部屋

 強襲揚陸艦ソドンには、ただ一人を除いた全てのクルーが立ち入りを禁止されている部屋がある。
「ここの部屋は誰にも割り当てられてないけどシャリア・ブル中佐以外立ち入り禁止だから、気を付けてね。キー持ってるの中佐だけだから大丈夫だと思うけど」
 着任したばかりのエグザベに、個室エリアの一番奥の扉の前でコモリが言う。
 同い年で同じ階級ではあるがソドンのクルーとしては先輩であるコモリの言葉に、エグザべは首を傾げた。
「中佐の部屋……ということですか?」
「ううん、中佐の部屋は隣の、こっちのドア。ここが何の部屋かは知らない。たまに中佐が掃除で入ってるみたいだけど」
「はあ……」
 エグザべはフラナガンスクールを卒業後にこのソドンが最初の着任先となる。
 こうした艦内ルールの存在が一般的なのかどうかも分からなかったが、彼はとても素直な性格であったので「分かりました」と頷いたのだった。

「あの部屋、《赤い彗星》の部屋ですよね」
 サイド6・イズマコロニー路上。エグザべは一歩先を歩くシャリア・ブルにそう尋ねた。
 シャリアは立ち止まって振り向く。その口元は穏やかな笑みを湛えているが、その目だけが笑っていなかった。
 目を合わせたエグザべが言葉を失っていると、シャリアは口を開いた。
「良い勘をしていますね、少尉」
 その言葉は紛れも無い肯定だった。エグザべにはそう理解出来た。
「……そう、なんですね」
「何か、気になることでも?」
 シャリアの口調はどこまでも丁寧で、誰にでも物腰柔らかな日頃のものと変わらない。しかし、伊達眼鏡越しの瞳には何の感情も伺えなかった。
 この人の目には、ずっとあの部屋の主しか映っていない……そう気付かされ、足が竦む。それなのに、言葉は勝手にこぼれ出る。
「中佐が《赤い彗星》のためにそこまでしたとして、本当に《赤い彗星》が見つかると思ってますか?」
「――――」
 シャリアの目が細められた。
 エグザべは怯みながらも真っ直ぐシャリアの視線を受け止める。
 なぜ自分が上官に対してここまで言う気になったのかエグザベにもよく分かっていなかった。ただ自分はそうしたいという衝動に似たものだけが、新人士官でしかないエグザべを《木星帰りの男》に相対させていた。
 やがてシャリアの目元が僅かに綻んだ。その目に一瞬自分が映ったように見えて、あれ、とエグザベが思う間もなくシャリアが口を開いた。
「君は、面白いですね」
「は、はい……?」
 困惑するエグザベを余所に、シャリアは踵を返した。
「君のような若者は嫌いではないですよ、エグザべ少尉。また今度食事でも奢りましょう」
 それきり、シャリアはまた歩き出した。エグザベは慌ててシャリアの後を追い、二歩踏み出したところで自分の足が動くことに気が付いた。
 シャリアの背中を見ながら、エグザベはシャリアの目に自分が映った瞬間のことを思い返した。
 黒々と広がる宇宙のような、吸い込まれそうな目だった。あの不思議な引力に抗える人なんているのだろうか。
 引力に引かれるようにしてシャリアの後を歩きつつも、写真でしか見たことのない《赤い彗星》のことを思い出す。一年戦争の最中に難民となったエグザベは《赤い彗星》に直接会ったことがあるわけでもなく、《赤い彗星》の捜索を主任務とする部隊に配属されてなおその存在に現実味が湧かない。
 この人の目に映っているのはずっと《赤い彗星》だけで、今日のようにそこに他の誰かが映るのはほんの短い時間なのだろう。
 だとしても、もっと見て欲しい、と思った。
(どうすればこの人は僕をもっと見てくれるんだろう)
 エグザベにはまだ分からなかったが、これから知ればよいと思った。

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ソドン(ホワイトベース)って部屋の数多いし多分シャリアはシャアの部屋全然残してるよな……とファーストを見て思いました。