虎石の片思い系和愁。
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海行きてえ、土曜の夜に部屋まで押し掛けてきた虎石は急にそう言い始めた。
「は?」
「海だよ海。明日晴れるみたいだしちょうどよくね?」
「はあ」
ちょっと愁借りるぜ、そう月皇に言い残して寮の外まで連れ出されるのはいつものこと。そして、急に遊びに行きたいと言い始めるのもよくあることだったりする。
「で、愁は明日空いてる?」
「……空いてる」
だが、その虎石の急な思い付きに俺が付き合えることはなかなかない。
それを思うと、良い予感に心がざわめいた。虎石はそんな俺の内心を知ってか知らずかニヤリと笑った。
「っしゃ! んじゃ明日行こうぜ、電車使って」
「バイクじゃなくてか」
「いーじゃんたまには。あんま遠くないとこにすっから」
「ったく……」
バイクの方が楽だろうが。
そう言いたい俺の内心を理解しながらウインクしてくるこの幼なじみにつくづく弱い自分を自覚しながら、俺は一つ溜め息を吐き出した。
***
「うわーっすげえ、意外と綺麗な海じゃん」
虎石に連れて来られたのは、海に面した大型のショッピングモールだった。
海と言うからてっきりどこかの海岸かと思えば。
海に面した広場は公園のようになっており、芝生が植わった斜面には海に向かって白い石のベンチがいくつも並んでいる。今日のように晴れた日には日向ぼっこに丁度いいのかもしれない。
「ほら愁、ここここ」
二つ並んだ一人一つ分の大きさのベンチが空いているのを上手く見つけ、虎石は俺をベンチに座らせた。ベンチはベッドのように寝転がることも出来るよう作られている。ベンチに横になると、雲一つない空の蒼が目に刺さるようだった。
「愁、そこで待ってろよ。なんか買ってくるわ」
「おう」
虎石が行ってしまったので、俺はぼんやりと海を眺めた。海と広場の境界に立つ白い柵越しの海は、虎石が言ったように確かに思ったよりも綺麗な青をしていた。時々白いカモメが視界を横切り、柵に止まってはすぐに飛んでいく。風に乗った潮の香りが鼻をくすぐるので深呼吸してみると、ふわふわとした眠気が忍び寄ってくる。すると強い日差しと程よい気温の高さが急に心地よく感じられて、俺はそのまま眠気に逆らわずに目を閉じた。
「お待たせ~……って」
オレが両手にプラスチックのカップに入ったアイスコーヒーを持って戻って来ると、愁はベンチで横になって目を閉じ、すやすやと夢の中だった。
「不用心だぞ……ったく」
愁の隣のベンチに座り、ドリンクはベンチの肘置きに置く。自分の分のアイスコーヒーを飲みながら愁の寝顔を見ると、あまりに気持ち良さそうな寝顔に起こす気も起きなくなる。
せっかくの二人きりで出掛けられるチャンスなんだけどなあ。愁は一人で夢の中。んなこと愁は気にしてないんだろーけど。気にしてんのオレだけかよ。
「……ま、バイトで疲れてるだろーしな」
バイトが休みの日はなるべく自主練か寝るかしていたい愁がこうやってオレの思い付きに付き合ってくれるだけラッキーだ。
起きたらたっぷり振り回してやるから、それまでゆっくり寝てろよお姫様。
なんて気取ったことを内心で呟いてから、こいつ別にお姫様なんてガラじゃねーよなあ……と思い直しながら、顔にかかっていた愁の前髪をどかしてやる。
ほんと、姫なんてガラではないけどきれーな顔してやがる。
髪を指でくしけずると、愁の寝顔が気持ちよさそうに少しだけ緩んだような気がした。
それを見て僅かに指先の温度が上がったような気がした。でもオレはそれに気付かないフリをしていたくて、黙って愁の顔から手を離したのだった。
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ヒント:豊洲駅すぐ側