「おとうさんおとうさん、どうしてこのえほんのれいは、むかしの人のふくをきているの」
「ん? ああ……」
とある日曜日の昼下がり。
夜勤明けの就寝からつい先程起床してきたばかりでソファにぼんやりと座っていた竜弦は、足元で絵本を読んでいる幼い息子に目を向けた。
それは怪談の絵本のようで、開かれたページでは白い着物を着たテンプレートな女の幽霊が描かれていた。
「ぼくがようちえんに行くときに見るれいは、ぼくたちみたいなようふくだよ」
「まあ……そうだな」
この屋敷は竜弦が貼っている結界に覆われているために「整(プラス)」や「虚(ホロウ)」の類が入り込んでくることはない。そのため雨竜が幽霊を目にするタイミングは家の外にいる時のみとなる。それらは基本的に虚化する前の「整」であるのだが……
「そうだな雨竜、お前が目にする霊は比較的最近に命を落とした者の例だ。だから洋服を着ている。今現在を生きている私達のようなファッションなわけだ」
どこまで教えるべきか、と考えながら竜弦は身をかがめて絵本のページをつつく。
「一方でこの絵本は……ベースは四谷怪談だったな。ならば江戸時代、今からざっと二百年ほど前に書かれた話だ。その頃に出現する幽霊は、当然その時代に死んだ者の霊。着ているのはその時代のファッション……つまり着物だ。『着物を着た幽霊が出て来る話』が二百年間ずっと語られている、現代になってもその幽霊のイメージが多くの人の中にある、というだけの話だよ」
「うーん……」
竜弦としては可能な限り簡単に説明したつもりであったが少し難しかったのか、雨竜は考え込んでいる。
「……まあ、幽霊のことはあまり気にしないことだ。良くないものに取り憑かれてしまう」
「そうなの?」
「そうだ」
好奇心旺盛なのは雨竜の良いところだが、あまり霊のことを気にするようになっては今後何が起きるか分からない。
「見える」のはどうしようもない以上、フィクションにおける霊と本物の霊の違いを知るのも必要かもしれないと絵本を何冊か買い与える時に四谷怪談を入れた記憶はある。だが少し早かったのかもしれない……竜弦のそんな心配を他所に、雨竜の興味は別の絵本に移ろうとしていた。
「おとうさん、このほんよんで」
「……どれどれ」
雨竜が差し出して来た絵本の表紙には小さな魚の絵が描かれている。雨竜から絵本を受け取るとソファの上によじ登って来たので、隣に座らせる。
「……この絵本、前は母さんに読んでもらっていなかったか」
「おとうさんもよんで! 今日はおかあさん、おでかけしてるから!」
「仕方ないな……」
そう言いつつ思わず口元を緩めながら、竜弦は絵本のページを開いたのだった。
24 2023.8