※エグザベ君が実は強化人間(人工ニュータイプ)だったらという捏造妄想の産物です
※例によってシャアシャリが前提ですがエグシャリと言うにはCP濃度低い気はする
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フラナガンスクールを「卒業」したニュータイプ達には、日に一度所定の薬を飲むことが定められている。服薬からおよそ一、二時間は副作用で意識が宙を漂っているような心地になり、思考が定まらず視界も霧に覆われたようにぼやけ、生身で宇宙空間のただ中に放り出されたかのように錯覚する。
そんな状態で一歩でも足を踏み出せば足を上手く床に着地させることも出来ず床に倒れ伏し、宇宙航行中であれば体の安定を維持できずにその身をふわふわと漂わせる羽目になる。
当然そのような状態で仕事などできるわけもないので、シャア・アズナブル捜索部隊に配属されたエグザべ・オリベ少尉は服薬後の時間はしばらく個室で休むことを許されていた。
それを許したのは、エグザべの上官であるシャリア・ブル中佐その人であった。
シャリアはエグザべが優秀な兵士であると同時に盲目的に上官に従うほど馬鹿でもないことを初対面の時には見抜いていたので、長くても二時間程度余計に休みを与えることで彼がより扱いやすくなるのであればそれに越したことはないと考えていた。
そしてエグザべは真面目な性格であったので、副作用の症状が治まればすぐに自分から部屋から出てくるのが常であった。おまけに副作用の症状が出る時間もそう長くないようで、時間にして早ければ三十分、長くても一時間。なので、
「中佐、エグザべ君が部屋から出て来ないんですが……」
執務室を訪れたコモリ・ハーコート少尉のその言葉に、「おや」とシャリアは小さく眉を上げたのだった。
「まだ出て来ない? エグザべ少尉が部屋に引っ込んだのは?」
「もう二時間前です。さっき部屋にコールしてみたんですけど応答がなくて……」
「ふむ……確かに珍しいですね」
エグザベは休憩時間中であっても呼べばすぐに来る、という評判は彼の着任からひと月と経っていない現在すっかりソドン艦内に知れ渡っていた。コモリは心配そうに眉を下げている。
今でこそそのような話はなかなか聞かないが、かつて人工ニュータイプは投薬や催眠療法による心身不安定が多かったと聞く。エグザべは日頃から薬の副作用症状も控えめで安定しているとは言え、今日たまたまそうなるという可能性も否定は出来なかった。
「ラシット艦長にマスターキーを貰ってきてくれますか。私が直接見てきます」
「了解です」
コモリが艦橋のラシットの下へ向かう。さて何事も無ければ良いが……と、シャリアは立ち上がりエグザべの部屋へ足を向けた。
ドアの前まで来てもマスターキーが来ていないのでまだ入れないが、まずエグザべの部屋のドアをノックする。
「エグザべ少尉、起きていますか?」
中からの応答無し。
程なくしてコモリがカード型のマスターキーを持ってきた。
コモリに廊下で待機しているよう言い、シャリアはドアを開錠してエグザべの部屋に足を踏み入れた。
「入りますよ、少尉」
部屋の中は暗い。全ての照明を落としているようだ。シャリアは部屋の照明を付けずに手元の携帯端末のライトを点灯し、入ってきた扉を閉めた。
手元のライトを唯一の光源に、シャリアはベッドに歩み寄る。
ベッドの上には、人型に膨らんだ毛布が乗っていた。近くで見れば、こちらに背を向けるようにしてエグザべが横になっていた。
「……少尉、どこか悪いのですか」
エグザべの肩に触れて軽く揺すると、びくりとエグザべの体が震えた。
「ッあ……」
小さなうめき声。同時に、痛い、苦しい、怖い、とそれらが綯い交ぜになった感覚が閃くようにシャリアの脳に伝わった。
どうやら良くはないようだ。
「失礼、少尉」
シャリアはベッドサイドの照明を灯して少し部屋を明るくすると、エグザべの肩を引いて仰向けにする。
無理矢理姿勢を変えられたにも関わらずエグザべからの反応はない。固く目蓋を閉ざし、その顔面は蒼白である。薄く開いた唇からは浅い呼吸が漏れている。熱はないが脈は少し早い。
兎も角これはメディカルルームへ連れて行った方が良さそうだ……シャリアが船医を呼ぼうとベッド傍の壁に埋め込まれた艦内通信機に手を伸ばしたその時、ぱちりとエグザベの目が開いた。
目が覚めたのか、とシャリアがエグザベに目をやると、エグザベの口が小さく開いた。
「……とうさん?」
焦点の合わない目で、幼い子供がどこか夢を見るような声色であった。それと同時にぱちぱちと、炭酸の泡が弾けるように、取り留めのない思念が届いては端から消えていく。甘え、安心、ほんの少しの畏敬……。
(……大佐)
探し求め続けるあの人が時折自分に向けていた感情とよく似たそれに、懐古、寂寥、哀惜に似たものが胸中に押し寄せてシャリアの呼吸がひととき止まった。
すぐに我に返り、自分はいったい何を考えているのか、と首を横に振る。
(私はあなたの父親ではありませんよ)
そう喉まで込み上げてきたが、それをこの青年に向けて口に出すのはあまりにも酷に思えた。そんなことで突き放すのを躊躇するような自分ではないと自認しているのだが。少なくとも今は、シャリアは沈黙を選択した。
メディカルルームへのコールを終えた頃、ふとエグザベの目の焦点が合った。
「あれ……中佐?」
その声は少し掠れていた。
「目が覚めましたか、少尉……ああ、起きないでそのまま」
エグザベが体を起こそうとしたので、肩を押してそのまま寝かせる。
「今医務室にコールしました。念のため診てもらってください」
シャリアは椅子を引っ張ってきて、腰を下ろす。エグザベの顔色は先よりだいぶ良さそうに見えるが、エグザベはどこか所在無さげに視線を泳がせたのち、「ああ」と呟いた。
「薬ですか……?」
「飲んだのはあなたでしょう」
「そう……ですよね。すみません、ぼーっとしちゃってて」
だいぶ意識が明瞭になって来たのか、エグザベはどこか決まりが悪そうに目を伏せた。既に先のように彼が自分に向けていた思念は感じ取れない。そのことに思わず安堵する。
部屋の外が騒がしくなって来た。どうやら船医が部屋の前まで来たようだ。シャリアは立ち上がり、船医を室内に入れる。コモリが我慢できないといった風に室内を覗き込むので彼女を廊下に押し戻しつつ船医と入れ替わりに廊下に出た。廊下には担架ベッドが置いてある。
「エグザベ君、大丈夫なんですか!?」
コモリが食いつくように聞いて来たので、シャリアは彼女を宥める。
「今診て貰っていますが、意識ははっきりしています。いつも飲んでいる薬の副作用が少し強く出たのでしょう」
「ええ……本当に大丈夫なやつなんですか、その薬……?」
「それに関して私は専門外ですので」
少なくとも、薬がなければ安定もままならない人工ニュータイプとは可哀想な存在だとは思うがコモリの前では口にしない。
(大佐が目指そうとしていたニュータイプの在り方はこのようなものではなかっただろうに)
程なくして船医が部屋から出て来る。しばらくは念のためメディカルルームで様子を見るということになったらしい。手を貸して欲しいと言われたのでエグザベを担架ベッドに乗せるのを手伝い、エグザベがメディカルルームへと運ばれて行くのを見送った。
運ばれていくエグザベに「ゆっくり休んでね」とコモリが声を掛ける。ベッドの上からエグザベが軽く手を振ったのを最後にベッドは角を曲がって見えなくなった。
ふと、シャリアはコモリに尋ねる。
「コモリ少尉は、エグザベ少尉のことが好きですか?」
「え、セクハラですか中佐」
「違いますよ。同僚としてどうかという話です」
「素直でいい子だし、うちに来てくれて助かるって思ってますけど。あと顔もいいので単純に目の保養になりますし……あ、最後のは内緒ですよ」
「分かってます」
素直を通り越して明け透けな部下の物言いに思わず苦笑しながら、シャリアはコモリに仕事に戻るよう伝えて自分も執務室へ戻ることにした。
やりかけの書類仕事に着手しながら、エグザベの経歴を思い返す。
ニュータイプ研究所であるフラナガンスクール主席、スクール入学以前はルウム出身の難民。あの様子では恐らく親もいないのだろう。
(薬で意識不明瞭になり、私を父親と誤認……たまたまであれば良いのだが)
父性を勘違いさせたままあの優秀な青年を手懐けることも可能であろう。事実シャリアは一年戦争終結後から今に至るまで、相手が己に求める理想像というものを演じ利用し尽くすことでシャア捜索部隊指揮役という現在の地位を手に入れた。全ては、自身が追い求めるあの人を探すために。
だがあの青年を相手に父親像を演じるのはどうにも気が進まなかった。あの時彼が向けて来た感情は、嫌でもあの人を想起させる。それでいて、そのように求められることは快くすらあるという事実がシャリアの胸を小さく刺した。
(彼にどのように接していくか、もう少し様子を見るべきか……)
どの道自分は彼を利用する立場であり、彼は利用される側なのだ。
「……困りましたねえ」
思考を巡らせながらふと呟く。
それが誰に対しての言葉なのか、シャリアは考えないことにした。
Zガンダムを全話視聴したんですよ、それでエグザベ君が強化人間だったら怖いなって思ったっていう話です。こういう話が出来るのも放送前だからですね、明日特別映像が劇場解禁されるらしいです。