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地下室の悪夢(触手×大学生竜弦)

※竜叶が大前提ですが竜弦が触手に凌辱される話です
※首絞め・拘束などの痛々しい描写があります
※嘔吐もあります

 全身がひどく熱い。
 冷たい冬の空気とは対象的に茹だるような体を引きずりながら、竜弦は家路を歩く。普段であればどうということもない参考書とノートの詰まった鞄が大きな重石のように思えた。
 事の始まりは図書館からの帰宅途中に出くわした虚だった。襲われそうになったので難なく撃退したものの、その虚は何やら毒を持っていたようで、散り際にそれを目の前に噴霧させられたのだ。咄嗟に呼吸は止めたものの少し吸い込んでしまったらしく、撃退から僅か数分で発熱が始まってしまった。
 虚の持つ毒は普通の人間以上に滅却師に毒となるため、早くに治療を受ける必要がある。しかし大した強さの虚でもなかった、自宅に常備している薬を飲んで少し眠れば問題ないだろう。経験からそう判断しているものの、幼い頃一度だけ罹ったインフルエンザを思い出させるこの高熱は勘弁して欲しかった。
 熱で神経が敏感になっているのか、服が肌に擦れる感触すら煩わしい。少しでも早く歩こうとすれば高熱も相まって自然と呼吸が荒くなる。
 どうにかして自宅の正門前まで辿り着いたが、ここで正門から帰宅すれば側近のメイドに顔を合わせることになるかもしれない。そう考えると彼女に余計な心配を掛けたくないという思いが勝った竜弦は、軽く宙を飛び、窓から二階の自室に入ることにした。
 行儀は悪いであろうがこうしたことは一度や二度ではなく、窓は外から開けられるようになっている。そうして転がり込むようになんとか自室に入るなり、竜弦は靴を脱いで重石のような鞄とコートを放り出した。
 すぐに薬を飲まなければ、と薬を置いている棚に手を伸ばそうとした瞬間、膝から力が抜けた。そのまま床に崩れ落ちる。咄嗟に腕で頭を庇うことには成功したものの、腕を強く床へ打ち付けてしまった。
 毒の効果は発熱だけではなかったのか、と己の見通しの甘さを反省しながら鈍く痛む腕に力を入れて体を起こそうとしたその時、ぬるりと何かが爪先を這う感触があった。靴下越しに触れたその濡れた何かに、ぞわりと痺れに似た悪寒が背筋を走る。
「っ……?」
 どうにか上体を僅かに起こして自分の体を見下ろすが、見えるのは床に投げ出された自分の体だけで、この部屋に自分以外に動くものの気配はない。
 何かおかしい、と警戒しながら更に起き上がろうとした瞬間、今度は首筋に冷たく濡れた何かが触れた。ねたり、と這うようなその動きは先に爪先に触れたものによく似ており、嫌でも全身に震えを呼び起こす。
 見えない敵に襲われている──直ちに脳を戦闘態勢に切り替えて起き上がろうとするが、腕にも力が入らなくなりまた床に倒れ込んでしまう。
 どうにか起き上がろうと藻掻いても体は言うことを聞かず、次第に意識に霞が掛かり始める。
 いよいよ死ぬのか、と。諦観が、真水に一滴落とされた墨汁のように脳裏へ滲む。それに対する絶望を感じるほど生への執着は無いつもりだった。しかし、
(僕はまた彼女を泣かせてしまうのか)
 意識が落ちる間際、春の月のように静かで穏やかな笑顔が脳裏を過る。
(……ああ、いやだな)
 ただそれだけを思いながら、竜弦の意識は深くへ引きずり込まれていった。

 ◆◆◆

「ッ……! は、あっ、かはっ」
 目が覚めると急激に冷たい空気が喉を刺激して、思わず横になったまま咳き込む。
 一頻り咳き込んで落ち着いてみても相変わらず手足は言うことを聞かず、体を起こすこともままならない。
 発熱も引いていないようで、頬に当たっている地面だか床だかの冷たさが嫌に心地よく感じた。その冷たく固い感触は石材のようで、自室のカーペットとはまるで違う。部屋全体も薄暗くじめじめしている。
 いつの間に運ばれていたのか、と考えるよりも先に脳は自然と嫌な場所を思い出していた。
(地下室によく似ている)
 石田家邸に昔からあるその小さな地下室は、昔から懲罰房として用いられていたらしい。悪い事をすればその部屋に入れられて反省を促される……幼い頃の竜弦も入れられた経験がある。
 出入り口は人が一人通れる小さなドア一つで、当然窓もない。誰かが外から鍵を開けてくれるまで、幼い竜弦は一人、薄暗い部屋の隅で膝を抱えるしかなかった。決して気持ちのいい思い出とは言えない。
(……何だか知らないが、趣味の悪い)
 先までの体の異常が残っているということは、まだ自分は生きているのだろう。
 何故こんな場所にいるのかは分からない。意識を失ってからあの見えない敵によってここまで連れて来られたのか、あるいは自分の体は自室に倒れたままで何かしらの強い幻覚を見せられている可能性もある。
 どちらにしろ、この場所に自分を置いている何者かの悪趣味さを竜弦は呪った。とうに昔のものと処理していたはずの記憶が眼前に広がり、ざわざわと心臓の表面に粟立つような心地がする。
 敵の正体も分からないが、とにかくここから生きて脱出しなければ……熱で明瞭さを欠いた意識の中でどうにか集中して空間内の霊子濃度を測ろうとしたその時。
 ぞわぞわと、何かが右足首に触れる感触がした。それはまさしく、自室で自分に触れたあの見えない何かと同じで。そしてあの時と違いがあるとすれば、それの正体がはっきり視認できるということだった。
「っ……!」
 竜弦は不快な感触に顔をしかめながらも、足首に巻き付いているそれを見る。
 生肉の色をしたそれは、イソギンチャクの触手に似ていた。表面は濡れているのか、どこから差しているのかも分からない光を反射してぬらぬらと光っている。その太さは竜弦の腕ほどもある。その触手からは虚の気配はしない。だがこんな生物が地上に存在しているなど聞いたこともない。
 自分を襲おうとしているそれの正体が分からず、体も自由に動かせない。どうすれば、と頭を回転させるが、その間にも触手は竜弦の足を這い上がって来る。
 どこから伸びている触手なのか目を凝らして見ようにも、触手の向こうには地下室のあの薄暗がりが深い霧のように広がるのみだ。
 気付けば触手は本数を増やし、竜弦の左足や両腕にも巻き付いてくる。それだけに留まらず、細い触手が幾本もシャツやズボンの裾から服の内側に侵入して肌を直接撫で回し始めた。
「ッ……ぅ……」
 無遠慮に肌をなで回すそれは、熱で敏感になっている神経を必要以上に刺激した。己を辱めようとするかのような触手の動きに吐き気を覚える。
 ぐい、と両腕に巻き付いてきた触手に上体を無理矢理引き起こされて膝立ちにさせられた。肩が外れるかと思う程の痛みに声を上げそうになるのを堪えるが、触手は意にも介さず一際太い触手を竜弦の上半身にべったりと擦り付けた。胸から腹を舐めおろし、背中にもゆっくりと巻き付いていく。
 全身を触手に拘束され、身動きが取れない。触手がゆるゆると首を這う感触に、自分はいよいよ死ぬのだな、とどこか他人事のように思う。生きたまま虚に食われて死ぬのか、その前に絞められるなりして死ぬのか。滅却師である以上ろくな死に方はしないだろうと思っていたが、想像以上にろくでもない死に方だ。
 だがどちらにしても、脳裏に浮かぶのは包み込むようなあの優しい笑顔。彼女を泣かせないために足掻こうと、竜弦は思考を巡らす。
 手首から先が吹っ飛ぶ可能性はあるが霊子爆発でも起こせばなんとか脱出できるかもしれない……そう考えた瞬間、触手が顎を掴み無理矢理竜弦の顔を上向かせた。
 触手が竜弦の白い喉に触れ、やがて少しずつ竜弦の首に巻き付いて行く。
 まずい、と竜弦は抵抗しようとするがゆるく首を横に振る事しか出来ない。触手は竜弦の些細な抵抗などまるで意に介せず、ゆっくりとその首を締め付け始めた。 
「かッ……ァ、は、」
 じわじわと気道が圧迫され、眼の前がチカチカと明滅する。
 呼吸ができない、痛い、苦しい。まともな思考を奪われる中、酸素を求めて無意識に口を開閉させると突然に首の締め付けから解放された。
 急激に喉に流れ込む外気に激しく咳き込む。目を覚ました時の咳込み以上に苦しく、呼吸筋を何度も激しく動かし続けたせいか次第に吐き気も込み上げてきた。
「は、はッ……ぁ、んぐ?!」
 咳が落ち着いてきたところで、開いた口に太い触手を一本捩じ込まれる。そしてそのまま喉奥に向けて何か液体を流し込まれた。
 その液体は恐ろしく甘ったるい匂いをしていた。反射でえづきそうになるが、口に捩じ込まれたままの触手によって吐き出すことは許されず、無理矢理嚥下させられた液体は食道へと流し込まれていった。
 口からゆっくりと触手が抜けていく。再度咳き込むが、奇妙なことに吐き気は治まっていた。
 いったい何を飲まされたのか、と考える間もなく。竜弦の力なく垂れた指先を一本の触手が甜めた。
「ッ……?!」
 指先の触覚が掻痒感に似た刺激となって腕から脊髄に伝わる。それは微弱な電流のように全身を駆け巡り、脳に届き甘い痺れをもたらした。全身が震え、眼の前が白んで何も考えられなくなる。
 今までも熱で神経が敏感になってはいたが、今の感覚は明らかに何か違う。飲まされた液体が、感覚をおかしくするものだったとしたら。そこまで考えたところで、気付く。肌に直接触れている触手達が動いていない。もしこれが動いたら……そう思い至った時、
(やめろ)
 心に芽生えたのは、本能的な恐怖だった。
 あれ以上の刺激を与えられたら、おかしくなってしまう。
 その恐怖心を食らおうとするかのように、再び肌の上を触手達が這い回り始めた。
「あ゛ぁあああああ……!」
 脳が焼き切れるかと思うほどの刺激が全身を暴れ回り、視界がチカチカと明滅する。
 何も考えられず、与えられる刺激に体を震わせ悲鳴を上げることしか出来ない。いつしか服のあちこちが触手によって破られていることにも気付けず、竜弦はそれから逃げようと身を捩った。
 一方で触手は竜弦の下肢に集まり始めた。
 竜弦は気付いていないが、ズボンを破られ外気に晒されているその陰茎は固く立ち上がっていた。
 触手はゆるゆると竜弦の陰茎に巻き付くと上下に動かす。
「ぅあ?!」
 陰茎に触れられ、竜弦はそこでようやく自身の下肢の状態に気が付いた。
 全身を暴れ回る刺激に身を震わせながら立ち上がっている自身の陰茎を見て、竜弦は絶望で目を見開いた。
(え、あ、なんで)
 幼い頃の恐怖心を呼び起こす部屋に連れ込まれ、訳の分からない触手に全身をまさぐられて勃起している。
 それはつまり、異常な状況下で怪物に襲われながら浅ましくも快楽を得ていたということではないか……そう思い至った時、心に罅が入る音が聞こえた気がした。
(なんて汚らわしい)
 罅割れた心の隙間から聞こえる、自分を責める声。地下室の薄暗い闇と同じ色をしたそれが頭の中を何度も巡る。
(こんな汚らわしい自分に、あの家にいる資格も、彼女にそばにいて欲しいと願う資格も、あるわけがない)
 竜弦が思考の檻に囚われかけている間にも、触手は竜弦の陰茎をしごき続ける。一際強い刺激に竜弦は嫌でもその存在を意識することになり、その思考は次第に波のように押し寄せ大きくなる快楽に押し流されていった。
 こんな化け物の手によって達したくない……その願いも虚しく、快楽はいよいよ閾値へと達した。
「ひっ、ぐ、うう……!」
 全身を震わせ、どぷりと白濁を先端から吐き出す。次いでざわざわと甘い痺れが爪先から頭の先まで全身を駆け巡り、いよいよ自分は堕ちてしまったのだという絶望が心を塗り潰していく。
 荒い呼吸をする竜弦の口内に触手が入り込み、舌に絡みついてきた。
「はぁ、ん、ぅう……」
 触手によって与えられる刺激を一度快感として認識してしまった以上、体はそれら全て快感として受け止めてしまう。舌をなぶられ口内をまさぐられ、過ぎた刺激にただ体を震わせることしか出来ない。
 いつしか抵抗するだけの気力もなくなり、竜弦は全体重を触手に預けていた。
「っあ……は……んあ、」
 全身を舐め回す触手の動きに体が電気的に反応する度に喉から溢れる声は、自分ではない他人の物のように聞こえた。
 ふと、絶え間なく刺激されている下半身のある部分に違和感を覚える。
 細い触手が何本も、これまで入り込んでいなかった尻の谷間に入り込んでいるのだ。 
「……な、」
 思わず声を上げた時にはもう、触手は動いていた。細い触手が谷間の奥にある後肛を探り当て、その淵を何度か撫でる。もどかしいようなその感触に竜弦が僅かに眉を顰めた時、一本の触手がそこからゆっくりと竜弦の中へ侵入し始めた。
「っ……! ぐ、うぅ、」
 体を開こうとする異物感に竜弦は思わず呻く。触手は後肛の入り口を広げようとするかのようにぐねぐねと動き、二本、三本と体内に押し入ろうとする触手の本数は増えた。体の内側を撫でられ、押し広げられ、気持ち悪い筈なのに、内からぞくぞくと沸き上がってくる感覚がある。その正体が快感であることに気付くのに、そう時間はかからなかった。
 本来快感を覚える部分ではない場所で快楽を得ている。正常な思考が働いていれば、その事実に先のように絶望していたのかもしれない。だが竜弦はそれにすら何も感じず、されるがままになっていた。
 ぬるり、と体の内に入っていた触手達が抜けていく。
「ん、あァっ」
 触手が体内を擦る感触がざわざわと全身を走り思わず声が上がる。次いで、先まで塞がっていた体の内側が外気に触れる感触に息を飲む。無理やりに拡げられた体を自覚し、気が付く。
 自分は今から、犯されるのだ。
「あ、やめろ……」
 力なく首を横に振りながらどうにか喉から絞り出した声が震える。拡げられた穴の淵にひたりと触れた触手の先端からその太さを感じ、恐怖心で身が竦んだ。
 ぐっ、と先端が体の内に押し入る。これまでを凌ぐ質量が体の内をじわじわと押し広げ、激しい痛みが下肢を貫く。
「っぐ……あ、や……!」
(いたい、なんだこれ、いたい、いたい、いたい)
 痛みに慣れた筈の体を貫く未体験の痛みでパニックになる。やがて触手は最奥に達し、下腹部が触手によって隙間なく満たされた。これまで以上の異物感と圧迫感で呼吸が苦しい。
 程なくして、下肢を貫く触手がゆっくりと体内から出ていこうと動き始めた。
「ひ、い、」
 腸を引きずりだされるような痛みに喉が引き攣る。かと思うと、ずん、と下から突き上げられて激しい衝撃に体が弓なりになる。
「あ゛あ゛あ゛っ」
 何度も強く突き上げられ、視界が白黒に明滅する。
「あ゛、んあ、は、ひぐっ」
 痛い、苦しい、怖い。それなのに、
(なんで、きもちいいんだ)
 苦痛の奥にある快感を、体は確かに拾っていた。
「はあ゛、あ、あ……」
 苦痛に喘いでいるのか快楽で喘いでいるのか分からなくなるが、もうどちらでも良かった。どの道自分はもう戻れないのだ……そう思いながらも、朦朧とした意識の片隅に彼女の姿が浮かぶ。
 帰宅後いつものように彼女の作った夕飯を食べて、食後のお茶を一緒に飲んで……そんな当たり前の日常が、彼女がそばにいればそれだけで満たされるささやかな幸せが続いていく筈だったのだ。それをこの怪物は理不尽に奪おうとしている。
 こんな怪物が生まれるように出来ているこの世界はどこまでも最悪で、自分は生まれた時点でその理不尽を嫌という程押し付けられているのだ。結局こんな最期がお似合いなのかもしれない。そんな諦念の中、怒りがろうそくの火のように灯った。
 だとしても、最後にこの怪物に一矢報いてやりたい。そうでもしなければ、気が済まない。
 自分が死ぬことで彼女が悲しむのなら、自分の命を奪うこの怪物を生かしておく理由などどこにもないのだから。
 そう思った瞬間、脳が瞬時に自分が今構築するべき術式を組み立てた。
 体の内を寄せて返す快楽の波は少しずつ大きくなっている。眉を寄せて必死で耐えながら、自分の五体に精神を集中させる。本来は道具を用意して行う術式だが、道具の役割を全て自力で計算して代替すれば問題はない、無論安全は保証できない……教えられた時は、まさか使う時が来るとは思わなかった。
 触手が竜弦の意図に気付いたのか、四肢を捻り潰さんとばかりに絞めつけて来る。
「う、ぐう……あっ、はは、」
 与えられる痛みに思わず呻くが、どういうわけか最後に零れたのは笑いだった。
 術式の構築を終え、竜弦は右手の人差し指を小さく動かす。竜弦の霊圧が青白い光を放ち始めた。
 触手によって与えられた全ての刺激を凌駕する程の熱と痛みが体の内から沸き上がる。
 それら全てが外に向かって弾けようとする刹那、最後まで彼女の姿だけが瞼の裏に焼き付いていた。

 ◆◆◆

 目が覚めて最初に視界に入ったのは、見慣れた天蓋だった。着ているものは着慣れたパジャマで、体を覆っているのはいつも使っている羽毛布団。
 紛れもない、自分の寝室だった。
 何故ここにいるのか、自分はどうなったのか、と考えながら体を起こそうとすると全身を引き裂くような激痛が竜弦を襲った。
「っ……!?」
 小さく呻きながらベッドに倒れ込むと、寝室のドアが開く音がした。
「っ、竜弦様! お目覚めになられたのですね!」
 開いたドアからぱたぱたとベッドのそばに駆け寄って来たのは、見慣れた白と黒のメイド服。その姿はあの凌辱の時間の中で何度も思い起こした存在……片桐だった。
「……片桐、なのか」
 思いがけず、声が震える。片桐は「はい、片桐はここにいます」と頷いた。眼鏡を掛けていないためにその表情はぼやけてよく見えないが、その佇まいも霊圧も、間違いなく本物の片桐だった。
 「まずはこちらを」と、片桐は用意していた水差しから吸い飲みに水を入れると、竜弦の唇の前に差し出してきた。常温の水が喉を潤し、少しだけ体が楽になる。
 もう二度と会えないものと思っていた彼女が目の前に現れたことで感情が昂ぶりそうになるが堪えて、自身の状況について尋ねる。
「僕は、どうなったんだ」
「竜弦様がお部屋で倒れて魘されているところを、私が発見しました。旦那様に連絡して診ていただいたところ、虚の毒を浴びたのだろう、と。その後旦那様に治療をしていただき……今は、私が発見してから凡そ三十時間経過しています」
「虚の毒、か……父様は他にも何か」
 こういう時の父の見立ては基本的に正しい。最初の発熱の症状からして自分もその見立てに異論はない。だがあの悪夢はそれだけで説明が付くのだろうか……そう思いながら尋ねると、片桐はエプロンのポケットから折りたたまれた紙を取り出して竜弦に差し出した。
「こちら、旦那様からの言伝てです。目を覚ましたら渡すようにと」
「……」
 紙に触れた時指先がピリピリと痛むのに顔をしかめながら、竜弦は紙を受け取って開いた。片桐がすぐに竜弦に眼鏡を掛けてくれたので、文字を読むのにそう苦労はしなかった。
 そこに書かれていたのは、虚の毒の種類とそれらを操る虚に関する文献の引用だった。
 吸い込んだ者は高熱に苛まれる毒。
 吸い込んだ者に悪夢を見せる毒。
 夢の中で死ぬまで目を覚ませない毒。
 そして……それらの毒を吸い込んだ者の夢を操り弱っているところを捕食する虚。
「……片桐、これを読んだか」
「いいえ、私は見ておりません」
「見てくれ。これが答えなんだろう」
 片桐は竜弦から渡された紙に目を通し、そして口元を手で覆った。
「竜弦様、まさか」
「ああ、夢の中で一回死んだ。……いたんだろうな、僕が倒れる原因になった虚の他に、夢を操っていた虚が」
 そして竜弦は、深々と息を吐き出す。紙の一番下に小さく走り書きされた言葉を思い返しながら。
『対象の虚は特定、滅却済』
 もう自分が手を下しに行く必要はないということだ。
 自分が無理矢理あの夢から覚醒したことでどこぞの虚は自分を捕食することはできなくなり、その虚は父に滅却されたと。
 どうにもすっきりしないが、父がそう言うのであればそうなのだろう、と思うしかなかった。
 可能であれば自分の手で決着を付けたかった。あの薄暗い部屋の中で凌辱された時間、そして最後に明確に覚えた死の感覚。それらは夢とは思えないほどに鮮明であった。
 ふと、その悍ましい感覚を思い出したことで強い吐き気が込み上げて、口元に手を当てる。
「ぅ……」
 片桐が慌てて立ち上がり、用意していたらしい銀色のたらいを差し出してきた。
 たらいを自分で持つだけの体力もなく、辛うじて上体だけを起こしながら枕元に置かれたたらいの中に胃から込み上げてきたものを吐き出す。途中何度か咳き込みながらも、あの凌辱への恐怖が脳裏を過り嘔吐が止まらない。自身の背中を支えながら優しくさする片桐の手にすがるように、竜弦は必死でそちらへ意識を向けた。しかし胃酸の味の気色悪さも相まって、吐き出すものが胃液だけになっても体が勝手に嘔吐の動きを繰り返す。
「はっ……あ゛、お゛え……」
「大丈夫です、竜弦様。もう夢の中ではありません、何があろうとも片桐がここにいます」
 耳元のその声に意識を集中するうちに、次第に吐き気が治まってきた。嘔吐を繰り返したことで横隔膜がきりきりと痛む。起き上がっているのも難しいほどに体力を消耗した竜弦はどさりとベッドに倒れ込んだ。
 片桐は再度、竜弦に吸い飲みを差し出してきた。片桐に促されるままに吸い飲みから水を口に含んで口を濯ぐ。口の周りをタオルで拭われ、新たに差し出された別の吸い飲みからまた水を飲んだ。
 ようやく落ち着いたところで、強い眠気が竜弦を襲う。眠りに落ちたらまたあの地下室に囚われそうで、竜弦は眠気に抗おうとする。だが全身を覆う疲労に勝てそうもなく、意識は否応なしに眠りに向けて落ちようとする。
「……片桐」
 かすれた声で名を呼ぶと、吐瀉物の入ったたらいや使ったタオルをワゴンに積んでいた片桐が振り向いてベッドのそばにしゃがみこんだ。
「いかがいたしましたか」
「手を、握っていてくれ。僕が眠るまででいい……」
 その言葉に片桐は驚いたようにわずかに目を見開いたが、
「かしこまりました」
 と、微笑みながら白い手でそっと竜弦の手を取った。触れられた時竜弦の手はわずかにピリピリと痛んだが、片桐に触れられている証のように思えた。心の柔らかな部分を優しく撫でられ、眠りと覚醒の境界線が曖昧になりつつある意識の中で口を開く。
「片桐、僕は、あの夢の中で……」
「今はお体を休めてください。……とても辛い思いをされたのでしょう。無理に思い出さなくてもよいのです」
「っ……」
 片桐の声は、ぼろぼろになった竜弦を毛布のように優しく包み込む。
 瞼が熱くなり、衝動的に片桐を抱き締めて縋りたいと思ったが、それを思い留まる前に竜弦の意識は深く安らかな眠りの中へと落ち込んでいった。

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【パパウリ】その恋の理由は

※独自設定がある
※私の書く竜弦は今回に限らずちょっと希死念慮があります

 ◆◆◆

 今度こそ死んでやろうか、と。
 記憶の奥底に意識して封じ込めていたそれが半ば自動的に思い出された時、心の底からそう思った。

 職場から帰宅してスーツのジャケットとネクタイだけを脱ぎ、革靴から屋内移動用のスリッパに履き替えて、いつも施術を行うその部屋に向かう。心臓が果てしなく底へと落ち込む心地を覚えながら部屋の扉を開くと、既に部屋の電気は付いていた。家具の少ない部屋の中心にあるキングベッドへと足を向ける。
 そうして石田竜弦は、キングサイズのベッドの上で丈の長いバスローブ姿で側臥位になっている息子の雨竜を見下ろした。既に夜の十一時を過ぎているためか、雨竜は眼鏡を掛けたままうとうとと瞼を閉じかけている。
 雨竜の背丈は竜弦とそう変わらない筈なのだが、痩せている故か、ベッドがやけに大きく見える。その姿は父親から見ればどうしようもなく子供のそれだ。
 このまま起こさないでいた方が良いのではないか……そんな思いをどうにか振り切り、雨竜の肩を軽く揺さぶる。
「始めるぞ、起きろ」
「……ん」
 長いまつ毛が震え、ゆっくりと瞼が上がった。まず視線だけがこちらに向く。それからバスローブの裾が乱れるのにも構わずごろんと仰向けになり、雨竜は小さく息を吐き出して唇を開いた。
「今日も怖がってる」
 こちらを見透かすような目。雨竜は時々こんな目をするようになった。
「……そうかもしれないな」
「僕はもう構わないって言ってるだろ」
「私が構う」
「それもそうか」
 雨竜は体を起こすと眼鏡を外し、サイドボードに置いた。
「ほら、始めるんだろ。さっさと済ましてくれれば僕も気が楽だ」
「……お前は思い切りが良すぎる」
「心臓を撃ち抜かれたり臓器を潰されるよりはまだましだからな、感覚としては」
「…………」
 これだからお前を滅却師にするのは嫌だったんだ。
 そんな思いが顔に出ているのを気配で察したのか、雨竜は小さく肩をすくめた。
「謝らないからな」
「……そうだな、それでいい」
 「命に関わるような傷を負った時の痛みよりはマシ」という程度には酷い行為をこれから息子にするのだ、例えそれが医療行為という建前の下であったとしても。雨竜の方から謝るべき道理は無い。
 竜弦は腹をくくる思いでベッドに腰を下ろした。雨竜の方に首を向けると、雨竜は竜弦の方へ体を寄せた。その表情はひどく静かで、何を考えているのか伺い知れない。
「……経口から始める。結界の定着度が最近弱い、下肢も様子を見ながらだな」
「つまりいつも通りじゃないか」
「そうとも言える。どの道、お前は体質的に結界の定着に時間が掛かる。……始めるぞ、口を開け」
 雨竜は目を閉じると素直に口を開く。竜弦は雨竜の頬に手を添えると、その口を塞ぐようにして唇を重ねた。
 体内の霊力の流れを意識しながら、口内で舌先をゆっくりと絡めていく。雨竜の肩が小さく震えた。
 体液を介した霊力の部分譲渡。そして譲渡した霊力を基礎とした体内への結界生成。それはほとんど忘れられていた技術であった。
 かつて存在した多くの滅却師は血管内に霊子を流し込む「血装」を身に付けており、防御血装があればほとんどの霊的攻撃を防ぐことが可能であったが故、わざわざ他者の霊力を使用した結界を生成する必要がなかった。それ故に忘れられた技術であると言えよう。雨竜のように「血装を使えない滅却師」など、純血・混血を問わずこの千年ほとんど想定されていなかったのだ。
 この結界は、血装の壁を突き破るほどの攻撃であっても防ぐことが可能である。
 例えばそれが、始祖の霊圧の残滓による物であったとしても。
 雨竜の肉体は近いうちに、死した始祖の霊圧の残滓に狙われる恐れがある──浦原喜助による尸魂界観測と竜弦の滅却師としての知識を総合してその推測が導き出されたのは、大戦終結から程なくしての事であった。
 滅却師の始祖は討たれたが、その肉体は未だ強大な霊圧を残し続けている。その肉体自体は現在では世界そのものの楔として「使用」されているようだが、その軛を逃れ散らばった霊圧の残滓は世界に漂い続けていた。
 霊圧の残滓と言えど霊体としての実体を伴うため、霊体に有効な攻撃全般で対処は可能である。雨竜とて本気で戦えば退けることは造作もないだろう。ただ雨竜は、その魂魄に刻まれた聖文字が始祖とのチャネルとして機能することで、始祖の霊圧の残滓をより強く引き寄せてしまう恐れがあった。
 よって必要なのは、体の内からの守り。霊力譲渡による体内への結界生成。それが、竜弦が導き出さざるを得ない結論だった。
 結界のために雨竜の体内に流し込む霊力は、何も一度に多量であれば良いという物ではない。霊力はいずれ体内で溶け合い、雨竜のそれと完全に同化してしまう。そのため結界を定着させるには、竜弦の霊力を雨竜の体内で異物のままの状態で時間をかけて馴染ませなければならない。
 そのためには、一定期間毎日のように竜弦から霊力を与えて結界を作り続ける必要があった。
 それ自体は必要なことであると竜弦は理解している。息子の命に代えられる物など何一つとして存在しない。
 ただその手段が粘膜同士の直接の接触──有り体に言えば性的接触のみであるというその一点が、竜弦を酷く苛んでいた。
 竜弦は唇を重ねたまま細めた目で雨竜を見る。
 とろとろと口内で混ざり合う唾液を、雨竜は白い喉を動かして嚥下していた。肌が微かに色付く様が花を思わせる。
 呼吸は上手く出来ているようだ、初めは不慣れゆえ何度も咳き込んでいたものだが。だが私との行為でそれに慣れる必要など無かったはずだ、と何度も湧き上がる自責の念に一時的に蓋をして雨竜の全身を流れる霊力を見る。そうでもしなければ気が狂ってしまいそうだ。
 そろそろ一度の規定量か、と竜弦が判断してすぐに、雨竜の指先が竜弦のシャツの袖を小さく摘んだ。呼吸が苦しい、の合図だ。
 静かに唇を離すと、熱に浮かされたような目と一瞬だけ視線が交わるが雨竜はすぐに目を反らして俯きながら呼吸を整え始めた。本当に熱に浮かされていた方がどんなにましか。上下する細い肩と吐き出される熱い息、そして色付いた目尻と頬は、彼がこの行為に溺れかけていた事を如実に示していた。
「大丈夫か」
 こくり、と一つ頷きが返ってくる。
 施術の最中、雨竜はひどく口数が少なくなる。耐えられないと思ったら言えと何度伝えても、雨竜はそれを口に出さない。
 竜弦はベッドから降りて自室内の小型冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを一本出す。キャップを開けてから雨竜に渡すと、500ミリボトルを一度に半分ほど飲み干して無言で突き返された。
 雨竜の呼吸が整ったことを確認してからその手首を取って、体内に流し込んだ霊力の操作を始める。一週間ほどかけてようやく体内に定着させた結界の基礎部分の上から本体を形作っていくのだ。雨竜の体内に流し込んで散らばりかけている己の霊力を掴み撚り合わせ、編むように結界を形作っていく。
「……っ」
 雨竜の細い指先が小さく震える。霊力が体内で動くのが分かる、と以前雨竜が言っていた。痛みはないが小さく疼くので気になりはする、と。
 なるべく静かに霊力を操作して結界の基礎と今日の分の霊力の結合を試みるものの、竜弦は眉をひそめた。
(基礎は定着しているが、やはり外殻はまだ緩い)
 雨竜自身の霊力の強さと親子であるがための質の近さ故か、雨竜の体内にある竜弦の霊力はすぐに雨竜の霊力に吸収されてしまう。
 となると、一度に吸収出来ないほどの霊力を数回に一度は与える必要がある。その吸収されるまでの猶予を使い、吸収されていない分の霊力を結界に利用するのだ。
「……雨竜」
 手首を掴んだまま名前を呼ぶと、雨竜は伏せていた目を上げた。これから何をするのか、何をされるのか理解し切っていることを、その目の静けさが物語っていた。
「……今日は下肢からも行う」
 努めて淡々と伝えると、「そうか」と雨竜は頷く。
「そろそろだろうとは思ってたさ、まだ外殻は作りきれていないみたいだし、前回から一週間経つ」
 淡々とした口調であったが、自分の手首をつかんだままの竜弦の手を見て僅かに眉を下げた。 
「……僕が結界定着にもっと協力出来れば良いんだけど」
「……謝るな」
「謝ってないだろ……」
 どこか拗ねたように呟いてから、雨竜は一つ溜息を吐き出した。
「僕のために必要な医療行為なんだろ」
「そうだ……そうだな」
「だったらひと思いに始めてくれないか、医者が怖がってる医療行為なんて患者からすれば不安なだけだ」
 言うだけ言って、雨竜はベッドに横になる。寝返りを打って竜弦に背を向け、うつ伏せになると小さな声で呟いた。
「……僕だって、あんたに早く楽になって欲しいんだ」
 息子にそんな言葉を言わせているのだ、父親である自分も滅却師の血も何もかも、救いようがない。
 考え始めれば何も出来なくなる昏い思いをどうにか飲み下しながら、竜弦はサイドボードの引き出しから医療用ワセリンの容器を取り出した。
「……予想はしていたようだが、準備はしてきたか」
「一応は」
 施術の際にバスローブを着るようになったのは、雨竜の思い付きだった。入院中に着ていた病衣が丁度良さそうだが流石に家には置いていないので、代わりにと引っ張り出して来たのだという。
 その選択がこの施術の医療行為らしく無さを助長していることなど、恐らく雨竜は微塵も自覚していない。だが竜弦はそれはそれで構わないような気もしていた。医療行為以上ではないと雨竜が考えているのであれば、結局それが互いのためになるのだから。
 そうだとしても、素直に抵抗してくれた方がどれほど良いと、何度思ったか。
 竜弦は小さく息を吸って覚悟を決めるとベッドの上に乗り上げ、雨竜の下半身を覆うバスローブを取り除けた。

 施術の最中、雨竜は必死で声を殺す。腰だけを高く上げてベッドにうつ伏せになり、呼吸が心配になるほど、枕に顔を埋めて。
 なるべく雨竜の負担にならないようゆっくりと腰を動かしながら、下肢から注いでいく霊力を使って体内の結界を組み上げていく。
 微かにベッドの軋む音、結合部のぐちゅぐちゅと鳴る水音、雨竜の押し殺された呼吸音が室内に響く。
 時折、雨竜の体が強く震える。身体が得てしまう刺激をどうにか己の内で飲み込もうとしているのだろう。それに耐える細い四肢を見るうちに、背筋にゾクリとしたものが走った。
「っ……雨竜、顔を上げろ。窒息するぞ」
 背筋を走ったそれから目を背けながら雨竜の頬に手を添えて顔を上げさせると、雨竜が肩で息をしながら顔をこちらに向けた。
 荒く息を吐き出す半開きの唇と涙の膜を張る目を縁取る目尻が白い肌で一際赤く見える。
 痛々しい、と、そう感じる一方で、どくりと身体の奥で脈打つ物がある。それを努めて無視しながら、雨竜に深呼吸を促す。
「私の方は見なくていい、ゆっくり息を吸え……そうだ、吐いて」
 何度か深呼吸させるうちに、浅く震えるような呼吸は落ち着いた物になっていく。
「まだ少し掛かる。……耐えられるな」
 顔を上げさせたまま確認すると、こくり、と雨竜が小さく頷いた。
 一呼吸置いてから少しずつ腰を動かし始める、
「っ、ぁあ……!」
 悲鳴に似た喘ぎ声は艶を帯び、いともたやすく理性を揺るがせた。
「は、ぁ、んぅ、」
 律動と共に雨竜は声を上げたが、恐らく半ば無意識に声を殺しているのだろう、その声はひどく小さい。だが同時に体の内を暴く竜弦を包み込むように締め付ける。まるで竜弦を求めているかのように、更に奥へと誘おうとするかのように。
 思わず呼吸が荒くなり、もっと強く抱きたいという衝動に駆られそうになる。それでも湧き上がる情欲の全てを押し殺し、努めて静かに腰を動かしながら雨竜の体内の結界を構築し続ける。
「あ゛……はッ、あっ、」
 体内で蠢く霊力の感触も加わって苦しいのか、雨竜の細い指先が藻掻くように動いてシーツを掴んだ。増えていく皺を視界の端に捉えながら、竜弦は今日の分に目処を付ける。
「……そろそろだ」
 身を屈めて耳元で囁くと、雨竜の肩がひくりと震え、一際強く竜弦を締め付けた。思わぬ反応に竜弦が眉根を寄せて耐えていると雨竜は肩で息をしながら竜弦を見た。
「っ……はや、く」
 その目に渇望の光が宿っていたのも、その声が強請るような響きを帯びていたのも、どうか気のせいであって欲しい。
「ッ、は……!」
「ん、んんっ、あ゛ぁっ」
 雨竜の限界も近いようだ。竜弦は荒い息を吐き出しながらも、己の気の迷いを誤魔化すように、努めて緩やかに腰を動かす速度を上げていく。 
「ひぅ、はッ、んあ゛……!」
 体内で与えられる刺激が既に許容量を越えているのか、雨竜の全身がガクガクと震える。本人にも制御出来ないのか、溺れた魚のように手足がバタバタとベッドの上を跳ね回った。
 対象が動き回っていては結界作製に差し障りが出る。竜弦は雨竜の細腕を掴み、体重を掛けないようにしながら細い体ごとしっかりと自身の腕の中に抱き込む。逃げ場を失った四肢はなおも暴れようとするが、体付きで勝る竜弦によってあっさりと押さえ込まれる。
 紅潮した頬を透明な液体が伝うのが見えた。
「っ……すまない、もうすぐ、終わる」
 口から出た声は、滅却師として淡々と結界を組み上げる冷静な頭脳と息子を傷付けることでしか守れない己に対する怒りと憤り渦巻く感情、そのいずれとも裏腹にひどく切羽詰まっていた。
「〜〜〜〜っっ!」
 腕の中の雨竜の全身が張り詰めると同時に、雨竜の内は激しく蠢く。
「っ、く……!」
「っひゃ、ぁあ……!」
 だらりと全身弛緩しかけた雨竜の中に、己の精を注ぎ込む。雨竜は再度電流が走ったかのように体を震わせた。
 そしてこれが仕上げと、竜弦はたった今注ぎ込んだ霊力を素早く雨竜の体内の結界へと配置する。なるべく負担にならないようにと注意したが、絶頂後もなお体内を弄られていることでひくひくと雨竜の体は小さく震えていた。それでも今日で確実に定着させられる分はここまでだろうと目処をつけた分まで結界を組み上げ、
「今日はここまでだ」
 施術の完了を告げるが、雨竜からの反応はない。意識を飛ばしてしまったらしい。
「……よく耐えた」
 小さく呟いて、自身を雨竜の中からゆっくり引き抜く。早々に自身を下着の中に収めてパンツのチャックを引き上げた。
 雨竜の脈と呼吸に異常が無いことを確認してからベッドから下りると、部屋に備え付けの浴室のバスタブで湯を沸かす。二十年以上使用していなかった元は客間であるこの部屋を施術の場に選んだのにはこの浴室の存在が大きかった。施術が決まって直ちにハウスクリーニングと水回りの業者を呼んで整備点検をさせたお陰でこの部屋全体を使えるようにしたのだ。
 ラックからバスタオルを二枚取ってベッドに戻り、雨竜のバスローブを全て脱がす。バスローブにいくらか吸収されているとは言え、その細い四肢は全身汗と体液に塗れている。それらを拭き取り回復体位を取らせてから、白い裸体を覆い隠すように使っていないバスタオルを上から掛けた。
 五分もあれば雨竜は目を覚ます。竜弦は冷蔵庫から新しい水のボトルを出すとベッドに腰掛け、深々とため息を吐き出した。
 そうして腰を落ち着けた瞬間に、思い出したかのように全身から汗が噴き出す。
 暑さに耐えかねて第一ボタンだけ外していたワイシャツの第二ボタンを外し、ボトルの水を喉に流し込んだ。
 ベッドの上で横たわっている雨竜を見て、ふと先までの雨竜の様子を反芻してしまう。
 体温が上がり仄かに色付いた白い肌、与えられる刺激に耐える細い四肢、時折向けられる濡れた瞳、艶を帯びながら喘ぐ声、それら全てがいとも容易く父親としての理性を揺らがせる。
 息子との性的接触という施術方法に対して強い忌避感を覚えながらも、いざ事に及べば息子に対して浅ましい欲を抱いていると自覚した時に竜弦は絶望し、全て終わったら自らの命を断ってしまおうかとすら考えた。だがそれを黙って実行に移せば事情を知らぬ雨竜が烈火の如く激怒することは目に見えている。なんら世間一般の父親らしいことをしてこなかったとは言え、自分の命程度で雨竜を激怒させるのも雨竜をただ一人残して消えるのも、雨竜のことを考えると実行出来たものではなかった。
 よって竜弦に出来るのは、己の抱いた欲全てに蓋をして、何ら変わらぬ父親として振る舞うことのみ。
 これはあくまで親子間の医療行為であって、そこに肉欲を伴ってはならないのだから。
 そろそろ雨竜が目を覚ます。霊圧の揺らぎを感知して、竜弦は小さく咳払いして一旦思考を隅に追いやった。
「ん……」
 小さく身動ぎをしてから、長い睫毛が揺れて雨竜の目が開く。
「起きられそうか?」
「……一応」
 その小さな声は少しばかり掠れていた。
 雨竜はゆっくり体を起こす。サイドボードに置いてある雨竜の眼鏡を渡すと、雨竜はそれを受け取って一つ二つと瞬きをした。
「もうすぐ風呂が湧く」
 雨竜が飲んでいた分の水のボトルを渡しながら言うと、雨竜は「ありがとう」と小さな声で言ってから一口水を飲んだ。
「どこか悪いところは」
「腰が重い以外は、ない」
「なら良い。明日も同じ時間に来い」
「あんた夜勤とかないのか……?」
「当分はな。これが終わったら夜勤を増やす」
「……体壊すなよ」
「先の話だ。お前は自分の心配だけしていろ」
 どこか責めるように睨まれたが、気付かない振りをする。
 風呂が湧いたことを知らせるチャイムの音が静かな部屋に響き、竜弦は立ち上がる。 
「……入浴したらもう寝ろ。いつも言っているが、お前が思っている以上に体への負担は大きい。自分で歩けるか?」
「…………」
 雨竜は無言で竜弦を睨んだまま、バスタオルを抱えてベッドから立ち上がると浴室へとすたすた歩いて行ってしまった。
 浴室の扉がパタンと閉じたのを見届けて、竜弦は一つ息を吐き出した。
 今に始まったことではないが、雨竜の肉体面の立ち直りの早さには目を見張るものがある。あの細い体のどこにそんなフィジカルがあるのかと疑うほどだ。念のため最初の一回は抱き抱えて浴室まで連れて行ったのだが、二回目以降は自力でさっさと立ち上がるようになってしまった。
(元気に育ちここまで生きた、それだけで良い筈だというのに)
 ふと心臓が軋むような心地がして、シャツの上から押さえる。
(息子であるお前に欲情している)
 断罪は為され得ぬであろうと理解しているからこそ、ただそれだけを願う。
(私を、どうか許してくれるな)
 

うけとめて(★)(和愁)

 虎石が根は割と繊細な事は知っているが、それにしたって今回は相当だな、と虎石の余裕のない表情を見ながら考える。だがそれはすぐ脳内を駆け巡る快感で塗り潰された。
 ゆっくり突き上げられながら、自分を見つめるグレーの瞳を覗き込む。当たり前だが、こいつの目には俺しか映っていない。
 腕を伸ばして背中に手を回してやると、甘えるように身を寄せられた。
 耳元で何度も名前を呼ばれるのであやすように背中を叩いてやると、ベッドと俺の体の間に手を滑り込ませて強く抱き締めてきた。密着する体温に僅かな安心感を覚えて俺は目を閉じた。
 何があった、とは聞かない。聞いてやらない。ただこうして受け止めてやればそのうち大人しくなって、明日になればけろっとしているだろうから。
 虎石の肩に小さく爪を食い込ませてやると、皮膚に僅かな赤が咲いた。それを見て思わず笑みを深める。
 今は、思う存分俺だけを抱いていればいい。

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please tie me(★)(再録)(和愁)

「愁はさ、なんでオレに抱かれたいって思ったわけ」
 急にそう聞かれ。
「……抱いてる最中に言うことじゃねえだろ」
 そう言ってやると、「それもそっか」と笑いながら虎石は空閑を深く奥まで抉るようにして突き上げた。
「っ……!」
 空閑は頭の中で弾ける光と全身を電流のように駆け巡る快楽による浮遊感から逃れるようにベッドシーツをきつく握った。だが虎石によってシーツを握る指はほどかれ、替わりに虎石の指が絡みつき空閑の掌をシーツに固く縫い止める。もう片方の手首もシーツに押さえつけられ、ベッドに固定されているような形だ。
 自由が効かない体勢にもかかわらず、目の前の男に抱かれながら縛られているような感覚に、空閑はひどい陶酔感を覚えて思わず口角を上げた。それを見た虎石は呆れたように笑う。
「……愁、ほんとこの体勢好きだよな……腰きつくねえの」 
「別に。お前の顔が見えるだろ」
「っ……」
 目の前の虎石の顔が赤くなるのと同時に自分の中の虎石が大きくなるのを感じ、空閑は笑みを深めた。
「ほら、来いよ」
 挑発するように言い終わると同時に、唇は唇で塞がれた。何度も角度を変えながら重なる互いの唇の柔らかさをたっぷり味わいながら、舌先を擦り合わせる内に混ざり合う唾液を空閑は必死で飲み込んだ。
 ぐちゅぐちゅと音を立てながら何度も抽送し、浅いところから奥まで、虎石は空閑の感じるところを自身で押し潰すようにしてひたすらに、けれど優しく蹂躙する。
 空閑は自身が奥まで暴かれる度に甘い声を漏らす。
「はぁっ……! ぁ、んぅっ、ふっ……」
「はっ……愁の中、すげえ気持ちい……」
 虎石によってベッドに繋ぎ止められている安心感で、空閑は躊躇無く快楽に身を委ねることが出来た。もっと深く繋がりたいと腰に脚を絡めると、虎石は呆れたように笑う。
「愁、ほんっとオレのヤんの好きだよな……」
「んっ……はあ、お前だから、な」
「はっ……」
 ぼっ、とまた虎石の顔が赤くなり、腰が止まる。
 女となら散々遊んで来ただろうに、俺相手だとこの反応。空閑は愉悦を覚えながら目を細め、それを見た虎石は恥ずかしそうに目を反らす。
「ほら、動け」
 強請るように空閑が腰を動かすと、虎石は「ああーっくそっ!」と呻きながら勢いよく空閑に腰を叩き付けた。
「んぁっ、あっ!」
 突如与えられた脳の許容を軽く越えるほどの快楽に目が眩み、空閑は全身を震わせた。虎石は空閑の最奥まで何度も抉って責め立てる。快楽の海で溺れそうで、上手く息が出来ない。
「愁……愁、愁っ」
「はっ……あ、ぁあっ」
 何度も名前を呼ばれながら奥まで暴かれ、上手く酸素が行き渡らないまま快楽だけを与えられる脳にその情欲で濡れた声は容易く染み込んでいく。自分の喉から漏れるのは意味を持たない喘ぎ声だけだ。
 虎石はその喘ぎ声すら逃すまいとまた唇を重ねてくる。呼吸は苦しくなるばかりなのに、唇に感じる柔らかい感触に縋っていると、何故かいつもより深く呼吸出来るような気がする。
 体の内側を波のようにせり上がってくる感覚に、空閑は無意識に笑みを深めた。そして、声無き声で呟く。
 
 ──お前に縛られてなきゃ、こんなに気持ち良くならねえよ。

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before the start(★)(再録)(和愁)

小学生時代和愁。
本番描写はないけど18禁。つまりそういうことです。

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

「愁さあ、もう『せーつう』した?」
「は?」
 母さんが働きに出ていて家にいない、平日の夕方五時頃。
 放課後のそんな時間に虎石が家に入り浸るようになってそろそろ一年になるが、その時の虎石の質問はあまりに突飛で、それも二人で向かい合ってリビングのローテーブルで宿題をやっている時だったから、俺はぽかんとした。
 虎石はテーブルに膝を突いてシャーペンをくるくる回しながら、テーブルに広げたノートやドリルではなく俺を見ている。
「だからさあ、精通したかって聞いてんの」
「あー……した、と思う」
 総合の時間を使って行われた性教育の授業の内容と自分の記憶を照らし合わせて答えると、「そっかあ」と虎石は頷いた。
「じゃーさ愁、オナニーは? する?」
 興味津々といった風で、虎石が身を乗り出して聞いてきた。
「……別に、しねえけど」
「なんで? きもちいよ?」
「興味ねえ」
 この言葉は本当だった。そろそろ出そうかな、と思ったら排泄の感覚で出す。それだけで十分だった。
「え~~~~~~っマジかよ」
 本気で驚いているらしい虎石だったが、俺はこの下らない話題をさっさと切り上げようとまた漢字ドリルに視線を落とした。
「ほんとにしねえの? ていうかきょーみねえの? マジ?」
「しねえって言ってんだろ」
「ふーん……」
 虎石はいったい何が不服なのか、俺をじろじろ見ている。ドリルを見ていてもそれは嫌でも感じる。
「……なあ愁」
「下らねえこと言って宿題の邪魔したら殴る」
「わーったって、宿題の邪魔はしねーから」
 口ではそう言いつつも、こっちが宿題を終えたら何かしてくる気満々なのが透けて見える。
 そして予想通り、俺が今日の宿題を終えた途端にそれを見届けた虎石がじゃれつくように俺に飛びかかってきた。
「よっし愁!」
「っ! おい虎石」
 俺をカーペットの上に押し倒すようにしてのしかかる虎石は、にやにや笑いながらこう言ってきた。
「今日は愁にオナニーの気持ちよさを教えてやろう」
 こいつは何を言っているんだ。
 俺が言葉も出ずに唖然としているのをいいことに、虎石はローテーブルの上のティッシュの箱をすぐ近くまで引き寄せてから俺のズボンに手を掛けた。
「は? おい待て、虎石」
 思わず体を起こして拳を握ると、虎石の手の動きが止まった。
「何する気だ」
「ナニって、男のカラダに生まれた喜びを愁に教えてやろうと」
「なに言ってんだお前」
「いーから大人しくしとけって。今更裸を見られて恥ずかしい仲じゃねーだろ」
 確かにクラス合同のプールの授業で同じ更衣室で着替えたことはあるし、互いの家の風呂はよく使う。しかしそれとこれとは話が違う気がする。
「な、愁」
 そして虎石ににこりと微笑まれると、何を頼まれても、まあいいか、と思ってしまうのはここ一年で付いてしまった俺の悪い癖だ。
 俺が呆れ半分諦め半分で体の力を抜いたのを良いことに、虎石は俺のズボンとパンツを下ろして俺の下半身を剥き出しにした。
「わ、愁のちんこでけぇな」
「そうか……? んっ」
 虎石が俺のちんこを握ると、体にびりりと電流が流れたような気がした。
 なんだ、これ。俺が自分で触ってもこうはならないのに。
 虎石が少し手を動かすだけで体に電流が走り、心臓がばくばく鳴り始める。頬は熱いのに、何故か血の気が引いて体温が下がっていうような感覚がして訳が分からない。
「愁、何かエロいこと考えてみろ」
「っ……エロいこと……?」
「そう。オナニーってのはな、こーやって触りながら……」
 急に虎石が俺のちんこを握る手を上下に動かして擦り始めるから、俺は目の前がちかちかするほどの感覚に全身を震わせた。
「んんっ! ひ、ぁ、」
「エロいこと考えて、どんどんちんこを立てていくんだ」
 エロいこと。エロいことって何だ。分からない。ただ、虎石に触られていると奇妙な感覚が身体中を走るからなんだか怖い。怖いけれど、嫌ではなかった。
「な、愁、どう? きもちい?」
「あっ……あ、あぅ、」
「お、濡れてきた。きもちいいんじゃん」
 きもちいい? 俺は今、きもちいいと感じている?
 足の間から次第にぐちゅぐちゅという水音が聞こえてくる。これが射精の前段階だということは知っている。でも自分で触っている時はこんな感覚にはならない。
 ぐり、と虎石が俺のちんこの先を指先で強く押した。
「っあ! ああ、あ、」
 体の内から何かがせり上がってくるような感覚に襲われ、俺は身をよじる。
「とらいし……も、やめっ、」
「なんで? きもちいーだろ?」
「きもち……いい……?」
「愁は慣れてないだろ? 今愁が感じてるのはきもちいいからだ」
「きもちいい……から……」
 ぼんやりと虎石の言葉を反芻する。きもちいい。俺が今感じているのは、きもちいいから。
「じゃ、愁やってみ」
 虎石の手が離れたと思ったら、俺の手を取って俺のちんこを握らせてきた。そして俺の手を上から包んで上下に動かす。
「んぁ、はっ、あ、」
 おかしい。今触れているのは俺の手の筈なのに、まだ虎石に握られているように感じる。体の内から外へとせり上がってくるような感覚はどんどん大きくなる。
 きもちいい、きもちいい。
 一度脳に入り込んでしまったその言葉が今の感覚と結び付いて、虎石によって動かされる自分の手の動きを鋭敏に感じ取ってしまう。
「どう、愁?」
「っ……きもち、いい……」
 言葉に出すと、手の中のそれがいっそう大きくなった。すると虎石がにやりと笑う。これはろくでもないことを思い付いた時の顔だ、と頭に僅かに残った冷静な部分で判断する。
「なあ愁、オナニーってほんとは一人きりの時にやらなきゃいけないって知ってた?」
「……?」
 やろうって言ったのはお前だろ、と冷静な部分が思っても、大部分が熱に浮かされた頭ではそれは言葉にはならない。
「愁はオレにちんこ握られて、オレの前でちんこ立てて、オレ達今イケナイコトしてると思わねえ?」
「イケナイ……コト……?」
 俺達はイケナイコトをしている、でもきもちいい、イケナイコトなのに、きもちいい、正反対の気持ちがぐるぐると頭の中を回って、
「……でも、きもちいい……」
 勝手に口からぽろりと出た言葉。その直後、目の前が真っ白になるような快感が背筋から脳天を駆け上がった。思わず体をしならせる。
「んぅっ!!」
 排泄感に似た、体の中から何かが抜けていく感覚。呼吸を整えるうちに、頭の中が少しずつクリアになっていく。
「ほら愁、出た」
 虎石が白い液で濡れた俺達の手を取って笑う。
「きもちよかった?」
 無邪気な笑顔のまま、濡れていない方の手を使ってティッシュで精液を拭う虎石。
 イケナイコト、恥ずかしいこと、の筈なのに、虎石相手なら嫌ではないことに気付いてしまう。しかしこのにやけ顔にそれを言えば調子に乗るのは目に見えている。だから俺は、虎石が拭っていない方の手をその額に伸ばした。そして勢いよくでこピンしてやる。
「いってえ!」
 額を押さえて転がる虎石。俺はさっさとティッシュでちんことその周りを拭いてからパンツとズボンを上げた。
「なにすんだよ愁!」
「テメェこそいきなりなにしてくんだ」
「いやだった? ならごめんな。でも愁きもちいいって言ってたじゃん」
「っ……」
 それを言われると、思わず頬がカッと熱くなる。そう、虎石にちんこを触られて射精までさせられたということ以上に、自分で触る時はそうじゃないのに、虎石に触られてきもちいいと感じてしまったという事実がなによりも恥ずかしかった。
 そもそも、オナニーって一人でやるもんだろ。一人できもちいいって感じるためのもんだろ。
 なのにそもそも、お前に触られないときもちいいって感じられないなんて、
「あれれ~どした愁、顔赤いぞ~」
「うるせえ!」
 赤くなった顔をこれ以上虎石に見せたくなくて、背中を向ける。とりあえず顔を洗おう、そうすればこの熱もなんとかなるはずだ。洗面所に向かい、鏡の中の自分の顔を見る。蛍光灯を付けていないから薄暗い、それでも分かるくらい赤い顔が映っている。
 ――きもちいい……。
 ふと、さっき虎石にちんこをしごかれていた時の自分の声を、全身の熱を思い出してしまい、いっそう顔に熱が上る。
 なんなんだ、俺になにが起きてるんだ。
 冷たい水がこの熱を誤魔化してくれることを祈りながら、俺は蛇口をひねった。

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今日はちょっといつもと違う(★)(再録)(和愁)

「なあ愁、たまには二人でコスプレエッチとか」
「頭打ったのか?」 
 某大型量販店で買った安っぽいコスプレ衣装の袋を抱えた虎石を冷たく一蹴し、空閑は読んでいた虎石の漫画に視線を落とした。
 ここは虎石の実家、虎石の部屋。
 短い夏休みの間、僅かな帰省期間ながら、空閑と虎石は毎日のように互いの家を行き来していた。これは高校進学する前からの習慣で、寮に入っても(主に虎石が)互いの部屋に行くのは当たり前、今更それが変わるはずもなかった。
 ──そして虎石にとっては、この帰省期間こそ色々な意味での大チャンスで。
「なあいいじゃーん、たまにはいつもと違うコトしようぜ?」
 肩からのし掛かってみればぐいと押し返され、
「おい虎石、これの続きの巻は」
「おう、そこの本棚に……ってそうじゃなくて」
 何事も無かったかのように虎石の発言を無視する空閑。流石オレの幼馴染はハートが強い、と自分がその元凶であることを棚に上げてしみじみとする虎石。
 とは言えなんとかして愁にこれを着て欲しい、だって着て貰うために買ったんだから。そう決意を新たにする虎石。
 そう、虎石の目的は単純だった。
 愁とコスプレエッチがしたい。本当に、そんなただただ単純な動機だった。
 虎石は知っている、色事に全く興味が無さそうな空閑が本当は性欲が強いことを。ただ普段はスイッチが入っていないだけで。そのスイッチさえ入れば、空閑は虎石が思わず音を上げるまで虎石を求めて来る。
 それでも寮生活を送っている以上チャンスはなかなか望めない。だからこそ、今がチャンスなのだ。今やらなくていつやるのか。
 それに、チャンスがあるうちに発散しておかないとお互い辛い。経験で分かる。あまりにお預け期間が長かった後での空閑は、際限ない体力で以て虎石を求めるし、強請るし、絞り取る。普通は抱かれる側の方が体力を使うはずなのに虎石の方がどっと疲れる。
(……仕方ねえ)
 だから虎石は、奥の手を使うことにした。

「おっ愁、おはよ~」
「……おい、なんのつもりだ虎石」
 昼食後に眠くなった空閑をベッドに寝かせ、爆睡している隙に着替えさせる。一度寝るとなかなか起きない幼馴染の習性を利用した我ながら完璧な作戦だ、と虎石は自画自賛した。
 空閑が着ている……というより着させられているのは、紐と体の一部を覆う僅かな面積のホルスタイン柄の布だけで構成された、もう露出度の高さのことしか考えられていないような牛のコスプレ衣装だった。頭にはしっかり耳と角のカチューシャ、首にはベルが付いた首輪。がっしりしていながらもしなやかな筋肉が惜しげもなく晒され、それを見た虎石は満足げに頷いた。
「いやー、よくお前に入ったよなこの衣装。ほぼ紐だからサイズ調節楽だったけどさ」
 そして空閑の枕元に立つ虎石が着ているのは、赤と白の薄い布のセーラー服だった。ギリギリまで短くしたスカートに、わざわざ白いハイソックスまで履いている。
 体を起こしてそんな虎石を一瞥した空閑は一言。
「ふざけんな」
「いいじゃん、可愛いぜ愁ちゃん」
 虎石はベッドに腰掛けてわざとらしく足を組んだ。ちらちらと、空閑に見せ付けるようにして足を揺らす。
「……つーか愁、オレの前だからってちょっと無防すぎね?」
「それもそうだな、次からぜってぇお前の前では寝ねえ」
「じゃ、今日の愁は今日だけのトクベツってことで……」
 少しだけ声に熱を込めて、空閑の太腿に手を這わす。
「なぁ愁、オレ今の愁のエロいとこすっげえみたいんだけど……愁はきょーみない? 今ヤったらどんだけ気持ちよくなるか、とかさ」
「っ……」
 露出している部分を触られ、空閑は僅かに体を強張らせた。
「いつもと違うカッコの愁、すげえ興奮する。愁は?」
「すげえアホだな、お前のセンスが」
 そう言いながらも、空閑の目に僅かな熱が籠もる。
 チャンス。虎石は、自分の目が獰猛に光るのを自覚した。そして空閑がしっかりそれを見たことも。
「……仕方ねえな、今日だけだ」
 空閑は虎石に顔を寄せた。そして、獲物を捉えた狩人のように目を光らせて笑う。
「来いよ」
 虎石はニヤリと笑うと、ベッドの上に乗り上げる。空閑の目の前で膝立ちになってスカートの裾を摘まみ上げると、レースで飾られた黒の女物の下着がスカートの中から覗いた。
「……お前ほんとバカだろ」
「いーじゃん、こういうのは雰囲気だよ」
 虎石が何も言わずとも、空閑は虎石が穿いている下着に手を伸ばす。ぐい、と躊躇いなく下ろすと虎石のそそり立つ男根が勢いよく姿を現した。
 スカートや女物の下着とは到底不釣り合いなそれに、しかし空閑は動じることなく虎石のそれを両手で支えて頬を寄せた。
 ぴたり、と頬が当たる感触に虎石は息を漏らす。空閑はうっとりと虎石のそれの感触を頬で味わってから、ゆっくりと舐め上げた。それを何度か繰り返してから、空閑はそれを口内に誘い込む。
 虎石をいっぱいに頬張って歪んだ空閑の顔を見て、虎石は体中の血が熱くなるような気がした。じゅぽじゅぽと音を立てながら、裸同然の服を着た綺麗な顔の幼馴染の口から自分の男性器が出し入れされる様はひどく背徳的で淫靡であった。
 ぞくぞくと背筋を駆け上がる快感は虎石の理性を溶かし、虎石は思わず空閑の頭を掴んで前後に揺さぶった。
「んぐっ……!」
 空閑は僅かにえずいたが、その舌はすぐまた虎石に絡み付く。
「っあ、やば、愁、すげえイイ……」
 譫言のように声が漏れる。夢中で空閑の口内を犯すうちに少しずつ体の内を何かがせり上がる感覚がした。
 やばい、とぎりぎり残った理性で慌てて空閑を引き離すと同時に、どくんと自身の内で音がして気付いた時には空閑の顔に白濁が飛び散っていた。
「……相変わらず早いな」
 体を起こした空閑がそう呟くので虎石は思わず顔を熱くしてうるせえ、とふてくされる。だが視線は空閑から逸らせない。自分が出したもので顔を汚す空閑はいっそう肉欲を煽り立てる。
 虎石のその様子を見た空閑は薄く笑い、顔に付いた白を乱暴に拭うと胸を覆う僅かな布を上にずらして胸を露わにした。
「ほら虎石、今日は吸わねえのか」
 唇を舐めながら挑発的に笑う空閑を、虎石は迷わず抱き寄せる。
「愁ちゃん、ノってきた?」
「かもな」
 虎石は自分の足に通したままの下着を脱ぎ捨てた。空閑を自分の足の上に跨ぐようにして座らせ、虎石はまず右胸にむしゃぶりついた。空閑の乳首を吸い、舌の上で転がし、出もしない母乳を求めるように一心に。
 空閑は熱い息をこぼしながら、自分の胸に夢中になっている虎石の頭をかき抱いた。全身を包み込むような安心感に満たされながら、虎石は左胸も吸い始める。
「んっ……はあっ……」
 虎石に胸を吸われながら、空閑はひくひくと体を震わせ体中を熱くする。
 空閑が牛の格好をしていることも相まって、本当に愁から母乳が出るんじゃないか、などと虎石の頭を過ぎり、ぎゅう、と一際強く吸い上げる。
「っ、あっ!」
 空閑は思い切り仰け反り、びくびくと体を震わせた。
 虎石は空閑の胸から口を離し、空閑の股間を見た。股間を隠すホルスタイン柄の僅かな面積の布は濡れ、白い液体が太腿に伝っていた。頬を紅潮させ、ぼんやりとした熱い目で虎石を見ながら肩を上下させる空閑の体は触れると汗で湿っていて、虎石はニヤリと笑う。
「どーよ、JKにおっぱい吸われてコーフンシてイっちゃうエッチな牛さんになったキブンは?」
 その言葉に空閑は唇の端を上げる。
「……は、その牛に咥えられて興奮してたのはどこのどいつだ?」
「言ってろ……!」
 ぐい、とベッドに押し倒せば空閑は躊躇い無くベッドに横たわる。不敵にぎらつくその目は牛どころか獲物を前にした肉食獣だ。
「来いよ、虎石」
「はっ、泣かされても知らねーぜ?」
「お前こそ途中でへばんじゃねぇぞ」
 凶暴そのものな視線が交わった後、二人は噛み付くようにして唇を重ねた。

 
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牧場を引きずりすぎている

First Time(再録)(★)(廉聖)

「ねえ、廉はいつになったら俺を抱いてくれるのかなぁ」
「っ……?!」
 南條に唐突にそう言われ、北原は飲んでいたペットボトルの水を勢いよく噴き出した。ゲホゲホと咳き込んでいると南條が優しく背中をさすってくれた。
 呼吸を整え、隣にすわっている南條を睨む。
「っ……お前、急に何言い出すんだ」
「何って、そのままだけど。ちなみに俺的には、付き合い始めてそれなりになるのに未だに抱こうともしてくれないのは、廉は俺じゃ勃たないのかなあって少し悲しくなるかなあ」
「うっ……そ、それはだな……」
 なかなか痛いところを突かれ、北原は言葉に詰まった。
 一年の時に南條と仮にも恋人関係になってからもう半年以上は経っている。キスは済ませたが、その先まで進んではいない。互いの同室者が不在の時にこうして互いの寮を行き来するのは当たり前になっているし、そういうタイミングの度に南條がキスの先を求めていることに北原は気付いていたが、それでもわざと見ない振りをして来た。
「……わりーかよ……」
「悪いとは言ってないよ。ただ、いつになったら抱いてくれるのかなって聞きたいだけ」
「そういうのはな……もっとこう、大事にしたいって言うか……」
「……大事、って言うのは?」
「……時間かけたりとか……ムードとか……」
 北原はそう言いながらどんどん顔が熱くなっていくのを感じていた。思っていることをただ言っているだけなのだが、それが異常に恥ずかしい。そしてそれを聞く南條はいつものように飄々とした笑みを浮かべているのでなおのこと恥ずかしい。
「廉って意外とロマンチストだよねえ」
「うっせえ」
「俺は早く廉にその気になってほしいんだけど……まあ、廉がそう言うなら仕方ないかなぁ」
 そんな言葉の端々にも余裕が滲む。
 こっちは経験もないってのにこうして余裕をわざとちらつかせてくる辺りは本当に有罪だ。北原がそれを思ってふてくされていると、南條はくすりと笑って長い指でするりと北原の顎を掬い、上向かせた。自分を見下ろす紅い双眸に見すくめられ、そこから目が離せなくなる北原。南條はそんな北原の唇に自身の唇を重ねた。
 先までの会話が会話なので何をしてくるかと思ったがキスならいつもしている。北原は戸惑いながらも目を閉じ、何度か角度を変えて降る南條のキスに応じた。
 南條の舌が唇を撫でたので大人しく口を開けてやると、嬉しそうに口の中に入り込んできた。わざと水音を立てながら口腔内を舐め回され、粘膜と粘膜が擦れる感覚に北原は肩を震わせた。ぞくぞくと背筋を走る刺激に耐えながら舌を絡めてやれば、これまた嬉しそうに応じてくる。キスしてる時はやたら素直なんだよなこいつ、と、度重なる刺激に朦朧とし始めた意識の片隅の冷静な部分で考える北原。
 と、ぞわり、と急に今までより遥かに強い刺激が背筋を駆け上った。
「っ!!」
 思わず目を開けると、目に愉悦の色を讃えた南條とばっちり目が合う。視線だけ下に降ろすと南條の手はいつの間にか北原の股間に伸びていた。思わず南條の肩を掴んで離れると、南條は唇の端から唾液を垂らしながらくすくす笑いながらズボンの上から北原の股間を撫でた。
「廉のここ、すごい固くなってるよ?」
「っ……!」
 ただでさえ息が荒くなっているところに男の急所を撫でられて嫌でも呼吸が乱される。
 抵抗させる間もなく南條は楽しそうに北原のズボンのベルトを解き、ズボンを膝より下まで下ろす。北原のボクサーはテントを張り、その先端はボクサーより一段暗い色に変わっている。
 北原が抵抗も兼ねて睨むと、南條はクスリと笑った。
「なんだあ、ちゃんと俺でも勃つんだ。安心した」
 そう言う表情は、いつものように人を食ったような隙のない笑顔ではなく、心から嬉しそうな緩みきった笑顔で。どきん、と心臓が跳ねると同時に、どくん、と下半身に血が集まる。余計に固くなる北原のそれに笑みを深めた南條は「ねえ」と囁きながら北原に顔を近づけた。反射的に顔を背けそうになったが、南條の瞳に灯った熱に捕らわれ。
「これでもまだ……俺のこと、抱く気ないって言うの?」
 目を細め、蠱惑的に笑う南條にとん、と肩を押されたかと思うと、気付けば背中が床に触れていた。目の前には自分を見下ろす南條の顔。
「っ……お前、なんでそんなにオレに抱かれることにこだわんだよ。お前も男だろうが」
「好きなやつに抱かれたいって思うのに理由が必要かなあ? そこに男も女もないと思うんだよねえ、俺は廉だから抱かれたいんだけど。廉が女の子でも抱かれたいって思ったんじゃないかなあ」
 さらりととんでもない殺し文句を言われた気がする。そもそもオレが女だったらどうやって抱かせるつもりなんだこいつ……と思ったが、すぐに考えるのをやめた。こいつのことだから多少えげつなくともあの手この手を用意して来るに決まってる。
「安心していいよ、そもそも俺ゲイだし抱かれることへの抵抗とか全っ然ないから。後は女の子にとってもモテるのにまさかの童貞の廉に腹括って貰うだけ」
「後半は余計だ、有罪」
 南條はくすくす笑い、北原の顔をゆっくり撫でた。指先の動き一つ一つに興奮を煽られ、南條のペースに乗せられっぱなしで悔しくなり、北原はグイと南條の腰を引き寄せた。その時自身の腰に触れた南條の股間が固くなっていることに、こいつも確かに興奮しているのだと気付かされる。
「!」
 驚きで目を見開いた南條の表情に満足し、北原はニヤリと笑った。南條の頭を肩口に引き寄せ、耳元で吐息混じりに囁く。
「……分かった、抱いてやる。お前が満足するまで、完璧にな」
 ひくりと南條の体が震えた。
「っ……童貞だって言うのに、どこで覚えたの、それ」
 そう言って北原を見る南條の目は、熱で濡れている。
「さあな?」
 AVから、とは流石にこの空気では言えなかった。

「抱いてもらえるところ嬉しいんだけど、廉は男同士のやり方なんて知らないだろうから俺が全部やってあげるね」
「有罪!!」
 南條にズボンを全部脱がされたと思ったらベッドに押し倒されそうになった北原は慌てて腕を突っぱねて抵抗した。南條はきょとんとした顔になったが、すぐに目を細めて笑った。
「へえ~、廉、出来るの? 童貞なのに?」
「出来るかどうかじゃねえ、やんだよ。さっきも言っただろうが。つか童貞童貞うるせえぞ、有罪」
「じゃあ、一緒にやろっか」
 けろりとした顔で南條が言う。やっぱりペースに乗せられている気がしてならない北原は渋々頷いた。南條は北原を押し倒すのをやめると、ベッドの上に乗り北原の隣に座った。
「早速だけど廉はセックスの時相手に全部脱いでほしい方? ワイシャツくらいは羽織っててほしい方?」
「セッ……?!」
 南條の直接的な物言いにボッ、と顔が熱くなる北原。南條はそれを見てニヤニヤ笑っている。
「ちょっ直接的すぎるだろうが!!」
「どうせ今からすることなんだし、オブラートに包んでも仕方なくない? で、廉はどっちがいいの?」
「……おまえの好きな方でいい」
「そっか……」
 南條は少し考えてから自分のワイシャツのボタンをするすると全て外した。全開になった合わせの隙間から覗く白い素肌に、北原は生唾を飲み込んだ。
「ちなみに俺、普段は下着も着ないで直にワイシャツ着るなんて絶対しないよ。気持ち悪いし」
「……知ってる」
 着替えだけなら練習の合間の更衣室で散々見たことがある。合宿の風呂場で裸を見たことだってある。ただ、こうして無防備にワイシャツを身に纏う南條を見るのは初めてだからなのか、心臓が痛いほど鳴っている。
 南條がワイシャツを脱ごうとしたので、北原は南條の手首を掴んだ。
「待った、そのままで良い」
「着たままが良いの? どのみち下は全部脱ぐよ」
「いい。上は着てろ」
 南條は喉を鳴らして笑うと、自分の手首を掴んだ北原の手をそっと解き、ごろりとベッドに横たわったかと思うと北原の手を自分のズボンのベルトへと誘った。
「じゃあ廉、俺のこと脱がして」
「っ……」
 北原は震える手で南條のベルトのバックルに手を掛けたが、手の震えのせいでベルトを上手く外すことが出来ない。「廉、ゆっくりでいいよ」そう言う南條の見上げてくる熱のこもった視線を感じながら、北原は三分近く掛けてどうにかベルトを外すことに成功した。南條が腰を浮かせたのでズボンに手を掛けてゆっくり脱がしていく。ズボンが床に落ち、南條の白く長い脚が露わになる。急に増えた肌面積にガツンと脳を殴られたようになり、どうにか落ち着こうと北原はゆっくりと深呼吸をした。
「ね、見て、廉」
 南條は北原の手を取ると、まだ穿いているボクサーパンツへと導く。黒いそれはしっかりとテントを張り、布の下にある南條の雄の存在を主張していた。北原が震える手でボクサーを脱がすと、固くなった南條の屹立が露わになる。
「男同士の時はね、ここを使うんだよ」
 片手で自身の片膝の裏を抱えつつ、もう片方の手で南條は自身の秘部をそっと広げて北原に見せた。
「……そこに、入れんのか」
「そう。広げて、馴らしてからね」
 南條は枕元のローションの瓶を手に取り、北原に差し出した。いつの間にこんなもん用意してたんだ、と呆れる北原。よく見ると枕元には未開封のゴムがいくつか散らばっている。用意周到がすぎる、有罪。心の中でそう呟きながらローションの瓶を開けると手のひらに垂らしてみた。指に塗ってみれば、ぬるぬるとした感覚に奇妙な興奮を覚える。しばらく自分の指を擦り合わせてその感覚を味わううちに、北原はふと呟いた。
「……スライム思い出した」
「は?」
「小学生の時に遊んだスライムだよ……お前は触ったことも無さそうだけどな」
「ああ、夏休みの自由研究で作ってる奴が毎年いたねえ」
「それ……で、この指を、お前のそこに入れるってことでいいのか?」
「そう。ゆっくり、まずは人差し指だけ」
 南條に言われるままに、北原はそこに指を入れる。入り口でゆっくり曲げながら動かしてみると南條の媚肉が指にきつく絡みつき、思わず眉を寄せた。
「きっつ……ほんとにここに入れんのかよ」
「っは……そうだよ、だから、広げるわけ……ゆっくり、指で押して広げるみたいに……んっ」
 ゆっくりと、南條に指示されながら指を動かす。少しずつ解していくうちに、最初のようなきつさは感じなくなってきた。そして内壁を指先で刺激する度に南條が呼吸を乱すので、北原は少しずつ南條の悦ばせ方を理解しつつあった。
 もう一本入りそうだ、と北原は中指も南條の中に入れる。二本の指で孔を広げ、わざとらしく内壁に強く指を擦り付けてみれば南條は体を震わせ、北原の指を強く締め付ける。
「なあ聖、やっぱそこ弄られんの、気持ちいいのか」
「ん、ふっ……まあね、気持ちいいから、するんだし……セックスって、ん、そういうものでしょ」
「そうか、一緒に気持ち良くならねえと意味ねえもんな……」
 何の気なしに呟くと、ぎゅっと南條の中が締まった。思わず南條の顔をのぞき込むと、南條は僅かに頬を染めながら北原から目を反らした。照れを押し隠すようなその仕草と僅かに緊張したような表情は北原も見たことがなく。
「……有罪」
 そう呟くと、南條は先までのしおらしさはどこへやら、くすくすと笑うのだった。ふと、この体勢だと腰が辛そうだな、と気付き、北原は床のクッションを取ろうと指を引き抜いた。抜いた時に上がった「んぁ……!」という小さな叫び声と、腰の下にクッションを敷いている時のひどく熱い視線に、こいつは本気で俺を求めているんだ、と思い知らされ、北原は頬を熱くした。
 改めて指を入れ、勝手がまだ分からないものの、分からないなりに丁寧に南條の中を解していく。何事もやるなら完璧に──そのポリシーはこんな時でも有効だ。
「……指、そろそろ三本目、かな」
「お、おう」
 指を三本入れて広げられるくらいなら丁度良くなるということか。薬指も中に入れ、ばらばらとゆっくり動かしながら広げていく。南條は言葉も少なくなり、時折息を呑むようにして声を上げる。互いにだんだんと余裕がなくなっているのを感じ、北原は空いている手で南條の頬を撫でた。すると南條は一瞬目を見開き、しかしすぐに紅潮した目元を緩ませ北原の手に頬を寄せた。その顔は、「俺でも勃つんだ」と言って笑ったあの緩みきった表情と同じで、いや、それより一層色っぽく見えて。
 こっちもそろそろ限界だ、と北原は熱に浮かされた頭で思う。
「なあ聖、もう、」
「うん……廉の、俺にちょうだい」
 熱で濡れた低い声が脳を揺さぶる。北原は指を引き抜き、ボクサーを脱ぎベッドの下に放った。ついでだからと着ていたTシャツも脱ぎ捨ててやる。露わになった上半身、そして屹立する北原の雄を見てか、南條が小さく息を呑んだような音が聞こえた。先から余裕の無い自身にどうにかゴムを付け──この時ばかりは性教育の授業を真面目に聞いていた中学時代に感謝した──、自身の先端を先まで指で広げていたそこの入り口へ押し当てる。
「……入れるぞ」
「うん……」
 南條はそっと北原の顔に手を伸ばした。髪、耳、頬を撫で、首を傾げながら笑い、北原の頭を抱き寄せて耳元で歌うように囁く。
「……おいで」

和愁牧場(★)(再録)

※注意※

・愁が乳牛、和泉が酪農家という特殊設定パロです
・ほぼエロでギャグなので、中身はありません
・何でも許せる人や、深い事を考えない人向けです
・半年くらいかけてゆっくり書いていた関係で、途中で設定のブレや誤字が発生している可能性が少なからずありますが、ご了承ください

ガソリン返せ(★)(再録)(和愁)

※本文を読む前にこちらをお読みください※

・肉体的な攻め受けは虎石×空閑で間違いありません。
・ただし、空閑が虎石のアナルを開発したり、日によって上下が変わっているという描写があります。
・虎石がめちゃめちゃ喘いでいます。
・空閑がわんぱくモードです。
・頭の悪いエロです。とても頭が悪いです。
・もう一度言いますが、肉体的な攻め受けは虎石×空閑です。

以上の事項を了解した上でお読みいただければ幸いです。

sweet heart chocolate(再録)(★)(和愁)

 その日は月皇が実家に帰るという事で、夜十時を回っても寮の部屋には空閑一人だった。夕食を済ませて風呂にも入り、ベッドの上でだらだらと何もしない快適さを貪っているとこんこんこん、とノックの音が室内に響いた。こんな時間に誰だ、と思いつつ体を起こしてドアを開ければ、満面の笑みを浮かべた虎石和泉がそこにいた。
「やっほ~愁」
「……何しに来た」
「何しにって」
 大げさに肩をすくめてみせる虎石の手には、赤と茶色を基調とした小さな紙袋が提げられていた。なんだこれ、と空閑が考える前に虎石は胸を張って言う。
「今日はバレンタインだぜ? 俺がお前のところに来ちゃいけない理由でもあんのかよ」
「……。……ああ」
 そういえば朝、月皇が言っていた。バレンタインになると母さんがチョコレートケーキを焼くとか何とか。
 朝のバイトのコンビニでは店内にハートの装飾が施され店頭の目立つ位置にチョコレート菓子がずらり。
 昼から入ったバイト先のカフェバーは最近チョコレートを中心にしたデザートが限定でメニューに並び。
 さっきは那雪がチーム全員分手作りしたというチョコレートクッキーをくれた。旨かった。
 そうか、今日がバレンタインだったのか。納得する空閑に、虎石は紙袋をぐいと突き出す。
「このチョコすっげえ美味いからさ、一緒に食わねえ?」
 どうせ女に貰ったチョコだろ、とじっとりした目で虎石を見ると虎石は悪びれず「いいじゃ~ん」と空閑にもたれかかってくる。
「なあ一緒に食おうぜ~?」
「……ったく」
 こういう時に虎石に甘くなってしまう自分を少し悔しく思いながら、空閑は仕方無く虎石を部屋に上げた。
「ほらこれ」
 二人並んで空閑のベッドに腰掛け、虎石が紙袋から出してきたのはいかにも高級そうな箱だった。そして中にはいかにも高級そうなチョコレートが並んでいる。ところどころ隙間があるのは虎石が食べたせいだろう。
「うまそうだな」
「だろ~?」
 ほら、と箱を差し出され、空閑はとりあえず一番普通のチョコレートみたいな見た目をしているダークブラウンのチョコレートを摘まんで口に運んだ。
 一回噛むとほろ苦いチョコレートの味がふわりと口の中に広がり、もう一回噛むと僅かな甘みが鼻に抜ける。滑らかなチョコレートは口の中であっという間に溶けていき、飲み込むと不思議な後味が残った。
「ん……うまいな、これ」
「だろ?」
 体がなんだかふわふわする感覚を覚えながらも、空閑は二個目のチョコレートに手を伸ばした。

 虎石は膝の上にチョコレートの箱を乗せて、空閑が美味しそうにチョコレートを食べるのを見ていた。
 綺麗な形をした唇の間にそっとチョコレートが消えていくその光景はなんだか蠱惑的ですらある。おまけにその頬はうっすら赤みを帯びていた。
 なんか今日の愁エロい。そんな身も蓋もないことを考えながら、自分もチョコレートをつまむ。こんな時間にチョコレートなんて食べたら肌に良くないだろうが、バレンタインの今日だけは特別でいい。
 ふと、舌の上にカカオとは違うほろ苦さを感じた。そして鼻に抜ける香りに虎石はあれっ、と首を傾げる。
「ん、このチョコ酒入ってるな……」
「酒?」
「うん、入ってないやつもあるみたいだけど……」
「そうか……」
「……愁、食べるペース早くねえ?」
 気が付いたらほとんどのチョコレートが箱からなくなっていた。空閑がよく食べる方だとは言え、随分とハイペースだ。夕飯足りなかったのか、と気楽に考えていると、
「虎石……」
「なに?」
「ん」
 空閑の顔が近付いてきたと思ったら唇を奪われた。
「……っ?!」
 空閑は驚愕で固まる虎石の頬を両手で押さえ、唇を吸い、舐めて、甘噛みして、たっぷり虎石の唇を堪能している。それをされている虎石はというと、大混乱していた。
 空閑とこういうことをする関係になってから短くはない。しかしこうやって空閑の方からアプローチを仕掛けてきたことは一度もなかった。どうして急に、と考えてすぐ、はっと気付く。
「っ……愁、お前もしかして酔った?」
 空閑の肩を掴んで離すと、目を潤ませて頬が紅潮した空閑が物惜しそうに虎石を見ていた。こころなしかその目尻はとろんとしている。
「……べつに、酔ってねえけど」
 呂律ははっきりしている。しかしそれを言う空閑の表情も行動も、明らかに酒に酔っている人間のそれなのだ。
 チョコレートのお酒くらいで酔うのかよ、と思わず頭を抱えたくなる。
 虎石はそっとチョコレートの箱を脇に置き、立ち上がろうとした。
「水持ってくる」
「いらない」
「うお?!」
 立ち上がりかけの体勢のところをぐいと左手首を強く引かれ、視界がぐるりと反転する。左手首をベッドに押し付けられ、気が付けばベッドの上に組み敷かれていた。
「虎石」
 空閑は目を細め、長い指で箱からチョコレートを一粒摘まんだ。空閑が最初に食べたチョコレートと同じ形だ。虎石の勘が正しければ、あれには酒が入っている。空閑はそれを歯でくわえると、そっと虎石の口元に運んできた。
 ああ、そういうこと。どこで覚えてきたの、やるじゃん愁ちゃん。
 虎石は唇を開くと小さなチョコレートを受け入れた。唇を重ね、二人で一つの小さなチョコレートを舐めると自然と舌が擦れ合う。柔らかい唇と舌の感触に二人の口の中で溶けていくチョコレートの甘さが加わって更に興奮を掻き立てる。
「ん……はぁ……」
「ふっ……んむ……」
 酒のせいもあるかもしれないが、どんどん体の熱が上がっていく。虎石は自分の上に覆いかぶさる空閑の腰に手を回し、そっと服の下に手を忍ばせた。腰を撫で回すと空閑の体が震える。
 二人でゆっくりゆっくりチョコレートを味わい溶かしながら、虎石は自分の意識も甘くどろどろに溶けていくような錯覚を味わっていた。チョコレートみたいに甘く溶けて、一つになってしまいたい。そう思うと下腹部がずしんと重くなる。ひくりと空閑が震えたので、わざと下腹部を更に押し付けてやると空閑も下腹部を押し付けて来た。空閑も興奮している、それをはっきり感じ取り煽るように更に深く口付けた。口腔の上を舌でなぞってやれば空閑の腰ががくがく震えたが、空閑もお返しとばかりに虎石の口の中を蹂躙するばかりの勢いで舌を絡めて来るし虎石の弱い部分を刺激して来る。その度に声を上げそうになるが全て空閑に飲み込まれて行く。
 快楽に身を任せて互いに漏らす吐息は獣のようなのに、いつもよりずっと甘くて、くらくらする。
 チョコレートを溶かし切って飲み込んだところで唇が離れたが、粘ついた銀糸が二人の唇を繋いでいる。
「なーに愁ちゃん、興奮してんの?」
 からかうように聞いてやると、空閑は目を細めて首を傾げた。
「……かもな」
 熱に浮かされた目に至近距離から射止められ、ずくりと体全体が疼いた。ゆっくり空閑の口角が上がり、弧を描く。
「な、虎石……」
 空閑は虎石の耳元にそっと唇を寄せる。熱く甘く囁かれたその言葉に、虎石は笑みを深くした。

 ふわふわと浮いているような意識の中で、空閑は自身の中に虎石の熱を感じていた。
 俺に入れるんじゃねえの、なんて挑発めいたことを言われた気がしたが、今日はこっちの方が良かった。どちらにしろ虎石の上にはいるわけだし。
 虎石の上に跨り、その綺麗な体の上に手を突いて自身の身体を揺する。
「っ……はっ、愁……」
「はあ……んあ……」
 虎石のペニスが自分の気持ちいい所に当たると自然と喘ぎ声が漏れる。中がきゅっと締まって、虎石の存在をいっそう強く感じる。
「虎石、大きい……」
「はっ、愁ちゃん今日は随分ノリノリじゃん?」
「ん、気持ちい……」
 目の前がちかちかするくらいの快感に身を委ねて腰を振ると、虎石も気持ち良さそうに笑う。身を屈めて虎石にキスすると、虎石の手が空閑の背中を撫で上げた。少しごつごつした指が背中を這う感触が心地好くて思わず目を閉じると、「ほーら、動きが止まってるぞ」と下から突き上げられる。
「ぁあっ! 虎石、もっと、」
「はは、今日の愁やば……」
 虎石の腰遣いは乱暴なようでいて的確に空閑を気持ちよくしてくれる。浅い所も奥もぐりぐりと突かれて、身も心も気持ちよさで溶け出していくようだ。チョコレートみたいにどろどろになってしまう。
「愁、もっと顔見せて」
 両手で頬を挟まれ、虎石と視線を交差させる。欲でぎらついた、けれど甘やかな目が真っ直ぐに空閑を貫く。その視線に貫かれるとぞくぞくしたものが背中を駈け上がり、身体中できゅんきゅんと感じてしまう。
「可愛い……」
 うっとりした甘い声がするりと耳から脳に届き、意識を溶かしていく。
「好きだよ愁……」
「俺も……んっ、あはぁ……」
 虎石の腰の動きに合わせて自分も腰を振り、体の中でうねる快感の波が増幅し、自然と笑みがこぼれた。
「とらいし、とらいし」
「なーに?」
「ふふ……」
 虎石の名前を呼ぶだけでなんだか楽しくなってきて、子供みたいに何度も名前を呼ぶ。虎石はあやすみたいに空閑の背中を撫で、ぽんぽんと頭を軽く叩く。
「愁、きもちい?」
「ん、きもちい……」
「今日の愁すっげえエッチだぜ? いつもかわいーけど、今日はもっとすごい……」
「……? んあっ!」
 虎石が急に上体を起こし、よろけたところを抱き止められた空閑は挿入されたまま虎石の正面に座る形になる。体勢が変わったために、虎石のペニスが今まで当たっていなかった場所を穿ち、空閑はぴんと背を反らして悲鳴に似た喘ぎ声を上げた。しかしすぐに痛いほどの刺激は快感へと変換される。
「ぁ、あ、イイ……」
 自分の体重でどんどん繋がりが深くなっていき、空閑は笑みを深めた。
 虎石は空閑の顔のあちこちにキスをしてから、空閑を揺すぶる。
「ぁっ、きもちいい、とらいし、もっと、」
 貪欲に快楽を求める空閑を見ながら、虎石は自身の内にどんどん獣じみた衝動が膨れ上がるのを感じていた。もっと手酷く抱いてやりたい、ぐちゃぐちゃになるくらい抱き潰したい。空閑が脚を虎石の体に、腕を首に絡めてきた。より深い繋がりを求めるようなその仕草が愛しくてまた何度も唇を重ねた。
「愁、これ食べて」
 虎石は一度律動を中断するとベッドの端に手を伸ばし、最後の一粒だけ残っていたチョコレートを摘まんで空閑の口許へ運ぶ。
「ん……あむ……」
 空閑は虎石の指ごとチョコレートをくわえて舐め始めた。
「美味しい?」
「ん……」
 とろんとした目はこちらを煽るようだ。指を空閑の舌が這い、時に大胆で焦らすような、その舌付きにぞくぞくしたものが背中を駈け上がる。虎石は空閑がチョコレートを食べ終わるのを見計らってそっと空閑の口の中から指を引き抜き、指に付いた溶けたチョコレートを舐め取る。
「愁の味がする」
「そうか……?」
「うん、おいしい」
「虎石もうまいぞ……」
「っ……可愛いこと言ってくれるじゃん」
 虎石は空閑の前に手を伸ばして立ち上がったペニスを握り込んでぐちゅぐちゅと扱き、下からの突き上げも再開する。
「ひゃっ! ぁあっ、はぁ、んっ、あぁ、んあ」
 空閑の嬌声が堪らなく艶やかで、虎石は何度も何度も空閑を突き上げた。その分中の締め付けがきつくなり、虎石は今にも達しそうだった。
「愁、俺、もうイキそ……」
「あっ、おれ、も、はっ、ああっ、一緒が、いい……」
「分かってる、っは、一緒にイこうぜ……」
「とら、いし……あ、ああっ! は、あ、あああ……っ!」
「愁……っ!」
 ピンと空閑の背筋が伸び、ペニスからどろりと白濁が流れ出す。手にその感触を感じながら、虎石はきゅううっと締め付けられ目の前がちかちかするほどの快感と共にその中に勢いよく欲望を叩き付けたのだった。
「あ……ぁっ……」
 空閑は体を震わせて虎石にしがみついている。虎石はあやすように背中をとんとんと叩き、自分も呼吸を整えながら空閑の呼吸が整うのを待つ。
 空閑の呼吸が整ったのを見計らってそっと空閑から自身を引き抜くと、白濁が溢れた。優しくキスを落としてから、その体をベッドに横たえる。白いスーツに横たわるまだ赤く色づいている体は扇情的だしもっとしたいが、これ以上無理をさせるわけにはいかないと虎石はなけなしの理性を総動員して判断した。
 空閑の隣で横になり、その顔にキスしていると空閑に名前を呼ばれる。
「なあに?」
「もう終わりとか言わないよな?」
「……は?」

 ……そういえば、チョコレートには媚薬効果があるとか何とかどこかで聞いたことがある気がする。まさかそのせいじゃねえだろうな、酒のせいなのもあると思うけど。
「……明日どうなっても知らねえからな」
 もうどうにでもなれ、と思いながら言ってやると眼下の空閑は楽しそうに笑い、来いよ、舌舐めずりをしたのだった。

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Are you ready?(再録)(★)(和愁)

「愁~」
 空閑が自宅のリビングの床に座って新聞を読んでいると、後ろにずっしりとした重みと熱を感じた。誰なのかは見ずとも分かるので、空閑は誌面から目を離さない。
「なんだ」
「んだよ、連れねーな」
 振り向かずとも、自分にのしかかる彼がどんな顔をしているのかは分かる。拗ねるように口を尖らせ、けれど眼だけはやたらに楽しそうなのに決まっている。
「せっかく地元に戻って来たのに」
「そうだな」
「こっちにいる間くらいはもっと愁と一緒にいられると思ったのにさあ」
「まだ帰って来てから2日目だろうが」
 適当に応対はしてやるが、なんせ7月下旬の冷房もかけず窓を開け話しているだけの室内なので暑い。密着している背中がじわじわと汗を描き始める。
「こっちいれんの1週間だけだろ、そのうちの2日ってのは超貴重なんだからな」
 その腕が肩越しに空閑の胸の前で交差し、耳元に熱い吐息がかかる。
「な、愁」
 名前を呼ぶ声にこもる熱に、嫌でも肩が震える。仕方ない、という体を装ってゆっくり振り向いてやると、幼馴染――虎石のにやにや笑う顔が目に飛び込んできた。空閑は呆れて眉を顰める。
「発情期の猫か、お前は」
「んー、虎だから間違ってねえかも」
「だいたい俺の家で盛るな、誘ってくんな」
「え、じゃあ俺の家だったらいいってこと?」
「……」

 というわけで、というわけでもないが。
 今にも歌い出しそうなくらい上機嫌な虎石に半ば引っ張られる形で、空閑は虎石の家まで連れ込まれた。歩いて5分かからない程度の大したことない距離なのだが、そもそもどうしてこいつが俺とセックスしたいからって互いの家を行き来しなきゃならないんだろう、と空閑は道すがら冷静になって考えた。しかしいざ誰もいない虎石の家に着いて、よく見知った玄関をくぐり、階段を上がり、虎石の部屋に入るついでに虎石がちゃっかり部屋のエアコンを付け、そしてベッドにじゃれ合うようにして押し倒されて唇を重ねられるとそんなことはなんだかもうどうでもよくなってしまい、空閑は目を閉じて虎石の唇を受け入れた。
 いつも虎石の方から誘う事がきっかけで始まるとはいえ、空閑も気持ちのいいことは嫌いでは無かった。相手が虎石ならば、尚の事。
 角度を変えながら何度も唇を重ねるうちに、口付けはどんどん深くなる。唇を割って入って来た虎石の舌に自分の舌を絡めてやれば、ねっとりとこすれ合う舌の感触も、触れ合う唇も、時折漏れる互いの熱い獣のような吐息も、浮かされたような声も、否が応でも互いの熱を高めていく。空閑が虎石の唇を貪るのに夢中になってる間に、虎石は空閑のTシャツに右手を滑り込ませて肌をまさぐり始めた。
「んぅ……あ……」
 熱い空閑の身体より少しだけ体温の低い虎石の指が妙に冷たく感じて、空閑は体を震わせる。少しごつごつとした指が空閑の鍛えられた腹筋をなぞり、腰骨を這う。その手付きは急いているようで妙に優しい。
 しかし心臓の鼓動が高鳴って、おまけに唇を塞がれているせいでだんだん息が苦しくなり、空閑は慌てて虎石の背中を叩いた。
「っぷは……」
「っは……は……」
 互いに肩を上下させながら離れた二人の唇を、粘ついた銀糸が繋ぐ。虎石は赤い舌でそれをゆっくりと巻き取った。それが妙に艶めかしくて、空閑は目を離せない。一方で虎石は熱に浮かされた目のまま空閑のTシャツを胸までたくし上げ、うっとり呟いた。
「愁の身体、すっげーキレイ」
「は……んぁ!」
 何言ってんだお前、と言いかけたところで左胸の先端をつままれ、間抜けな声を上げてしまう。慌てて唇を引き結ぶと、虎石は空いている方の手で空閑の唇を優しくなぞった。
「声、我慢すんなよ」
「ん……」
 虎石の指の心地好い感触に唇を解きそうになるが、どうしても羞恥が優って空閑は首を横に振り、両手で口を塞いだ。
「ふーん」
 虎石の目がぎらりと光り、口角がにやりと上がった。空閑は思わずその眼に射竦められて、動けなくなる。ちろり、と肉厚な舌で唇を舐める虎石。
「愁ちゃんは強情だなあ~」
 こり、と空閑の乳首に爪を立てる虎石。電流のように全身を走る快感に、必死で声を噛み殺しながら空閑はびくりと背中をしならせた。
「っ! ん、んんっ」
「愁はこうされるの好きなんだろ? 分かってんだからな」
 直接に刺激を与えられたかと思えば焦らすように乳輪をゆっくり撫でられ。緩急を付けながら乳首を責め立てる虎石の手付きに脳が痺れ蕩けたようになり、ざわざわと体の内を何かがせり上がってくる。更に刺激を求めるように、無意識に空閑は体をくねらせた。
「ははっ、今の愁、すげえエロい」
「ん、んん……」
「可愛い、可愛いよ、愁……」
「は、あ……」
 虎石の甘い声はするりと空閑の意識に入り込み、媚薬のように脳や体を蕩かせる。口を押える手の力は自然と弱まり、だらりとベッドの上に投げ出された。すると虎石は空閑の胸への愛撫をやめた。
「あ……」
 急に刺激がやみ、思わず空閑は声を上げる。愛撫を与えられた左側の乳首だけがぷっくり膨らんでいるが、もっと刺激して欲しかった。右側も触って欲しい。そんな空閑の思いを見透かすように、虎石は見てくれだけは優しく笑いながら空閑の頭を撫でた。
「どうして欲しい、愁? 言ってみて?」
「っ……」
 思わず虎石を睨む空閑。しかし自分を見下ろす虎石の瞳に映る顔はひどく蕩けていて、とてもではないが睨んでいるようには見えない。それに気付いた空閑は、急に戻って来た理性から生まれた羞恥で顔が更に熱くなるのを感じながらも、震える唇を開いた。
「っ……触れば、いいだろ……」
「触るって、どこに?」
 意地悪く質問を重ねて来る虎石。この野郎後で覚えてろ、と思いながらも空閑は目を閉じて虎石から顔を背けた。
「だから、俺の胸、両方……好きにしろ」
「それじゃお言葉に甘えて」
 空閑が羞恥心でいっぱいな一方、空閑を見下ろす虎石はぞくぞくとした興奮を覚えていた。嗜虐心のような、征服心のような、腕の下にいるこの男を自分の思うようにしてしまいたいという獣じみた衝動を堪えながら、虎石はにっこり笑う。
 そして、それまで触れていなかった空閑の右乳首に顔を近づけた。そして舌先でぺろりと空閑の乳首を撫でる。
「っあ?!」
 びくりと体をしならせる空閑の右手首を押さえつけながら、虎石は空閑の右乳首に吸い付いた。左は先までと同じように手で愛撫を与えてやる。ざらついた舌で舐めてやれば空閑は艶めく声を上げた。
「やめ、ぅ……や、あ、」
 舌先で転がし、べったりと舐めてやると空閑はもっともっとと強請るように体をくねらせた。軽く甘噛みしてやれば「んぁっ!」と高い声が上がる。
 口では嫌がってても体は正直だな、なんて陳腐なフレーズが思い浮かぶ。虎石はさっきから空閑の乳首を責め立ててはいるが、下には一回も触ってない。それなのに乳首だけでこんなに感じていて、さっきから虎石の腰には大きくなった空閑のが当たっている。
 このままだと乳首だけでイッてしまいそうだが、服を着たままだと空閑が後で困るだろう。
「愁、下脱がすぞー」
「ん、あ……」
 一旦胸から顔を離して言うと、空閑が早くしてほしいと言いたげなめでこちらを見た。潤んだその眼にこもるこちらを煽るような情欲に、虎石は下半身がずんと重くなるのを感じた。
 そそくさと空閑のベルトを解いてズボンを下ろすと、テントを張る黒いボクサーパンツが虎石の眼前に現れた。
「なーに愁ちゃん、乳首だけでこんなにしちゃったの?」
「うるさ……や、あ、」
 勃ち上がった陰茎を下着の上から軽く撫でてやるだけで空閑はびくびくと体を震わせる。ズボンを完全に足から抜き取りパンツも脱いでやると、立派に屹立する男根が現れた。先走りでぬらぬらと濡れたそれがひどく卑猥で、虎石は思わず笑みを深くする。しかしそれには触ってやらずに空閑のTシャツも脱がし、ついでに自分も服を全部脱いでベッドの外に放り出す。
お互い全裸になったところで虎石は今度は空閑の左乳首に吸い付き、右乳首は指で弄ってやる。
「いやら、あぅ、んっぁ、」
 嫌がるような言葉を口から漏らしながらもその声はホットチョコレートみたいに甘く熱く、色づいた体は少しでももっと多くの快楽を得ようと動いている。そう言う時の空閑が、虎石はたまらなく好きだ。自分しか知らない、自分だけしか引き出すことの出来ない、幼馴染のあられもない姿。
「とら、いし……」
「どうした、愁?」
 名前を呼ばれたので、顔を上げて空閑の顔を覗き込む。
 空閑は汗に濡れた顔を真っ赤にし、蕩けた焦点の合わない目には涙を溜めて長い睫毛を震わせている。熱い吐息をこぼしながら空閑は唇を開き、消え入りそうなくらい小さな掠れた声で言った。
「キスしろ……」
 虎石はすぐにその唇を塞いでやる。舌は入れずに、唇を何度も吸い、少しずつ柔らかくなっていくその感触を堪能する。両手で乳首を弄ってやることも忘れない。空閑の喘ぎ声は全部虎石が飲み込んでいく。空閑の眦から涙が一筋零れた。
「愁、もうイキそう?」
 それに気付いた虎石はその涙を優しく舐め取ってやりながら問い掛ける。空閑はこくこくと必死に頷いた。
「それじゃ……」
 ぐり、と一際強く両乳首を抓ってやると「うあ! やめろ、あ、」と嬌声と共に空閑の身体が跳ねた。
「今日はこっちだけでイッてみような」
「ばか、やめ、あ、ひっ!」
「愁ほんと可愛い……可愛いし、すっげえエロい」
 胸への愛撫を続けながら耳元で熱を込めて囁いてやれば、空閑の身体はびくびくと震えた。
「も、無理、イく、あ、ああ、」
「大丈夫、ちゃんと見てるから」
 虎石の眼下で、空閑は絶頂へと導かれて行く。汗が光る滑らかな肌も、喘ぐことしか出来ない形の良い唇も、ガクガク震える体も、今の空閑はひどく淫らで、美しい。
「あ、うあ、ゃ、ふあっ、んん、や、ああ――っ!」
 がくん、と空閑の体が一際強く震え、肩で息をしながらぐったりと脱力した。腹筋にぱたぱたと液体がかかる感触に、虎石はにっこり笑う。
「愁、乳首だけでイッちまったな」
 わざと意地悪く言ってやると、空閑はとろんとした目で虎石を見た。睨んでいるつもりなのかもしれない。虎石は空閑の 額に優しく唇を落とした。
 一方で空閑は、射精した筈なのに妙にぼんやりした意識の中で虎石のキスを受け止めた。正直言ってこれだけでは足りず、後ろが先から疼いている。虎石の脚の間で屹立する太くて立派なモノが自分を貫く瞬間を思うと、欲を吐き出したばかりの筈の男根は嫌でもまた立ち上がりそうだ。
 乳首を弄られたりアナルに突っ込まれて気持ち良いと感じてしまうのも全部、虎石にそう覚えさせられたからだ。だがそれは決して嫌では無かった。そして何よりも空閑は、虎石とするセックスが堪らなく好きなのだった。
「愁、挿れてもいいか?」
 熱い息を吐きながら訪ねて来る虎石の目は欲でぎらついている。空閑は微笑みながら、答えに代えて手を伸ばし、虎石の頭を抱き寄せて優しくキスをした。

 虎石に抱き起された空閑は、目の前に虎石の右手を差し出された。
「舐めて」
 空閑はその手をそっと取る。虎石の手は自分のより少しだけ小さいが、指は男らしく太い。けれども無骨ではなくむしろ古代ローマの彫刻のような優美さすら感じられ、きちんと切り揃えた上で磨かれた爪はとても綺麗な形をしている。空閑は虎石の手の甲から指にかけてうっとり撫でた後に、そっとその指に舌を這わせ始めた。指全体を舐め上げて唾液で濡らしてから、じっくり味わうように一本ずつ舐め上げる。
「んぅ……はあ……」
 フェラチオをするかのようにわざといやらしく虎石の指を舐めながら、その指を唾液でとろとろにしていく。指の間の皮膚の薄い所を舌先でつついてやると、虎石の身体が震えるのが分かった。舌で指を味わうように舐めるだけでは飽き足らず、口を大きく開けて指全体を招き入れる。
「っ……愁……」
「あむ……んむ……」
 舐めて、吸って、甘噛みして、口腔全体で虎石の指を堪能する空閑。上目遣いで見上げれば、獣のようにはっはっと息を吐きながら眉を寄せる虎石と目が合う。こちらを視線だけで抱き潰してしまいそうなその目に、ぞくぞくした興奮が背中を駆け抜けた。
「愁、もういい」
「ん……」
 虎石に言われたのでそっとその指から口を離す。そしてわざとゆっくりベッドに仰向けになると、見せ付けるように足を開いて膝を抱えた。
「……来いよ」
 虎石は答えの変わりに空閑の菊門の縁をそっとなぞった。これまでに何度も虎石を受け入れてきた空閑のそこは、縁を撫でるだけで愛しい男を求めるようにひくついた。空閑は期待でごくりと唾を飲み込む。
「入れるぞ」
 まず人差し指がぷつりと音を立てて空閑の中に入ってきた。
 悔しいが、虎石は指を入れて解すのが上手い。空閑が痛い思いをしないようにとゆっくり空閑のアナルを綻ばせながら、空閑が悦ぶところを刺激しては快感を引き出していく。空閑も自然と、もっと気持ち良くなりたいと腰を揺らした。
「あっ、とらい、ひ、」
「指増やすぞー」
「ん、はうっ……」
 増えた指を動かされて、空閑はびくびく体を震わせる。虎石の指をくわえ込むように襞がうねった。だらしなく開いた口からは涎がこぼれ、酸素を求めて浅い呼吸を繰り返している。
「気持ちいい?」
 虎石に尋ねられながら優しく頭を撫でられると、頷かざるを得ない。でも、指だけじゃまだ足りない。
「お前の、早く欲しい……」
「もうちょっと待っててな。痛い思いさせたくねーから」
 欲に満ちた目をしているくせに、それを隠そうともしない上でこんなことを言ってくるのだから堪らない。こういう時だけ妙に紳士なのはずるい、と空閑は思う。どうすれば空閑が気持ち良くセックス出来るのか、虎石には自然と分かっているかのようだった。
 ばらばらと指を動かされると、刺激を求める腸壁がうねって虎石の指を締め付けた。
「はは、せっかちだな愁ちゃんは。そういうとこすっげー可愛い」
「う、るさい……」
 空閑が虎石を求めているように、虎石は空閑に早く入れたくてうずうずしていた。しかしはやる気持ちを抑えて空閑の中を解していく。照れからかそっぽを向いてしまった空閑がまた可愛くて、虎石はわざと前立腺をとんとんと叩いてやる。
「もー少しだからな」
「んぁっ、やめ、ひっ!」
 空閑は面白いように体を震わせ、その拍子にぽろぽろと濡れた瞳から涙が溢れた。
「ふ、ああ、はっ……」
 ぐちゃぐちゃにしてやるくらいに、けれど丁寧に掻き回してやれば空閑の屹立からはだらだらと先走りが流れ空閑は泣きながら喘ぎ声を上げる。
 そろそろ良いだろうと思い、虎石は指を空閑から引き抜く。
「それじゃ、愁……」
 耳元に唇を寄せて、飛びっ切り甘い声を出す。
「一気にと、ちょっとずつ、どっちがいい……?」
「っ……はや、く……」
「ん?」
「……っ、いちいち焦らすな、っ、早くいれろ!」
「りょーかい」
 口調こそ荒いが目はとろんとして、頬を紅潮させる空閑はひどく厭らしい。虎石は空閑の額に優しくキスをして、ひたりと、解れた空閑のそこに己の陰茎をあてがう。
「行くぞ」
「ん……」
 そんな期待した目で見られると、堪らない。空閑の腰を押さえると望み通り、ずんと一気に貫く。
「ぁああっ!」
 空閑は一際高い声を上げ、目を大きく見開いて背中を反らす。しかしその肉肛は虎石をスムーズに受け入れ、嬉しそうにうねりながらくわえ込んだ。
 虎石が汗で顔に張り付いた髪をそっとどかしてやると、充血した目が良く見える。労るように頬を撫でると、空閑は肩で息をしながらも幸せそうに目を細めて頬を寄せてきた。そんな可愛いことされたら、堪らなくなる。
 腰を動かし始めると空閑は「あぁっ」と高い声を上げながら体を震わせた。
 ピストンのスピードを上げていくと、空閑はぎゅっとシーツを掴みながらぼろぼろ涙をこぼした。
「っあ、は、」
「はっ、愁、気持ちいい……?」
 空閑はこくこく頷きながらきゅっと虎石を締め付けた。射精を促されるが、虎石は眉を寄せて耐えた。こぼれる涙を舌で掬いながら、空閑が特に感じるところを重点的に抉ってやる。
「ひうっ、あ、らめ、そこは、や、」
「駄目じゃねーだろ、喜んでるくせに……な、愁、気持ちいいだろ?」
「は、きもちい、や、」
「はあ……可愛い、すっげー可愛いよ、愁……」
 自分の下で淫らに蕩け乱れる幼馴染みの姿に、自然に恍惚としてしまう。こんな時しか見られない姿だ、瞬きするのすら惜しい。
 普段はクールで硬派な幼馴染みが男に抱かれて快感に喘ぐ姿は自分しか知らないし、これからだって自分以外に知られてほしくない。愁を抱いていいのは俺だけだ。そんな独占欲を隠そうともせず虎石は何度も空閑を突き上げた。
「あぁっ! ひゃ、やっ、虎石……」
「ん?」
 空閑がすがり付くように虎石に向かって腕を伸ばして来た。虎石はすかさず、空閑が腕を回しやすいように上体を屈める。空閑の手が背中に回され、更に腰に脚が絡まる。更なる深い繋がりを求めるような幼馴染みが愛しくて、虎石は思わずその首筋に唇を落とした。吸い付いて、甘噛みして、印を刻むように痕を残していく。
「愁、愁……ん、可愛いよ、愁……」
「は、とらいし……ぁっ、」
 空閑は揺さぶられる視界と明滅する意識の中で、熱に浮かされたような虎石の声を聞いていた。全身に感じる虎石の熱と際限なく与えられる快楽に、虎石と完全に融け合って一つになったかのような錯覚すら感じる。
 こいつとなら一つになってもいいか。どうせ小さい頃から一緒なんだし。ああでも今は一つになるのは駄目だな、もうすぐ合宿だし。
 意識の片隅でぼんやりそんなことを考えていれば、一度ぎりぎりまで引き抜いた虎石の肉棒が勢いよく空閑の最奥を穿つ。
 快感が電流のように全身を駆け巡った後、それはとめどない波となって空閑を襲った。
「あ、がっ! だめだ、そこ、んあ!」
 虎石は何度も何度も、空閑の体に己を覚えさせようとしているかのようにピストンを繰り返す。
 空閑は目を見開いてびくんと体を海老反りにし、屹立からどろりと白濁を吐き出した。けれど虎石は突くのをやめない。絶頂しても無理矢理与えられる快楽に陰茎はまた立ち上がり、空閑はぼろぼろ涙をこぼしながら喘ぎ続けた。理性はすっかり焼き切れてしまっていた。
「あう、ひ、きもちいい、あぁあ、らめ」
「きもち、いいっ……? 俺もだよ……」
 優しく涙を舐め取られても、目尻を這う舌のぬめりとした感触と顔に当たる獣じみた息遣いが更に空閑の興奮を煽る。
 もっともっとと、空閑は虎石をきゅうきゅうと締め付けた。空閑の後肛は虎石の形をはっきりなぞり、虎石にいっそう強く吸い付いた。虎石の男根の形を感じて、空閑は熱い息を吐き出す。
「っ……愁、俺もう……っ」
 切羽詰まったような虎石の声に、空閑は必死で応える。
「とらいし、あぁっ、はぁ、お前の……俺に……早く……」
「愁……っ!」
 がつがつと抉られながら噛み付くようなキスをされ、空閑は唇を開いて虎石を受け入れる。互いの唇の感触をたっぷり堪能した後、虎石は空閑の唇から離れて呟いた。
「もう、出そう……」
「来て……虎石の、俺に、くれ………」
 熱く囁くと、虎石は頷きながら力任せに叩き付けるように空閑の最奥を貫いた。
「んああっ!! ああああ、あっ、ぁああ……」
 空閑はピンと足を伸ばし、ガクンと体を震わせた。全身を強烈な快感が駆け巡ったかと思えば下腹部が甘く痺れ、その痺れはざわざわと空閑の全身を駆け巡る。持続する絶頂の感覚に空閑は大きく目を見開き、はあはあと息をする。射精することはなく、その陰茎からは透明な蜜がだらだら溢れているだけだ。そして強い締め付けに虎石は小さく呻きながら、空閑の中にどろりとした欲望を吐き出した。
 空閑は朦朧とした意識の中、腹の中に感じる熱に愛しさを、同時に自分の中で無駄になる子種に僅かな切なさを覚えた。
 虎石はそっと空閑から陰茎を引き抜く。アナルからはとぷりと白濁が溢れ、空閑が微かに物惜しそうな声をあげると虎石は笑って空閑の唇に唇を重ねた。触れるだけの優しいキスの後、空閑は呟く。
「……虎石」
「ん、何? 愁」
「好きだ」
「……俺もだよ」
 優しく頭を撫でられながらそう言われ、空閑は自然と頬が緩んだ。そして全身を包み始めた幸せな眠気に逆らうことなく、そっと目を閉じたのだった。

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Good Morning!(再録)(★)(和愁)

 耳に届いた無機質なアラームの音で、空閑愁の意識は覚醒した。
 タオルケットを肩までかけて気怠い体を横たえている自室のベッドの上は、少し窮屈に感じる。
 目を開くと、眠りこけている幼馴染み……虎石和泉の顔が目に飛び込んできた。鳴り続けている携帯のアラームも知ったことかといった様子だ。
 空閑はもぞもぞとタオルケットから這い出すとサイドボードに手を伸ばし、携帯のアラームを止めた。体を動かす度に腰が鈍痛を訴える。スマートフォンの時計は朝六時半過ぎを知らせていた。
「んん~~……愁、もう起きたの~~……?」
 くいくいとタンクトップの裾を引っ張られたので視線を向ければ、眠りこけていた幼馴染みが眠そうな目を擦りながらこっちに手を伸ばしていた。
「おはようさん、虎石」
「起きるのはえーよ……」
「どっちかが朝飯作らねえと駄目だろ」
「ええ~まだいいだろ……今日俺達二人ともオフだぜ? 滅多にないじゃん、奇跡じゃん」
 だらけきった虎石の言葉に、空閑は呆れて溜め息をつく。
「お前だけ寝てろ」
「やーだね」
 虎石に腕を引かれ、抵抗する間もなくその腕の中に収まる羽目になった。
 小さい頃から何度も自分を包み込んだ温もりに、ふと胸が苦しくなる。
 虎石は楽しそうにこう続けた。
「愁を一日中独占出来るのなんて久々じゃん」
「……一緒に住んでんだから顔ならしょっちゅう見てるだろ」
「丸一日、ってとこが大事なんだよ愁くん」
 甘えるように首筋に頭を押し付けられ、空閑はまた呆れて溜め息。こうなると虎石は何を言ってもなかなか聞かない。空閑は抵抗を諦めた。
「つーか腰いてーんだけど。お前がっつきすぎ」
「その後で今度は俺が上やるからもう一回とか言って俺にがっついて来たのは誰だ?」
「……俺だな。まあいいじゃん」
 鎖骨の辺りに唇を落とされ、くすぐったさで思わず身じろぎする空閑。そして自身の脚に絡まってくる脚に気付く。
「……おい」
 声を低くして唸ると、虎石はにやりと笑って上目遣いで空閑を見る。その瞳と吐息には熱がこもっていた。
「お前とセックス出来たのも、久し振りだったしなあ」
「っ……」
 この万年発情期、そう言いかけた唇は虎石の唇で塞がれた。
 僅かに開かれた空閑の唇から虎石の分厚い舌が入り込んだ。歯列をなぞり、口蓋を刺激し、空閑の口内を思う存分堪能してから、空閑の舌に絡めてくる。
 空閑は自分が弱いころを重点的に攻めてくる虎石の舌使いに体から力が抜けていくのを感じながらも、虎石の舌に自身のそれを絡めてどうにか応戦した。
 いつの間にか虎石は、空閑に覆い被さって来ていた。
 口付けの角度を変える度に唇の端からは唾液が溢れ、僅かに唇が離れる度に熱い吐息が漏れ出す。
 息苦しくなるのを感じながらも、唇の感触と布越しに感じる虎石の体の熱さは不思議な陶酔をもたらした。
 そしてその熱に、寝る前のあの獣のようなまぐわいを思い出し、自然と体が夜の熱を取り戻し始める。
 虎石が空閑の右手に自身の左手を重ね、シーツに縫い止めるように指を絡めてくる。空閑は自然とそれに応え、指を絡めた。
 このままだと流される。
 熱に浮かされ始めた頭の片隅でそう感じながらも、抵抗する気はあまり起きなかった。体は怠いし、腰も痛い。昨晩汚したシーツは洗って外に干しっぱなしだし、互いの寝間着は既に汗で濡れ始めている。このまま続けたら後々また面倒なのは理性と経験で理解している。
 けれど、こうして幼馴染みと互いの熱を交わし快楽を貪るのは決して嫌いではなかったのだ。
「っ……ぷはあ」
「っは……」
 虎石がようやく唇を離したので、空閑は肩を上下させて酸素を求めた。
 二人を繋ぐ銀糸を、虎石の赤い舌がゆっくり舐め取る。
「朝っぱらから盛りやがって、とか言わねえの?愁ちゃん」
 少し意地悪に口角を吊り上げて笑う虎石に、空閑は眉をひそめた。
「分かってるなら……」
「はいはい」
 皆まで言うな、と言わんばかりに、虎石は空閑の唇に優しく人差し指を当てる。
「俺がしたいだけ。だから、無理はさせねーし、最後まではしない。いいだろ、ハニー?」
 そして、女の子のファンなら堪らないであろう笑顔でウインクを一つ。
「……好きにしろ」
 歯の浮くような芝居がかった仕草に腹が立ったのでぶっきらぼうに返してやると、今度は宥めるように額に唇を落とされた。
 空閑が完全に体の力を抜いたので、虎石は空閑のタンクトップの下から空閑の肌にそっと空いた手を這わせる。決して柔らかくはない、鍛えられ引き締まった空閑の体を虎石の指が優しく撫でる。
「ん……」
 虎石の指先が胸の先端を掠めたので空閑が小さく声を漏らすと、虎石は「愁、かーわいっ♪」と歌うように呟いた。
 そして虎石は空閑と絡めていた指をほどくと体を起こしーーこの時虎石の肩に引っかかっていたタオルケットがぱさりと床に落ちたーー、空閑のタンクトップを胸より上までまくり上げた。
 虎石はほんのり桜を帯び始めた空閑の右胸の先端に触れ、軽くつまむ。
「っ……」
 むず痒さにも似た刺激に、空閑は声を漏らすまいと唇を引き結ぶ。
「愁ちゃーん、声我慢しねえの。ここ俺達しかいねえんだけど」
「うるさ……ああっ」
 口を開いた瞬間に両胸を刺激され、空閑の体はびくりと跳ねた。
 虎石は朱に染まっていく空閑をうっとりとグレーの瞳に映し出しながら、空閑の胸を刺激し続けた。
 薄く涙が滲んだ目を細めながら艶かしい声を漏らす幼馴染みに、虎石は下腹部の熱がいっそう上がるのを感じた。
 空閑は一昨年の特撮ドラマでダークでクールな主人公の仲間を演じてからお茶の間にも少しずつ知られた顔になり、もうすぐ新しい主演ミュージカルの稽古も控えている。世間ではクールでミステリアスな若手注目株とされている幼馴染みが、自分にだけ見せる顔。虎石はぞくぞくとした興奮を覚える。
 撫でるだけでは我慢が出来ず優しく胸に吸い付くと、空閑はいっそう高い声を上げた。固く立ちつつあるそこを舌で転がす度に空閑の体が震える。
 虎石とて舞台を中心に活動し、最近は連続ドラマにも準レギュラーとして出演。ファンも定着してきている身だ。今も次の舞台の稽古期間中。
 互いに世間に知られた顔だし、人の目に己の身を晒す俳優という職業に魅せられている。けれど、決して互いにしか見せない顔があるのは二人しか知らない。
「愁」
 時々とびきり甘い声で名前を呼びながら、胸への愛撫を続ける。
 しかし空閑は朱の差した顔で虎石を睨んだ。
「っは……おい虎石……」
「なに?」
「さっさと終わらせろ……ん、朝飯……」
「……俺が腹一杯にしてやってもいってえ!!」
 空閑の膝で尻を蹴り上げられ、突然の痛みと衝撃に虎石は愛撫をやめて尻をおさえた。思わずうずくまる。
「うお……腰に響く……」
 アクションもこなせる俳優・空閑愁が本気を出せばもっと痛いのだろうが、痛いものは痛かった。
「っはあ……最後まではしないって、言ったのは、どの口だ……?」
「とか言って愁もノリノリじゃ……」
 今度は顔面めがけて枕が飛んできた。空閑は上体を起こし、呼吸を整えながら低い声で凄む。
「……下らねえこと言ってると、もうやめるぞ」
「分かった分かった……もう調子には乗らねえよ」
 虎石は空閑の肩に手を起き、宥めるように額にキスをする。
「それじゃ、お望み通り」
 虎石が空閑の穿いているジャージに手を掛けようとすると、空閑はわざとらしくそれより早く腰を浮かせ、ジャージと下着を同時に下ろした。
 唖然とする虎石を尻目に長い脚を曲げてジャージと下着を爪先から抜いて床に落とした空閑は、してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「どうした、虎石」
 そして虎石の体を挟み込むようにして両足を伸ばす。
「来いよ」
 タンクトップ一枚で蠱惑的な笑顔を浮かべる空閑。その男根はしっかりと屹立している。
「……愁、お前やっぱ超かっこいいな」
 うっかり惚れ直した。そう呟きながら、虎石も寝間着のショートパンツと下着を脱ぎ捨てた。そして屹立している自身と空閑のそれを右手で同時に握り込み、左手は空閑の肩に乗せる。
 そのままぐちゅぐちゅと厭らしい水音を立てながら擦り合わせれば、押し寄せる快楽に二人は熱い吐息を漏らす。虎石は快楽をあるがままに享受して笑い、空閑は快楽を堪えるように眉を寄せながら。
「っは……すげーいい、な、愁」
「ぅ……」
 空閑は虎石の腕をぎゅっと握って快感に堪えている。
「我慢すんな」
 耳元に口を寄せて囁くと、空閑は首を横に振った。
「相っ変わらずの強情じゃん……」
 空閑の亀頭に軽く爪を立てると、空閑は嫌々をするように首を横に振った。
「やめろ……ぁっ、あ、」
「……愁」
 虎石は空閑の頬に左手を当て、その顔を真っ直ぐに見つめた。
 整った顔立ち、朱が差した汗滲む肌、蕩けた目尻、薄い涙の膜が張った菫の瞳、薄く開かれた唇。ずっと昔から毎日のように、今となっては四六時中見ている顔の筈なのに、はっとするほど綺麗だ。
「……和泉」
 名前を呼ぶ艶めく声に突き動かされて擦り合わせる手の速度を早めれば、互いの呼吸はいっそう荒くなる。
 菫に映る自分の顔がひどく欲にまみれているのを見て、誤魔化すように空閑の顔に何度もキスをする。
 本当は余裕なんてない筈なのに、空閑は虎石の頭を包み込むように撫でながら言う。
「お前……は、……ほんと、キスするの好きだな」
「わりーか、よっ……お前も好きだろ」
 憎まれ口も、興奮剤。
 上り詰める感覚に、虎石はぎゅっと眉を寄せる。
「愁、俺いきそ……」
「……俺も……ん、」
 二人は体をびくりと震わせ、同時に絶頂に達した。
 白くどろりとしたものがべったり虎石の手を汚し、受け止めきれなかった白濁がぱたぱたとシーツに零れて染みを作った。
「っは……」
「はー……」
 互いに脱力し、空閑はヘッドボードに背中を預け、虎石はへたりこんで呼吸を整える。
 空閑はヘッドボードにもたれながら虎石を睨む。
「ったく……少しはシーツ洗う面倒も考えろ」
「わーった、今度から気ぃ付ける」
「どうだか……ほら」
 虎石が空閑からティッシュの箱を受け取って処理をしている間に、空閑はさっさと処理を済ませてズボンを穿いてベッドから立ち上がった。
「早くしろ、朝飯作るからシーツ洗っといてくれ」
「りょーかい」
 虎石は手早く処理を終えるとベッドから立ち上がり、シーツを引き剥がした。
[newpage] 「……そうだ虎石。お前に言っとかねえといけないことがある」
「ん?」
 朝食を終えてシーツを干し終え。そのままなんとなく二人してリビングのソファでだらだらしていると、肘掛けにもたれかかって新聞を読んでいた空閑がおもむろに口を開いた。
 虎石はなんとなく見ていたニュースを消して、空閑を見る。
 空閑は新聞を畳んで床に置くと、体を起こした。そして少しだけ迷うような顔をしてから、虎石の目を真っ直ぐ見て言った。
「前話したよな。そろそろアメリカに行くつもりだって。決めた……ちゃんとビザ取って、今度の舞台が終わったらニューヨークに行こうと思ってる」
 虎石は思わず息を飲む。
 空閑は淡々と話し続けた。
「事務所に相談して、もうオーケーも出てる。……しばらく向こうに滞在して、オーディション片っ端から受けるつもりだ」
 空閑は眉を下げ、小さく息を吸った。
「決まったのは、先週なんだけどな。落ち着いてる時に直接言いたかったから、ずっと黙ってた……悪い」
「……そっか。次の舞台、終わんのいつだっけ?」
「……四ヶ月後」
「結構、すぐだな」
「ほんと、悪い」
「謝んなよ」
 虎石は空閑の方へ身を乗り出し、その頬を両手で挟んだ。
「だってお前、ブロードウェー行きたいって言ってただろ。あそこの舞台に立ちたいって……夢叶えに行くんだろ、もっと胸張れよ」
 いや、と空閑が急に真顔になる。
「一緒に寝れる時にお前が盛ってこなかったらもっと早く言ってた」
「……マジで?」
 思わず冷や汗が流れる虎石。
「冗談だ」
 ふ、と空閑の表情が緩む。
「でも、次の舞台が始まったらそう一緒に寝れる時間もなくなるだろ。……そう思うと、な」
「……そっか」
 目の前の恋人がいじらしくて、虎石は空閑の頬から手を離すとその体に腕を回した。
「ばーか……さっさと言ってくれたらもっと丁寧にしたっつーの」
「そんなのお前の柄じゃねえだろ」
 空閑が虎石を優しく抱き締め返す。鼻の奥がつんとするのを感じ、虎石はいっそう強く空閑を抱き締めた。
「別に一生会えなくなる訳じゃねえよ」
 空閑のその声はとても優しい。けれど、何だか空閑が自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
 ああ、やっぱりこいつも寂しいんじゃないか。
「それでも大ダメージだっつーの」
「……じゃあお前もアメリカ来い、アパートのスペースは空けといてやる」
 空閑の優しい声が沁みる。
 今まで何度も抱き締めたその存在が、体温が、急に何よりも愛おしく思えた。手離したくないとすら思う。
 けれど、空閑が見ている景色にいるのは自分じゃない。もっと大きな夢を追いかけている。もっと大きなステージへ飛びたいと願う幼馴染みを自分の傍に留めることなど出来るはずもなかった。
 空閑に誘われてミュージカルのに脚を踏み入れ、その世界の輝きに魅了されて引き返せなくなった虎石だから、それは痛いほど分かっていた。
 だったら、ミュージカルを始めた時みたいに、またこいつを追い掛けて、隣に立ってもっとでかい夢を見るのも悪くない。
「はは、それいいな」
 空閑は多分気付いていないけれど、空閑の隣に立って見る夢は、虎石にとって何よりも色鮮やかな景色だ。
 ただ幼馴染みと一緒にいたいからミュージカルをやって来たんじゃない。幼馴染みが魅せる夢が他のどんなものにも負けないくらいに、目を反らせないくらいに綺麗だから、虎石は躊躇うことなくその夢に手を伸ばす。
 虎石は空閑の耳元に口を寄せた。
「それじゃ、俺が行くまでステージで待ってろよ、愁」

 色々言い訳はしたものの、結局俺が臆病だっただけだ、と空閑は思う。
 アメリカ行きを決めたことを言い出す勇気が無かった。
 小さい頃から一緒にいて、ミュージカルの世界でも肩を並べて歩いてきた幼馴染みの元から離れると決めたことを、言い出せなかった。
 甘えるより甘やかす方が得意なくせに、空閑には誰よりも甘えている虎石。そして空閑だって誰よりも虎石に甘えている。
 自分を包む、そして自分が包んでいる体温に感じる安らぎが何よりの証拠だ、と空閑は思う。小さい頃から、互いの体温が何よりの慰めだった。きつい時に抱き締めてくれる人の温かさは何よりも心に効く。それを空閑に教えたのは虎石だった。
 けれど、アメリカに行ってしまえばこの体温を感じることは出来なくなる。
「別に一生会えなくなる訳じゃねえだろ」
 甘えるように強く抱きついてくる幼馴染みを抱き締め返しながら空閑は言う。それは自分への言い聞かせでもあった。
 くぐもった声が返ってくる。
「それでも大ダメージだっつーの」
 どこか拗ねたようなその声に空閑は苦笑する。とっくに二十も越えてるのに、こういうところは相変わらずだ。
「……じゃあお前もアメリカ来い。アパートのスペースは空けといてやる」
 何となく口から出た言葉だった。けれど、自分が今抱き締めている男は、いつだったか、自分の何となくの言葉に乗せられてミュージカルを始め、スターの階段を駆け上がってここまで来てしまったとんでもない男なのだった。
「はは、それいいな」
 案の定、虎石は少し乗り気になったようだ。
 ひょっとしたら自分より才能があるかもしれない男の行く道を、自分が決めてしまっているようで後ろめたくもあり、けれど追い掛けて来てくれるのは嬉しくもあり。
 そんな空閑の胸中に気付いてか気付かずか、虎石が耳元で囁いた。
「それじゃ、俺が行くまでステージで待ってろよ、愁」
 その声にこもった熱に、空閑は目を見開き。胸の中がじわりと温かくなるのを感じた。
 夢を見て新しい地へ向かう不安も恐怖も包み込んで推進力に変えてくれるような、それはまるで魔法の言葉。
「……ああ」
 空閑は瞳を閉じ、静かに言葉を返した。
「早く来いよ」
 きっと、お前と肩を並べて立つブロードウェーのステージは最高に気持ちが良い。

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