【スパロボUX】右目と左目(総士)

※本編19話と20話の間
※ゲーム上ではカットされましたが原作のヴァーダントの右目修復→プリテンダー戦での再度破壊の流れがあったという前提の話

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そこに触れようとした時、手が震えた。
その理由を知りたかった──いや、知りたかったのは理由ではない。何故手が震えるのか、その意味は何か、ただその疑問を形にしたかった。

「牧部長、お伺いしたいことがあるのですが、少々お時間よろしいでしょうか」
「うん? どうしたんだい、ええと……皆城クン、だっけ」
「はい。ジークフリード・システムを担当している皆城総士です」
JUDAコーポレーション地下格納庫・通称地下神殿。
皆城総士がここに足を踏み入れたのは、二度目だった。一度目は竜宮島を離れてここに来たばかりの頃、ファフナーの一時的な格納作業に立ち会った時である。現在ファフナーはこの地下神殿には無く、エルシャンク内部の格納庫に収められている。よって今ここで眠る機体は地下神殿の本来の住人であるマキナ達のみ。そのマキナのうちの一体──先日ここに預けられたばかりであるプリテンダーと向き合っていた牧は、総士が声を掛けると手元のタブレットからすぐに顔を上げた。
「今の作業は急ぎではないし時間も少しは取れるよ」
「ありがとうございます。僕がお聞きしたいのはヴァーダントについてなのですが、可能であればヴァーダントの近くに行けませんか」
「いいよ、見ながら話そうか」
牧はプリテンダーに背を向けると、総士を先導する。他のマキナ達の前を横切って五分ほど歩くと、ヴァーダントは地下神殿の更に奥に格納されていた。
総士は改めてその威容を見上げる。どこか鎧武者を思わせるその機体は静かに地下神殿を睥睨している。今は静かだが、一度ファクターを乗せれば、乗り手の圧倒的な技量によって瞬く間に戦場を制圧してしまう。その強さはつい先日の戦いでも目の当たりにしたばかりだ。
「で、聞きたいコトって?」
「マキナについて、そちらから戦術指揮官チーム宛にお渡しされた資料には一通り目を通しました。その上で感じた疑問点があります」
「ラインバレルやディスィーブではなく、ヴァーダントについてかい?」
「はい。……もしかしたらヴァーダントではなく、森次室長に対する疑問点、なのかもしれませんが」
総士はそう前置きしてからヴァーダントから牧に視線を戻した。
「マキナはいずれの機体も自己修復能力を有している……資料にはそうありました。時間は掛かれど、ほとんどの機体は自力で損傷箇所を修復する事が可能だと。それでは何故、ヴァーダントは右目を修復しないのですか?」
「……ああ、それで森次クンに聞かないでこっちに来たってワケ」
困ったなあ、と牧は苦笑しながら頭を掻く。
「一応聞いておこうかな、何故右目を修復『出来ない』のか、ではなく『しない』のか、と聞いたのかな?」
「第一に、森次室長はファクターである故に裸眼の視力は両目共に高いことが推察出来ます。第二にマキナがファフナーのように人の手によって戦闘用ロボットとして作られている以上、ヴァーダントが隻眼として設計・デザインされたと考えるのは不自然です。第三にマキナの操作方法はファフナーと極めて近い……マキナとファクターが一体化する必要があるのであれば、マキナ搭乗時のみ視界が奪われるのは戦闘において大きなハンデとなる筈です。……そしてヴァーダントは一度修復したはずの右目を、先日のプリテンダーとの戦闘で破壊されたにも関わらず、全く修復していませんでした。意図的に修復していないのだと見るのが最も自然です」
総士の推理に、牧は肩を揺らして笑った。
「よく見てるねえ」
「……僕は部隊の指揮を任される者として、部隊に関わる疑問点をなるべく早く解消したいだけです。全力を出し得る状態にあるにも関わらず、森次室長のような人が何故それをしないのかと」
「なるほどね……」
牧は腕を組み、しばし考え込む。総士の目には、どこまで話すべきかと逡巡しているように見えた。やがて牧は肩を竦める。
「ま、理由は簡単でね。森次クン自身がヴァーダントの右目を修復しようとしないんだよ」
「……あえて、ということですか」
「あえて、というのも少し違うかもなァ。僕はここにいて長いから、森次クンがファクターになってJUDAに来たばかりの頃の様子も知ってるし、何故彼がヴァーダントの右目を積極的に修復しようとしないのか、そこに彼らなりの意味があるコトは察してる」
意味。
その言葉を聞いた時ずきりと、左目の傷跡が疼く感覚がした。
「それがどういう意味かは知らないし、仮に知ってても答えないと思うけどね。まあでも、ほら。実際彼がヴァーダントに乗るとコックピットより外を見ても右目側の視界を奪われる状態になるのはこっちでも確認済みだけど。それでも彼は十二分に強い。それは君も知ってるだろう?」
「……そうですね」
戦闘における森次の非常識なまでの強さはこれまでの戦いで思い知っている。その上で部隊指揮能力も高い。先日の事件で森次の裏切り疑惑が浮上して戦術指揮官チームで緊急のミーティングが設けられた際、本当に敵に回っていた場合の脅威度は間違いなくUXでトップクラスという見解で一致していた。
結局裏切り行為は偽装であり、戦術指揮官チームが懸念していた「ヨーロッパ組未合流の現行戦力であの人とどこまで戦えるのか?」という問題は水泡に帰してくれたわけだが。
「だからウチとしては、まあ森次クンは強すぎるくらい強いから別にいっか、って感じだし、出来れば君もそういうことにしておいてくれると助かるかなあ」
「……分かりました」
これ以上聞いても互いのためにはならない。そう結論を下す。
「僕もこれ以上の詮索はしません」
「うん、ありがとう。君の疑問解消の助けにはなったかな」
「……はい。戦術上の懸念は解消されました」
ありがとうございました、と一礼して地下神殿を後にする。
エレベーターで地上階に上がり、そのままビルの外に出て、年の暮れの人気少ないビル街の中をあてもなく歩く。
とにかく一人で考えたかった。
竜宮島にいた頃、ノートゥング・モデルの起動試験にパイロット候補生として参加した時の事を思い出す。
あの時、左目が見えている自分を受け入れることが出来なかった。故に皆城総士はファフナーに乗ることは出来ないからと、ジークフリード・システムの搭乗者となった。
改めて、先の地下神殿の中で知った事を反芻する。あの青い鎧武者が隻眼である理由を。
(戦いの中で十全に力を発揮するよりも、目に負った傷を抱え続けることを選ぶほどの、大きな意味か……)
余人であればもしかすれば、似ている境遇、と評するかもしれない。
総士はそうは思わない。比べるものだとも思わない。それぞれに抱えるものも背負うものも異なるのだから。
ただ、自分の中にある疑問を、形にしたかった。あの隻眼のマキナのことを知れば形になるかもしれないと、思った。
左目に手を伸ばす。指が傷跡に触れるか触れないかまで近付いた時、背筋に冷たいものが走り、肌が粟立った。
そしてようやく形になった疑問を、自問自答する。
──選んだ筈だ。僕は、ファフナーに乗ることよりも、この傷を選んだ筈だ。
──それなのに何故、今になって傷に触れるのが怖い……?

一騎がUXを脱走したのは、その翌日のことだった。

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