とある金曜日の夜

 父には甘え癖があるのではないか。
 雨竜は時々、そう考える。
「おい竜弦、離せ」
 リビングの大きなソファの上、自分を背中からしっかりホールドしたまま寝落ちてしまった父・竜弦の手をぺちぺち叩きながら雨竜はため息混じりにそう訴えた。しかし竜弦が離れる様子はなく、聞こえてくるのは静かな寝息のみ。
 竜弦は酒に酔うとこうして雨竜に抱き着いてくることがある。それだけならまだ良いのだが、抱き着いたまま寝落ちられるともうどうしようもない。
 悲しいかな、身長は大して変わらず雨竜の方が若くて体力があるのにも関わらず、竜弦の方が筋力は強いのだ。
「……ああもう、この酔っ払い……!」
 雨竜は小さく毒づいた後に父の腕をほどくのを諦めて、体から力を抜いた。
 そうすると背中から密着する体温が意識される。ぬるま湯に浸かるような心地よさを伴いながら忍び寄る眠気に、自分も身を任せてしまうことにした。
 残した家事は全部、明日の朝になってから。
 たまには、こういう週末があっても良い筈だ。

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