていないバスタオルを上から掛けた。
 五分もあれば雨竜は目を覚ます。竜弦は冷蔵庫から新しい水のボトルを出すとベッドに腰掛け、深々とため息を吐き出した。
 そうして腰を落ち着けた瞬間に、思い出したかのように全身から汗が噴き出す。
 暑さに耐えかねて第一ボタンだけ外していたワイシャツの第二ボタンを外し、ボトルの水を喉に流し込んだ。
 ベッドの上で横たわっている雨竜を見て、ふと先までの雨竜の様子を反芻してしまう。
 体温が上がり仄かに色付いた白い肌、与えられる刺激に耐える細い四肢、時折向けられる濡れた瞳、艶を帯びながら喘ぐ声、それら全てがいとも容易く父親としての理性を揺らがせる。
 息子との性的接触という施術方法に対して強い忌避感を覚えながらも、いざ事に及べば息子に対して浅ましい欲を抱いていると自覚した時に竜弦は絶望し、全て終わったら自らの命を断ってしまおうかとすら考えた。だがそれを黙って実行に移せば事情を知らぬ雨竜が烈火の如く激怒することは目に見えている。なんら世間一般の父親らしいことをしてこなかったとは言え、自分の命程度で雨竜を激怒させるのも雨竜をただ一人残して消えるのも、雨竜のことを考えると実行出来たものではなかった。
 よって竜弦に出来るのは、己の抱いた欲全てに蓋をして、何ら変わらぬ父親として振る舞うことのみ。
 これはあくまで親子間の医療行為であって、そこに肉欲を伴ってはならないのだから。
 そろそろ雨竜が目を覚ます。霊圧の揺らぎを感知して、竜弦は小さく咳払いして一旦思考を隅に追いやった。
「ん……」
 小さく身動ぎをしてから、長い睫毛が揺れて雨竜の目が開く。
「起きられそうか?」
「……一応」
 その小さな声は少しばかり掠れていた。
 雨竜はゆっくり体を起こす。サイドボードに置いてある雨竜の眼鏡を渡すと、雨竜はそれを受け取って一つ二つと瞬きをした。
「もうすぐ風呂が湧く」
 雨竜が飲んでいた分の水のボトルを渡しながら言うと、雨竜は「ありがとう」と小さな声で言ってから一口水を飲んだ。
「どこか悪いところは」
「腰が重い以外は、ない」
「なら良い。明日も同じ時間に来い」
「あんた夜勤とかないのか……?」
「当分はな。これが終わったら夜勤を増やす」
「……体壊すなよ」
「先の話だ。お前は自分の心配だけしていろ」
 どこか責めるように睨まれたが、気付かない振りをする。
 風呂が湧いたことを知らせるチャイムの音が静かな部屋に響き、竜弦は立ち上がる。 
「……入浴したらもう寝ろ。いつも言っているが、お前が思っている以上に体への負担は大きい。自分で歩けるか?」
「…………」
 雨竜は無言で竜弦を睨んだまま、バスタオルを抱えてベッドから立ち上がると浴室へとすたすた歩いて行ってしまった。
 浴室の扉がパタンと閉じたのを見届けて、竜弦は一つ息を吐き出した。
 今に始まったことではないが、雨竜の肉体面の立ち直りの早さには目を見張るものがある。あの細い体のどこにそんなフィジカルがあるのかと疑うほどだ。念のため最初の一回は抱き抱えて浴室まで連れて行ったのだが、二回目以降は自力でさっさと立ち上がるようになってしまった。
(元気に育ちここまで生きた、それだけで良い筈だというのに)
 ふと心臓が軋むような心地がして、シャツの上から押さえる。
(息子であるお前に欲情している)
 断罪は為され得ぬであろうと理解しているからこそ、ただそれだけを願う。
(私を、どうか許してくれるな)