「私が父親で良かったと思うか」
ほとんど酔い潰れて──連れて帰って来た黒崎のお父さんに何度も謝られた──ベッドの上に横になった竜弦は、どこかぼんやりとした目で僕の服の裾を掴んでそう小さな声で呟いた。
「良かったんじゃないのか、僕はこうして普通の生活を送れているわけだし」
こんな事を言っても酔いが醒めたらどうせ覚えていないだろうしまた同じことで悩むんだろうこの父親は。そんなことを思いながら、裾を掴む指を解いて、掛け布団を竜弦の上に広げてやる。
「だから少なくとも今は、あんたが親で良かったと思っているけど」
「……そうか」
竜弦は少しだけ安心したように呟いて目を閉じた。そのまま安らかな寝息が聞こえて来たので、僕は父の寝室を後にした。
これから何度あんなことを言ってやれば良いのやら。いっそ素面の時に言ってやろうか……いや、恥ずかしいからやめよう。向こうだってあんなこと素面では聞けないのだから。
全く、手の掛かる父親で困る……そう思いながら首を横に振る。
よりによって父の日の前日に、そんなことで思い悩まなくてもいいだろうに。
17 2023.6