【ちあふゆ】engage

 久し振りに、服をほとんど着ないままでパートナーを抱きしめながら眠った。
 行為自体はそう久し振りというわけでもないのだが、お互い少し疲れていたのか、それでも互いに触れ合いたいという思いが強かったから肌を重ねたものの、当然行為には体力が要るもので、事を終えて後処理も必要最低限だけ済ませた後、どちらからともなく事切れるように眠りに落ちた。
 腕の中にいるパートナーより少し早く目を覚ました千秋は、眠気でまだ僅かに靄のかかっている意識の中で直に触れる温もりに思わず頬を緩めた。
「……ん」
 もぞ、と腕の中の温もりが動く。
「たかふみ……?」
「おう。おはよ、亮」
「……おはよう……」
 普段は余裕に満ち溢れて舌鋒鋭く冷淡な印象すらあり、千秋の前ですらそれをなかなか崩さない冬沢が気の抜け切った顔をする瞬間は決して多くない。そして、そのうちの一つが、寝起きの瞬間だ。
 そしてそんな時の無防備で幼い冬沢の顔が、千秋は堪らなく好きだ。どこか昔を思い出させると同時に、今の冬沢のそんな顔を見る事が出来るのは自分だけだと言う事実に独占欲が満たされてしまう。
 冬沢がぱちぱちと瞬きする度に長い睫毛が震え、深い翠を宿した瞳が少しづつ焦点を結ぶ。やがて、千秋の肩に頭を押し付けながら呟いた。
「……服着てない……」
「ん?あー……まあ、着る前に寝ちまったしな……パンツ穿いてるだけマシだろ」
「失態だ……」
「オレらしかいないんだし気にすんなって」
 そう言いながら頭を撫でてやると満更でもなさそうに強く抱きついて来るものだから、可愛くて堪らない。
 行為の最中であっても痕を付けないよう互いに心掛けているため、掛け布団から除く白いうなじと滑らかな首筋、そして肩には疵一つなく、情事の気配は何処にもない。この無垢で清廉に見える体が淫らに開かれ暴かれて色付いていく瞬間を思い出すと兆してしまいそうになるが、今はそんな場面ではない。長い深呼吸をしてどうにかやり過ごす。
「……今何時だ」
 冬沢が目を擦りながらぼんやりと呟く。千秋は冬沢を腕の中に収めたまま声を張り上げた。
「OK Google、今何時だ」
 ぽぽ、とサイドテーブルに置いた千秋のスマートフォンから音がした後、無機質で平坦な声が二人きりの部屋に響く。
『東京都■■区、午前六時、三十七分、です』
「だとよ。あと十分くらいしたら、起きて朝飯作るか」
「……それ、俺の前で使うのはやめてくれと言っただろう……」
 冬沢はスマートスピーカーが苦手だった。なんでも、返答の無機質な声に本能的に嫌悪感を抱いてしまうのだという。
 千秋も冬沢を慮ってなるべく冬沢の前で起動しないよう心掛けていたが、今ばかりは事情が違ったので主張させてもらう。
「仕方ねーだろ、まだお前離したくないし」
「……俺は抱き枕ではないんだけどね」
 冬沢の声は小春日和の日差しのように穏やかで柔らかい。千秋はほっとしながら、冬沢の頭を撫でていた手を頬に伸ばす。
「朝飯、何がいい?」
「……スムージーは、苺とバナナで頼む」
「それだけか?」
 すると冬沢は千秋の胸から頭を離し、上目遣いに千秋を見た。そしてどこぞの女王様のような笑顔を浮かべる。
「お前なら何を作っても俺を満足させられるだろう?」
「はいはい……」
 居丈高な口調でそんな事を言われてしまうものだから、呆れるポーズをしつつどうしても照れてしまう。
 冬沢は基本的に目線は上からで偉そうだが、気が抜けている時は存外素直で可愛らしい。そして千秋は昔から冬沢のそんなところに弱い。
 今となっては惚れた弱みと、すっかり開き直ってしまっているが。
 さてリクエストのスムージー以外に今日は何を作るか、と千秋は考える。今日の朝は時間に余裕がある、少しだけ豪華な朝食にしてもいいかもしれない。
 考えながら、冬沢の額に一つ唇を落とす。すると冬沢はくすくす笑って、手を伸ばして千秋の髪に触れた。そうして場所を変えながら、指先で、唇で、労わるように慈しむように互いの体に触れていく。
 優しく触れ合う度に指先から伝わる温もりは体温に溶け合って、互いの胸を満たしていく。
 きっとこれが幸福という物の形なのだろう、と千秋は思いながらも、やがて頃合を見て、自分の頬が緩むのも気にせずにそっと冬沢の頬に手を添えて上向かせると、唇に唇を重ねた。
「……そろそろお目覚めの時間だぜ」
「起こしてくれて感謝するよ、王子様」
「お前は姫なんて柄でもねーだろ」
 目覚めはいつもおはようのキスで、なんて事は勿論無いけれど。唇を重ねる度に、愛を確かめ合う度に、二人で同じ幸福の中にいる度に。互いへの想いだけは、永遠を誓い合ったあの日から変わる事は無いのだと、心の底から信じる事が出来た。
 一頻り戯れ合って、笑って、千秋から先に体を起こしてベッドから抜け出す。冬沢も渋々ベッドから出ると、服を着るためにクローセット部屋へと向かうのだった。

 ベッド脇のサイドテーブルには、千秋のスマートフォンが放り出されたままだった。
 その隣には、リングスタンドが一つ。
 そしてそこには、決して外へ持ち出されることの無い同じデザインの指輪が二つ、重ねられていた。

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某盾のゲームを始めてしまったので向こう1ヶ月ほど更新頻度ガタ落ちすると思います……(小声)