カテゴリー: DWA

あまえたい(再録)(ソーヒカ)

 半年振りに再会したパートナーに、強く抱きしめられた。
「……え」
 自分を包み込む、大きくて屈強な体。相手は鎧を身に纏っているのに、その体温が自分に伝わるような気がする。
「会いたかった、ヒカル」
 耳元で囁かれる、その低くて頼り甲斐のある、それでいて優しい声。どきりと、心臓が高鳴った。
「あ……えっと、」
 ヒカルはひどく混乱していた。何を言えばいいのか分からない。何故だろう、顔がとても熱い。
「大丈夫か、ヒカル?」
 ヒカルの様子がおかしいことに気付いたのか、抱擁が解かれ、顔を覗き込まれる。頑健ながらも綺麗に整った顔立ち、兜から覗くブロンドの髪に青い瞳、それが間近に迫り、ヒカルの頬は更に熱くなった。
「……う、うん……大丈夫」
 なんとか呼吸を整えて笑って見せると、「そうか」とソーは安堵の表情を見せた。
「驚かせてしまったようだな、すまない」
「ううん、そんなこと……久し振り、ソー」
「会えて嬉しいぞ……ヒカル」
 ソーに右手を差し出され、ヒカルは自身の右手を伸ばすことで応えた。しっかりと交わされる握手。それはまるで、初めてパートナーになった時をまた繰り返しているかのようで。自然と、またヒカルの頬が熱くなった。

 事の始まりは、ヒカルが通う大学の研究施設で未知の物質が発見されたことだった。
 ヒカルはその物質について詳しくは知らない。ヒカルの専攻とは関係のない研究室の発見であり、その未知の物質についても科学雑誌で読んで初めて詳しいことを知ったくらいだ。
 しかしその物質はどうやら、ヴィランがその物質を求めて大学を襲撃しに来るくらいの凄い可能性を秘めていたらしい。
 ヴィランが大学の研究棟を襲撃し、それがS.H.I.E.L.D.に伝わり、アベンジャーズに伝わり、ソーに伝わり、ヒカルの大学の危機にいてもたってもいられずにソーが飛んできたというわけだ。
 ヴィランの襲撃時、その日は日曜日だったのだが、ヒカルはレポートを書くために大学の図書館にいた。研究棟と図書館の距離はやや離れているためにヒカルの身に直接の危険が及ぶことは無かった。それにソーが到着した時には既に、「たまたま」大学の近くにいたヒーローのノバと、現場に急行したS.H.I.E.L.D.の精鋭チームによってヴィランは追い詰められていた。
 とは言え、ソーが事件現場を取り囲む群衆の中にヒカルの姿を認めるなり抱き締めに行ったこともあって、ヒカルはS.H.I.E.L.D.のエージェントから事情聴取を受ける羽目になっていた。
「アカツキ・ヒカル君。あなたのことは知ってる。半年前のディスク事件でエナジー属性のバイオコードを偶然入手してソーのパートナーになった……」
「はい」
 大学周辺に何台か止まっているS.H.I.E.L.D.の特殊車輌の中には、小型トレーラーの荷台部分が小さな部屋になっているものもあった。ヒカルはそこで、S.H.I.E.L.D.の女性エージェントと向かい合っていた。
「で、セカンドヒーローはノバ。ここまで間違いは?」
「はい、間違いありません」
「……うーん、うちのボスは一応事情聴取をって言ってきたけど、あなたたまたま近くに居合わせただけでしょ?」
「……そう、ですね」
 いきなり砕けた口調になり始めたエージェント。ヒカルは緊張の面持ちで頷くしかない。
「どっちかと言うと、あなたのパートナー達がボスに拘束されてる間に話し相手になってろって感じなの。拘束って言っても悪い意味じゃないよ、ノバについてはS.H.I.E.L.D.も知らないことが多いし、ソーはアベンジャーズの仲間も連れずにいきなりこっち来ちゃったしで。かと言ってあなたに現場をうろうろされるのも困るし、だからとりあえずここにいてってこと」
「そうなんですか……」
「気にしないで、多分すぐに解放していいって言われるし、二人にも会えるはずだから。あなたに会えた時のソー、すごく嬉しそうだったし。まるで恋人に再会した時みたい」
 冗談めかした口調ではあったがそう言われ、ヒカルは思わず先のソーの抱擁を思い出した。また顔が熱くなる。
 恋人に再会した時みたい。それはつまり、自分達が第三者の目には恋人同士のように見えたということではないのか?
 そんな思いを頭から振り払い、ヒカルは顔が熱いのを誤魔化すように尋ねた。
「あの、ソーとノバは今……」
「ボスと一緒。あなたよりきっちり事情聴取されてると思う」
 この人が言うボスとは、さっき現場を指揮していた一見人当たりの良さそうなエージェントの男性のことなのだろうか、とヒカルは察しを付ける。ノバとは初対面だったようだが、ソーは旧知の仲といった感じだった。
「……あ、ちょっと待って」
 エージェントが右耳に手を当てた。右耳の通信機か何かで通信を受けているのだろう。
「……うん、分かった、はい、了解。……もう大丈夫って。ここから出られるよ」
「ありがとうございます」
 立ち上がってトレーラーから出ると、見慣れた大学の景色。そこに混じる、あまり見慣れないS.H.I.E.L.D.の車輌達。そして、
「ヒカル」
 こちらにゆっくり歩いてくるソーの姿。
「ソー!あれ、ノバは?」
「ノバはまだコールの息子と共にいる」
「コールの息子……コールさんの息子さん?」
「うちのチームのボス、コールソンのこと」
 ヒカルに続いてトレーラーから出てきたエージェントに言われ、成る程とヒカルは納得する。
「それじゃあ、二人はもう帰って大丈夫。ノバはもうちょっとかかりそう」
「……えっと」
 ノバを待つべきかどうか迷うヒカルに、ソーが一枚の紙を差し出した。
「ノバから預かってきた」
「ノバから?」
 ソーが差し出したのは、S.H.I.E.L.D.の紋章が薄く印刷されている小さな正方形のメモ用紙だった。そこにはボールペンでこう書かれていた。
『俺のことは気にすんな!それより久々に先パイと会えたんだし、二人でゆっくりしてろよ!』
「えっと……」
 思いがけない親友の気遣いに胸を打たれる一方、心臓の鼓動が早くなる。どうにか平静を保つ。
「それじゃ、僕達はここから出て行った方がいいですか?」
 そう聞いてから、少し早口すぎただろうか、と思う。しかしエージェントもソーも気にした風はない。
「そうしてくれると助かるかな。ソーがいると目立つし……うちのボス、ヒーローには優しいから大丈夫」
「……それじゃあ、ノバのこと、よろしくお願いします」
 ヒカルはエージェントにぺこりと一礼し、改めてソーに向き直った。緊張で、少しだけ体が震える。
「えっと……それじゃ、どこに行こうか?」
「良い場所がある」
「それじゃあ、そこで」
 ヒカルはごく自然な動作でソーに抱き寄せられ、小脇に抱えられた。半年前までなら当たり前のように行っていたその動作で、また顔が熱くなる。
「では、コールの息子によろしく頼む」
「了解、オーディンの息子さん」
 ソーがムジョルニアを振り回し、一気に空へと飛び立った。見送るエージェントが、大学が、町並みが、あっという間に視界の遥か下方へ。久し振りに感じる浮遊感と身体中に当たる風に、ヒカルは懐かしさを覚えて思わず笑い声を上げた。
「どうした、ヒカル」
「ううん、なんだか……これも、久し振りだなって」
「どうだ、久し振りに飛んで」
 ソーの声はなんだか楽しそうだ。ヒカルは釣られて笑みを深める。
「……とってもいい気分、かな」
「そうか」
 フライトはあっという間に終了し、ソーが着地したのは半年前までヒカル達が生活していたトニー・スタークの別荘だった。
「わあ……懐かしい」
 ソーに優しく地面に下ろされたヒカルは思わずそう呟く。
「ここは現在アベンジャーズの基地としても機能している。アベンジャーズのメンバーなら自由に使える」
 ソーはそう言いながら、正面玄関のカードリーダーに懐から取り出したカードを読み込ませた。すると電子音と共に玄関の鍵が開く。
 二人はトニーの別荘へと足を踏み入れた。
 勝手知ってる別荘の中、電気を付けたり設備の確認をしている最中にヒカルは、腕時計の時刻が正午を回っていることに気付いた。
「ソー、お腹空いてない?そろそろご飯の時間だし、何か食べようかと思うんだけど」
「いや、私は空腹ではないがヒカルが空腹なら付き合うぞ」
「あ、そっか……ついさっきアメリカから来たんだもんね。じゃあ、どこか手近な場所にご飯食べに行きたいんだけど……作ろうにも、食材が非常食以外になくて」
「付き合おう」
 という訳で、一度足を踏み入れたトニーの別荘からまた二人は出てきた。ただし徒歩で。ソーはいつの間にやら鎧を脱いで、Tシャツにジーンズ、ジャケットという服装に着替えている。
 いくら鎧を着てないからってすぐにソーだとばれるんじゃ、と思いながら手近なファミリーレストランに入るが、この辺りは外国人が多く住んでいる地域なこともあってソーはあまり注目されない。ヒカルはほっと安堵した。日曜のお昼時ということもあって十五分ほど待った後にテーブルへ。
 ヒカルがドリアとサラダにドリンクが付いてくるランチセットを注文すると、ソーもちゃっかりステーキセットを注文した。
「……お腹すいてないってさっき言ってなかったっけ」
「どうせならばヒカルと一緒に食事をしたい」
「そ、そっか」
「安心しろ、アイアンマンに貰ったこのカードがあればヒカルは金の心配をせずとも良い」
 そう言いながらソーがジャケットの懐から取り出したカードには、アベンジャーズのマークが印刷されている。先ほどソーがトニーの別荘の鍵を開けるのに使ったカードだが、見たところクレジットカードの一種でもあるようだ。
「それ、結局スタークさんが払うってことじゃ……」
 ここにはいないトニーに申し訳なさを感じるヒカルだが、ソーは意に介さずといった様子だ。どうやらアベンジャーズではよくあることらしい。
 程なくして頼んだ料理が出てきたので、二人は食事を始める。
 ヒカルがオムライスを少しずつ口に運びながらソーを見ると、最大サイズのステーキが大きく切られ次から次へとソーの口の中へ消えていく。その豪快な食べっぷりに、ヒカルはつい見惚れてしまった。
「……?どうした、ヒカル」
「いや、美味しそうに食べるなって」
「悪くはないな。そう言えばヒカルは料理をするのだったな」
「う、うん。ご飯はよく作るよ」
「こうしてヒカルと向かい合って共に食事をするのも良いが、私はヒカルの作る料理が食べたい」
 間髪入れずにそう言われ。
「……そ、そっか」
 また勝手に顔が熱くなり、ヒカルは思わず俯いてグラスの水を一口含んだ。冷たい水は熱い頬に心地よかったが、熱はなかなか引きそうになかった。
 食事を終えてレストランを出た後、ヒカルはソーを自宅に招くことにした。あまり長いことトニーの別荘を借りているのも悪気がしたのだ。ソーが快く応じたので、ヒカルはソーを連れて電車で自宅まで移動する。この辺りから自宅までは三十分程度だ。
 ソーと並んで吊革に掴まるのは、なんだか不思議な感覚がした。いつもは鎧とマントを着ている異世界の王子が、今は洋服を着て自分と並んで電車に乗っている。半年前までなら、ヒカルが電車に乗る時はソーはディスクの中だった。それが、こうして並んで町中を歩き、乗り物に乗っている。
「……ソー」
「どうした、ヒカル」
「……なんだか、不思議な気分だなって。さっきからこうやってソーと並んで歩いてるのが。半年前までずっと一緒にいた筈なのにね」
「そうだな。時間制限もなく、常にお前と同じ目線に立っていらる」
「それが、すごく不思議でさ……ごめん、変なこと言って」
「気にするな」
 ソーの大きな手がヒカルの肩を優しく叩いた。
「私はむしろ嬉しいぞ、こうしていつでもお前に触れることが出来る」
「…………」
 その言葉を理解するのに、少し時間がかかった。そして理解した時、またぼっ、と。顔から火が出たかのように感じた。
「あ……そ、そういうことは……!こういうところで言わないで……!」
「?」
 ヒカルが声を絞り出すので精一杯な一方でソーは涼しげな顔だ。運良く乗り換え駅に着いたので、ヒカルはソーを引きずるようにして電車から降りた。

 地元の駅に着いてもなお、ヒカルの顔は熱いままだった。心臓もばくばく鳴っている。
 自然、ソーを自宅に案内する足が少しだけ早足になる。しかしヒカルにとっての早足はソーにとって早足でもなんでもないようで、ソーは悠々と付いてくる。
 入居しているマンションに到着すると、マンションの玄関前でヒカルはどうにか落ち着こうと一度大きく深呼吸した。
「どうした、ヒカル」
「……ソーのせいだ……」
「?」
 心配そうな顔のソーが少し恨めしい。とは言え深呼吸したことでだいぶ落ち着くことができた。
 マンションに足を踏み入れ、自宅へ。玄関のドアを開けてみると、アキラはいないようだった。
「遊びに出掛けちゃったのかな」
 スマホを確認してみると、友達と遊びに出掛けてくるというメールがアキラから届いていた。帰りは夕飯前になるようだ。
「アキラはしばらく帰って来ないみたい」
「そうか。相変わらず元気なようだな」
「うん。将来スタークさんと一緒に働くんだって勉強も頑張ってる。あ、ソーはそこのソファに座ってて。今お茶を淹れるから」
「いただこう」
 電気ポットで急いで湯を沸かし、二人分の紅茶を淹れる。お茶うけのクッキーも用意してソファ前のローテーブルに並べると、ソーが感心したように呟いた。
「改めて目の当たりにして驚いた。ヒカルは本当に多くのことが出来るな」
「そ、そんなことないよ……」
 面と向かって褒められると照れ臭いが、満更でもない。
「ミッドガルドに来るのも久しぶりだが、ヒカルが元気にやっているようで安心した」
「僕も、久しぶりにソーに会えて良かったよ」
 床に座ろうとすると、ソーが不服そうな顔でぽんぽんと自分の隣のソファの空いたスペースを叩いている。
 まるで大きな子供みたい。くすりと笑いながらも、ヒカルはソーの隣に座る。
「……ヒカル」
「なに?」
「触っても?」
「…………へ?!」
 ソーの突然の申し出に、声が引っくり返る。
「すまない、急に触れると驚くようなのでな」
「それは驚くよ……触るって、その、どこに……」
 そう聞きながらも、先の心臓の高鳴りがまた蘇る。頬も熱くなる。
「そうだな……髪は大丈夫か」
「う、うん」
 すると、ソーの大きな手がヒカルの顔に向かって伸びてきた。その指先が、優しくヒカルの髪に触れる。そしてヒカルの髪を優しく、慈しむように何度か梳く。
 その感触がなんだか心地好くて、ヒカルは目を細めた。
 しかしソーが手を離したので、ヒカルは思わずソーの手を掴んだ。
「待って……その、」
「どうした、ヒカル」
 ソーの声は優しく、不思議と甘やかだ。その声にくらりと酔ったかのように、熱に浮かされたようになる。
「ソーが良ければ……もっと、触っていいよ。ソーの手、すごく安心する……」
「……ヒカル」
 ヒカルが身を委ねるようにソーにもたれかかると、ソーは微笑みながら両腕でヒカルを包み込んだ。ソーの肩に頭をうずめると、ソーは笑いながらヒカルの頭を撫でた。。
「どうした、随分と甘えてくるな」
「甘えてる、のかな……そうかも」
「好きなだけ甘えて来い」
「ありがとう……そうさせて」
 ソーはヒカルを抱きしめながら、頭や背を優しく撫でた。
 こうして誰かに優しく抱かれることは久しくなかったせいか、ソーの抱擁は不思議と懐かしさと安心感を呼び起こす。
 母親が死んで少しした頃のことをふと思い出した。夜遅くに酔っぱらって帰って来た父親に抱き付かれたことがあった。父さんが母さんを抱き締める時はいつもこうしていたんだろう、と思わせるような、甘えるような抱き方だったのを今でも思い出す。母の形見のエプロンを着ていた息子を亡き妻と錯覚したのだろう、とヒカルの冷静な部分は言う。だがそれ以来、ずっとこうも思っていた。
 僕も誰かに寄り掛かることが出来たら、と。
 ずっと封じ込めてきたその願望を、ソーはいとも容易く叶えてしまった。
「ねえ、ソー」
「どうした、ヒカル」
「……ありがとう、僕のパートナーになってくれて」
 ぽろりと出たその言葉。ソーは「そうか」と嬉しそうに笑う。
「ならば、スパイダーマンに礼を言わなければならないな。スパイダーマンのおかげで私達はこうしてパートナーになったのだろう」
「ふふ、そうだね」
 優しく抱かれながら交わす言葉は、温かいスープが冷えた体の芯に沁み込むように心地よい。
 どうして彼の抱擁はこんなにも心が安らぐのだろう。さっきまで彼の言葉や行動にあんなにも動揺していたのが嘘みたいだ。
 そんなことを思うヒカルはいつしか、うつらうつらと眠気に覆われ始めていた。
「どうしたヒカル、眠いのか」
「ん……ごめん、そうみたい」
「私のことは気にせずに眠るといい」
「ありがと……」
 その言葉を最後に、ヒカルは意識を手放した。

 ヒカルが眠ったのを確認し、ソーは一つ、息を吐き出した。
 腕の中で眠るヒカルは、アスガルド人のソーが少しでも力を込めて強く抱きしめれば容易く折れてしまうのではないかと思ってしまうほどに華奢に見える。
 ヒカルに触れたいと思っているのは私の方なのに、どうしてこの少年はこうも容易く私に身を任せてしまえるのだろう。少し心配になるが、それはきっとヒカルからの信頼の証しなのだろう。そして、もしかしたらそれ以上の――
(だが、私たちにそれは許されるのだろうか)
 気が付けば、この少年は自分の心を大きく占める存在になっていた。会いたいと、半年間ずっと思い続けて来た。この少年に対する思いが恋慕だと気付いたのは、その時だった。
 生きる世界が違う。寿命が違う。何もかもが違う。
 それでもずっと対等な「パートナー」であり続ける筈だ。だがもし、その先に進んだら?
 分からない。どうなるというのだ?
 初めて感じる類の恐怖を胸に秘めながら、ソーは少しだけ、ヒカルを強く抱き締めた。

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これも書いているときに見ていた映画ドラマの影響が露骨に出ているシリーズです。コールソン映画復帰おめでとう……
兄さんの生活圏で何かあったら日本にすっ飛んでくるソーとそのおかげで結構な頻度で再会してる兄さんのソーヒカが好きです。

ホームシック(再録)(ノバとガーディアンズ)

DWA時空のノバとガーディアンズの話。
DWA時空クィルの過去は映画とだいたい同じだと思ってます。他にも色々原作設定とか借りつつ捏造してます。

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 再来週の水曜の夜に流星群が見れるらしいんだ。東京からでもはっきり見えるみたいだよ。
 地球とは似ても似つかない色をした空の中を飛ぶ宇宙船の光の航跡に、そう言って柔らかに笑った親友の顔をふと思い出した。
「おいノバ!どこ見てやがる!」
「うお?!」
 ロケット・ラクーンの叱責に、ノバは我に返った。それと同時に、ガモーラのするどい蹴りがノバの腹に食い込んだ。地球に比べると僅かな重力しかない星ゆえ、ノバはガモーラが蹴った方向へと真っ直ぐに吹き飛ばされ、近くに転がっていた大きな岩に勢いよく叩き付けられた。
「いってえ……」
 思わず声を漏らすと、ガモーラの鋭い声が飛ぶ。
「注意力散漫。私が敵だったら死んでた」
「どうも……」
 腹をさすりながら立ち上がると、ガモーラは呆れたように肩をすくめた。
「今日はずっとそんな感じね、ノバ。少し頭を冷やしなさい」
「はいっす……」
「準備が出来たら呼んで」
 それだけ言うとガモーラは踵を返し、ミラノ号の方へと歩いて行った。
 ノバは肩を落として一つ、溜息を吐く。
「おい、どうしたんだよ今日は」
「私はグルート……」
 ノバとガモーラの戦闘訓練を傍で見ていたロケットとグルートが見兼ねてノバに歩み寄って来た。
「いつもの無駄に暑苦しいやる気はどうしたよ」
「私はグルート」
「うーん……」
 二人にそう聞かれても、なんと答えればいいものか分からない。ノバは首を傾げた。
「なんか今日調子出ないんすよね……」
「おいおい、ヴィランどもはこっちの調子なんてお構いなしなんだぞ?寝起きのクィルじゃねえんだからもっと気合入れろ」
 腰に手を当てて偉そうに言うロケットに、グルートがにこにこ笑いながら続けた。
「私はグルート」
「うるせえぞグルート!俺は別に良いんだよ!」
 顔を赤くして怒り始めたロケットと、楽しそうに笑って受け流しているグルートを見て、ふとノバの脳裏に過るものがあった。
 実は、来年からイギリスに留学しようかなって思ってて。ほら、天文物理学の権威のエリック・セルヴィグ博士っているでしょ……。
 大学のキャンパスで親友が笑いながらそう言ったのを聞いたのは、いつのことだったか。
「先輩」
「だからあの時の話はするな!」
「私はグルート」
「お前だって寝てる時はあほみてーな面してるじゃねーか!」
「あの、ロケット先輩……」
「あ?!」
 その剣幕に怯みながらも、ノバは恐る恐る言う。
「俺、スターロードと話がしたいんで、一旦失礼します」
 ロケットは怪訝そうな顔をしたが、すぐにひらひら手を振った。
「おう、行って来い」
 ノバは先程ガモーラが歩いて行った方へと飛んで行った。ミラノ号の乗降口から船内に入ると、スターロードの姿を探した。
 ミラノ号は外から見れば小さいが、中は意外と広い。ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの五人が住むには少し狭いような気もするが。果たして、スターロードは船の底の居住スペースにいた。テーブルの上に展開した銀河の地図のホログラムを見ながら、ドラックスと額を突き合せて何か話し合っている。
「スターロード」
 声を掛けると、スターロードが振り返る。木・アライグマ・宇宙人・宇宙人という、地球人のノバからすれば独特の外見をしているガーディアンズの他のメンバーとは異なり、スターロードの外見は地球人である。実際は宇宙人と地球人のハーフで(これはスターロード自身もよく分かっていないようなのだが)、地球よりも宇宙で生きた年数の方が長いらしいが。
 とは言えノバは、年長者として、そして宇宙をホームグラウンドとする地球人ヒーローとしてスターロードのことを尊敬していた。スターロード達は、ついさっきまでやっていた戦闘訓練のように、ノバに様々なことを教えてくれた。宇宙での戦い方、宇宙に存在するいくつもの国家、宇宙に存在する大きな脅威、そして宇宙で活躍するヒーロー達のこと。ノバはつい一年前まで、地球外に自分のようなヒーローがいるなんて知らなかった。この出会いをもたらしてくれたアベンジャーズと親友に、ノバは心から感謝していた。
「どうしたノバ。ガモーラを怒らせたのか?」
 スターロードはにやにや笑っている一方でドラックスはいたって真面目な顔だ。
「ガモーラを怒らせたのか。きちんと謝ったのか?」
「謝るのはこれからっす……スターロード、話がしたいんだけど大丈夫ですか?」
「ああ、いいぜ。悪いなドラックス、続きは後でだ」
「うむ」
「二人きりで話した方が良いか?」
「出来れば」
「よし、それじゃついて来い」
 スターロードはノバをミラノ号のコックピットへと案内した。ノバは何度か宇宙でガーディアンズと戦いを共にしたことはあったが、コックピットの中へ入るのは初めてだ。ノバのヘルメットとスーツは、地球人であるサム・アレキサンダーに地球外で活動する能力と宇宙船に匹敵する高い飛行能力を与えているため、わざわざ宇宙船に乗り込む必要も無いのだ。
 スターロードは操縦席に、ノバは副操縦席に座り、椅子を回転させて向かい合う。
「で、珍しくしおらしい顔したヒューマンロケットが俺に何の用だ?」
 スターロードに問われ、ノバは一瞬だけ迷った後こう尋ねた。
「スターロードってホームシックになったことあります?」
「…………」
「…………」
 気まずい沈黙がコックピットに漂う。しかしノバは大真面目に、スターロードがなんと答えるか黙って窺う。ノバの質問にスターロードはしばらく困ったような顔をした後、「あー、」と声を出しながら、記憶を手繰るように話し始めた。
「俺は小さい頃地球からラヴェジャーズって荒くれ者連中に攫われて宇宙に来た……この話はしたな?」
「聞きました」
「そんで、そのラヴェジャーズのボスのヨンドゥってやつに育てられたみたいなものなんだが……で、なんだ?ホームシック?お前俺が攫われて来た時いくつだったと思ってるんだ?9歳だぞ?いくら今の俺が伝説のアウトロー、宇宙最強のトレジャーハンター、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーのリーダーとは言え9歳のガキがいきなり宇宙に連れて来られてホームシックにかからないわけがあるか?」
「そ、そっすね……」
「でもな、意外とすぐ慣れたぜ。慣れないといつラヴェジャーズの他の連中に取って食われるか分かったものじゃなかったからな。気合で慣れた」
「と、取って食われる?」
 この人はなんと過酷な幼少期を送ったんだ、とノバが思う一方でスターロードは昔を懐かしむような顔をして頷いている。
「ま、要は慣れだ慣れ。どうしたノバ、地球が恋しくなったのか?」
「……そんな感じっす」
「お前は地球で生きた年数の方がまだ長いから、それは仕方ないかもな……でもなノバ」
 急に、スターロードの表情が厳しくなる。ノバは思わず背筋を伸ばした。
「偉そうなこと言えた立場じゃないが、お前は何で宇宙に来ることを決めたんだ?地球と宇宙を股にかけて活動することを決めた理由を思い出してみな」
「俺が、宇宙に来ることを決めた理由……」
 スターロードの言葉を反芻するノバ。
 自分が宇宙に来ることを決めた理由。地球と宇宙を股にかけて活動することを決めた理由を、思い出す。
 アベンジャーズと一緒に戦い、ガーディアンズと出会い、「世界」が地球に留まるものではないことを知った。そして、自分のヘルメットを見たスターロード達から、自分の力の由来を教えられた。元よりヒーローとして戦っていた身である自分は、自然と宇宙へ飛び出すことを考え、そして実行に移すことにした。せっかくドルマムゥの手から守った地球なのだ、宇宙の更なる大きな脅威に晒したく無い。そう強く思ったのだった。
 それから、地球の事を思うと決まって思い出す親友の事も考えた。日本は今頃夏休みだし、流星群を観察したいとも言っていた。流星群が日本から見える時間はもうすぐなのではないだろうか。
 サム、また宇宙に行くの?……そっか、気を付けてね。
 故郷・アリゾナの母に勝るとも劣らない程に毎回心配そうな顔をして見送ってくれるあいつは、今も元気にしているだろうか?
「……いや待てよ?お前今回はこっち来てからまだ3日しか経ってないような気がするんだけどよ……」
 スターロードが何かに気付くがお構いなしにノバは立ち上がって宣言した。
「ありがとうスターロード!俺、目が覚めた……訓練頑張ります!頑張って、宇宙最強のヒーローになってみせる!」
「お、おう……頑張れよ」
「ところでガモーラどこにいるか分かります?!」
「シャワーでも浴びてるんじゃねえか?」
「あざす!」
 ノバはコックピットから飛び出し、シャワーブースまで走る。ガモーラがシャワーを浴び終えたらすぐに謝って、また訓練を付けてもらおう。強くなるために。
「よっしゃー!頑張るぞー!」
 

 ノバを見送ったスターロードは、その威勢に気圧されてしばらく操縦席に腰かけたままだった。だが、船内の方から聞こえて来た「頑張るぞー!」の声に思わず吹き出し、そして肩を震わせて笑い出した。
「ったく……手間のかかる後輩だぜ」
 それから、コックピットのウィンドウ越しに空を見る。宇宙の星には、その星ごとの空の色がある。今ガーディアンズがいる星の空は、菫色の中に白を溶かし込んだような淡い色をしている。
「地球、ね」
 余所者として訪問することになった故郷の星。その空は、突き抜けるような青さだった。地球と同じような色の空をした星は無いわけではなかったが、それでも地球の空は地球だけの色だ。
 地球は今の自分にとっては「第一の故郷」であっても、ノバにとっては唯一無二の故郷。しかしスターロードは、初めてノバを、正確にはノバのヘルメットを見た時の驚愕を思い出さずにはいられなかった。
 コックピットから、訓練を再開するためにミラノ号の外に出たノバ、ガモーラの姿が見えた。どうやらドラックスも参加するようだ。
 ノバの姿を見たロケットは、戦いの後スターロードにこう言ったのだった。俺らが見てないとやばいかもしれねえ、と。
 だからこうして、時々ノバを宇宙に呼んで面倒を見ることにした。
 いつかノバは、地球と宇宙の双方を揺るがす大きな脅威に直面することになるだろう。サノスにチタウリ、ギャラクタス。宇宙には、ガーディアンズがこれまで関わったこともない(出来れば関わりたくもない)ヤバいやつらがたくさんいる。
 ノバはまだ未熟だ。しかし、いずれはアベンジャーズにも肩を並べるヒーローになる。スターロード達はそう確信している。
「その面倒なホームシック癖が治ればもっと早く強くなれるんだろうけどな」
 肩をすくめると、操縦席から立ち上がった。
「さてと、たまには俺も訓練に付き合ってやるか……」
 ミラノ号の外に出てみれば、ガモーラとドラックスを相手に必死で立ち回っているノバの姿があった。ロケットとグルートは少し離れたところからそれを見守っている。
「おい、俺も混ぜろ!」
 声を掛けるとノバが「まじですか!」と嬉しそうにスターロードの方を振り向いた。しかしその直後にガモーラの回し蹴りがノバにヒットし、ノバは勢いよく吹き飛ばされて行ったのだった。

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サム……健やかに育っておくれ……

繋がる光(再録)(X-MEN)

DWA時空のXメンの話。

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 僅かに開いた窓から温かな陽気が学園の生徒達がはしゃぐ声と共に室内にもたらされ、窓から透ける陽光は床に不可思議な模様を描き、ウルヴァリン――ローガンはその柔らかさに春の訪れを思う。
 だが、これから長い時間出掛ける以上窓を開けておく意味はない。ローガンは窓を閉じた。陽気は僅かに部屋の中に留まっているが、生徒達のはしゃぎ声はほとんど聞こえなくなる。しかし陽光は相変わらず床に模様を描いている。ローガンは必要最低限の物だけが入ったズタ袋を担ぎ、部屋から廊下に出てドアに鍵をかけ、生徒達が往来する廊下を目的の部屋に向けて歩いて行く。途中すれ違う生徒に「先生おはよう!」などと声を掛けられては「おう」と手を上げつつ、雑ではあるがしっかりと挨拶を返す。
「どうしたローガン、どこかに出掛けるのか?」
 途中、向かいから歩いてきたサイクロップス――スコットとすれ違った。その手に分厚いファイルが何冊も抱えられているのを見て、ローガンは立ち止まった。
「お前は休みの日に勉強か?」
「しばらく授業どころではなかったからな、私がいない間の生徒達の様子について知っておく必要があるだろう」
「なるほどな」
「私がいない間、授業を代わりに行ってくれていたようだな。ありがとう」
「全くだ、お前もビーストもいないから俺の受け持ちが倍に増えやがった」
「そのツケをなるべく早く取り戻せるだけ取り戻させてもらうよ」
「せいぜい頑張れよ」
 それぞれまた反対の方向へ歩き出す。スコットがどこに向かったのかローガンには分からないが、気にすることも無い。
 ローガンが向かうのは、校長室だ。
「入るぞ、プロフェッサー」
 ノックをしてから扉を開けると、大きな机の前に座っていたプロフェッサーXがいつものように穏やかな笑顔でローガンを迎えた。
「やあ、ローガン。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「なら話は早いだろ」
 ローガンはドアを閉じるとプロフェッサーXの前まで歩いていく。
「いきなりで悪いが、しばらく休暇を貰う。一週間ぐらいな」
「旅にでも出るのかな?」
「日本へ、昔の知り合いに会いに行く」
「そうか」
 プロフェッサーXは頷くと、机の引き出しを開けて封書を二通取り出した。
「ならばこれを、君の手から渡して欲しい人物がいる」
 手元のハンドルで自身が座る車椅子を操作しながら、プロフェッサーXは机からローガンの前へ回り込んで来た。そして、ローガンに封書を差し出す。
 封書は、学園の校章を象ったカシェで封がしてある。ローガンは封筒を裏返して書かれた宛名の名前を見た。
片方には『Mr. Hikaru Akatsuki』、そしてもう片方には『Mr. Nozomu Akatsuki』。
「おいプロフェッサー、こいつぁ……」
「是非とも、頼むよ」
 プロフェッサーXは人の好い笑顔を浮かべるのみ。
 自分の心を見透かされているのかいないのか、史上最強のテレパスを前にどう判断すべきか迷う。だが考えても無駄だという結論に達し、二通の封書をズタ袋の中になるべく丁寧に入れる。
「わーったよ……。じゃあな教授。俺がいない間の授業はスコットにでもやらせとけ」
「了解したよ。良い旅を」
「おう」
 手を振るプロフェッサーXに見送られ、ローガンは校長室を出た。そして校長室のドアを出た直後、
「ウルヴァリン先生っ!」
 廊下の向こうから、こちらに向かって走ってくる少女の声。
「……なんだ、ノリコ」
 数か月前に学園に入って来た少女……アシダ・ノリコだ。その華奢な体に似合わない厳ついガントレットを両腕に装着している。これは昨日まで付けていなかった物だ。
「ビーストが言ってたそのガントレット、完成したのか」
「あ、はい!ハンク先生のお陰で力の制御もだいぶ楽になりました!」
 ノリコはにこにこと屈託のない笑顔を浮かべてはいるものの、つい最近までは放電能力の制御に苦労して電子機器に触ることが一切出来ない状態だったのだ。ビーストがディスクから解放されて良かった、と言葉にも表情にも出さないがしみじみ思う。
「それはともかく!今から日本に行くんですよね?!ボビー先生に聞きました!」
「あの野郎……」
 そう言えば昨日夕飯の時にアイスマンことボビーに日本行きの話をしてしまった気がする。なるべく少ない人数にだけ話して旅立つつもりだったのだが、ボビーに話してしまった以上は明日には学園中に知れ渡っているだろう。
「あの、お願いがあって、と、東京ですよね、行くの?あの、関東じゃないところに行くとかだったら断ってもいいんですけど」
「東京にしか行かねえつもりだからさっさと要件言え」
「あ、はい!えっと、これを先輩に渡してほしいんです……!」
 ノリコが両手で差し出してきたのは、淡いピンク色の可愛らしい封筒だった。
 また手紙か、と声には出さず、ローガンはそれを受け取る。
案の定と言うべきか、そこには『アカツキ・ヒカル様』の文字。
「……わーったよ。ちゃんと預かったからな」
 その封筒も、先ほどプロフェッサーXから預かったもの同様になるべく丁寧にズタ袋の中に入れる。
「ありがとうございます!」
 それを見たノリコがペコリ、と深々お辞儀をした。
「おいやめろ……」
日本人には慣れているつもりだが、この深々としたお辞儀には未だに慣れない。少々気まずい思いを抱える羽目になる。
「それじゃ、先輩によろしくお願いします!」
「……任せとけ」
 そう答えると、「本当にありがとうございました!」と言い残してノリコが走り去って行った。
「ったく……俺はパシリじゃねえんだぞ」
 そうぼやきつつ、ローガンはジャケットのポケットに手を突っ込み、その中でバイクの鍵を弄びながらガレージへと歩いて行くのだった。

 ドアの向こうが静かになり、プロフェッサーXは思わず笑みを深める。そして、ドアの向こうでローガンと話していた少女のことを思う。
 あの少女がこの学園に来ることを決めたのは、自分が説得したからではない。彼女の前に自分の言葉はあまりに無力だった。彼女を動かしたのは、あの少年だった。
 アカツキ・ヒカル。ディスク事件の中心人物であり、ディスクを発明したアカツキ・ノゾム博士の息子。そして、突然の能力覚醒と自身がミュータントである現実に絶望しかけていたノリコに希望の光を灯した少年。
『――やあ。久しぶりだね、エリック。少し、話でもしようか』
 目を閉じて、どこにいるのかも分からない旧き友に語り掛ける。
『相変わらず趣味の悪いことだ――チャールズ』
 そう返した声は、数か月前に聞いたそれに比べるととても不機嫌そうに聞こえる。いつでも遮断できるはずのプロフェッサーX……チャールズのテレパスを遮断することなく、エリックはチャールズの語り掛けに応じる。
『君があの時センチネルを破壊してくれたお陰で私の友人達は救われ、巡り巡って世界は救われた。改めて礼を言うよ、ありがとう』
 互いに心の声で対話し、互いの姿など見えない。だがチャールズには、エリックが今どんな表情をしているのか、手に取るように思い描くことが出来た。不機嫌ながらも、決してそれだけではない、深みのある表情。
『私の顔を勝手に想像するのをやめろ――私は若き同朋を救ったまで。あの人間の少年達がどうなろうと知ったことではない』
『だが、君もきっと見ていただろう、エリック。あの少年達のもつ希望の光がヒーロー達に力を与え、世界は人間達の希望の光によって救われたのだ。ノリコもまた、あの少年の光に救われたのだ』
『……何が言いたい』
『人間達は強い光を持っている。我々と同じように。苦難に耐え、成長し、希望を抱き、より良い世界を作ることが出来る』
『……だとしても』
 エリックの心の声に、重々しい憎悪が混じる。チャールズが知る、エリックの最も暗く淀んだ感情が、心の声に乗る。
『私は人間の悪しき闇を忘れない。我々は何度もその人間に裏切られ、迫害された』
『時代は変わり、人は成長する。それは我々とて同じ。だからこそ我々ミュータントと人間は共に手を取り合うべきではないか?』
『下らんな』
『……私は信じる。あの少年達の作り出す世界はきっと、より良いものになる。あの少年達を救ったという意味では、君もまた世界を救った遠因になるのだ。そしてこれから、君とて世界の光になることは出来る』
『私に人間にとっての光になれと?』
 エリックの冷笑も気にせず、チャールズは目を開き、車椅子を窓辺へと動かす。窓の外には、春の日差しの中で楽しそうに遊んでいる学園の生徒達。ある者は能力を使い、ある者は使わず、思い思いの方法で鬼ごっこやボール遊びに興じている。
『人間にとって、だけではない。ミュータントにとってでもある……君はノリコを救っただろう。全てのミュータントが心地好く暮らせる世界の為に、いずれ君が必要になる。私はそう信じているよ』
『君と私の理想は違う……そう言ったのはお前の筈だ。その理想の世界も、お前と私で違うものを思っている』
『そうだったかな』
『ボケが始まったか、老いたものだなチャールズ』
『ならば、私の言葉も老人の戯言と聞き流してくれまえ。君も私と大して変わらぬ歳の筈だがね』
 フン……そう鼻を鳴らすような音を聞いたような気がしたが、その後エリックの声は何も聞こえなくなった。テレパスを遮断するあのヘルメットを被ったのだろう。
「やれやれ、梨の礫だ」
 そう口には出してみるものの、不思議と晴れ晴れとした気持ちになる。
 世界がこれからどう転んでいくのかは分からない。だが、アベンジャーズに強い力を与え、世界に希望の光を灯したあの少年達が、この世界にはいる。そして彼らに触れた者達が、この学園にはいる。
希望の光は繋がり、連鎖し、伝わり、広がっていくのだろう。それがどのような形になっていくかは分からない。だがいつかは、その希望の光は、人間とミュータントが垣根をなくし、共に手を取り合い、その先に作るより良い世界に繋がっていくのだろう。
私もエリックも、その時まで、生きていたいものだ……そう思いながら、プロフェッサーXは、窓の向こうの若きミュータント達を眺めるのだった。

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Xメン映画完走(2015年4月当時)後に書いたので影響が露骨に出てますがお気に入りです。

闇への誘い(再録、タイトル変更)(ソーヒカ)

32話放送前にどうにか消化したくて書いたものです。

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「ソー」
 耳慣れている筈の優しい声で、目の前の少年――ヒカルは己の名を呼ぶ。
 いつの間にか目の前に踏み込まれ、ソーは背中に冷や汗が伝うのを感じた。ムジョルニアを握る手が震える。
 ヒカルは、いつものように穏やかで優しい笑みをたたえてソーを見上げている。平時であれば、彼より遥かに長い時を生きているソーですら、故郷の母を思い出すような慈愛に溢れた笑顔だ。しかし今のヒカルの笑顔は、ソーの目にはとても恐ろしいものに見えた。
 慈愛の中にどこまでも広がる仄暗い深淵を抱いているかのような。温かさの中に全てを凍り付かせる冷気が潜んでいるかのような。あまりにもアンバランスなその表情は、得体の知れない恐怖となってソーをじわじわと蝕む。
「ソー、どうしたの?僕を見て?」
「っ……」
 ヒカルが右手を伸ばしてソーの頬にそっと触れる。ソーはそのあまりに冷たい指先に眩暈を感じた。だが、動けない。ヒカルの指はまるで体の自由を奪う魔法のようだった。
「……本当に、お前はヒカルなのか」
 どうにか声を絞り出すが、その声はあまりにも震えていた。手にしたムジョルニアが重く感じる。
「何言ってるの?僕は僕だよ」
 左手もソーの頬に触れたかと思うと、ヒカルはくすりと笑う。
「ふふ……僕は何も変わってないよ」
 ヒカルは爪先を上げると、自身の顔をソーに近付ける。その優しいけれど暗い表情は、蠱惑的にすら映る。
「ねえ、」
 深淵に引き込まれるかのように、その瞳に吸い寄せられる。
 何故だかは分からないが、ソーはその瞳に、共に育った弟の姿が重なるのを感じた。
(ああ……同じだ、あの時と)
「ねえ……僕を見て」
(違う、ヒカルはロキとは違う筈だ)
「この力があれば、何だって出来るんだ……アキラを守ることも、ロキを救うことも」
 ヒカルは手を滑らせて、両腕をソーの首に回した。自然、ソーはヒカルに抱き締められる形になる。ソーは、動けない。ただヒカルのなすがままにされるだけだ。
 眩暈が一層強くなる中で、ソーはヒカルの甘い蜜のような声をただ聞いていることしか出来ない。
 ソーの髪を撫でる手は、幼い頃故郷にいた時の母を思い出させた。温かい雲に包まれているかのように夢見心地になる。
「僕と一緒に強くなろう?ソー」
 耳元で囁かれ。
 ソーの手の中からムジョルニアが滑り落ちた。
 ムジョルニアが地面にめり込む轟音と共に、ソーは、自身の中で何かが崩れるのを感じていた。

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男のヒロイン闇落ちはロマン。

ハロウィン前夜(再録)(ソーヒカ)

「……これでよし」
 トニー・スタークの日本別邸のキッチン。クッキーのアイシングを終えたヒカルは満足そうに頷いた。
 ジャック・オ・ランタンやおばけ、コウモリといった形にくり抜かれたクッキーに、色とりどりのアイシングで可愛らしい飾りつけが施されたクッキーがキッチンペーパーの上にずらりと、そしてぎっしり並んでいる。
 ソー(のホログラム)は、そのすぐ傍に立って大量のクッキーをまじまじと眺めている。
「後は乾くのを待つだけだよ」
「ヒカルの料理の腕は素晴らしいな、我がアスガルドのどの料理人にも劣らぬ」
「ありがと、ソー」
 ヒカルは嬉しそうに笑ってソーを見る。
「このハロウィンという行事の度に、ヒカルはこのように菓子を作っているのか?」
「まあ、毎年アキラにねだられるしね。ついでだし皆の分も作ろうと思って」
「ふむ……出来る事なら私も食べてみたいのだが、この体では難しいな」
「こんなのいつでも作れるよ。ソーはご飯とか食べるの好き?」
「うむ。食は全ての基本だ。腹が減っては戦は出来ぬし、仲間と共に美味い酒と美味い食事を楽しむひと時は格別なものだ」
「そうか。じゃあ今、ディスクの中だからご飯が食べられないのは辛いんじゃない?」
「辛い」
「あはは……それじゃあさ」
 ヒカルはアイシングの道具を片付けようと、一旦止めていた手を動かし始めた。そして何気なく、思い付いたことを言う。
「ソーがディスクから解放されたら、いくらでも作ってあげるよ。ソーは何の料理が好き?」
 その言葉に、ソーはしばし沈黙した。不意を突かれたように目を見開いてヒカルを見、しかしすぐに表情を緩める。
「そうだな……地球の料理にはまだ明るくないのだが、酒に合う美味い肉料理を食べたい」
「分かった。ちょっと味を濃くすればいいかな……?」
 シンクに道具を移し、水道の蛇口を捻るヒカル。
「僕まだお酒飲めないから良く分からないけど、頑張ってみる」
「それから、ヒカルが今作ったその菓子、それとどうせならヒカルがいつも作って食べている物を食べたい」
「ふふ、分かった。でもこれはハロウィンの時専用のお菓子だから、また来年のこの季節になったらね」
「男の約束は絶対だぞ、ヒカル」
「分かってる」
 まるで子供のようにねだって来るソーにくすくすと笑いながら、ヒカルはスポンジに洗剤を少しだけ出してスポンジを泡立てた。
「実は我が故郷にヒカルを招待したいとも思っている」
「え、本当に?」
「ああ。地球からアスガルドへ行くために虹の橋を渡るのだ。美しい眺めだ、ヒカルに見せたい。それに私と肩を並べて戦う戦士であるお前を我が故郷に招かぬ理由などない」
「そ、そっか……ありがと、ソー」
 照れくさそうに笑うヒカルに、ソーは満足げに笑って頷いた。

 そして、

「中に入って行きにくい……」
「何故だ、クリス?」
「うるせえ……」
 かぼちゃプリンの材料が入ったビニール袋を両手に提げ、ヒカルとソーの会話をずっと聞いていたクリスは、キッチンの入り口前で天井を仰ぐのだった。

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クリス君には本当に申し訳ないことをした

スノードーム(再録)(ソーヒカ)

未来捏造とかディスウォ時空F4捏造(言及だけ)とか割と好き勝手やってます

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 一緒に暮らし始めてすぐに分かったことだが、ソーは機械音痴だ。機械の調子が悪くなったらすぐに叩くし、あるボタンはとりあえず全部押す。操作は全てフィーリング。
 調子が悪かったらとりあえず叩くって、ブラウン管テレビじゃあるまいし。そもそもブラウン管テレビだってソーの怪力に耐えられる性能のものは存在しなかっただろう。
「だからソーは、機械になるべく触らないでこの箒と塵取りを使って玄関を掃いてきて」
「……分かった」
 箒と塵取りを受け取った時のソーの不服そうな表情に、思わず笑いが込み上げる。
「大きなゴミを掃いてくれればそれでいいから。後は僕が掃除機で仕上げて終わり。ね?」
 今日は12月20日。
 ヒカルとソーは、ヒカルがニューヨークから日本に帰省する前に共に生活しているアパートの大掃除をしていた。だいたいのゴミはもうまとめて玄関前に置いてあるので、換気をしながら埃を取るだけ。
換気のために開け放した窓から吹き込む冷たい風に、ヒカルは肩を震わせた。
「少し寒くなって来たね、早く終わらせよう」
「そうだな」
 ヒカルが掃除機のスイッチを入れると、ソーは箒と塵取りを持って玄関へと向かった。

「お疲れ様、ソー。はい、ココア」
「うむ、ありがとう」
 ソーとソファに並んで座ってマグカップに入れたココアを両手で包み込むと、温かさがじんわりと冷えた指先にしみる。一口すすれば、喉を伝って胸まで甘く温かいものが広がった。
 ソーがしみじみとこう言う。
「地球の季節の移り変わりは、慌ただしいな。アスガルドの時は、もっとゆっくりと流れる」
「そうなんだ」
「ああ。だが、慌ただしい分愛おしくも感じる」
「……そっか。僕達人間にとっても、1年はあっと言う間だよ」
「だが、地球は季節ごとに様々な祭りをするのが楽しいな」
「お祭り?」
「そうだ。地球の中でも、地域によって全く違う祭りで季節を祝っているのが面白い」
 ソーの目は自分を見ていなかった。ヒカルがソーの目線を追うと、ソーは、ソファの前にテーブルに置いてあるスノードームを見ていた。ベルのように裾が広がった鈍い金色の台座の上に透明のボールが乗ったスノードーム。その中では、綺麗に包装されたプレゼントに囲まれたずんぐり太った熊が、サンタの帽子をかぶって座っている。その周りには白い雪が積もっていた。
「地球に来るようになってそれなりになる。クリスマスも何度か経験したが、あの置物は初めて見た。あれは何だ?」
「スノードームだよ。リチャーズさん……最近、研究を見てもらってる先生の奥さんに貰ったんだ。クリスマスプレゼントにって」
「スノードーム……面白いものを考えるな、人間は」
 ソーがスノードームを手に取ると、中で白い雪がふわりと舞って熊にふりかかる。
「おお!」
 ソーの顔が無邪気な子供のように輝くので、ヒカルはくすりと笑った。
「スノードームなら、こっちにたくさん売ってるよ」
「うむ、アスガルドの友にも是非見せたいものだな」
 ソーがスノードームをテーブルの上に戻すと、雪がふわふわとスノードームの底に積もっていく。ソーはまだスノードームから目を離せないようだ。
本物の雪でない事は見れば分かる。しかし、その白い物は水で満たされたガラスのドームの中で不思議な白い世界を作り上げているのだ。ソーはどうやらその白い世界に魅せられてしまったらしい。
 ヒカル自身も、スノードームは嫌いではない。だが、ソーがスノードームにすっかり心奪われているのを見ると、スノードームが一層特別なものに見えて来た。
「何なら、お店回ってみる?冷蔵庫の中身も空にしちゃったし、今日の晩御飯は外で食べようと思うんだけど」
「それはいい提案だな。そうしよう。それに最近、町中がとても光り輝いているのが見える。あれを近くで見てみたいのだが」
 冷静を保ちつつも、ソーの声はそわそわと落ち着きが無い。
 北欧神話の神様なのにすっかりクリスマスに中てられてる、そう思うとなんだかおかしくて、自然と笑いが込み上げて来た。

蜘蛛男と真っ赤な殺し屋(再録)(スパ&デプ)

デップー回(一回目)のあとのスパとデプ。

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「は~、お腹減ったなあ」
 いつものようにニューヨークの悪党を退治し、いつものように警察からお礼を言われ、いつものように新聞社のバイト用に自分で自分の写真を撮る。スパイダーマンことピーター・パーカーの、非日常のようないつもの日常だ。
 今日も町の平和を守った彼は、とあるアパートの屋上に腰掛けて夕日を眺めていた。
「この前はホークアイに奢ってもらったけど、流石に今日もそんなラッキーが続くわけないよなあ。S.H.I.E.L.D.は今てんてこ舞いだろうし」
「やっほーーーーーーーーーーーーーーーー☆☆☆☆☆」
「S.H.I.E.L.D.に所属すればお金が貰えるかな? でも、あんまり世界を飛び回って皆に心配かけるわけにもいかないし。いっそニューヨーク専門のヒーローってことにしといてもらって、その上でS.H.I.E.L.D.所属ってことに出来ないかな?」
「スパイディおっひさーーーー!!ねえねえ聞こえてる?!ねえねえねえ!!!!」
「……今日は、風が騒がしいな……早く帰ろう」
 スパイダーマンはそう呟いて立ち上がり、
「ねえちょっと!!久々に会ったのにひどくない?!」
「ああもう、うるさいよ!」
 スパイダーマンは振り返りざまに叫ぶと、背後に立っていたその男に向かって右手のウェブシューターから勢いよく糸を発射した。
「キャーッ!」
 スパイダーマンに首から上以外を糸で縛り上げられて手足の自由を封じられながらも、その男は水揚げされた魚のようにジタバタ暴れている。
「何の用なのさ、デッドプール!」
「ひどい!ヒドイよスパイディったら!」
「あーはいはい……久しぶり」
 幾度となく一方的に絡まれ、その度に適当にあしらったりたまに一緒に戦ったりしていた男……デッドプールを前に、スパイダーマンはやれやれと首を横に振った。空腹で気が立っていて思わず縛り上げてしまったが、別にそこまでしなくても良かったかもしれないと思いながらも糸を取ることはしない。
「せっかく日本から真っ直ぐここまでスパイディに会いに来たのに!」
「……日本?」
「そ、日本。エキゾチックジャパーン。俺ちゃんちょっとアベンジャーズに会いに行ったりして~、リーダーにして貰えちゃったりしないかな~なんて」
「アベンジャーズに会いに行ったのか?!」
「楽しかった~」
「そりゃ君の性格だったらどこにいても楽しいかもしれないけどさ……アキラ達には良い迷惑だっただろう」
 スパイダーセンスとは少し違う嫌な予感を覚えながら、スパイダーマンはデッドプールの傍にしゃがみ込む。
「ここにいるってことはどうせ断られたんだろ?流石キャップだ、君みたいなのがあの子達の傍にいたらペッパーさんやヒカルが大変だしね」
「時にスパイディ……俺ちゃん、あんたに見せたいものがあるんだけどさ」
「見せたいもの?……言っとくけど、町中でのグロはNGだよ」
「分かってるって~、とりあえずこれほどいてちょー」
「はあ……」
 スパイダーマンは溜息を吐くと、ひとまずデッドプールをそのまま抱え上げて人気の少ない公園に移動することにした。それからデッドプールを糸から解放する。
「んもう、スパイディったら激しいんだからぁ。過剰なお姉さん向けサービスは歓迎されないぞ?」
「うん、ここなら君が多少やらかしても人の迷惑にはならない。さて、で、僕に見せたい物って何?」
「ちょっち待ってー」
 デッドプールの言葉を無視するスパイダーマン。デッドプールはそれも意に介せず、ごそごそと腰のポーチの中をまさぐった。そして、
「てってれてって、てってれてっててー☆ あいあんふぃすとー!」
 妙にしわがれた声を出しながらデッドプールが高々と天に掲げたそれは、平たく角が丸い三角形のような形をしていた。それは、青い色をしていた。その中心には、スパイダーマンもよく知るヒーローの顔が描かれていた。
 デッドプールが持っていたのは、アイアンフィストの封印されたディスクだった。
「な……何やってんのおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 スパイダーマンは思わず、頭を抱えて空に向かって叫んだ。
「俺ちゃんこれどうしたらいっかなって思ってさ~」
 デッドプールはと言えば、アイアンフィストのディスクを手の中で弄びながらぺらぺらと喋っている。
「あ……あああ……アイアンフィスト……」
「アベンジャーズにあげても良かったんだけど~、それじゃつまんないしい?」
「何てこった、よりによってデッドプールの手に渡るなんて……」
「だからとりあえずスパイディに見せに来ちゃったんだぜ♪てへっ」
「てへっじゃないよ!今すぐ日本に帰ってアベンジャーズに渡して来い!」
「ええ~やだあ、俺ちゃんこれをスパイディに見せに来ただけだし」
「そんなこと言うなら僕が君から力づくでも奪い取る。この町にはアベンジャーズの一員であるホークアイだっているんだ」
「やっだね~」
 スパイダーマンは無言で立て続けにデッドプールに向かって糸を発射した。デッドプールはその全てをひょいひょいとダンスのステップを踏むように避け、スパイダーマンから距離を取る。そしてスパイダーマンに向かって大きく手を振った。
「じゃあなスパイディ!会えて嬉しかったぜ~!」
「僕は全然嬉しくないよ!待てデッドプール!」
「うわははははははははははは!!」
  デッドプールはあっと言う間にどこかへ走り去ってしまった。後を追っても、もうデッドプールがどこに走り去ってしまったのかも分からない。スパイダーマンはがっくりと肩を落として、次いで膝を突いた。
「何てこった……ひとまずアベンジャーズに伝えなきゃ……」
 はあ、と自然と大きなため息が漏れる。
「まあでも、前向きに考えたらどこにあるか分からないよりはデッドプールが持ってる方が安全かな……」
空を見上げ、スパイダーマンはそうぼやくのだった。そうでも考えないと、いくらなんでもアイアンフィストが不憫すぎる。
「アイアンフィスト……うっかりデッドプールに潰されたりしないでね……」
 スパイダーマンの頭の中には、去り際のデッドプールのけたたましい笑い声が響いていた。

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放送時に書いたもの。
ディスウォ時空のスパとデプはいいぞ

夏の日暮(再録)(アカツキ兄弟)

「アキラ、もうすぐバスの時間だぞ」
「うん……」
 ヒカルは腕時計に視線を落とし、墓碑の前に膝を抱えて座り込んだままのアキラに声をかけた。アキラの返事は心ここにあらずといった風で、ヒカルは苦笑いを浮かべた。
 空を見上げれば水色の中にもうオレンジ色がにじみ始めている。セミの鳴き声もいつの間にか、じりじりとやかましいアブラゼミ達のそれから悲しげなヒグラシ達のものになっている。空気も先までのうだるような暑さが少しずつ緩み始めているようだ
 お盆に兄弟二人だけで母親の墓参りに来るのはこれで二度目になる。昨年の母の命日を含めれば三度目だ。渡米中の父親からの連絡は一切なし。時々家に来ては自分たちの世話をしてくれている叔母も夏休みの期間ばかりは自分の家の方で手一杯なので、父が渡米してからは、お盆を含めた夏休みは兄弟二人だけで過ごすのが当然のことになっていた。そもそも父親だって元から研究であまり家にいないのだ、父から一切連絡が来なくなったということくらいしか変わりがない。
 それでも時々、ヒカルの目から見たアキラは寂しそうに見えた。あまりそれを表に出しはしないものの。
「……アキラ。今の時間のバスを逃したら駅まで歩いて行くことになるよ」
 ヒカルはアキラの傍にしゃがみ込み、軽くその肩を叩いた。
 するとアキラが小さく身動ぎした。
「なあ兄さん……」
「何?」
「父さん、今年も連絡して来なかった」
「……そうだね」
「父さん何やってんだろ……何でお盆にも母さんの命日にも、クリスマスにも……俺や兄さんの誕生日にも連絡して来ないし」
「父さんが連絡して来ないのなんて、いつものことだろ」
「そうだけどさあ……」
 自分の腕の中に顎を埋めたアキラの目は、真っ直ぐに母親の墓石を見ていた。
「こういう時くらい連絡して来てもいいじゃんか……」
「じゃあアキラは、父さんが嫌い?」
「むう……」
 アキラが頬を膨らませる。
「兄さんズルい……」
「あはは。さ、帰ろ」
「うん」
 ヒカルは立ち上がり、アキラに手を差し出す。アキラはあっさりヒカルの手を取った。ヒカルに引っ張られ、アキラは立ち上がる。
「荷物持つよ兄さん」
「ありがとう。それじゃ、こっちお願い」
「うん」
 スポンジやたわしが入った小さなバッグをアキラに渡すと、ヒカルはその他諸々の仏具が入ったトートバッグを持ち直した。それから腕時計を覗き込み、表示されている数字にぎょっとした。
「うわ、もうすぐバスが来る! 走るぞアキラ!」
「わあ!! ごめん兄さん!」
「いいから走って!!」
 バス停に向かって走りながらも、バスには間に合わないかなあと頭の片隅でヒカルは思った。
 もし間に合わなかったら、今日の夕ご飯は外食にしよう。久々の外食だ、アキラが食べたいものをお腹いっぱい食べさせてあげよう。
「兄さん、バスが!」
「あっ……ああ~……」
 視界の遥か前方、バス停から既に発車してしまった路線バスの姿を捉え、ヒカルは苦笑いしながら走る速度を緩め、やがて立ち止まった。
「間に合わなかったね……」
「ううっ……兄さんごめん……」
 後から走って来たアキラががっくりと肩を落とすので、ヒカルは「仕方ないよ」とアキラの肩を叩いた。
「駅まで歩こう」
「三十分歩くのかあ……」
「しょうがないだろ。そうだ、帰ってからご飯作ったら時間遅くなっちゃうし、今日はレストランにでも入ろうか。アキラの入りたいところで良いからさ」
「ホント?! やったー!!」
 先までの沈み顔はどこへやら、アキラは満面の笑みを浮かべながら両腕を天に突き上げた。その様子を見てヒカルは胸を撫で下ろす。
 よかった、いつものアキラだ。
「それじゃ、行こうか」
「うん! 早く行こう兄さん!」
 自分より先を歩き始めたアキラの背中を見ながら、ヒカルはその後ろを歩く。
 父の不在でアキラが寂しい思いをしているのは分かっているし、自分ではその寂しさを消せないことも分かっている。それでも、アキラが少しでも寂しい思いを和らげることが出来るのなら、それでいい。
親にはなれなくても、『親代わり』にならなれる。
「父さんには適わないなあ……」
 ほとんど無意識に発せられた蚊の鳴くような呟きは、ヒカル自身の耳にも届くことなくひぐらしの合唱の中に溶けてかき消されたのだった。

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放送時に書いたものです。
兄さん幸せになって