──ここなら誰にも見付からないよ!
通学路から少し外れた、住宅地の片隅にひっそりとあった公園。道路との境界に放置された植木が生い茂っていたそこは、あの時のオレ達にとっての秘密基地だった。
背の低い小学生2人がしゃがめば、植木に邪魔されてその姿が全く見えなくなる。そんな死角をオレ達は見つけて、下校時度々2人きりのお喋りや秘密の遊びに興じた。学校への持ち込みが禁止されている駄菓子や漫画を家からこっそり持ってきて、放課後そこに持ち寄ったり。夏休みや冬休みになっても、時々2人で集まって。
他の友達にも内緒で、たった2人きりで。その秘密の共有自体が、多分あの頃のオレ達にとって1番の遊びだった。
「……工事中、ね」
ふと、そんな昔のことを思い出したものだから。近くに来たので何とはなしに寄ってみれば、全身に纒わり付くうだるような夏の暑さの中で工事用の重機が公園の地面を掘り返して植木はすっかり片付けられていた。今日は日曜日だからか現場に人はおらず、ただセミの合唱だけが辺りに響いていた。
長いこと放置され続けていた公園がとうとう整備される事になったらしい。流石に一縷の寂しさを覚えながら、あいつに教えとくか、とバッグの中のスマホに手を伸ばす。
──内緒、だからね。
容赦なく日差し照り付ける暑さ。セミの大合唱。頬を伝う汗。ふと、あいつの声が聞こえた気がした。
──うん、誰にも内緒。
セミの声にかき消されそうな程に小さな声で言葉を交わすと、普段は白いその頬を真っ赤に染めたあいつの顔が近付いてきて。
ふわり、と柔らかなそれが唇に触れた。時間にして一瞬だったと思う、それでも体が重力を忘れて天に昇るような心地は、永遠に続くかに思えた。
オレから顔を離した時のあいつは今にも泣き出すんじゃないかと言うくらい目を潤ませ、さっきより顔を真っ赤にしていて。オレが思わず吹き出すと、なんで笑うんだよ!とぽかぽかオレの肩を叩きながらあいつもいつの間にか笑い出していた。何故だか無性に幸せで、暑さもいつの間にか忘れていた。
たったそれだけの事を、思い出し。
「ああ、くそ」
小さく毒づいて、カバンの中に伸ばしかけていた手でぐしゃぐしゃと髪を掻き回す。急に激しい喉の渇きを覚え、全身から滝のような汗が吹き出してきた。鳩尾の辺りがきつく締め付けられるような心地がして、オレは公園から背を向けた。早足で、元の道に戻る。
もう一度カバンの中に手を伸ばし、ペットボトルの水を引っ張り出す。500mlボトルの半分ほど残っていた中身を全て飲み干してもなお、心臓が激しく鳴っている。
思い出すくらいなら寄らなきゃ良かった。
そう思いながらも、唇が重なった一瞬の感覚が何度もフラッシュバックして視界の隅が明滅する。
道路脇のコンビニに駆け込むと、電子音の入店メロディーと共に無機質な冷たい空気が全身に覆い被さった。
呼吸器の奥から引き攣るような痛みと共に、うっすら鉄の味がする息が何度も何度もせり上がってくる。覚束無い足取りで向かったドリンクコーナーでスポーツドリンクを手に取ると、手のひらに当たるひどく冷えたボトルの感触で、ようやく体が落ち着きを取り戻そうとし始める。
早々に会計を済ませ、店内のイートインスペース で腰を下ろしてスポーツドリンクを数口飲んだ所でなんとか呼吸が整い始めた。体の熱が引いていくと共に汗で肌着が服に張り付く感触ばかりが残って気持ち悪い。
落ち着いた所で今度は今のあいつの冷たい目ばかりを思い出す。
なんであいつの事ばかり、と思えどそうなる理由など自分でもとうの昔に分かり切っている。胸の奥底にへばりついた血の味に似たそれを見て見ぬふりしてやり過ごしているのは自分なのだから。
だから苦しくともいつものように、今日込み上げてきた物にも蓋をする。
何度か深呼吸をした後、スポーツドリンクと共に胸の奥底にそれを飲み下して流し込む。いつものように。
いつの間にか、買ったばかりの筈のペットボトルは全て空になっていた。
立ち上がって店を出ると、またむわっとした熱気が体を覆う。
店の外に置いてあるゴミ箱にペットボトルを放り込んで、歩き出す。ボトル同士がぶつかる軽い乾いた音が、やけに頭の中で響いた。
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作業中BGM:Kalafina『夏の林檎』
3期8幕以降ちあふゆについて考えるとSAN値が減る一方だったんですが、10幕のたかふみでSAN値がゴリゴリに減ったのでちあふゆを書きました。幼少期捏造すれば少しSAN値取り戻せるかなと思ったんですけどもっと減っただけでした。
推しカプでSAN値が減る生活楽しいです。
(2019/10/05追記)
続き書きました