「ヒカルさん、大丈夫なんですか」
ずっと気になっていたことを剣の稽古の合間に尋ねると、俺の剣の師匠は一瞬だけとても険しい顔をした。
俺にとってはそれが答えで、きっと師匠──ショウさんも俺がその表情から何を受け取ったのかはすぐに気付いたんだろう。
「気付いたか」
とだけ短く言いながら、ボトルから水を一口飲んだ。
「時々何か張り詰めてるなって、たまに話すと思います」
それに気付いているのは恐らくショウさんと俺くらいだ。ガイさんももしかしたら気付いているかもしれないけど、気付いたところでそれを俺のようにショウさんかヒカルさん本人に指摘したりはしないだろう。
「事の黒幕がトレギアと判明してからヒカルさんの中で何かスイッチ入ったのかな、とは思ってるんですが。変身できなくなってる今になってその……張り詰めた感じが余計に強くなってる気は、します」
「やっぱり鋭いな、お前は」
俺の推測を、ショウさんは否定しなかった。そして、
「だが一つ違う。トレギアに原因があるというより、トレギアがかつてタロウの親友だったと知った、あいつにとってはそれが一番大きい」
ウルトラマンタロウがヒカルさんにとって師匠のような存在であることは、ガイさんが教えてくれた。
そして師弟という言葉だけで収まらないような関係性であることは、ヒカルさんとタロウのやり取りを見ていて何となく気付いた。
この人にとってタロウは師であり、友人であり、そして親も同然なんだろうな、と。
「トレギアが……タロウのかつての親友が、タロウや光の国と敵対状態にあることを、ずっと気にしてるってことですか」
「そうだ。だからはっきり言うと、今のあいつは普段より少し余裕がない。自分の力だけでどうにかなる事態でないことは理解していてもタロウのことを思うと何かせずにはいられない、だが今の自分には何かするだけの力もなく、ただ事が動くのを待つしかない……あいつを追い詰めるには十分すぎるほどの条件が整ってるんだ、今のこの状況は」
「……それは確かに、きついですね」
何かしたくても何もできない無力感。ヒカルさんのような人にとってそれが酷く堪えるであろうことは想像に難くない。俺だってエックスと離れているこの状況は(多分ヒカルさんのそれとは理由が違うけれど)少し堪えている。
変身出来なくてもウルトラマンとして出来ることがあると言っても、変身していた方が出来ることが多いのは事実だ。そしてトレギアの件に関しては、明らかに後者だ。
ショウさんは一つ頷いてから、こう続けた。
「だから俺は、お前とガイがいて良かったと思っている」
「ガイさんはともかく俺ですか」
ウルトラマンとして生きてきた時間が俺達より圧倒的に長いガイさんをショウさんがそう評価するのは分かるが、そこで俺も挙がるのが少し意外だった。
「お前いつも自分のペースでいるだろう。ついでにあの三人と違ってトレギアに大した思い入れもない、トレギアを前にしたところで平常心だ。それが助かる」
あの三人というのは、リクと湊兄弟のことか。確かに、以前にトレギアから直接攻撃を受けたとは聞いている。俺に比べたらだいぶトレギアに思うところはあるだろうが……それはともかく。
「褒めてるんですか、それ」
「当たり前だ。ああいう手合いに対して合理だけで相対することが出来る奴は貴重だ」
「余計に褒められてる気がしないんですが……俺が他の皆と比べたらドライだって言ってないですかそれ?」
少し心外なので、思わず言い返す。
「俺だって少しはトレギアにむかついてますよ、実行犯は別ですけどエックスダークネスなんて作られて……まあ、もっと直接に害を被ってきたあの三人やヒカルさんほどではないかもしれないですが……」
俺の文句を聞いて、ショウさんは唇の端を上げた。その顔を見て、ショウさんの笑った顔を見るのが久しぶりだと気付くのに、少しだけ時間がかかった。
それくらいこちらの世界に来てからのショウさんはしかめっ面が多くて、でもショウさんがそういう顔してるの珍しくないと言えばそれはそうだしなという気もしているが。
ショウさんは決してそれだけの人ではないことを、俺は知っている。
「なんだ、ショウさんはショウさんで結構無理してるんじゃないですか」
「……やっぱり鋭いな、お前は」
ショウさんは俺の指摘を否定しなかった。
つまり俺は先輩から頼られているのだ……そう気が付いた時、背筋が伸びる心地がした。
劇場版タイガ前半でのヒカルさんちょっと余裕ないなと思っていて、ショウさんは間違いなく気付いてるとして大地さんも付き合い長いし気付いてたら嬉しいなっていうやつ。
あとあの映画の面子で一番全体のこと客観視できてそうなのが(性格的にもポジション的にも)大地さん。ショウさんはヒカルさんが余裕ない時は逆に冷静になれるけど無理してないわけではない。っていう話。