サニープレイス(再録)(マルレン)

「レンさーん、一緒に寝ませんか?」
「ああ、構わな……は?」
 寝る支度をしていたレンは、突然部屋を訪れたマルチョの言葉に凍りついた。
「え、何……一緒に寝るって?」
「駄目……でございますか?」
 そう言って上目遣いで聞いて来るマルチョは、パジャマにナイトキャップ+枕持参と、寝る気満々の装備である。
(……どうしよう、すごく可愛い。ものすごく可愛い!! 初めて見るわけじゃないが久しぶりに見るとなおのこと可愛い)
 叫びそうになるところを理性で無理矢理抑えつけ、レンは努めて冷静に言葉を搾り出す。
「いや、駄目という訳じゃないんだが……その、ほら、俺のベッド一人用だしな」
「ボクは小さいですし、大丈夫ですよ」
 そういう問題ではないような気がする。
 レンは自分が何を言うべきか考えに考えた。
(いやそもそも何故俺はマルチョと一緒に寝るのを回避しようとしているんだ同性同士だし同じベッドで寝たって何が起きるという訳でもいやしかしこの異常な可愛さ俺の理性が保つという保障はどこにもない訳でそんなことになったら多分俺は一生罪悪感に苛まれて死ぬ羽目になるんじゃないか駄目だとりあえず手を出すのだけは絶対駄目だじゃあどうすりゃいいんだこんな上目遣いされたらはいと答えるしかないだろ何なんだこいつは狙ってるのかああもうどっちでもいいや可愛いしっていやいや駄目だ駄目だろ可愛いからってその場の空気に流されたら駄目だ俺達の為にも……)
「……分かった。一緒に寝よう」
 あれ?

 という訳で、同衾である。
 この場合同衾というのは「同じ夜具で一緒に寝ること」を指す。別にいやらしい意味は一切含まれていないのである。
 しかしレンとしては、マルチョの真意が知りたいところであった。
(何故いきなり……)
 またバトルブローラーズの一員として認めてもらったはいいものの、そんなの昨日今日の事だ。いくら何でも信用しすぎではないのか。
(まあ、人を疑うことを知らないような奴みたいだしな、マルチョは……)
 そのマルチョはと言うと、「では、ホッパーさんを連れて参ります」と一旦自分の部屋に戻ってしまった。
「……どうしよう、ラインハルト」
「どうしようと言われてもな……」
 パートナーに助けを求めても、返ってくるのは困惑したような言葉。
(……仕方ない。これは俺自身に降りかかった問題。俺が何とかするしかない)
 しかし、我ながら身構えすぎな気がしないでもない。同性相手に何を考えているんだか、と思わないでもない。
 意識してしまうのは、
(やっぱり、そういうことなんだろうか……)
 自分が生まれ育った場所には、同世代の者なんて一人もいなかった。ラインハルトがたった一人の友達。
 だから、誰かを好きになる、だとか。それがどういうことなのか教えてくれる者は、どこにもいなくて。そんな感情は、外界の物語の中の遠い存在で。知的生物が成長するにつれて知っていく感情だと理屈では知っていても、やっぱり理屈止まりで。
 つまるところ、よく分からない。だが、自分がマルチョに対し抱いている感情が、ダンなんかに対して抱くそれとは明らかに違うのも確かだったりするのだ。
「……恋?」
 口に出しても、しっくり来ない。
(まあ、いいか)
 あまり考えても栓無きこと。レンは一旦思考を放棄することにした。
 と、バクメーターに通信が入ったことを知らせる電子音がした。
(メール? こんな時間に誰が……)
 見ると、ダンからだった。

『マルチョに手出したら 殺す』

「?!」
 シンプルかつストレートな文面で、非常に現在の状況に適したメールと言えた。
(ちょ、ちょっと待て! どんなタイミングでこんな物騒なメール送り付けて来てるんだあいつは?!)
 こちらの行動を完全に読んでいるかのようなタイミングに、レンの背筋が一気に冷え、心臓がバクバクと鳴り始める。
(まさかマルチョのやつ、ダンにこの事を……どうしよう、マルチョなら有り得る)
 レンは呼吸を整えようと何度か深呼吸した。
(いや大丈夫……落ち着け、きっとただの偶然だ……確かにダンには若干親バカの気があるが、多分ただの偶然だ……大丈夫だ、問題ない)
 ダンはマルチョの親でも何でもないのに”親バカ”という言葉を使用している時点でレンは、自分がかなり混乱しているということに気づくべきなのかもしれない。
 とは言え、ダン――更に言うならシュンも――が若干マルチョに対し過保護な気があるのはレンも薄々察していたところだ。あながち間違っちゃいないのだが。
 閑話休題。
 レンの呼吸が整いきっていないうちに、マルチョが戻って来てしまった。
「お待たせしましたー」
 その肩にはホッパーが乗っている。
「明日も早いですし、早く寝てしまいましょう」
「あ、ああ……そう、だな」
「? レンさん、どうなさったのですか?」
 マルチョが、下からぐいと背伸びしてレンを覗き込んだ。
「なっ……」
 マルチョの顔との距離が急に縮まり、レンの呼吸が止まりかける。
「顔色が悪いですよ? 具合が悪いようでしたらお薬か何か……」
「な、何でもない! 本当に、何でもない!」「ですが……」
 顔を背けて何でもないと主張するレンに、マルチョが訝しげな表情になる。それを見たレンは内心で一人ごちる。
(……本当に)
(何でこんなに優しいんだろうな、こいつは)
 そう思うと、何か熱いものが込み上げてきたような気がして。
「……大丈夫だ、本当に」
 それを隠そうと、顔を背けてそう誤魔化す。
「そうでございますか?」
 なら良いのですが、とマルチョは微笑んだ。
「あ、そうだ。壁際で寝ても良いでしょうか?」
「? 別に構わないが……」
「ありがとうございます。では、ホッパーさんはどちらに……」
「サイドテーブルで寝るといい。ラインハルトもそこだしな」
「ほな、おおきに~」
 ホッパーはひょいとサイドテーブルに飛び移り、マルチョは枕を持って、レンのベッドにゴソゴソと潜り込んだ。
「……レンさん? 寝ないのですか?」
「……寝る、けど」
「では、何故そこに立ち尽くしておられるのでしょうか」
 マルチョがベッドから半身を起こしてそう聞いてくる。
(何なんだこの背徳感……)
 外の世界に出てから得た知識は多岐に渡る。それ故、自分の中の「常識」が少しずつ外界のそれに近付いている、とレンは自覚していた。そしてその「常識」に照らし合わせると、
(いや、アウトだろう……この絵面はやっぱりアウトだろう……!)
 繰り返しになるが、レンが外界に出てから吸収した知識は多岐に渡る。それこそ、あらゆる有象無象の知識を見境なく吸収してしまっている状態だ。それはレンの元来の知識欲の高さと外界に関する知識の乏しさが原因なのだが、そんな彼の常識に照らし合わせると、この絵面は……これからマルチョと同じベッドで寝るという状況は、アウトだった。人によってはセーフ(恐らくジェイクくらいに単細胞なら深く考えずにセーフ)かもしれないが、レンとしてはアウトだった。セウトと言った方がいいかもしれない。
「……やっぱり、俺は床で寝ようと思う」
「いきなり何をおっしゃいますか……」
「すまないマルチョ……これは、俺とお前のためでもあるんだ」
「わけが分からないのですが?」
「……レンはん」
「?」
 いきなりホッパーが口を開いた。
「一つ言わせてもらいましょか……」
 ホッパーは一息分溜めると、
「諦めなはれ」
「……………………」
「ただしマルチョはんに何かあったら容赦せーへんで☆」
「……………………はい」
 つまるところ、ホッパーも親バカなのだった。[newpage] 「あのー……レンさん?」
「何だ、マルチョ」
「何故、そんなに離れていらっしゃるのでしょうか……?」
「気のせいじゃないか?」
「いえ、ボクが察するにレンさん、ひょっとしてベッドのかなり端っこにいるのでは……」
「気のせいだ気の……?!」
 グイ、と腕を引っ張られ、ベッドの中心付近に引き寄せられた。思った以上に強いマルチョの力に、レンは驚いた。
「以外と力が強いな……」
「キャッスルナイツの訓練で、少しばかり鍛えましたもので。重心移動の応用でございます」
「はは……そうか」
 レンは諦めて、その場に留まることにした。
「そりゃ、逃げられないな……」
「……レンさん、ボクと一緒に寝るの、お嫌ですか?」
「そんなことは全くない」
「そ、即答でございますか……」
 マルチョの呆れたような声に、レンは少しばかり恥ずかしくなった。
「……別にいいだろう」
 寝返りをうち、マルチョに背を向ける。
「悪いとは言ってないですよー」
 マルチョはくすくす笑ってから、少し声のトーンを落とした。
「……まあ、我が儘を言ってしまったのはボクの方なのですが」
「別に構わないよ、このくらい……こんなものじゃ済まないくらいのことを俺はしたんだから」
「もう、そのことは言いっこなしでございますよ」
 頬を膨らませたようなその口調に、レンの心が和らぐ。レンはもう一度寝返りを打ち、マルチョの方を向く。すると二人の目が合い、
「……っ、くく」
「あはは……」
 自然、笑い声が漏れる。しばらく笑った後、マルチョが呟く。
「でも、嬉しいでございます。またこうして、レンさんと一緒に笑ったり出来るのが……」
「……俺もだよ」
「……もう、どこにも行かないで下さいね?」
「マルチョ……」
 きっと本人は気付いていないだろうが、マルチョの目には涙が溜まっていた。洞窟暮らしが長く、暗闇で目が利くレンには、はっきりと見えた。
「ボク、すごく悲しくて、寂しくて……レンさんが敵になってしまわれた後、いっぱい泣いたのです。ダンさんやシュンさんにもいっぱい心配かけて……」
 ぼろぼろと、マルチョの目から涙が零れる。
「その後も、辛くて……本当は、レンさんと戦いたくなんかなかったのに……」
「……すまない」
 一つ一つの言葉が、レンの胸に刺さる。自分が今まで、どれほど彼を苦しめたかを思うと、胸が張り裂けそうだった。これからひたすら、償っていかねばならない罪。
(きっといくら謝っても、こいつらは「気にするな」としか言わないんだろう……)
「だからレンさん、約束です」
「?」
 マルチョは左手で涙を拭って、鼻声で言う。
「どこにも行かないで下さい……ボクの前から、いなくならないで下さい」
「……」
「もう……こんな思い、したくないです。大好きな人と敵対なんて、したくない……だから、」
 一息。
「だから……もう、どこにも、行かないで下さい」
「……ああ。もう、どこにも行かない」
 レンは頷く。
「お前達と、一緒にいる」
「……約束ですよ」
「ああ、約束だ」
 それでは、と、マルチョは先程涙を拭った方と逆の手――右手を差し出し、小指をピンと立てた。
「指切りを致しましょう」
「指切り?」
「はい。ボク達の世界……というより、ボク達の国では、何かを約束するときに、小指と小指を絡ませるのでございます。二人で『指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます』と言いながら」
「約束を破ったら、針を千本飲むのか?」
「いや、そうではなく」
 マルチョはくすりと笑い、
「決まりきった言い回し、というやつでございますよ。そんなことしたら、死んでしまいます」
「それもそうだな」
「それじゃレンさん、小指を」
 レンは、右手の小指を立て、マルチョに差し出した。マルチョはそこに小指を絡ませ、
「それじゃ行きますよ……ゆーびきーりげーんまん、」
「嘘ついたら、」
「はーり千本飲ーます。ゆーび切った!」
 小指と小指が離れる。レンは、自分の小指が少し熱くなっているのを感じた。
「それじゃ、約束ですからね!」
「ああ」
 マルチョは嬉しそうににこりと笑った。
「じゃあ、早く寝ましょう。明日も……早……」
 そこでマルチョの言葉が途切れる。マルチョの瞼が下がり、完全に閉じられる。
「……お休み」
 レンは呟く。小さい体に似合わず博識なマルチョだが、体力的に遅くまで起きていられない……あの時も、そうだった。
 レンも目を閉じた。横向きのままだと体勢が少し辛いので、仰向けになろうとすると、
 ギュッ。
「?」
 引き止められたような感触がした。目を開けてそちらを見ると、すやすやと眠っているマルチョが自分の寝巻の胸の辺りをしっかりと掴んでいた。
(そうまでして離れてほしくないのか……分かったよ)
 レンは苦笑しつつも、元の体勢に戻る。
(多少の寝苦しさは我慢しよう)
 自分の寝巻を掴むマルチョの手に、自分の手を重ね合わせる。
 その手の温かさに、今度こそレンの目頭が熱くなる。
(良かった……戻って来て)
 こんなに優しくて温かい場所があるなんて、知らなかった。あの冷えた暗い洞窟の中にいたら絶対に見つからなかった光。
「……多分、お前がいなかったら俺はずっと闇の中だった。本当の光の温かさも、明るさも眩しさも……何も、知らなかった」
 マルチョに聞こえていなくとも、レンは独り言のように言葉を紡ぐ。
「……ありがとう、俺なんかと友達になってくれて」
(どうしようもない俺だけど。側にいさせて貰えるなら)
 遠慮なく側にいさせて貰おう。
優しい温もりを手の内に感じながら、レンは目を閉じた。
(……きっと、ここが俺の居場所)
(陽の光が、当たる場所……)
 レンも眠りに落ちるのに、そう長い時間はかからなかった。

[戻る]

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

三期放送時に書いたもの。
気がついたらめっちゃ絆されてたレンさんほんと好き