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cat?(再録)(★)(ソーヒカ)

兄さんに猫耳が生えるなどします。
魔法って便利ですね……

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アメリカやヨーロッパに比べれば少ない方ではあるかもしれないが、日本でもヒーローとヴィラン同士の戦いが勃発することは決して少なくない。日本に古くから存在する裏社会を苗床にヴィラン達は力を蓄え、彼らが人々に危害を与えようものならアベンジャーズのように世界を股にかけて活躍するヒーローや彼らと親しいヒーロー、あるいは日本のヒーロー達がそれを阻止する。
ある日ヒカルが巻き込まれかけたのもそう言った戦いの一つだった。しかしその戦い自体はあっと言う間に決着がついた。その時ヒカルのすぐ傍にいたのは世界にその名を轟かす雷神にしてアベンジャーズのメンバー・ソーであり、戦いの切っ掛けとなったヴィラン達はさして強くも無い者達だったからだ。
ヴィラン達は大きな銀行を襲おうとして騒ぎを起こし、ヒカルとソーは偶然にもその場に居合わせた。二人が歩いていたのはその銀行の大通りを挟んですぐ向かいの歩道だった。
そして、警察からの要請を受けて日本最強のミュータントであるサンファイアーや、日本のヒーローチームであるビッグヒーロー6が到着したのは、もうソーがヴィラン達を叩きのめした後だった。
ソーはヒカルにすぐ家に戻るよう言い含めてからサンファイアー達に事情を説明しに行った。ヒカルはソーに言われた通りに真っ直ぐ帰宅した。
帰宅してしばらくした後に、浮遊感にも似た強い眠気に襲われた。ソーや、まだ学校に行っているアキラの帰りを待っていたヒカルはふらふらとリビングのソファに倒れ込み、深い眠りに落ちていった。

「……いさん。兄さん!」
「……ん?」
弟の声でゆっくりと意識が明るくなる。いつの間に帰って来ていたのか、制服は着ていない。
目を開けると、アキラが自分を覗き込んでいた。
「あれ、アキラ」
「兄さんどうしたんだよ。もう六時過ぎてるよ?」
「えっ……」
アキラの言葉に一気に目が醒め、ヒカルは跳ね起きた。壁にかかった時計を見ると、時計は6時15分を示している。
「ごめんアキラ!まだご飯の用意してにゃい……!簡単にゃものしか出来にゃいけどいい?!」
「あっ、う、うん……?」
その時のアキラの困惑した声に、ヒカルは気付かなかった。そして自分の発する声のわずかな変化にも。夕飯を作り始める前に顔を洗おうと洗面所に向かい、そして鏡を見て気が付いた。
いつもと変わらぬ自分の顔。しかし頭頂部と両側頭部の間に生えている、自分の髪と全く同じ色の、三角形のそれ。それはまるで、猫の耳のように見えた。
「にゃ、にゃにこれ……?」
思わず後ずさりすると、ぴりり、と尻から背中にかけて微かな刺激が走った。
「ひっ……?!」
振り向くが、そこにあるのは洗面所に初めから備え付けられている収納の戸棚だけ。だが視界の隅に何か異質なものが閃くのを捉えた。パッ、とそれを手で掴む。すると先より強く、びりりとした刺激が背中に走る。
強く目を閉じて刺激に耐え、それを恐る恐る見る。それはどういうわけか、ズボンと己の背中の間の隙間から飛び出していた。毛皮に覆われて細長く自分の髪と全く同じ色をしたそれはさながら、猫の尻尾の様だ。
「え……?へ?」
「ヒカル!」
「ひっ!」
リビングからソーの声が聞こえる。その大きな声にヒカルはびくりと体を震わせた。
「大丈夫か、ヒカル!」
「にゃ、待って……」
思わず制止の声を上げるも、ソーはすぐに洗面所へと足を踏み入れて来た。そしてヒカルの姿を見た途端、
「遅かったようだな……」
と悔しげにつぶやいた。
「へ……?」
「今から説明する。こっちへ」
事態を上手く飲みこめずに固まっているヒカルにソーは歩み寄り、優しく肩を抱いてリビングへと導き、ソファに座らせた。
ソーがヒカルとアキラに語るには、どうやらあのヴィランの中に妖術を操る者がいたらしい。操る……と言ってもまだ未熟だったとか何とか。そして暴発した妖術がヒカルに作用してしまったらしい。その妖術の効果は「術をかけられた者が一時的に猫になる」というもの。現場に居合わせた全員に妖術の影響が出てしまっている恐れもあるので、アメリカからドクター・ストレンジを呼ぼうという話がヒーロー達の間で持ち上がっているようだ。
成る程、至高の魔術師でありオカルト方面のプロフェッショナルであるドクター・ストレンジならば事態解決もすぐであろう。そう思ってヒカルは安心しかけた。しかしその思いはすぐに裏切られることとなる。
「だが、肝心のストレンジに連絡がつかないようでな……今はミッドガルドの外にいるようだ」
「じゃあ、兄さんがいつ治るか分からないってこと?」
「そうなる」
「そっか……」
落ち込むアキラを見て、アキラに心配をかけてしまっている、と僅かに胸が痛む。自分は悪くないと分かっていても、どうしてもそれを気にしてしまう。
その上に、自分は今こんな状態だ。いつ元に戻るのかも分からない。ずっとこんな状態では外に出るのも難しいだろう。尻尾が妙に敏感なのはさっき十分に実感した。自分の身体が自分の知らない間に作り変えられているという恐怖を嫌でも感じる。ヒカルは思わず俯いた。すると頭の耳が一緒に項垂れているのが分かった。
「だが案ずるなヒカル」
ソーの声にヒカルは思わず顔を上げた。
「お前は必ず元に戻る」
ソーが真っ直ぐにヒカルの目を見て言った。その真剣な眼差しに、思わず心臓が跳ねる。
「私が誓おう。このムジョルニアの名にかけて」
その言葉に、強張っていたヒカルの頬が自然と緩んだ。それを言われると、圧倒的な安心感がヒカルの胸いっぱいに広がる。
「……ありがとう、ソー」
「兄さん、困ったことがあったらすぐ俺に言ってよ!俺、出来ることなら何でもするから!」
「アキラも……ありがとう」
ソーの真剣さとアキラの優しさに目が潤んだ。自分がどうなるかは分からないが、きっと何とかなる……そんな気がした。

結局夕飯はピザのデリバリーで済ませたが、どうやらヒカルの舌も変化しているようだった。熱いピザやポテトがなかなか食べられず、食事にはいつもの倍近い時間を要した。
ヒカルがソーやアキラの力を借りつつ検証したところによると、耳は今のところ形だけであり、耳としての機能はまだ自身の耳が果たしている。尻尾はバランス云々と言うより感覚器官としてだけ作用しているようだ。舌はややざらついて猫のそれに近くなっている。その上舌が上手く回っていないのか、時々「にゃ」が言葉の中に混じる。それ以外はまだほとんど人間のままだ。
「……しかし、改めてみるとお前のその姿は新鮮だな。可愛らしくもある」
「恥ずかしいよ、もう……」
夜も更け、ヒカルの部屋でソーとヒカルはベッドの上に並んで腰かけていた。ヒカルはパジャマに着替え、ソーはミッドガルドでの宿泊時に時によく着る半袖のTシャツにスウェットというラフな洋服を着ている。
ソーがヒカルの頭を優しく撫でると、ヒカルがびくりと肩を震わせた。
「待って、やだ」
「どうした、ヒカル」
「わ、分かんない……でも、頭は嫌だ……」
「ふむ……」
日頃であればヒカルはソーが頭を撫でても嬉しそうに受け入れる。
もしかしたら、猫は頭から撫でられるのが苦手なのだろうか。ヒカルもソーも思っている以上にヒカルは猫に近付き始めているのではないか、とソーは憶測する。
「顎とか喉なら、いいかも」
「そうか」
ソーはミッドガルドの猫という動物に触れた回数は決して多くない。だが、触れた時のかすかな記憶を頼りにそっとヒカルの顎を撫でる。
「ん……」
ヒカルは目を閉じ、幸せそうに喉を鳴らす。ヒカルの尻尾がゆっくり揺れるのを見て、ソーの中で好奇心が首をもたげた。
「……ヒカル」
「何?」
「尻尾を撫でても?」
「いいよ」
ソーはヒカルの喉から手を離し、パジャマのズボンから伸びているふさふさした尻尾にこわごわと触れた。すると、
「みゃっ……!」
ヒカルが体を震わせながら丸め、顔を赤くしながら声を漏らした。
「!すまんヒカル」
ソーが慌てて尻尾から手を離すと、ヒカルは首を振ってソーの手を掴んだ。
「大丈夫、だから。もっと触っていいよ」
その声が艶を帯び始めている。ソーは誘惑に耐えきれず、ヒカルの尻尾に手を伸ばした。
尻尾は優しく滑らかな手触りで、触っていてとても心地いい。ソーはその手の中の感触をしばし楽しもうとした。しかし、尻尾を撫でられているヒカルは顔を赤くして口を僅かに開けて浅い呼吸を繰り返している。耐えるように拳を強く握っているその姿は嫌でも劣情を催すもので、尻尾の触り心地どころではない。
これ以上ヒカルに無理をさせてはならないという思いと、ヒカルにもっと触れたいという思いがせめぎ合いを始める。
ソーはそっと、ヒカルの尻尾から手を離した。
「?にゃんでやめるの……?」
ヒカルがソーを見上げる。その瞳は潤み、目じりには朱が差している。しまった、と思いつつソーはヒカルに問い掛ける。
「お前は、どうされたい。ヒカル」
ヒカルはソーの目を見ながら、唇を震わせた。
「……もっと、触って……すごく、熱いんだ……でも、ここ家だしアキラも隣の部屋にいる、から……」
どうすればいいのか分からない、そうヒカルは訴えている。
「そうか。ならば、お前の望む通りに」
ソーはヒカルを一度横抱きにすると、ベッドに横たえた。その上に覆いかぶさると、ヒカルの唇に自身の唇を乗せる。浅い口付けを何度か交わした後に、互いの舌を絡め合う。ソーの舌が口腔に触れる度にヒカルが小さく声を漏らし、一方でソーはヒカルのざらついた舌の感触の快さに酔いしれた。
ソーの中心は既に強い熱を帯びている。そしてそれはヒカルも同じようで、ソーはそれを服の布越しに感じた。
早く楽にしてやらねば、ヒカルが辛い。
ソーはヒカルから唇を離すと、手早くヒカルのパジャマの上着のボタンをすべて外した。素肌が外気にさらされ、期待と肌寒さでか、ヒカルの尻尾が僅かに震えた。
普段であればヒカルが堪えられなくなるまで焦らすところだが、今は普段とは状況が違う。いつもと違う自分の身体にヒカルは戸惑っている。不安も感じていることだろう。だからそれを早く和らげてやらねばならない。
ズボンの上からヒカルのそれを撫でると、ヒカルはギュッと目を瞑って身を震わせ、甘い声を漏らした。
「うにゃ、あ……!」
「……愛らしいな」
思わず笑みを漏らすと、ヒカルが目を開けて恨めしそうにソーを見る。
「すまない、思わずな」
そう詫びながらヒカルのズボンに手をかけると、ヒカルがソーのシャツを掴んで引っ張った。
「待って、ソーも……」
シャツを脱いでほしいという事か。ソーは頷き、Tシャツを脱ぎ捨てた。ヒカルはうっとりした目でソーの鍛え上げられた上半身を見る。
「ね、早く……」
「分かっている」
ソーはまずヒカルのズボンと下着を脱がせ、次いで自分のズボンと下着を脱ぐ。ヒカルの足の間で屹立し透明な液体を滴らせるそれを右掌の内に包み込み、何度か度手を上下させる。
「にゃ……!」
ヒカルは目を見開き、体を震わせた。だがすぐに自身の出した声に驚いたのかすぐに両手で口からを塞いだ。ふーっ、ふーっと本物の猫の唸り声のような呼吸音と共にヒカルは肩を上下させている。
ソーは右手の動きを休めることなくヒカルの手を取って口から退け、ヒカルの唇を自身の唇で包み込んだ。その柔らかさを味わう様に何度も唇となぞり、ヒカルは漏れそうな声を必死でソーの内に逃がす。
そしてソーは頃合いを見つつ、己の剛直をヒカルのそれに擦り付けた。
「っ……!ああ、や、んん……!」
喘ぎ声を必死で堪えるヒカルの姿、そして直接的な刺激に、ソーは目が眩むような快楽を感じた。理性が吹き飛びそうになるのを必死で堪える。
ソーが腰を動かす一方で、ヒカルもまた、より強い快楽を得ようと腰を動かし、両足をソーの腰に巻き付けはじめた。
「んん……はあ、そー……」
「大丈夫だ、ヒカル」
不安そうなヒカルの頬を優しく撫で、角度を変えながら何度も口付けを交わし合い、互いの熱を共有するかのように動く。熱は次第に大きくなるが、ソーは眉を寄せて堪えた。
「んあっ……や、ひっ、うあ……!」
時折漏れる生娘のような喘ぎ声は、嫌でもソーの脳を揺さぶる。
「……ヒカル」
「そー、もっと……」
恥じらいながらも、しかし快楽には抗えないのか必死でソーを求めるヒカルの姿は、初めて男を知った生娘のようであり、しかし淫らな雌猫のようでもあった。
「もっと、ちょうだい……」
男でなければ得られない刺激から快楽を得ながらも、生娘のように喘ぎ、人のものではない猫の耳や尻尾を震わせるその姿のなんと背徳的で甘美な事か。
「与えよう。お前が望むものなら何でも」
ヒカルの耳元で囁き、首筋に吸い付く。
「んにゃ……ああ……っ」
ヒカルの身体は震え、気持ち良さそうな声が上がった。ソーは暫しヒカルの首筋に吸い付いた後、顔を離してヒカルに印が残ったことを確かめる。
「ここも……良いのだったな」
続いて、普段床で行為に及ぶ前にしているように、ヒカルの胸の突起を指で優しく捏ねた。
「みゃっ!や……」
大きな声を出すまいとしながら、肩で大きく息をし、押し寄せる快楽を細い体で受け止めているヒカル。愛おしさは嫌でも募る。
「……愛している、ヒカル」
耳元でそう囁けば、ヒカルは微笑みを返す。
「ぼく、も……」
微笑むヒカルの目尻から、涙が伝う。
ソーは腰をより一層強くヒカルに向けて動かした。
「ああっ!あ、んあ、はっ、ん、んん、や、ああっ……!」
びくり、とヒカルが強く体を震わせた。強く目を閉じ、体を弓なりにしならせて。ソーもまた限界を感じ、目を閉じて体を震わせた。互いの放ったそれで、二人の腹は白濁で汚れる。
ソーは自身も荒い息をしながら汗で額に張り付いたヒカルの前髪を優しく額から退けた。ヒカルは肩で息をしながら、申し訳なさそうに笑う。
「ごめんね……急に僕の家で、こんにゃ……」
二人で床を共にし、その上で行為に及ぶ時は、必ずどこか家以外の場所に行く。ヒカルが家族と暮らしているから……というのが大きな理由だ。そしてヒカルの家でこうして行為に及ぶのは初めての事だった。
「気にするな……私が変な好奇心を起こしたせいだ」
ソーは立ち上がってティッシュの箱を手に取り、まずヒカルを、次いで自分の身体を拭く。
「どうする?風呂に入るか?」
「ううん……疲れちゃったから、寝るよ……」
「そうか」
ソーはティッシュをゴミ箱に捨ててティッシュの箱を元の位置に戻すと、部屋の電気を消した。ベッドの上に乗ると、ヒカルの傍らに横たわり掛布団を肩まで引き上げて二人の身体の上にかける。ヒカルが甘えるようにソーに擦り寄るので、ソーは自分の二の腕にヒカルの頭を乗せさせた。
ヒカルの猫の耳が僅かに鼻に触れ、そのこそばゆさにソーは笑みを漏らす。
「……ゆっくり休め、ヒカル」
「うん……おやすみ……」
それから程無くして、ヒカルの口から寝息が漏れ始めた。ソーはヒカルの頬を優しく撫で、自分も目を閉じた。

翌朝、目を覚ましてすぐにヒカルはソーと共に自分の身体に何か変化が起きていないかどうか確かめた。あまり大きな変化は起きていないので安心はしたものの、早くドクター・ストレンジに解いてもらいたいかな、とヒカルは苦笑いした。
ヒカルとソーがアキラを学校に送り出してから1時間ほど経った頃、マンションのエントランスから通じているインターホンが鳴った。誰だろうと思いつつヒカルが出てみると、なんとドクター・ストレンジその人だった。
異次元に行っていたストレンジはサンファイアーから連絡を受けていたことについ先ほど気付いたのでここへ来た、と言った。町全体を「視た」ところ、どうやらヒカルだけが術にかかっていたらしい。
「案ずることはない、この程度の呪いであればすぐに解ける」
ストレンジはそう言って、ヒカルの額に指先を当てた。ソーが見守る中、淡い光がヒカルを包み込み、ものの1分もしないうちにだろうか、ヒカルの頭から生えていた猫の耳と尻尾は綺麗になくなった。
「これで治ったはずだ、鏡を見て来るといい」
ストレンジに言われるままにヒカルは洗面所に行き、自分の耳と尻尾がなくなっていることを確かめた。
「あ、ありがとうございます……」
あっと言う間に治ったことに戸惑いながらヒカルが礼を言うと、
「至高の魔術師である私には容易い事。君達は我が友だ。何か困りごとがあればいつでも行ってくれたまえ。では、さらばだ」
そう言い残し、ストレンジはテレポートでどこかへ消えてしまった。
ソーとヒカルは顔を見合わせ、相変わらずな人だ、と笑った。
ヒカルの耳と尻尾は消え、またいつも通りの生活を送れるようになった。
「数時間だったけどね、すごく不安だったよ……ソーとアキラがいてよかった」
そう言って笑うヒカルが堪らなく愛おしくて、ソーは思わずヒカルを強く抱き締めた。頭を優しく撫でると、ヒカルは嬉しさで肩を揺らした。

この後滅茶苦茶(再録)(★)(ソーヒカ)

原文テキスト末尾に「この後滅茶苦茶セックスした。で終わる話を書きたかった」と書いてありました。

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[chapter:「この後滅茶苦茶セックスした。」で終わる文章を書こうと思った] (タイトルままです)
(ヒカルが成人してから一人暮らし始めたという捏造設定です)
(ひたすらいちゃついてるだけですが18禁ではないです、せいぜい15禁です)
(それでもよろしければどうぞ)

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 夕食の後はだいたい、二人でソファに座ってテレビを見たり、お喋りをしたりするのが常である。日本の大学を卒業してからニューヨークでの留学に伴い一人暮らしを始めたヒカルの許に、ソーはアスガルドからよく遊びに来る。しかしほぼ泊りがけなので、二人して夜遅くまでなんとなくだらだらしてしまうことも多い。
 今日はワインを傾けてヒカルが作ったつまみを食べつつ互いに近況を報告し合っていたら、いつの間にか日付が変わっていた。
「あ……ソー、そろそろ寝よう?」
「……ヒカル、明日は大学は休みなのでは無かったか?」
「そ、そうなんだけど……」
 酔いが回り始めた頭を押さえながら、ソファに体を預けていたヒカルは体を起こそうとする。しかし胴に手を回してくるソーがのしかかって来るので体がすぐソファに沈む羽目になる。
「早く寝ないと、体に悪いんだよ?」
「む、そうなのか。だが私には関係ない」
「僕には関係あるんだってば」
「そうか……すまん」
 ソーがソファに手を付いて体を起こすと、ちょうどソーの身体の下にヒカルがすっぽり収まる形になった。自分に覆いかぶさるソーを見ながら、ヒカルは酔いで思考能力が低下しつつある頭でソーの頬に手を伸ばした。
 一方でソーは、自分の頬に触れたヒカルの指先の感触に目を細め、自分もヒカルの頬を優しく撫でた。ヒカルは気持ちよさそうに目を細めてソーの手の中に顔を摺り寄せる。その頬が僅かに赤いのを見て、ヒカルが少し酔っているのだと判断する。
「……ソーの手、大きくて温かいね」
「そうか」
「お皿とか、洗わなきゃ……」
「私がやっておく。ヒカルは寝る準備をしろ」
「うん……」
 ソーがヒカルの上からどくと、ヒカルはゆっくりと体を起こした。ソファから立ち上がったヒカルは洗面所へ向かう。ヒカルは酒に弱いわけでは無いが、強いということも無い。それでも酔うまで飲むことはなかなか無いと本人は言うが、ソーと一緒に飲んでいる時はだいたい酔う。しかし今日はいつも以上に酔いが深いように、ソーには見える。
 ソーが机の上の皿やグラスを片付けてリビングに戻ると、まだパジャマに着替えてすらいないヒカルがソファに横たわっていた。
「どうした、ヒカル」
「んん……」
 ぼんやりと焦点が合っていない目で、ヒカルはソーを見た。ソーが床に膝を突いてヒカルの顔を覗き込むと、ヒカルは甘えるようにソーの首に手を回してきた。引き寄せられるのに合わせ、ソーはソファに乗り上げてソファに横になってヒカルの腰を抱き寄せた。ソファがぎしりと音を立てる。
 首に頭をうずめて来たヒカルの頭を撫でながら、ソーは「今日はどうした」と問い掛ける。
「何かあったのか?」
「何かあった……のかな……ゆうべ、夢を見たんだ……」
「夢?」
「うん……ソーが、どこかに行ってしまう夢……」
「ただの夢だ、安心しろ。私はちゃんとここにいる」
「……そうだよね、ただの夢」
 ヒカルはそう言って顔を上げ、ソーの顔を見て微笑んだ。
「ここにいるソーは、夢じゃない」
「ああ、そうだ」
 ソーがヒカルの前髪を掻き上げて額に口付けると、ヒカルはくすくすと笑って肩を揺らして瞼を閉じた。
 ソーはそのまま唇をヒカルの瞼、頬に落とし、最後に互いの唇を軽く重ねた。唇を離すと、ヒカルは瞼を上げて縋るようにソーを見上げた。
「ソー、もっと……」
 ヒカルの顔は赤く、瞳は僅かに潤んでいる。
「分かった。お前が望むなら」
 そう言ってもう一度ヒカルの唇に自分のそれを重ねると、ヒカルが体をソーに摺り寄せて来た。少しでも強い力を加えればあっさり折れてしまいそうなほどに自分より華奢な体の存在を腕の中に感じながら、ソーは何度もヒカルに口付ける。舌を差し入れれば、ヒカルも控えめに舌を絡めて来た。
 互いの口から洩れる息と微かな声が静かな部屋に響く。やがてそこに唾液の立てる小さな水音が混ざる。ソーの舌がヒカルの口腔の内を撫でる度にヒカルの体が震え、喘ぐような声があがる。その声に目の前が眩み、ソーはヒカルを組み敷いた。
体勢を変えてもなお舌を絡め続けるうちにヒカルの四肢からぐったりと力が抜けた。ソーが慌ててヒカルから顔を離すと、唾液が互いの唇の端から糸を引いた。ヒカルは蕩けた顔で頬を紅潮させ、胸を上下させながらソーを見上げている。
「すまん、少しやりすぎた……」
「……平気」
 ヒカルはソーを見上げて柔らかく微笑む。
「ソーだから、大丈夫」
「そうか、なら良いのだが」
 ソーはヒカルを掬い上げて横抱きにしてベッドまで連れて行くことにした。
「今日は随分と飲んだようだな、ヒカル」
「そうかな……?」
「先まで早く寝ようと言っていたのに、今ではやっていることが真逆だぞ。大丈夫か?人間は二日酔いというものになることがあるのだろう?」
「僕はなったことないよ」
「明日なるかもしれないだろう。……そんなに不安だったのか。その夢が」
「うん……。僕は人間で、ソーは神様だから。そうなる時がいつか来るんだって思うと、怖くて」
「……そうか」
 ベッドルームに入り、ソーはヒカルをそっとベッドに横たえた。
 ヒカルは人間で、自分は神。住む世界の違いは、自分が世界の境界を飛び越えてくればいい。しかし、自分の生きる時間とヒカルの生きる時間の長さはあまりにも違いすぎる。その事実に、ずきりと胸の奥が痛んだ。
「でも、ただの夢だから。でしょ?」
「……そうだな」
 しかしそれを胸の奥に押し込め、ソーは笑う。
「ほら、ソー」
 ヒカルに手を伸ばされ、ソーはベッドに上がる。
「早く寝た方が良いのではないか?」
「そうだけど、やっぱり、せっかくソーと一緒だし……」
「そうか」
 ヒカルに覆いかぶさってその首筋を甘く噛むと、ヒカルは声を殺しながら身じろぎした。その首筋に赤い跡が残ったのを確認してから、そこに僅かに滲む血を舐め取る。
「んん……」
 ヒカルが甘い声を漏らす。耳を打つその声に目が眩むような感覚を覚えながら、ソーはヒカルの服に手をかけた。

 この後滅茶苦茶セックスした。

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だいたいお前のせい(再録)(★)(ダンシュン)

 夕食・風呂を済ませ、現時刻は午後10時過ぎ。
 シュンがダンを客人用の寝室(ただし使用されることは殆ど無い)に通そうとしたところ、一緒の部屋で寝たいとダンがあまりにごねる為、結局シュンは自室にもう1人分の布団を運び込んだ。
「しっかし広いなーオマエの部屋。しかもきっちり掃除されてやがるし」
「掃除くらいは当然だろう」
 布団は自分で敷け、と言いながら、シュンはダンの分の布団をドサッと畳に降ろした。
 実際、シュンの部屋は広い。家具の数も少ない為、布団2人分を敷いていてもなお、あと8人分くらいは敷けそうなスペースが残されている。
 ダンは部屋の中央に敷布団を畳に敷きながら、シュンにこう尋ねた。
「今でも、いつもこれくらいの時間に寝てるのか?」
 シュンは、自分の布団を敷きながら答える。
「ああ。起床は夜明け前だから、睡眠時間そのものは標準的だと思うが」
「それ、学校の宿泊行事とかで苦労するんじゃねーの……?」
「祖父の介護を言い訳にして全て欠席してきた」
「オマエの祖父さん介護要らねえだろ」
 程なくして、布団を敷き終える。
 ダンは、ボスッと布団に寝転がった。
「あー、今日はつっかれたー」
「じゃあ早く寝ろ」
「待て待て待てって。そう言いつつ部屋の電気を消そうとするなって……本当に会話広げるの下手だなオマエ!」
 ダンがバッと起き上がって、天井の電灯のコードを引っ張って消そうとしていたシュンの足にしがみ付こうとする。シュンは軽いステップでひょいと避けた。ダンはそのまま布団に顔面から突っ込んだが、すぐに起き上がり胡座を掻いた。
「せっかくだしさ、なんか語ろーぜ!」
 シュンは呆れて苦笑し、コードから手を離して、ダンの真正面に座る。
「で?」
 ダンはしばらく考え込み、やがてぽつりと呟いた。
「……オマエと会うのって、半年ぶりだよな」
「今になってそれを言うのか」
「いや……なんか、実感したというか」
 ダンは身を乗り出し、腕を伸ばしてぺたぺたとシュンを触り始めた。
「うん、やっぱシュンだ。触れるし、話が出来るし」
「……連絡を全く取らなかったのは、悪かったと思っている」
 ダンの手が腕や肩から顔にまで伸びて来たので流石に払いのけながら、シュンはそう詫びた。
「せめて近況報告くらいは、適度にするべきだったかもしれない」
「いいってそんなの。オマエが元気だって分かりゃそれで。……まあ、でも」
 ダンはシュンに触るのをやめ、しかし身は乗り出したまま、少し寂しそうに笑った。
「やっぱ堪えるな、オマエに会えないの。寂しいし」
「…………すまない」
 その笑顔に、シュンの心がチクリと痛んだ。
「もういいって。オマエに会いたいってのは、基本オレの我が儘なわけだし」
 ダンはそう言ってから、いつもの調子で、シュンに尋ねた。
「シュンはどうだ? オレに会えなくて寂しいって思うか?」
「……まあ、少しは」
「……少し?」
 ダンの表情が、やや不機嫌そうなものになる。この反応は想定内だったので、シュンはこう続けた。
「昔から何かにつけ一緒だったからな……しばらく会えないと、寂しくは感じる」
「……その程度か?」
「え?」
 いつの間にか、ダンの声が低く押し殺すような声になっていた。シュンがダンを見ると、ダンが怒ったような表情でシュンを見つめていた。
「オレがあんなに寂しいって思ってたのに……?」
「ダン……?」
「なあシュン、」
 ダンの右手が、シュンの左腕を掴んだ。驚いたシュンが振りほどこうと思っても振りほどけないほど、強く。
「正直に教えてくれ。オマエ、オレのことどう思ってるんだ?」
「いきなり何を……」
「いいから!」
 ダンの表情はあまりに真剣だった。いきなりそう言われ、戸惑いながらも、シュンは正直に答えた。
「俺にとって……お前は、幼馴染で、仲間で、いつかもう一度越えたい壁で、……そして、」
 面と向かって言うのは流石に初めてなので、少し緊張しつつ、シュンははっきりと、ダンの目を見て言った。
「……一番の、親友だ」
「親友……か」
 ダンは呟き、笑った。
「そう言ってくれるのは、嬉しいけど……そっか。親友止まり、か」
「……どういう意味だ?」
 意味が分からず、シュンは聞き返した。「そこでそう聞いちまうのがオマエらしいというか……オマエ、外から向けられる好意にはホントに鈍感だよな……」
 まあオレもそうらしいけど、とダンは呟いて溜息を吐いた。
「こないだルノに言われたんだよなあ、あんまり気持ちを押し付けちゃいけないって……でもオマエがそんなんだから押し付けたくもなるんだよなあ……」
 ダンの言葉はまるで、目の前にいるシュンではなく、自分自身に向かって言っているようだった。
 しかし、何故ここでルノの名前が出るのか。わけが分からず、もう一度シュンは口を開いた。
「一体何を……」
「あのさ、シュン」
 ダンはシュンの言葉を遮り、一度深呼吸してから、どこまでも真剣な表情で言った。

「オマエ、オレがオマエのこと好きだって言って驚くか?」

「……え?」
 シュンの頭が真っ白になった。ただただ呆然として、聞き返す。
「お前が……俺を?」
「ああ。ライクじゃない方の意味で」
 ライクじゃない方。それはつまり。
 ラブの方。
「……それでは、お前がさっき言ってたのは……」
 そう言いながら、シュンは自分の頬が熱くなるのを感じた。心臓が早鐘のように鳴り始める。
「やっと分かったか?」
 ダンは少しだけ嗜虐的な笑みを浮かべ、右手でシュンの腕を掴んだまま、その頬に手を伸ばした。
「ったく……遅いんだよ」
 そして、口をシュンの耳元に寄せる。
「こっちはずっと前からオマエのこと好きで好きで仕方なくて……それなのにオマエは気付いてくれねーし、しょっちゅうオレに黙ってどっか行っちまうし。いつまで待たせる気だよ、ってずっと思ってたんだぜ?」
「……っ、」
 耳元にダンの息がかかり、シュンは背中に伝うくすぐったさに身をよじった。心臓が、今まで感じたことが無いほどのスピードで鳴る。
「だが、お前……ルノは……第一、俺は男で……」
「ルノも好きだ。当たり前だろ」
 ダンの語調が強くなる。
「でも、オマエも好きなんだよ。……どっちかなんて、絶対選べない。好きになった以上、性別とかもうどうでもいい。好きだから、オマエもルノもオレのものにしたい」
「な……」
 その答えに、シュンは驚き言葉を失ったが、やがて呆れたように笑った。
「お前という奴は……我が儘なのは相変わらずだな」
「仕方ねえだろ」
 ダンはシュンの頬を撫で、その手を首筋に添えた。もうシュンは、振り払おうとはしなかった。
「オマエらどっちも大事だし。選べないくらいなら、オレは選ばずに両方取る。ルノは一応分かってくれたぜ?」
「……お前らしい」
 いつの間にか、シュンの心臓の鼓動は少しずつ収まっていった。
 ダンは、シュンの腕を掴む右手の力を弱め、その代わりに、ぐでーんと、身体全体で体重をシュンに預けた。
「ああー、やっぱシュンに密着すると落ち着く」
「……っと、」
 自然な流れでダンに押し倒されかけ、シュンは倒れないように慌てて、右手を布団に衝いて、自分とダンの体重を支えた。
「オマエさぁ……そこは黙って押し倒されろよ。空気読めよ」
「断る。第一、俺の答えすら言っていないだろう。何故そう一足飛びに段階を進めようとするんだ」
「……ふーん……」
 ダンの不服そうな声。どんな表情なのかは、見ずとも分かる。
「じゃあ、何なんだよ。オマエの答え」
「……俺は……」
 シュンは言葉を選びながら、自分の思うところを正直に言う。
「……お前にああ言われて、嫌な気分はしなかった。こうやってお前と一緒にいる時間は落ち着くし、お前が傍にいると心強い。それは今も昔も変わらない、俺の本音だ……ただ、答えを出すのは、保留させてくれないか。その……恋、人として好きかどうか、というのはまだ……」
「恋じゃねえよ。愛してんだよ。愛人って言えよ。…………なんか、急に嫌な響きになったな。恋より愛の方がランク上なのになんで『愛人』って言葉はこんなにいかがわしいんだろうな」
「知らん」
 一度そう突き放してはみたものの、それにしてもお前がそんなことを言うとはな、とすぐにシュンは苦笑した。
「オレだって成長してんだよ……つっても、恋愛がどうのって話でオマエ相手にあんま偉そうな口は叩けないけどな」
 あの時のオマエ、フェニックスとラブラブだったし。そうダンに耳元でボソリと言われ、
「今その話を出すか……」
 シュンは天井を仰いだ。
「オマエ、鈍い癖して愛とか恋とか、あの頃の時点でとっくに悟ってる感じだったしさ……流石に思ったぜ、フェニックスには絶対勝てないって。何つーか、絶対フェニックスのお陰だよな。そういう面でオマエが大人になったの。何て言うんだっけ……そうそう、プラトニックってヤツ」
「だがあの頃は、何と言うべきか……」
「あー、オマエのお袋さんとフェニックスを重ねてただけ、ってのはナシだからな。それだけなわけないだろ。最初がそうだったとしても、最後には本気で好きだった。違うか?」
「……ああ、そうだ。その通りだ」
 嘘も言い訳も、今のダンには通じないと判断し、シュンは頷いた。
「彼女と出会って、本気で好きになって……最後には、別れを選択した。それで良かったと、今でも思っている。彼女に精神的に依存してばかりだったからな、俺は」
 すると、ダンが大きく嘆息した。
「……つまり、そーゆーことなんだよ。そういう次元に達しちまってるオマエに、好きだとか愛してるとか言っていいのかって、オレは結構悩んでたわけでさ……ま、でも!」
 ダンは唐突にシュンから手を離し、身体をバッと起こした。いきなりダンの重みがなくなり、シュンは少しよろけたが、体勢を立て直して自分も身体を起こす。
 改めて、座って向き合う形になる。しかしその距離は、初めより少しだけ近い。
「今はもう、気にしないことにした。深く悩まずにぶつかって行けって、ルノに説教されちまったしな!」
「お前達は俺の知らないところで俺をどうしたいんだ。しかもお前、さりげなくルノに誘導されてないか?」
「いや、両方娶る気ならさっさと告白しろって怒られたんだよな……」
「……さっき、気持ちを押し付けてはいけないと言われた、と言っていなかったか? 第一娶るとは何だ娶るとは」
「それはそれ、これはこれ、だってよ。娶るっていうのは、まあ、言葉の綾だな。別にいーじゃん、男同士で使っても」
「それはやめてくれ」
 どさくさに紛れて女性扱いされては、たまったものではない。シュンにだって男としてのプライドがある。
「まあとにかく、今後オレは、オマエにガンガンぶつかって行く方針で行くから、よろしく。オマエの気持ちが固まるまでな」
 そう言って、ダンはグッ!と親指を立てる。その言葉で、シュンはあることに思い当たった。
「……もしかして、今日泊まりに来たのは」
「おう。ルノに説教されたのが昨日で、即行で準備して、今日朝一で電車乗り継いで来た。マルチョは送り迎えはしない方がいいですねって言ってくれたし、ドラゴのヤツなんか、シュンと水入らずで話したいからって言ったら、それだけでじゃあ留守番してるって……オレ、ホントに恵まれてるよな。帰ったらアイツにもちゃんと報告したいんだよ、既成事実は作ってきたって……」
「そうか……全くお前という奴は……ん?」
 シュンはふと、引っ掛かるものを感じた。何だか今、ダンの言葉に不穏な言葉が含まれていたような。[newpage] 「既成事実?」
 そう聞いた時、がしり、と。
 また、ダンがシュンの左腕を掴んだ。その力は、心なしか先より強い。
 そしてダンは、先ほど見たような、あの嗜虐的な笑みを浮かべ、シュンに顔を近付けて囁いた。
「せめてキスぐらいさせろ」
「っ……?!」
 ダンはシュンの左腕を引っ張って抱き寄せ、無理矢理唇を重ね合わせた。そのすぐ後に己の左腕をシュンの背中と首筋に回し、しっかりとホールドする。
 これでもう逃げられない。
 そう言わんばかりに、ダンの目が満足げに光ったのを、シュンは間近で確かに見た。
 ダンはさらに、シュンに攻め掛かるようにしてその唇を貪る。更に舌を無理矢理絡ませる。その時唇と唇が僅かに離れ、互いにほんの一瞬だけ熱い息を吐き出した。しかしダンはすぐに、その舌をシュンのそれにまた絡ませ、唇に貪りつく。
 その口づけはあまりにも息苦しく、あまりにも熱く。シュンは何も考えることが出来なかった。身体に力が入らず、ダンの為すがままになっていた。
「ぁ……んん……!」
 息苦しさでシュンは微かに悲鳴のような声を上げた。それを聞いて、ダンは自分の唇をシュンから離した。しかし、2人の唇と唇の間をなお、銀色の糸が繋いでいる。
 頬を上気させ、呆然としたシュンは肩を大きく上下させ、そのまま平衡感覚を失って、ダンの胸に倒れ込んだ。正確には、シュンがよろけたところをダンが抱き寄せた。
「……悪い……いきなり、こんなことして……」
 ダンの息も荒い。肩を上下させながら、シュンの背中を撫でる。
「……まあ、後悔は、してねえけどな」
「……お前という奴は……」
 シュンは肩を震わせながら、ダンの服を掴んだ。脳に血が上り過ぎたのか、意識は朦朧とし、視界もぼんやりとしている。それでも、ダンの言葉は意識の片隅で、しかしはっきりと聞こえていた。
「ごめんな、ホント。……でも、オマエを好きになった以上、オマエをめちゃめちゃにしたいとか、そういうのもあって……」
「……」
 ダンは呼吸を整えながら、シュンの髪を手で梳いた。
「多分、オマエの場合は最初の相手がフェニックスだったから、そういう感情が起こる余地なんか無かった。そもそもあの時は小5だしな……。でも、今はお互いにいい歳だ。分かるだろ、オレの言いたいこと」
 シュンはダンの服を掴んだまま、掠れた声で答えた。
「……お前の言いたいことは、分かる。分かるが……それでも、いきなり……いきなりあのようなこと……」
 自然、声が震える。目頭が熱くなり、鼻の奥がツンとしてきた。
 シュンは顔を上げ、ダンを見上げた。
「……怖かった。お前が、俺の知っているお前ではなくなったようで」
「!」
 その言葉を聞き、ダンはハッと目を見開いた。そして、
「…………~~~~っ、」
 顔を赤くし、口をパクパクさせ、そしてギュッと目を閉じ、額に手を当てて首を左右に振りながら呟いた。
「不意打ちで異常に可愛くなるのやめろよオマエ……心臓に悪いだろうが……」
「……?」
 その言葉は、シュンにはよく聞こえなかった。
 そうこうしているうちに段々と、シュンは自分の呼吸と心拍数が整ってくるのを感じた。心拍数が正常に近付いていくことで次第に意識は明瞭に、視界ははっきりと鮮やかになり、そして、

 ゴッ。

 ダンの顎に、斜め下から掌底突きを食らわせた。
「ごふっ……?!」
 避けることも出来ず、ダンは綺麗に吹っ飛び、ゴロゴロと壁際まで転がって行く。
「……お前今、俺に何した……?」
「今それを聞くのかよ!! 遅ぇよ!! つーか今まで理解してなかったのかよ!! もしかして無意識だったのか?!」
 ダンがすぐさま起き上がって叫ぶが、そんなことは今のシュンにはどうでも良かった。
 意識が明瞭になるに連れ、今しがた何が起きたのかを、自分が何をされたのか、はっきりと理解した。理解してしまった。
 強引に抱き寄せられた。
 キスされた。
 舌まで入れられた。
「……お前という奴は……」
 シュンはゆらゆらと立ち上がった。
「おい待て!! クナイ出すのやめろよ!! つーかどっから出したんだよそれ!! さっき同じこと言ってたのに篭ってるニュアンスがまるで違うぞ!!」
「……お前、俺の気持ちが固まるまでどうのとか言っていなかったか?」
 今なら、究極爆丸相手に生身で戦える気がする。シュンはふと、そんなことを思った。どうやら、怒りの力は人体のリミッターを外してしまうらしい。まあ、爆丸相手生身で戦ったことが無いわけでは無いのだが。
「だから言ったろ、オマエの気持ちが固まるまでガンガンぶつかって行くって。……って言っても」
 ダンは悪びれずにニヤリと笑い、舌なめずりした。
「オマエ、結構敏感なんだな。あれくらいで行動不能になるなんて思わなかったぜ」
「…………っっ!」
 頬がカッと熱くなり、シュンは反射的に、ダンのいる方に向かってクナイを投げつけた。
「のわっ! 危ねっ!」
 間一髪で避けるダン。クナイが壁に突き刺さって揺れる。シュンはじゃらじゃらとクナイを取り出しつつ、ダンに詰め寄った。
「お前は、……お前という奴は……」
「よしシュン、ちょっと落ち着け」
 流石に命の危険を感じたのか、壁際に追い詰められたダンが、冷や汗を流しながら両手をバッと前に出した。シュンは一旦立ち止まる。
「……まあ、さっきも謝ったけど。悪いとは思ってる。ただし、後悔はしてない」
 ダンは立ち上がって、頭を掻きながら詫びた。
「キスそのものは、どうせオマエ初めてじゃないけど……びっくりは、させちまったかな。そこはごめん」
「びっくりなどというレベルの話ではないのだが」
 そんな言葉で済まされるなら警察はいらない。
「……オマエってやっぱ初心だよな。物理的な意味で」
「うるさいっ!!」
 カカッ。
 今度は2本同時に、至近距離から投げる。これも避けられた。
「だーから落ち着けっての! ……オレが言えた台詞じゃないかもしれないけど。今のシュン、いつものシュンじゃないぞ」
 ダンにそう指摘され、シュンは確かに、と考え込んだ。
 シュン自身も、どうして自分がこんなに冷静でいることが出来ないのか分からなかった。いつ如何なる時も冷静沈着でいることが忍としての条件だというのに。例え動転しても、それを相手に悟られることが無いよう振る舞わねばならないというのに。風見の血を継ぐ者として、常にそうあろうとしてきたのに。
 今、確実にそのペースが乱れている。そしてその原因は、
「……お前のせいだ」
 そう結論付けるしか無かった。
「お前のせいで心臓は先からうるさいし、要らぬ弱みをお前に見せる羽目になるし、壁に穴は開くし、とりあえずお前のせいだ」
「最後のはオマエのせいだろ」
「黙れ。とにかくお前のせいだ」
「じゃあ、そういうことでいいよ……で、オマエはどうしたい?」
 シュンは一度、大きく深呼吸し、心を落ち着かせた。そして、
「……もういい。寝る」
「?!」
 シュンは壁からクナイを抜き、手に持っている分も懐に全てしまうと、くるりとダンに背を向けて布団まで歩いて行き、腰を下ろした。
「……疲れたし、夜も遅い」
「え……寝るって……いや、それは別にいいんだけど……」
 ダンが戸惑ったような声を上げた。シュンはそちらを見ない。
「オマエ、オレと同じ部屋のままでいいのかよ? 寝てる間にオレに襲われない保証があるわけでも無いんだぜ? ……嫌なんだろ、そういうの」
 あれだけのことをしておいて、あれだけのことを言っておいて、この発言。シュンはそっと苦笑する。無論、その顔はダンには見えない。
 シュンは穏やかに、言う。
「……俺は、お前を信じている。俺が本気で嫌がることは、承諾無しにはしない、昔から変わらないお前を、」
「……シュン……」

 ドスッ、と。
 シュンは、自分の布団とダンの布団との間に、クナイを1本だけ突き刺した。

「……信じているからな」
「それ本心だよな?! 本心で言っててクナイ刺してるんだよな?!」
「当たり前だろう」
「……たまにオマエが怖い……」
 ダンがそうブツブツ言いつつ、布団まで戻って来た。そして、シュンのすぐ後ろに……背中合わせになる形で、腰掛ける。
「……分かったよ。じゃあ、オマエが答えを出すまで、あんなことはしない。その時まで待つことにする」
「ダン……」
「でも、抱き着くくらいなら良い……よな?」
「……それくらいなら」
「良かった」
 ダンは安心したように言って、シュンの背に寄り掛かる。背中越しに伝わるダンの体温は、じんわりと温かい。
 この間近の距離感が心地好いのは紛れも無い事実なのだ、とシュンは思う。だがそれは恐らく、ダンが自分に向けているような思いとは違う。
「……なあ、シュン」
「何だ?」
「久しぶりだよな。こうやって、オレがシュンの家に泊まりに行って、2人で同じ部屋に泊まって……」
「そうだな」
「……正直、怖かったんだよな。オマエに告白するの」
「?」
 シュンは、ダンの方を振り返った。ダンは天井を仰ぎ、訥訥と言う。
「オマエは、オレのこと、一番の親友だって、言ってくれたけどさ……その関係を壊したくなかったってのも、ちょっとあって」
「……お前らしくない悩みだな」
「やっぱ、そう思うか?」
 ダンが照れ臭そうに笑う。
 だが、恋愛とはそういうものなのかもしれない。何とは無しにエースのことを思い出して、シュンはそう思った。
「でもさ、考えると結構キツイぞ? 拒否られたらどうしようとか、色々。結局オレはルノに怒られて、自分の欲望を優先したけど。ま、フェニックスと両思いだったオマエには分からないだろーけどなー」
 最後の言葉には、どこか拗ねるような響きが含まれていた。
「だからそれはもう昔の話だろうが……」
「っせーな。いいか、シュン。オマエみたいに、片思い→告白→お付き合いのステップをすっ飛ばしてた手合いが一番面倒なんだよ。普通の手順ってのを知らねぇから、普通に押しても伝わらない。まあ今の全部ルノからの受け売りだけどな」
「だろうな」
 ダンがそんなに男女関係の話に詳しいわけがない。シュンはそう思って頷いた。
「まあオレはルノの片思いにかなり長いこと気付かなかったけどな! ハッハッハ!!」
「俺のこと言えないだろうお前」
「それはとにかく」
 自分に分が悪くなった途端、ダンは話題を切り上げた。
「さっさと寝ようぜ! 明日も早いんだろ?」
「ああ……」
「じゃ、もう寝よう! な!」
「じゃあお前もさっさと寝ろ」
 シュンが部屋の電気を消す為立ち上がると、ダンはごろりと布団に寝転がった。しかしすぐにガバッと身体を起こした。
「どうした?」
「なあシュン、ハグしていいか?」
「……………………」
「えっと……そんな氷河期レベルに冷たい目で見ないでほしいんだけど……。とりあえず、良いかダメかくらいは言ってほしいんだけど」
「……好きにしろ。全くお前という奴は……」
「よっしゃ!」
 そう言いながら立ち上がり、間髪入れずにダンはシュンに抱き着いた。
 ぎゅううううううううう。
「……やっぱオマエと密着してると落ち着く」
「…………」
 こちらを窒息死させる気なのかと思うほどに強く抱き締められながら、耳元でそう囁かれ、シュンは顔が熱くなった。
「ほら、もういいだろう! 寝るぞ!」
 強引にダンを引き離し、シュンは電灯のコードに手を伸ばす。
「えー」
「えー、じゃない。普段ならとっくに寝てる時間なんだ、俺は」
「チッ……」
 露骨に舌打ちしながらも、ダンは自分が敷いた布団に潜り込んだ。
「じゃ、お休み、な! シュン」
「……ああ。お休み」
 コードを引っ張り、電気を消す。途端、部屋はすぐに闇に閉ざされた。しかし、月光を受けた障子紙が白くぼんやりと光り、僅かに室内を照らす。
 シュンが布団に潜り込もうとした時には、ダンは早くも鼾をかき始めていた。
「全く……お前という奴は……」
 本日何度目か分からない言葉を呟き、シュンは布団に身を横たえた。自分とダンの布団の間に1本だけ刺さるクナイをちらりと横目で見る。今のところ、ダンがそこを乗り越えてくる様子は無い。
 ダンの傍若無人やら自分勝手やら自己中心やらは、昔に比べかなり改善されている。元より、一定のラインを越えるほどのことは殆どしない。ただ、ごくたまに、ああして昔の名残を見せるのだから油断ならない。
 それでも、それに振り回されるのも嫌ではないわけで。だとしても、その「嫌ではない」のレベルが自分でも分からない。
 フェニックスとの時のことは、自分でもその自覚すらなかった。ダンにああ言われたように、今となってはあの時愛し合っていたと自覚しているが、驚くべきことに、当時は一切自覚が無かった。
 要は、愛し愛されといったプロセスを殆ど理解出来ていない。頭では理解出来ていても、心のレベルでは、全く。
「……お前は、本当にいいのか? そんな俺で……」
 呟けど、答えが返ってくるわけでもなく。
 何故だか、胸が苦しい。
「……お前の傍にいたい、というのは本心なんだがな」
 それを承知で、素直な心情を僅かに口に出すと、少し気分が楽になった気がした。
 そうしていつしか、シュンの意識は、睡魔に誘われ、心地好い暗闇の中に沈み込んで行った。

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この作品の支部への投稿日時を見たら大学受験勉強の追い込みが始まりかけている時期でした。
相当疲れていたんだなあと思うことにしました。
個人的な反省点は多いのですが好評いただけて嬉しかったです。