「……これでよし」
トニー・スタークの日本別邸のキッチン。クッキーのアイシングを終えたヒカルは満足そうに頷いた。
ジャック・オ・ランタンやおばけ、コウモリといった形にくり抜かれたクッキーに、色とりどりのアイシングで可愛らしい飾りつけが施されたクッキーがキッチンペーパーの上にずらりと、そしてぎっしり並んでいる。
ソー(のホログラム)は、そのすぐ傍に立って大量のクッキーをまじまじと眺めている。
「後は乾くのを待つだけだよ」
「ヒカルの料理の腕は素晴らしいな、我がアスガルドのどの料理人にも劣らぬ」
「ありがと、ソー」
ヒカルは嬉しそうに笑ってソーを見る。
「このハロウィンという行事の度に、ヒカルはこのように菓子を作っているのか?」
「まあ、毎年アキラにねだられるしね。ついでだし皆の分も作ろうと思って」
「ふむ……出来る事なら私も食べてみたいのだが、この体では難しいな」
「こんなのいつでも作れるよ。ソーはご飯とか食べるの好き?」
「うむ。食は全ての基本だ。腹が減っては戦は出来ぬし、仲間と共に美味い酒と美味い食事を楽しむひと時は格別なものだ」
「そうか。じゃあ今、ディスクの中だからご飯が食べられないのは辛いんじゃない?」
「辛い」
「あはは……それじゃあさ」
ヒカルはアイシングの道具を片付けようと、一旦止めていた手を動かし始めた。そして何気なく、思い付いたことを言う。
「ソーがディスクから解放されたら、いくらでも作ってあげるよ。ソーは何の料理が好き?」
その言葉に、ソーはしばし沈黙した。不意を突かれたように目を見開いてヒカルを見、しかしすぐに表情を緩める。
「そうだな……地球の料理にはまだ明るくないのだが、酒に合う美味い肉料理を食べたい」
「分かった。ちょっと味を濃くすればいいかな……?」
シンクに道具を移し、水道の蛇口を捻るヒカル。
「僕まだお酒飲めないから良く分からないけど、頑張ってみる」
「それから、ヒカルが今作ったその菓子、それとどうせならヒカルがいつも作って食べている物を食べたい」
「ふふ、分かった。でもこれはハロウィンの時専用のお菓子だから、また来年のこの季節になったらね」
「男の約束は絶対だぞ、ヒカル」
「分かってる」
まるで子供のようにねだって来るソーにくすくすと笑いながら、ヒカルはスポンジに洗剤を少しだけ出してスポンジを泡立てた。
「実は我が故郷にヒカルを招待したいとも思っている」
「え、本当に?」
「ああ。地球からアスガルドへ行くために虹の橋を渡るのだ。美しい眺めだ、ヒカルに見せたい。それに私と肩を並べて戦う戦士であるお前を我が故郷に招かぬ理由などない」
「そ、そっか……ありがと、ソー」
照れくさそうに笑うヒカルに、ソーは満足げに笑って頷いた。
そして、
「中に入って行きにくい……」
「何故だ、クリス?」
「うるせえ……」
かぼちゃプリンの材料が入ったビニール袋を両手に提げ、ヒカルとソーの会話をずっと聞いていたクリスは、キッチンの入り口前で天井を仰ぐのだった。
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クリス君には本当に申し訳ないことをした