表層と深層(ちあふゆ)

 俺はいつか怪物になるのかもなあ、なんて漠然と思いながら今日も妹弟達の分の朝食を作るためにフライパンを振るう。
「お兄ちゃん、今日はぴこにゃんのお弁当にしてみるね」
「おうありがとな、ただそろそろキャラ弁は勘弁してくれ」
「ええー、可愛いからいいでしょ」
 軽く火を通したアスパラガスとベーコンの上から人数分の卵を割り落とす。じゅうじゅうと油のはねる音を聞きながら夕べのうちに切っておいた林檎や柿を大皿に並べ、食卓へ持って行く。
 四季の首を切り落とす真似を亮の目の前でやってもなお、それとは一切関係なく長男としての俺の日常は回る。
 俺は家族全員分の朝食を作らねばならないし、妹が作る弁当は昨日も今日も可愛いらしいキャラ弁だ。
 俺は亮がどれほど四季からの視線を望んでいるのか知っている。それをずっと間近で見ていた。亮が四季から一人のライバルとして見て欲しい事を熱望してもそれが叶わず人知れず苦しみ、それが華桜会として選ばれた事で表に出たから今回の事態に発展したという事も。それを知っているからギロチンの刃を落とした。明らかに暴走している亮ではなく、四季に向けて。
 それであいつの何かが変わると、変わるきっかけになればいいと、亮の意思すら無視した曖昧な理由で。そして、亮の中に俺を刻み込んでしまえればいいと、極めて利己的な理由で。例えそのギロチンの刃が亮に刺さっていたとしても、その傷が俺が亮を見ていた証明になるのならばと。
「お兄ちゃん、卵焦げてるよ」
「おっと」
 コンロの火を止め、ベーコンエッグとアスパラガスを皿によそったら茶碗にご飯をついでいく。
 自分の事は自分が一番理解している。遅かれ早かれ俺はいずれ爆発していた。俺を見ろといくら声無き声で叫んでも届かなかった声を押し殺し続けて心の奥底で膿んで蓄積し続けたそれが、今回の件できっかけを与えられて爆発したのだ。
 だがそれは不思議なほど清々しくて、その清々しさを自覚した時、俺はもう駄目かもな、とも思った。
 自分にまともに見ようとしない幼馴染の視線を自分に向けさせる為に四季を人身御供にした事に清々しさを感じてしまう人間の何が真っ当なのか。亮なんかより俺の方が余程修正不可能だ。
 ああ、だがそれがなんだって言うんだ。
 俺はとっくに自分がいるべき場所を決めてしまった後なのだから。それを邪魔するのであれば俺は恐らく誰であろうと手に掛けてしまえる。
 後ろめたさなど、己がこれから見ようとしている物と比べれば些細な物に過ぎなかった。
 今の俺が見たいのは、見るべきなのは、あいつの行く先であって、それは今でなければ見られない物なのだから。
「お兄ちゃん、お弁当出来たよー」
「おう。こっちも朝メシ出来たからあいつら起こしてくるわ」
「うん」
 まだ寝ているであろう弟達を起こしに、台所を出て階段を上がり、ミュージカルで鍛えた声を張り上げる。
「お前ら起きろー!遅刻しても知らねえからな!」
 長男としての日常を生きていてもなお、思考の内は苦しいほどに亮の事で満たされている。温かな筈の日常と、酷く冷たく暗い心の内の温度差に度々気が狂いそうになる。
 だがそれでも、そのせいで俺が怪物に変わるのであればそれでもいいじゃないか。俺は俺の選択をもう後悔出来ない所まで来ているのだから。後悔などする資格もない。であれば後悔する意味も理由もない。亮のためを騙って己の為に他を蹂躙してやろう。それであいつが少しでも変われるのであれば。またあの頃のように踊れるようになるのなら。それは充分、安い買い物だ。

 ……それでもお前が止まれないのなら。
 俺は今度こそ、お前と一緒に死んでやる。

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『signal』Kalafina
『red moon』Kalafina
『ジョバイロ』ポルノグラフィティ

この幻覚を十二幕放送までに書かなかったら永遠に書けなくなる恐れがある事に気付いたので書きました(十一幕放送翌日)