あの日の続きを(ちあふゆ/幼少期捏造)

『秘め事』(リンク)の続きとなりますが、こちらも単独で読めるようにしています。

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 ──どうやって見つけたの、ここ!
 その公園は、通学路から少し外れた、住宅地の片隅にひっそりと佇んでいた。そこには道路との境界に放置された植木が生い茂っていて、いつも一緒にいながらなかなか2人きりになることは無かった俺達にとって格好の秘密基地となった。
 背の低い小学生2人がしゃがめば、植木に邪魔されて外からその姿は見えなくなる。そんな死角を見つけて、下校時度々2人きりのお喋りや秘密の遊びに興じた。他の誰にも邪魔される事無く、小さな世界の中で俺達だけが知っている秘密は数知れない。生まれて初めて学校にこっそりお菓子を持ち込んだり、生まれて初めてくだらない漫画を読んで笑ったり。あいつが提案した秘密の遊びを、やれるだけやった。
 俺を見ては目を輝かせて凄い凄いと言いながら、俺の見つけた場所へ必ずついて来ながら、それでも必ず俺の知らない事を、見えない物を教えてくれるあいつが、多分あの頃の俺は誰よりも好きだった。痛みも苦さもない、ただときめきと甘さと優しさだけがある、そんな……初恋だった。恋だと、あの時は思っていた。
 だから、初めてのキスをあいつとあの小さな世界の中でした。
 セミの鳴き声にかき消される程小さな声で交わした言葉も、触れた唇の柔らかい感触も、夏の日のうだるような暑気も、それに負けぬ程熱くなってしまった頬も、それを見て笑い出したあいつの笑顔も、釣られて笑いだしたことも、触れ合っていた瞬間のこの世の物と思えぬ程の多幸感も……何もかも、覚えている。
 幼い子供の稚拙な衝動と言ってしまえばそれまでなのに、それを何時までも忘れられなくて、無理矢理蓋をして閉じ込めねばならない程に。その記憶は今でも鮮明な色を持っていた。

 もうすぐ師走を迎えようかという頃の夕暮れ近い頃、久し振りに訪れたその公園は、今ではすっかり様変わりしていた。
 伸び放題だった植木はすっかり背の低いツツジに植え変えられ、古い遊具も新しい物に入れ替わっている。どことなく寒々しく見えてしまうのは、冬の気配を帯びた空気のせいか。
 子供の頃好きだった場所が無くなっているというのは流石に一抹の寂しさを覚える物で、俺は一つ白い息を吐き出した。
 あいつに教えるべきか、と思うがすぐに首を振ってその考えを打ち消す。あいつはきっとこんな場所の事覚えていない、覚えていて欲しいと思ってもそれはただの俺の願望でしかない。綾薙の中等部に進学してから全く通らなくなった小学校の通学路から更に少し外れた所にある公園の場所なんて、そうそう覚えているわけがない。
 ……それでも、少しは覚えていて欲しいと、場所は覚えていなくてもいいから、あの頃の思い出は僅かでもあいつの中に残っていて欲しいと願うのは。それも身勝手な我儘だろうか。
 腕時計を見ると、盤面は16時を少し過ぎた頃を示していた。空は茜色に染まり始め、そろそろ日が沈む頃合だ。
 呼べば来るだろうか。そう思っただけで、心臓がどくんと鳴った。
 無性に会って確認したかった。ここを覚えているかと、ここでの時間を覚えていているかと、……一度だけしたキスの事を、覚えていているかと。
 いいや、確認した所でどうする気だというんだ。まさかあの時の恋と言えるかどうかも怪しい幼い衝動はまだ残っているかとでも聞くつもりか?そんな話どんな顔をしてあいつに聞けと。
 ……そう理性では思っていても、あの幼い衝動によく似た物は自分の底から溢れ出てくる。心臓の鼓動は早まり、体中を熱を帯びた血が巡る。熱はやがて脳も体の芯も冒して思考が上手く回らなくなっていく。それはまるで、蓋をして閉じ込めた筈の記憶と衝動が、蓋も理性も丸ごと呑み込んで押し流そうとしているかのようで。
 やがて衝動に手を引かれるかのように、コートの中のスマートフォンに手が伸びていた。

「いきなりどうしたんだよ」
 呼び出した駅の改札口に現れた貴史は、俺の姿を認めるなり改札を抜けて真っ直ぐこちらへ歩いてきた。
 通っていた小学校の最寄り駅にいきなり呼び出されて疑問に思うのも当然だろう。会おうと思えばもっと他に場所はあるのだから。駅前の時計はすでに6時を指していた。
「すまない。……家の方は良いのか」
「呼び出しといてなんで謝るんだよ……まあ、今日はお袋いるしな。で、何の用だ?」
「……一緒に来てくれ」
 踵を返すと、貴史は付いてきた。
「小学校に用でもあんのかよ」
「そういう訳じゃない」
 それきり貴史は何も言わなかった。しばし無言で並んで歩く。最寄り駅から通っていた小学校までは子供の足なら徒歩で10分ほど。今の歩く速度なら5分あれば着く。だが目的地はそこじゃない。
 駅から2つ目の交差点で、通学路を反れる。貴史を横目で見ると、街灯の明かりの下で少し目を細めていた。
 通学路から離れれば離れるほど街灯は少なくなっていき、やがてあの公園に着く頃には1本の街灯だけが辺りを照らしていた。街灯の光も届かないような死角くらいありそうだ。
「なあ、亮」
 公園の中へ一歩足を踏み入れた所で、貴史が俺の手首を掴んだ。振り返ると、暗さに慣れてきた目はその少し気まずそうな顔を捉えてくれる。
 ああ、やっぱり覚えているんだな。
「覚えているだろ、ここがどこか」
「……まあな」
「今日、偶然近くに来たものだから寄ってみたら。すっかり綺麗になっていたよ」
「……悪い、知ってた。言えなかった」
「そう」
 あの気まずそうな顔は、言い出せなかった事を思い出したからなのか。公園跡地がマンションになったとかではないのだし、俺は別に気にしないのだが。
 そうか、ここの事はちゃんと覚えているのか。
 それなら。
 貴史に掴まれた手首を回して貴史の手首を掴み返すと、ぐいと公園の中へ引っ張り込む。
「おい……!」
 焦ったような貴史の声に、思わず唇の端を歪めてしまう。一際暗い所を見つけ、そこまで貴史を引き摺り込んでから貴史に向き直る。
「この場所を覚えているなら」
 貴史の手を振りほどいて、1歩距離を詰める。
「覚えているか。夏の日に、誰にも内緒で、2人で何をしたか」
 息を呑む音が聞こえた。貴史は俺から目を逸らすように地面を見る。
「……ああ」
 呻くようなその返答に、かちりと頭の中でスイッチが切り替わるような音がした。途端に、まだその時ではないと抑えていた筈の衝動が止まらなくなる。
 聞きたい。まだあの時の気持ちを覚えているのかと。ずっと俺の事を見ていると、そう確かに示してくれた筈のお前のその気持ちの中に、俺の幼い衝動に応えてくれた時のお前は残っているのか。
 だが、それはなかなか言葉にならない。言葉が胸につかえて、吐き出せば楽になれる筈なのにそれが出来ない。
 舞台の上であればいくらでも饒舌に、役者として役として語る事が出来る。指導者としてであれば、語るべき言葉を教え子たちにいくらでも伝える事が出来る。それなのに、ただの1人の人間としては、いつも肝心な時に言うべき言葉を見付けられない自分がひどく恨めしかった。衝動だけが体の内で渦巻いて、息をするのも苦しい。
「亮」
 ずっと黙り込んでいる俺を不審に思ったのか、貴史が俺の名前を呼んだ。だがそれは気遣うような優しい声音。たったそれだけで、ふっと思考の靄が晴れたような心地がして胸の痛みがほどけていく。
 いつの間にか俯いていた視線を上げると、ひどく真剣な顔をした貴史と視線が交差した。貴史が口を開く。
「覚えてるよ、思い出すだけで苦しくなってここから逃げ出したくらいには、しっかりな」
「……」
「だからお前にも、ここの事知ってても言えなかった」
 貴史は1つ溜息を吐き出してから急に相好を崩したかと思うと、公園を見回した。
「様変わりしてたら寂しいもんだよな、やっぱさ。ファーストキスの場所だぞ」
 その言い方がなんだかおかしくて、俺も釣られて笑みがこぼれる。貴史の言葉はどこか清々しく、かつてを懐かしむように聞こえた。
「今は、苦しくないのか」
 気まずそうな顔をしていたとは言え、今目の前にいる貴史は何ともなさそうな顔をしている。
 思い出すだけで苦しくなったのは何故なのだろう。……俺と同じような理由であればいい、と思ってしまうのは俺の勝手なエゴだ。
「ん……まあな。割と平気だ。お前に先にそんなにきつそうな顔されちゃあな」
「む……」
 そんなに苦しそうな顔をしていたか、俺は。
 思わず自分の顔に触れると、それを見た貴史はくつくつと笑った。
「……なあ、亮。オレからも聞かせてくれ。お互いガキだったとは言え……あの時のお前は、好きだったのか。オレの事が」
「……生憎、どうでもいい奴にキスをしたがるような人間ではないよ、今も昔もね」
 いつの間にやら普段の余裕を取り戻し始めている貴史の表情がなんだか気に食わなくて、思わずつっけんどんに返してしまう。だが、紛うことなき本音であった。
 何故キスという手段に出る事にしたのか今となっては思い出せないが、それでも貴史の事が好きなのだという気持ちは間違いなく本物だったのだ。
 その「好き」がどういう「好き」で、あれは本当に恋だったのか。成長するにつれだんだん自信が無くなってきてしまったが。
「……そう、か」
 つっけんどんな言葉を投げられた割に、貴史の声は嬉しそうな震えを帯びていて。
 気が付いたら肩を引き寄せられて、鼻先が触れる程近くに貴史の顔があった。互いの呼吸が掛かる程の距離に、思わず息を詰める。
「……嫌なら殴れよ」
 手に篭もる力で、その目で、その言葉で。何をするつもりか分かってしまったから。
「……ん」
「っ……?!」
 俺の方から、その唇を塞いでやった。寒空の下にいたせいか、互いの唇は冷たい。だが触れた所から互いの体温でじんわりと熱が生まれていく。
 目を見開いて固まるその顔を一頻り堪能してから、唇を離す。僅かな光しか届かない場所でも分かるくらいにその顔を赤くしているものだから、つい胸がスっとする。
 ほら、悔しかったらやり返してみろ。いつもみたいに、俺の行い全てに明確な意思と熱を返して来い。
 ぐいと肩を引き寄せられる。唇にまた熱が触れた。貴史の手は肩から背中、腰へと回されて俺に巻きついて逃げ場を奪う。強引な筈のその手つきはあまりにも優しく、触れている部分から優しい熱が全身に伝わっていく。
 今度は目を閉じて、その熱に体を委ねることにした。

 公園の片隅、街灯の光もほとんど届かないような小さな暗がりで交わしたキスは、あの日のキスより少しだけ苦くて、呼吸もままならない程苦しかったけれど。
 あの衝動は今は確かに恋なのだと思い知らせるには充分で、全身を包む多幸感はあの日とよく似ていて……けれど確かに、あの日と違う新しい何かが、俺達の間にはあった。

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亮視点でなんとか「秘め事」の続きを書けないかと思ったので書きました。

ちなみにこの話と「秘め事」の元ネタのKalafinaの夏の林檎は全幼馴染CP推しに聞いて欲しいです