【ちあふゆ】0830エアブー新刊本文サンプル

マイ・ディア・カーミラ(再録)

設定:元人間の吸血鬼千秋×純粋な吸血鬼冬沢

「ご馳走様」
 “食事”を心いくまで堪能した冬沢は千秋の首筋から牙を抜くと、はあ……と熱い吐息をこぼしながら噛み跡をぺろりと舐めた。
 豪奢なベッドの上に横たわった千秋の上に乗りかかった状態のまま、長い牙が覗く口元を歪め妖艶に笑う。
「やはり貴史の血は美味しいね」
「……ハッ、オレの血しか飲まねえ、偏食のくせに、よく言うぜ……」
 ベッドに弛緩した体を投げ出す千秋の呼吸は荒く瞳は潤み目尻はうっすら赤く色付いていた。そして悪態をつくその口からは、冬沢の物とよく似た牙が覗いている。
「お前の血さえ飲んでいれば俺は生きられるんだ、別にいいだろう?」
「あーそーかよ……」

神様と出会った日(再録)

設定:会社員千秋(20代)×山奥の村の神様冬沢(見た目10歳前後)

 ふと、頭上から声がした。
「君、このままこの村にいたら生贄にされて死ぬだけだよ。死にたくなかったら今すぐ山を降りて帰ったほうがいいよ」
 白皙の品良く整った、しかしあどけない顔立ちに色素の薄い髪と澄んだ湖を思わせる瞳の色がとても美しい子供であった。薄手の白い着物だけを身に纏ったその子供は、木の枝に腰掛けて着物の裾から白い素足をぶらぶらと揺らしながら笑って言った。
「僕は別にいらないんだけど、この村の人達は生贄を捧げるのをやめないから。祭りが始まる明日の朝には君は毒入りのお酒を飲まされて、生きたまま魚の開きみたいにされて僕の住んでる社に運び込まれる筈だ」
 子供は、その見た目に似つかわしくない、艶めかしくすら見える笑みを浮かべながら、ことんと首を傾げた。
「まあそうなったらそうなったで、この山の猪達にあげるんだけどね」
 村の子供が悪戯で怖がらせようとしているのか、と思った。だがそれにしてはこの子供が纏う雰囲気は異様であった。
 この世のものでないような、触れたら空気に溶けて消えてしまいそうな、その子供のいる場所だけ周りより空気が冷たいような、そんな雰囲気があったのだ。
「お前は誰だ?」
 尋ねると、子供はまた艶やかに笑った。
「この村の人達の、神様だよ」
「神様……あの神社に祀られているっていう?」
「そう。君には特別に、名前を呼ぶことを許してあげる。亮って呼んで」
「……亮」
「君の名前は?」
「……貴史。千秋貴史だ」
「たかふみ」
 甘い飴を舌の上で転がすようにその名前を呟いて、亮は肩を揺らした。
「いい名前だね、とっても」

オペラ座の地下水路には世話焼きで独占欲の強い怪人が住んでいる

設定:オペラ座の怪人千秋×歌姫の冬沢

 オペラ座の歌姫・冬沢にその男の声が最初に聞こえたのは、いつの事だったか。
 一人レッスンに励んでいた時だったかもしれないし、控え室で集中しようとしていた時だったかもしれない。いずれにしろ始まりは遠い記憶の彼方だ。
 初めは気味悪がっていた冬沢だが、気付けばその声に導かれるように歌うようになり、そうすることで己の歌姫としての技量と可能性は次から次へと拡がっていた。
 元よりオペラ座の期待の若手ホープと囁かれていた冬沢は、次の公演でこそ主役を勝ち取るのでは無いかと囁かれていた……のだが。

「今日こそ明かして貰おうか、お前の正体を」

 古い物語に語られる歌姫のように、己を導く男の声を天使と呼び素直に憧れの念を抱けるほど冬沢は純真無垢ではないのだった。

フリーエンジニアが入った案件の担当者が高校時代に別れた幼馴染だった場合のソリューションについて。

設定:フリーのSE千秋×クライアントの冬沢

 フリーでエンジニアをやっていると、何かしらのトラブルを一人で対処しなければならない事もある。主だったところでは、予期せぬバグやクライアントの無茶な要求。そうした経験を積み重ねることで、エンジニアとしての経験値は蓄積されていく。
 だが少なくとも、リモート面談で初めて見たクライアント側担当者の顔が若干気まずい関係にある幼馴染だった時の対処法(ソリューション)など千秋はまるで知らなかった。
「…………」
「…………」
 はじめまして、とお互い言いかけた言葉は、営業用の笑顔を顔に貼り付けたまま喉の奥に引っ込んでいった。
 双方しばらく、気まずい沈黙が続く。どれほど長く互いに黙り込んでいたか分からない。先に沈黙を破ったのは、冬沢の方だった。
「はあ……同姓同名の別人ではなかったか」
 冬沢の溜息がノイズとなって千秋の耳元のイヤホンに届いた。眉をひそめ、苦虫を噛み潰したような顔で額を抑えている。千秋もまた深々と溜息をついてやる。
「悪かったな、別人じゃなくて」

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