※最終回後三人交際同棲if
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手作りのお弁当を持ってピクニックに行きたいです、と。
何か誕生日に欲しいものはないのか、と、エグザべの誕生日まで残りひと月となった頃にシャアが尋ねた時、エグザべはひどく遠慮がちにそう答えた。
二十代半ばの青年にしてはあまりに素朴でささやかな願いであった。
しかしシャアとシャリアはすぐさまその願いを受け入れることに決めた。
この欲の薄い青年が「手作りのお弁当を持ってピクニック」という、素朴ではあるがそれなりに手間のかかる願望を表に出してきたのは、三人で生活するようになって以降初めてのことだったからだ。
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そういうわけで凡そひと月後、エグザべの誕生日前日。
シャアとシャリアは、車を走らせ郊外の大型スーパーへと乗り込んだのだった。
本当はエグザべも連れて来たかったのだが、彼は生憎仕事──子供向けプチモビ教室の講師──に穴を開けられず、今日はシャアとシャリアの二人だけである。
「ピクニックか。経験はあるか、シャリア」
「幼少期を過ごした施設では、一応。遠い昔の話ですが」
「ふむ……まあ私も似たようなものだ。とにかく必要になりそうなものを買っていこうじゃないか、こんな時のためにガルマにアドバイスも貰ったぞ」
ふふん、と腕を組んで胸を張るシャアだったが、ザビ家のガルマにしろシャアにしろ感覚はどこか世間ずれしている。シャリアは一抹の不安を覚えつつ、何かあったら私が引き締めねばと固く決意した。
それから二人は食材コーナーを練り歩く。
野菜、ハムやベーコン、冷凍の塊肉、ピクルス、卵、チーズ、バゲットを次々と籠に入れていく。
エグザべには厳密な好物というものがない。本人曰く「美味しいものが好き」で、食べられるものなら何でも食べる。
これに関してはシャリアも似たようなものだったのだが、それではいけないとシャアは三人で生活するようになってからめきめきと料理の腕を上げた。
今回のメニューもエグザべからのリクエストを汲みながらほとんどがシャアが決めている。
さて甘い物も、とシャアがチョコスプレッドやピーナツバターを籠に入れた時、シャリアが恐る恐る声を上げた。
「多すぎるのでは……?」
カゴが三つ乗るカートは既に八割方埋まっている。まだ二十代のシャアとエグザべがよく食べるとは言え、この全てをピクニックで消化しきれるか……そもそもあの大きな冷蔵庫にも入るか怪しい。
しかしシャアは「何、気にするな」と構うことなくカートを進める。
「ピクニック一回で全てを食べきるわけではないのだ」
「ピーナツバターやチョコスプレッドを使うチャンスがピクニック以外でありますか?」
「……あれば、食べる! エグザべ君もきっと気に入る!」
つまり深く考えていないらしい。この人は全く……と呆れながらも、シャリアはシャアについて行く。
シャアはそれから惣菜コーナーでこの日の夕食のおかずや巨大なパックに入ったケーキも躊躇なくカゴに入れようとしたので、ケーキはやめてくださいとシャリアは必死で押し留めた。
そうしてカートに満載された食材はレジを通過して、どうにか車に詰め込まれ、三人の住む家へと運び込まれたのだった。
◆◆◆
「わあ……随分買いましたね……」
仕事を終えて帰宅したエグザべは、みっちりと中身の詰まった冷蔵庫を見て感嘆の声を上げた。
「ええ、帰りの車の重いこと重いこと」
シャリアがサラダをボウルに盛り付けながら頷くと、シャアは鍋の中身をかき混ぜながら愉快そうに言う。
「君の願いを叶えるのが楽しくてな、ついはしゃいでしまった」
エグザべは冷蔵庫の扉を閉めると、どこか恐る恐るシャリアとシャアの方を窺った。
「……いいんですか本当に、こんなにしてもらっちゃって」
「まだ作り始めてすらいないでしょう、甘えておきなさい」
「むしろ我々は、君が常日頃からもう少し我儘になることを望んでいるのだがね」
二人の返答に、エグザべはパチパチと目を瞬かせる。
もっと我儘になれ、というシャアとシャリアの願いをエグザべはまだ上手く飲み込みきれていない。
戦争に巻き込まれ、エゴを捨てもっと大きなものに利用されなければ生き残ることも出来なかったこの青年にとってエゴの再獲得は時間が掛かり、苦痛にすらなり得るだろうとシャリアは考えている。
それでも彼に人として当然の権利であるエゴを取り戻して欲しいがゆえに、シャアとシャリアは彼の望みを全力で叶えようとするのだ。
それが人を殺し過ぎたニュータイプとしての一つの責任であり、世界から姿を消そうとしていた二人の手を自らの意思で掴んだ青年への報恩であり、愛情だった。
まだ時間はかかるようだ、とシャアとシャリアはそっと視線を交わして苦笑いする。
「ともかく明日の朝は早いぞ、三人がかりとは言えあれだけの食材を料理してランチボックスに詰め込むのだからな」
シャアは歌うようにそう言って、火を止めた。シャアの言葉にエグザべは目を輝かせ、そんなエグザべを見たシャリアは目尻を緩める。
「……やはり可愛いですね、君は」
シャリアが思わずそうこぼすとエグザべの頬がぼっと赤くなり、シャアは心底愉快そうな笑い声を上げたのだった。