これ以上を求めれば父は壊れてしまう。
人肌よりも僅かに温度の高い湯に浸かりながら、雨竜は一つ溜息を吐き出した。
足を十分に伸ばせるバスタブで膝を抱えて、先までのことを反芻する。
実の息子と体を繋げるという行為の異常性に反して、自分の体に触れる竜弦の手はとても優しい。その手を通して恐れと痛みが伝わるほどに。医療行為という建前が無ければとてもではないが続けられないであろう。
そんな父とは対照的に、初めて知る他者の体が実の父親という異常を雨竜は既に受け入れていた。そして、虜になってすらいた。回数を重ねるごとにその行為に体が適応し、はしたない姿を父に見せてしまっているという羞恥すら上書きされてしまうほどに。
体内で精緻に組み上げられていく霊力の結界を感じようとすれば、己の体の内を暴かれる快さと触れる手の優しさを思い出して体温が上がる心地がする。
そうして幾度かの施術を経る中で、父に更に触れられたいと願うようになっていった。バスローブとワイシャツの布越しに感じる父の体温を素肌で直に感じたい、本当はしっかりと向き合って抱かれたいと。
自分が父親に対して明らかに一線を超えた感情を抱きつつあることを雨竜は理解している。それはあちらも同じであると勘付いてからはおあいこだと考えるようにしている。そう意識しないと困惑と自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだ。
父親に抱いて欲しい、なんて明らかに異常だ。父子感の肉体関係が容認される世界なんて人類がどれほど進歩しようと恐らくやって来ることはない。
そしてそれ故に竜弦は苦しんでいる。何よりも守りたかった筈の息子を自らの手で犯すという矛盾、そして父子の一線を越えた感情がその矛盾の中で生まれつつあるという事実に。
それでも、触れる手の優しさと裏腹に、雨竜が行為のさなかで時折見る父の目は、労りながらも喰らおうとする獣のようで。その目を最初に見た時に雨竜の中に走ったのは恐怖ではなく、悦びだった。
もっと触れてほしい、強く抱いてほしい。その願いがひどくエゴに満ちたものだとしても、それを捨てることは出来そうになかった。
(そして僕は、僕を抱く父が苦しんでいるのが嬉しいんだ。僕を息子として愛しているがゆえに苦しんでいることが)
自分は父に愛されている証明が欲しかったのだという自覚を、こんな形ですることになるとは思ってもみなかった。親不孝にも程がある。
(苦しむ父を見てどうしようもない程に愛しさを覚えてしまうのだから、僕はとうに歪んでしまっているのだろう)
そんな自覚と共に、掌でバスタブの湯をすくう。傾けた掌から少しずつこぼれていくのを裸眼のぼやけた視界の中で見つめながら考えを巡らせる。
これが子としての父への愛情なのか、それとも一人の人間として愛してしまっているのか……そう考えた時、少なくとも前者ではないという気がしてしまう。
自分を息子として愛しているが故に苦しむ父を見て、なぜ息子として愛情を返す気になれないのか。その理由は分からない。いつか分かる時が来るのかどうかすら分からない。答えが出るのかどうかも分からない問いに囚われたまま、雨竜は一つため息を吐き出した。
部屋から竜弦の霊圧が出て行ったことを確認して、バスタブから立ち上がる。軽くシャワーを浴びてから浴室を出て、身体を拭いて事前に用意していたパジャマに着替えてまた部屋に戻る。
あれだけのことをした後にも関わらず、誰もいない静まり返った部屋に熱は残っていない。サイドボードに置かれたままのペットボトルとシーツの剥がされたベッドだけがこの部屋で起きたことの痕跡だった。
水の入ったボトルだけ回収して、少し重い腰を気にしながら自室へと向かう。
はじめ竜弦は疲れ切った雨竜が同じ部屋で就寝しても問題ないようにと諸々を整えてくれてはいたのだが、雨竜は自室で就寝することにしていた。
父の体温を何よりも近くに感じた後ではあのキングサイズのベッドは一人で眠るには恐ろしく大きく感じて、落ち着いて眠れそうになかったのだ。
(あのベッドで一緒に眠ってほしい、だなんて。今の父にはとてもじゃないが言えない)
少し前の自分であれば決して浮かばなかったであろう思考に、全身むず痒くなる心地がして雨竜は思わず頭を振った。
やっぱりこんなことを考えるようになった自分は大概どうかしている。
あの父親と、竜弦と。同じベッドで眠りたい、だなんて!
それでも。
(……どうかしているのは事実だとしても)
同時に、こうも思うのだ。
(僕がこうなってしまっているのだから竜弦が一人で苦しむ必要はないと、伝えた方が良いのだろうか……?)
05 2022.11