【元生徒会組】俺の先輩達はめんどくさい。(ちあふゆ+聖)

聖と亮の関係性中心の話ですが亮はほとんど出てきません。
聖の高等部進学のきっかけについて公式で若干言及があった所に捏造に捏造を重ねています。
ちあふゆ要素は数行程度あります。

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 次期華桜会に指名された時、感慨は特になく。むしろ驚きの方が先に立った。
 あの人達は──いや訂正、千秋さんならともかく冬沢さんは、俺を次期華桜会に指名なんて絶対しないだろうと思っていたから。
 実際俺は割ととんでもない事したし、冬沢さんに菓子折り持って謝りに行った時も冬沢さんは表向き涼しい顔してたけど、内心腸煮えくり返っててもおかしくないくらいの温度感だったし。
 俺に心を許してないって面と向かって明言する割に離席する時パソコンにロック掛け忘れるのはどうかと思いますよ……なんて言ったら冷気で殺されそうだなあと思ったし、これ以上の波風は立てたくなかったので余計な事は言わずにおくことにした。お咎め無しで済んだのは何かの奇跡だったんじゃないかと思う。
 でもどことなく、綾薙祭が終わって、生徒達の前に出る時のあの人の顔つきが少し穏やかになってきたのは感じるようになった。伊達に中二の貴重な時間をあの人の右腕としてのポジションに費やしたわけじゃないし、それくらいは顔見れば何となく分かる。
 何かいい事でもあったんだろうなあとは思ったけど、今の俺には関係の無い事。あのめんどくさい先輩に費やせる時間は特にないし、気にする義理も特に無い。
 そして、冬沢さんがどんなに穏やかになっても、それと俺に対する評価は別の話。俺の素行に対する評価はあの事件でマイナスまで落ちててもおかしくはないし、そもそもあの人は俺の事可愛いからと華桜会選考で俺を贔屓するような事は無い。あの人はその辺しっかりしている。千秋さんならともかく。
 だから、まあ、ちょっと固まっちゃうくらいには一頻り驚いて。その後にようやく、まあほどほどしっかり頑張りますか、なんて思った。
 そしたらその日の昼頃に千秋さんから、奢るから一緒に飯食わねえか、なんて連絡。まあ夜ならいいですけど、と適当に返信したら綾薙の近くのアジア系料理の店でご飯を食べることになって。
 店に入って、まあタイミング的にそういう話なんだろうな、と思いながらグァバジュースを飲んで千秋さんが本題に入るのを待っていると。
 千秋さんは、こう言ったのだった。

「オレ今亮と付き合ってんだけどさ、」
「……はい?」

 ジュースを噴き出さなかったのは、我ながらよく頑張ったものだと思う。
 どうしてこう、俺の周りにいる人は揃いも揃って予想の斜め上にぶっ飛んで行くのか。
「ええ、今する話ですかそれ。俺的にはてっきり華桜会選考の話かと思ったんですけど」
「え?ああ、そういや今日が掲示発表だったな。おめでとうコウちゃん」
 あ、頭から抜けてたやつだなこれ。
 千秋さんは馬鹿ではないし言われた仕事はしっかりやるけど、こういう重要な筈の事に妙に興味が薄い。会社の役員とか任せちゃいけないタイプだ。まあそれでも華桜会を一年やってたんだから何とかなってたんだろう。
「……おめでとうって、選んだの千秋さんでしょ」
「別にオレだけが選んだんじゃねえよ、新華桜会五人の決定は現華桜会五人全員の同意によるものだ。第一コウちゃんの事一番押してたの亮だぜ?」
「はあ?」
 思いがけずに大きな声が出た。こちらを振り向いた店員に謝るジェスチャーを返しながらも、困惑が頭の中に広がっていく。
 冬沢さんが。俺を。
「え……何でですか」
「何でって……まあ亮が言う分には、実技・座学共に常に上位、華桜会で必要になる事務仕事もそつ無くこなせる、物の考え方もシビア。一人くらいこういう人間が必要……って事だったな」
「俺あの人のパソコンから勝手にデータ抜きましたよ?」
「一応それはオレから確認したけどよ、その件はあいつもう気にしてねえよ?」
「本当ですかねえ……」
 それでも、千秋さんがそう言うからには本当にその通りなのかもしれないのが俺的には困った所だ。良くも悪くも、千秋さんは冬沢さんの事を、誇張抜きで恐らく世界で一番良く理解している。
 ……というか、何で俺は困ってるんだろう。それが自分でも不可解で。
「……コウちゃんもしかして気付いてねえの?亮の奴、コウちゃんの入科オーディションのステージも卒業セレモニーのステージも、全部見てるぜ」
「それは、まあ」
 気付いてなかったのかって。客席にいるのくらい、見えてましたけど。というか冬沢さんだけじゃなくて千秋さんもいたでしょうが。
「あいつずっと気にしてたぜ、コウちゃんのこと。入学してから一回も挨拶に来なかったのもな。嫌われたんじゃないかって思ってたんじゃねーの?それくらいあいつはコウちゃんの事可愛い後輩だと思ってるし、それは別に今でも変わってねーよ?」
「もう生徒会の上下関係もないのに挨拶する義理も無いじゃないですか」
「そういう所だぜコウちゃん……」
 千秋さんが深深と溜息をついたところで、料理がいくつか運ばれてきた。千秋さんは俺が何かする間もなく大皿から料理を取り分けていく。
「何かもうオレの話はいいわ、多分コウちゃんの話聞く方が大事な気がするし」
「ええー、俺的には詳しく聞きたいんですけど。千秋さんが何を思って後輩捕まえて犬猿の仲だった相手同士で付き合ってる宣言をして来たのか聞きたいんですけど」
 千秋さんが差し出してきた青パパイヤのサラダとパッタイの盛られた皿を受け取る。
「分かったよ後でしてやるから……。で、コウちゃんは亮が例の件怒ってない事そんなに不思議なわけ?」
「まあ、それは」
「つっても本当にもう怒ってねーってあいつ……。まあでも……」
「でも、なんです」
「あいつ、言ってたぜ。『南條に高等部進学を勧めて良かった』って」
「…………」
 パッタイを口に運ぶ。美味しいのに、その実感がやけに遠く思えた。
 確かに、高等部進学の意思がなかった俺に高等部進学を勧めてきたのはあの人だけど。
 綾薙の中等部は、普通科と音楽コースに大きく分かれる。俺は普通科出身で、冬沢さんと千秋さんは音楽コース。綾薙は普通科でも芸能活動をしている生徒──それこそ廉みたいな──は多く、その大部分は高等部に進学する。逆に芸能活動をしていない生徒や、将来芸能活動をするつもりのない生徒は、高等部には進まずに別の高校を受験する事が多い。俺も、二年に上がった時点でもうそのつもりだった。
 ところが、これがまた芸能系の学校にありがちな事で、綾薙は中等部普通科と言えど校内の合唱コンクールやら体育祭のダンスやら文化祭やらにとにかく力を入れているのだ。まあ俺みたいな生徒からすれば消化試合みたいなものだったから、成績に響かない程度にそこそこに取り組んでいた。
 で、二年の九月頃に開催された合唱コンクールで俺は独唱パートを任された。そういう事もあるだろうと思いつつ、まあ合唱コンクール自体は恙無く終わって──その日の事だった。俺が生徒会室に入るなり冬沢さんが、こう言ったのだった。
『南條。お前、高等部に進む気は無いか』
 突然の事に呆気に取られる俺に、冬沢さんはこう続けた。
『声楽学科でも、いや、ミュージカル学科でも……お前には間違いなく才能がある。大衆の中に埋もれていい人間じゃない』
 常に涼し気な冬沢さんの目が、その時はいつになく真剣で、瞳の奥に小さな火が灯っているような気がしたのだ。
「……まあ、確かに俺が高等部上がったきっかけは冬沢さんと言えば冬沢さんですけど」
「よく覚えてるぜ、お前の歌を初めて聞いた時の亮、雷に打たれたみたいな顔してた」
 そんな大袈裟な……とは言えなかった。あの日を境に、冬沢さんは随分と熱心に俺に高等部進学を勧めるようになった。
 初めは話半分で聞いていたけど二ヶ月もすれば、まあこの人が言うならそうなのかもしれないなあ、とか思っちゃって。
『俺、そんなに歌上手いですかねえ?』
 なんて軽い気持ちで聞いてみたら、食い付かれた。それはもう、凄い勢いで。あの人にしては、って意味だけど。五分くらい淡々と、立て板に水かってくらいすらすらと、俺のどこがどう才能があるのか役者に向いてるのか、根拠だてて説明されてしまった。その場にいた千秋さんすら、その勢いに唖然としていた。
 ……そこで、もしかしたら「いける」んじゃないか、なんて思ってしまったのが今にして思えば俺が役者になろうと思った一番最初のきっかけだったのだ。そんな曖昧な理由で、とは今でも時々思う。
 立ちたいステージがあるとか、絶対に役者になりたいとか、そんな熱い物を持ってた訳じゃない。なんなら廉以上に冷めていた。生まれ付き持っている物があるのなら、それを活かさない理由はない。だから、ちょっと冬沢さんの熱意に押されてみる事にしたのだ。
「あいつ、合唱コンの後ずっとコウちゃんに言ってたろ。高等部上がった方が良いって。俺の知る限りそんなのコウちゃんが初めてだったぜ。今でこそteam冬沢の指導者として教え子達を可愛がっちゃいるが……あの時の亮には後輩に目を掛けて個人的にレッスンするなんて発想まるで無かった、オレはそう思ってた。だから結構衝撃的だったな、あん時は」
「はあ……」
 十一月頃に俺が高等部進学に興味を見せたのをきっかけに、冬沢さんはまたそれまで以上にぐいぐい来るようになった。軽くだけど、演技やダンスの基礎も教えて貰った。
 何でこの人俺に対してここまでするんだ、とは思ったけど。やればやる程、この道が俺に向いているんじゃないかと感じるようになって。結局、乗せられちゃったわけだ。
「亮が自分の時間をコウちゃんに使ってたのにも驚いたが……まあ、あれだけ目え掛けりゃあの亮でもコウちゃん可愛いとはなるだろ。あいつにとってコウちゃんは最初の一番可愛い後輩ってわけだな」
「……それはまた……」
 軽い目眩がする。
 俺の人間性はまるで信用してなかった癖に、俺の才能に一番に気付いてほとんど勢い──と言っても冬沢さんは常にとんでもなく冷静だったんだけど──のごり押しだけで俺を高等部進学まで決意させたのが冬沢さんだったのだ。今更ながらこう思う。
 期待が、重い。
 そして同時に気付く。
「だから俺冬沢さんの事避けてるんですよねえ……」
「え」
「重いんですよ。期待されるのも応えるのも慣れてますけど。あの人のは、重さと純度が尋常じゃないです。普通の人間なら早々に潰れますよ?」
 それはきっと、冬沢さん自身の「見る目」に対する絶対的な自信に裏付けられている。
 自分が見出した人間なのだから自分の期待に応えられないわけが無い、という。
 そう考えるとあの人の指導に食らい付き続けているというteam冬沢の後輩達はとんだ傑物なのでは、という気がする。
「まあ俺も潰れない程度の強度はありますし、あの人の期待には応えられてましたけど。それでも息苦しさくらいは感じますよ。ちなみに俺的には、俺が冬沢さんの手元を離れて結構経つのに、冬沢さんからの期待が当時と変わらない重さで続いてたから流石に驚いたし引くし避けます」
「……そうか……重いか……」
 千秋さんは驚き半分、納得半分と言った感じの渋い顔になった。
 とは言っても俺だってその期待の重さに乗っかって利用させてもらったし、それはちょっとあの人にも悪い事したと思わなくもないけど。
「……確かに、きっかけは冬沢さんでしたけど。俺を本気にさせたのは、冬沢さんじゃないんで」
「そりゃそうだよなあ……」
 でもさ、と千秋さんは苦笑する。
「あいつは本当に喜んでるぜ。コウちゃんがあんなに楽しそうに踊るようになった事。音楽と一つになれる演者になった事。手段はどうあれ舞台に立つ事に対して貪欲になった事。……あとついでに、本気でコウちゃんと向き合うようなダチが出来た事も」
 そこまで褒められていたと知ってしまうと、まあ悪い気はしないのだが。最後のは聞き捨てならなかった。
「何でそこで廉の話になるんですか」
「それだけインパクトでかかったんだろ」
 そう言われては返す言葉がない。
「北原のガラの悪さには何か言いたそうだったけどな」
「ははは、それこそ余計なお世話です」
「ま、北原の事はともかくとしてだ。あいつにとってはさ、コウちゃんは初めて本気で目を掛けた後輩だ。だから、自分の手元を離れていつの間にか華桜会に相応しい人間に成長していて嬉しかったんだろうし、華桜会選考でも一番に推した。オレはそう思うぜ」
「……あの人のパソコンからデータ抜いたのに、ですか」
「だからその件はあいつもう気にしてねーって」 
「随分丸くなりましたねえ、あの人……。重いのは相変わらずですけど」
「あいつにとっての特別枠の一人だからな、コウちゃんは」
「それが重いって言ってるんですよ……」
 俺が役者としての道を歩き続ける限り、あの人はどこでもどこからでも俺を見ているのだろうと思うと肩がこりそうだ。
 ……というか、立場が逆になれば冬沢さんも絶対に俺と同じ反応するタイプなのに。自分では気付かない物なのかもしれない。自分が嫌がる事を人にしないほどあっちも性格良くないけど。
 難儀な人に目を付けられてしまった物だ、と思うけど、俺はその難儀な人にうっかり乗せられたせいで高等部に進んでしまったわけで。そのお陰で廉やteam漣の奴らや漣先輩に会えたので、感謝していないことも無い。
 重い物は重いけど。
「……まあでも、千秋さんに話したらなんか割とスッキリしました。先に千秋さんと話しといて良かったかもしれないです」
「だろ?どうせあいつコウちゃんからいきなり聞かれた所で本心なんて出しゃしねえし」
「わあ、説得力ありますねえ」
 冬沢さんの絶対零度オブラート爆弾を長い事食らい続けた千秋さんの言葉には流石の含蓄があった。
「とりあえず、ありがとうございました」
 軽く頭を下げると、千秋さんは手を振った。
「別にいーって。オレだってまだコウちゃんの先輩のつもりだし」
「ははは、それはどうも」
 この人もこの人でちょっと重い。いや、普通と言えば普通なのかもしれないけど。俺や冬沢さんみたいな必要最低限以外の人間関係をなるべくドライにしたい人間には、ちょっと重く感じる。
 ……まあでも、千秋さんは結局冬沢さんの一等の特別枠に見事収まったのか。重い人同士割といい感じなんじゃないだろうか。知らないけど。
「じゃあ俺が珍しく千秋さん相手に本心さらけ出した対価に、今日千秋さんが俺を呼び出した理由と千秋さんと冬沢さんがお付き合いに至った話をお願いします。俺的にはそれくらい聞かないとちょっと割に合わないって言うか」
「はいはい、分かったよ。今日コウちゃんに相談しようとしてた件な」
「はい」
「……コウちゃんと亮が人間としてかなり近いタイプだから聞きたいんだけど」
 あ、なんか嫌な予感がする。
 俺は手に持ちかけていたグラスをテーブルに置いた。
 
「亮みたいな奴にはどうやって同棲を申し込んだらOKしてくれると思う……?」
「本人に聞いてください」

 本当に、俺の先輩達はめんどくさい。

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ちあふゆについて考えながら元生徒会組の先輩後輩関係について考えていたらこんな事になりました。

これにて2019年の書き納めになります。
皆様良いお年を。