【ちあふゆ】神様と出会った日

※山奥の奇祭・怪しい宗教ものホラーパロ
※社会人の貴史(20代半ば)×山奥の村の神様の亮(見た目10歳前後)
※軽度のグロに言及有り
※モブがいっぱいでてくる
※つまり何でも許せる人向け

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 きっかけは、会社で仲のいい先輩からの誘いであった。今度の連休に父方の地元の村で、珍しい祭りをやるから見に来ないか、と。
 その先輩には新人時代に世話になったことをきっかけに仲良くなり、プライベートでも良く一緒に飲みに行ったりする仲だった。そのため千秋は二つ返事で了承した。ちょっとした小旅行のようなものだと思った。
 その先輩の父方の地元とは、とある山間地帯の奥まった場所にある小さな村だった。週末の連休初日、千秋と先輩は、新幹線や電車を乗り継いで、レンタカーを借りて、早朝から合計で五時間掛けてその村に向かうことになった。
 とある駅の近くにあるレンタカーショップから村までを車で走る。初めは道路沿いに商店やパチンコ屋なんかが見えたのだがすぐに窓の外は畑と山林ばかりになり、やがて森の中にひっそりと敷いてある道路を車で無理やり進んでいくような形になった。
「本当にこの先に村があるんですか」
 がたがたと揺れる車に若干の恐怖を覚えながら千秋が尋ねると、先輩は大丈夫大丈夫と言って笑った。
 ──俺だって昔はこの道が怖かったものさ。
 車で走ること約二時間。千秋は、件の村に辿り着いた。
 宿泊先は先輩の従兄弟の家という、古い木造家屋だった。
 疲れただろう、祭りは明日からだからゆっくりしていきなさい、と、もう昼食には遅い時間だったが、村の近くで取れたという山菜の天ぷらや筍ご飯でもてなされた。それがどれもこれも美味しくて、車の中でコンビニを食べたというのに満腹になるまで食べてしまった。
 あまりに沢山食べてしまったものだから、村とその周辺の地図をもらって、色々とやることがあるという従兄弟を残して千秋は一人で村の散歩に出た。
 村を歩くと、家屋に祭りの飾りつけをしている住民達が千秋を見て微笑みながら会釈してきた。それが一人や二人ではなく、会う人会う人会釈してくるものだから、此の村の人達は余所者でも歓迎してくれているのだな、なんて事を思ったりした。
 歩くうちに、いつの間にか村の裏手の山にある広い林の中に足を踏み入れてしまったようだった。
 今日はブルゾンを羽織ったままでは少し暑いくらいの気温だというのに、林のなかはやけに薄ら寒い。
 ふと、頭上から声がした。
「君、このままこの村にいたら生贄にされて死ぬだけだよ。死にたくなかったら今すぐ山を降りて帰ったほうがいいよ」
 白皙の品良く整った、しかしあどけない顔立ちに色素の薄い髪と澄んだ湖を思わせる瞳の色がとても美しい子供であった。薄手の白い着物だけを身に纏ったその子供は、木の枝に腰掛けて着物の裾から白い素足をぶらぶらと揺らしながら笑って言った。
「僕は別にいらないんだけど、この村の人達は生贄を捧げるのをやめないから。祭りが始まる明日の朝には君は毒入りのお酒を飲まされて、生きたまま魚の開きみたいにされて僕の住んでる社に運び込まれる筈だ」
 子供は、その見た目に似つかわしくない、艶めかしくすら見える笑みを浮かべながら、ことんと首を傾げた。
「まあそうなったらそうなったで、この山の猪達にあげるんだけどね」
 村の子供が悪戯で怖がらせようとしているのか、と思った。だがそれにしてはこの子供が纏う雰囲気は異様であった。
 この世のものでないような、触れたら空気に溶けて消えてしまいそうな、その子供のいる場所だけ周りより空気が冷たいような、そんな雰囲気があったのだ。
「お前は誰だ?」
 尋ねると、子供はまた艶やかに笑った。
「この村の人達の、神様だよ」
「神様……あの神社に祀られているっていう?」
「そう。君には特別に、名前を呼ぶことを許してあげる。亮って呼んで」
「……亮」
「君の名前は?」
「……貴史。千秋貴史だ」
「たかふみ」
 甘い飴を舌の上で転がすようにその名前を呟いて、亮は肩を揺らした。
「いい名前だね、とっても」
 亮はひょいと木から飛び降りたが、重力を感じさせないゆっくりとした着地で、着地の音ひとつ立てなかった。
「ねえ、本当は君はここに来ちゃいけないんだよ。村の人にばれたら生贄になる前に殺されて池に投げ込まれてしまうかも。村の人に見付からないよう、僕が村まで戻してあげる」
 亮は白い手を千秋に伸ばした。子供らしい柔らかさを伴う手が千秋に触れ、白く細い指が千秋の大きな手に絡み付いた。その様がやけに背徳的に見えて、千秋は思わず亮から目を逸らした。
 そして、千秋は気が付いた。亮には、足元から地面へ伸びているはずの影が無かったのだ。
 千秋は亮に手を引かれ、深い森の中を進んでいった。元来た道とはまるで違う、けもの道とでも言うべき道を行き、やがて坂下五メートルほどに例の神社の裏手が見えてきた。
「僕が送ってあげられるのはここまで」
「なあ亮」
「なあに?」
「……お前、この神社に住んでるのか」
「ううん。ここは村の人達が僕を崇めるための施設だから。僕が住んでるのは、山の上」
「は!? 子供一人でかよ!?」
「……僕は神様だから、君よりはずっと長く生きてるし。この山そのものが僕の領域だから全然危なくなんてないよ?」
「ノーセンス! どっからどう見てもオレよりずっと年下のガキだろうが! つーかよく見たらすっげえ寒そうだなお前……そんな格好で外出歩くんじゃねえ! とりあえずこれ着とけ。無いよりゃましだろ」
 千秋が羽織っていた臙脂色のブルゾンを亮の肩に掛けると、亮はきょとんとして千秋を見上げる。
「……君、変な人って言われたことない?」
「は?」
「ううん、何でもない。ありがとう」
 亮はゆるゆると首を横に振って、にこりと笑った。
「僕に会ったことは、村の誰にも言わないでね」
「お、おう」
  その時、豪と強い風が吹いた。地面の落ち葉が勢いよく舞い上がり、千秋は思わず目を閉じた。
 再び目を開いた時、亮の姿はどこにもなかった。

 ***

 その夜千秋は、先輩の親戚が集まった宴会に招待された。
 いい体格をしているねえ、なにかスポーツでもやってたのかい、こんなにかっこいいんじゃさぞもてたろうなあ、なんて褒めそやされ、ご馳走や酒を勧められる。悪い気分はしなかったが、過剰とも思えるあまりの歓待にどこか居心地の悪さを覚えた。
 ──祭りが始まる明日の朝には君は毒入りのお酒を飲まされて、生きたまま魚の開きみたいにされて社に運び込まれる筈だ。
 亮の言葉がどうしても気になって、酒には口を付けなかった。
 その夜、与えられた寝室に布団を敷いて千秋は眠りについた。
 だがすぐ、千秋は自分の体に違和感を覚えた。
 体が動かない。
 意識ははっきりしている。心臓がばくばく鳴って、全身から汗が吹き出した。脳は身体中に動けと命令しているのに、指先すら動かない。舌先も弛緩したようになって、あー、とかうー、みたいな音だけが喉から零れる。
 まさか、気付かないうちに毒を盛られたのか。
 そう思い当たった時、カンカンカン、と部屋の外から、金属に固い木を打ち付けるような音がした。それから、ドンドンドンという太鼓の音。ヒョロロ、と甲高く不気味な笛の音。それらの音は少しずつ大きくなる。いや、まるでこの家を中心に、音が増えていくかのようで。
 殺される……!
 全身を貫く死の恐怖に、体が震え出しそうになる。だが体はびた動かず、ただ恐怖だけが体の中を暴れ回る。
 だがその恐怖が頂点に達しようとした時、千秋の耳に甘やかで涼やかな声が届いた。
「僕のこと、本当に誰にも言わなかったんだ。偉いね、貴史」
 辛うじてまだ動く眼球を、声の方に動かす。
 窓から差し込む白い月の光に、白い肌が浮かび上がる。碧の瞳が輝いて、形のいい唇が笑みを作った。
「助けてあげる」
「あ……?」
「毒ね、お酒だけじゃなくて君のお茶碗にも盛られてたみたい。君がお酒を飲まなかったから。僕の言うことちゃんと聞いてくれたんだね。結局毒は盛られちゃったけど。貴史は馬鹿だなあ、でも褒めてあげる」
 白い素足が、畳を踏んだ。やはりその足元から伸びる筈の影はなく。
「大丈夫、一緒にここを出よう」
 亮が枕元に膝を突いた。白い着物の上から臙脂色のブルゾンに袖を通した奇妙な出で立ちで。
 そして千秋の顔を覗き込むと、その唇にひとつ口付けた。柔らかな唇が触れた瞬間、
「あ、がっ……!」
 必死で動かそうとしていた手足が、糸が切れたかのように動き始めた。
 首を回して亮を見ると、亮は肩を揺らして笑う。千秋が恐る恐る体を起こして立ち上がると、亮が千秋の腕にぎゅうとしがみついてきた。
「えっと、りょ、亮……?」
「助けに来てあげたよ。ほら、荷物を持って」
 亮に促されるままに、千秋は枕元に置いていた荷物の入ったボストンバッグを引っ掴む。
 家の外からの音はどんどん大きくなっていく。千秋に恐怖しか与えない祭囃子が最高潮に達しようとした時、ふっとその音が消えた。
 いつの間にか二人が立っていたのは、亮と出会った時のあの林の中だった。ひどく冷え込んだ空気に、千秋は身震いした。
 亮はにこにこと笑いながら千秋の腕を引いた。
「さあ行こう。僕も村を出るよ」
「……お前あの村の神様なんだろ、いいのかよ」
「大丈夫だよ。生きていくためのインフラだって十分整備してあるし、この村がそうなるように何百年かけて僕は頑張った。本当はもう僕は必要ないんだよ。なのに信仰の形だけ歪みに歪んじゃって。このままじゃ僕が悪い神様になっちゃう。その前に外に出るよ。君の物も貰っちゃったし」
「……俺の?」
「うん」
 蕩けるような笑みを浮かべながら、亮はブルゾンの裾を引っ張った。
「君は僕の守っていた領域の外から来たでしょう? 外から来た人の物を貰うとね、僕の神様としての力が下がるんだ。だから、どっちにしろ僕はこれを貰った時点でこの村を出なきゃ」
 そして亮は、千秋の手を引いた。背伸びをして、千秋の耳元で囁く。
「僕を連れて行ってよ、外に」
 耳に掛かる吐息はひどく冷たかった。
 そこから先の記憶はない。
 気が付いたら千秋は町の病院にいた。なんでも、山のふもとの道端で倒れている所を近くの住民に発見されたのだという。
 病室のテレビを付けると、自分が地元の駅を出発した次の日の夕方であった。
 検査の結果体に異常は無いということで、病院で一泊だけして千秋は地元に帰った。
 先輩に連絡を取る気にはなれなかった。
 連休明け、僅かな緊張と共に出社したが、あの先輩の席は空になっていた。
 なんでも家庭の事情で急に会社を辞めることになったのだという。千秋はその後、二度とその先輩と会うことは無かった。
 そしてもう一つ奇妙なことに、千秋が連れて行かれた筈の村は、いくら調べても地図には載っていなかった。恐る恐るあの時レンタカーを借りたレンタカー会社の事業所に確認してみたが、個人情報の為回答できないとすげなく返されるのみであった。
 あれは何かの夢だったのではないか、そう思う程に、千秋があの村に行ったのだという証拠も確証も得られなかった。
 それでも、あの村に確かに行ったのだという確かな証拠が千秋の部屋には確かにいた。
「ただいま」
 部屋に帰ると、ソファを占拠して悠々と本を読んでいた少年が顔を上げた。
「おかえり、貴史」
 小さな体躯には明らかに大きすぎる千秋のワイシャツを堂々と羽織って。あの頃より少しだけ血色がさした頬で笑みを浮かべながら、亮は白い足をぶらぶらと揺らした。

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夏なので趣味に走りました。