友愛と罪悪感(再録、タイトル変更)(マルチョとレンとちょっとシド)

「レンさんは背が高いですねえ」
 視線をディスプレイに向けたまま、僅かな憧れを含めてマルチョが呟いた。
「? 背が……どうしたんだい?」
「いえ、レンさんは背が高くて羨ましいな、と」
「そう……かな」
「はい」
 マルチョは視線はそのままに、指をキーボードの上に走らせながら、独り言のように呟く。
「ボクは、身長がこの年の平均よりずっと低いものですから……」
「マルチョと僕は同い年じゃないだろう」
「それはそうでございますが」
 でも、とマルチョが苦笑気味に続ける。
「背が高い人への憧れは、少なからず存在するのでございます」
「成る程」
 レンは心得たように頷く。しかし、その視線はマルチョとは違うディスプレイに向けられたままだ。
 マルチョと背中合わせになる状態で、レンも指をキーボードに走らせる。
(周りの大人……というよりは、自分とは規格が違うサイズのラインハルトに無条件で憧れていたか)
 そして、そんなことを思い出す。
「全く……ダンさんやシュンさんとは一つしか違わないというのに。どうしてボクはこんなに小さいのでしょう……」
 マルチョはそう嘆息すると一度手を止め、椅子ごとくるりと、レンの方に振り向いた。
「レンさんは、お友達の間だと背の高い方だったりしたのですか?」
「え?」
「ほら、以前お話していたではありませんか。爆丸バトルは、よくご友人と一緒にやっていたと」
(……そんなこと、言ったか?)
 レンは少し考え込んでから、そういえば三日ほど前に、マルチョにそんなことを言ったような気がする、と思い至った。そして、
(これからマルチョに言ったことは全て覚えておくようにしよう……ボロが出ないように)
 と堅く決意する。まだ、自分の正体を知られるわけにはいかなかった。
「……ああ、そうだよ」
「……レンさん、ひょっとして疲れてます?」
「え?」
 マルチョにいきなりそう言われ、レンは若干声が裏返った。
「どうしてそう思うんだい?」
「いえ、いつもより反応が遅いので」
「そ、そうかな」
「そうですよ……少し待っていてください。今、紅茶を淹れて参ります。それとも、コーヒーの方がよろしいでしょうか?」
 マルチョがそう言って立ち上がるので、レンは慌てて止めようとした。
「いいよ別に。大した疲れじゃないし……」
 マルチョの気遣いは嬉しいのだが、ただボーっとしていただけなのだ。作業を滞らせるわけにはいかない。
「何を言っているでございますか。ちょっとの疲れが大きなミスに繋がることもあるのでございますよ」
 その有無を言わせぬ口調に気圧され、レンは「……分かりました」と、思わず敬語で頷いてしまった。
「では、紅茶とコーヒーの、どちらがよろしいですか?」
「じゃあ、紅茶で」
「はい! でございます」
 マルチョが、トトトとコントロールルームを出て行く。
 レンは思わず椅子に深くもたれかかり、ふうと息を吐き出し、内心で一人ごちる。
(やれやれ、マルチョと一緒にいると調子が狂うな)
 こちらはマルチョに対し嘘をつき続けているのだ。それなのにマルチョは、まるで誰かを疑うことを知らないかのようにこちらに接してくる。ごく自然に、素直に。
 しかしそれは、決して嫌なものではない。むしろ心地良いとさえ感じる。
(ダンとシュンがマルチョに甘い理由が分かったような気がするな)
(……彼といると、心が温かくなる)
 バトルの時のような、胸を焼くような熱い高揚感ではない。少しずつじんわりと温められる、そんな気持ち。一緒にいるだけで心安らぎ、優しい時間が流れているような気がする。
(家族やラインハルト以外には、そんな気持ちになったこともなかったのにな)
 それだけ、自分がマルチョに情が移っているということなのか。実際のところ、シドやエイザンといったエージェントの部下達といる時より遥かに自分の心が安らいでいるという自覚はある。
(ただ単に、あいつらが事ある毎に俺で遊んでいたからかもしれないが)
 何かにつけて難癖を付けられ、弄られ、どっちの上の立場なのか分からなくなることも度々あった。彼らといる時は片時も落ち着ける時間が存在せず、胃痛が絶えなかった。気づいたら、胃薬が毎日の友になっていた。
(……まあ、そんな時間も嫌いではなかったか。あいつらと離れているからそう思えるだけかもしれないが)
 そう思い、クスリと笑う。
「レンさーん、お茶が入りましたよー」
 とそこへ、マルチョが戻ってきた。紅茶のポットとソーサーに乗ったカップ、何種類かのクッキーが盛られた皿を載せたワゴンを押している。
「カトーさんが焼いたクッキーもあるので、お茶請けにどうぞ」
「ありがとう。いただくよ」
 マルチョが上手に淹れた紅茶を飲みながら、レンは思う。
(マルチョはお茶を淹れるのが本当に上手いな……)
 自分はといえば、お茶を淹れる度に(主にシドから)不味い不味い言われ続けていたというのに。今度秘訣を教えてもらおう、と密かに決意する。
「で、レンさん」
「なんだい?」
「レンさんのお友達は、どんな方だったのですか?」
「そうだな……」
 レンはシド達のことを何となく思い出し、嘘に信憑性を持たせるため、少しだけ実体験をまじえる。
「何かにつけては、僕で遊んでいるような奴らだったよ」
「そ、そうなのですか……」
「メンバーで一番年下だから、とか淹れる茶が不味い、とか。一緒にいるのにやたらと体力を使ったよ」
「大変だったのでございますね……でもレンさん、きっとその方達と一緒にいるの、嫌ではなかったのでしょう?」
「え?」
「だって今お話していた時のレンさん、なんだか楽しそうでしたから」
 レンは驚きでしばしポカンとした後、
「……そう、かな?」
 と、首を傾げた。
 とりあえずシド達のことを「友人」と仮託して話しているが、まさか「楽しそう」と言われるとは思わなかった。
(いや、だって……今、俺はシド達のことを話しているんだぞ?)
「嫌いではない」と「楽しい」は決してイコールではない。マルチョには、自分がそんなに楽しそうに見えたのだろうか。
「そうでございますよ。ほら、『好きな子ほどいじめたい』と言うではありませんか」
「ごめん。その例えは若干気持ち悪い」
「すみません」
 マルチョは悪びれずに笑って、クッキーを一つつまんだ。
「……いつか会ってみたいでございます。レンさんのお友達」
「会えるよ。爆丸インタースペースが開設したら、ね」
「楽しみでございます」
 ほらレンさんも、と薦められて、レンは小さなクッキーを一つつまむ。
(……ん、美味しい)
「休憩が終わったら、残ったアクセスポイントとの回線の接続をやってしまいましょう。あと四時間ほど頑張れば終わります」
「そうだな」
「それも終わったら、レンさんのお友達の話、もっと聞かせてください!」
「……まあ、気が向いたらね」

 マルチョを騙している、ということに対する罪悪感が、なかったわけではない。
 彼と一緒にいた全ての時間が楽しかったのも、彼を友人だと思っていたことも、全て本当の気持ちなのだから。
 ……それでも、俺は。

「おいリーダー、次の作戦どうする気だよ」
「本当に嫌味ったらしいなお前の『リーダー』は……」
「嫌ならさっさと何とかしやがれ。バトルブローラーズに正体がバレたんだ、それが筋ってもんだろ」
「……分かっている」
 薄暗い部屋の中、シドの言葉を適当に受け流しながら、レンはテーブルに向かって次の計画の草案をまとめていた。
(この計画が成功すれば、戦況は大きく変わる……)
 そんなレンの様子に、シドは舌打ちしてから、
「ま、せいぜい頑張ることだ。あんま根つめすぎんなよ」
 ポンと、レンの頭を叩いて部屋を出て行った。
(……ん?)
 その感触に、レンは首を傾げた。
(今のはひょっとして慰められた……のか?)
 叩き方がいつもより少し優しかったからだろうか。何故だか、そんな気がした。
(……まあ、きっと気のせいだな)

 何気ない時間も、優しい時間も、長く続くことはない。
 その全てを、戦火が包み込む。
 後悔はしない。振り向かない。ただ自分の為に、全てを利用してやる。
「いつか日の当たる場所へ」――それが俺と、そしてラインハルトの、ただ一つの道しるべ。その為には、友を裏切ることすら厭わない。何を斬り捨てても構わない。

 それなのに……どうして、こんなにも胸が痛むのだろう?

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三期放送時にリクエストをいただいて書いたもの。
リクエストいただいた時に、好き、わかる、その取り合わせめっちゃ好き……となりながら書いた記憶があります。