惚れたが因果

※朝チュン
※直接の言及は無いが前提がシャアシャリ

◆◆◆

(やってしまった)

 ホテルのベッドの上、すぐ傍に自分以外の温もりを感じながら目を覚ました時真っ先に悔いたのは、己の早計。
 次いで、自分より十一も下である青年に手を出した──いや出されたのか?──という隣で眠る青年に対する申し訳なさ。
 双方合意の上であり、決して権力勾配や酒・薬の類を利用して事に及んだ訳では無い。それは確かに覚えている。誘惑したのはこちらの方で押し倒してきたのは部下の方であり、その上(恐ろしいことに)双方素面であったのだから。 
 そう、シャリア・ブル中佐は部下と寝た。
 その部下の名はエグザべ・オリベ。階級は少尉。シャリアがニュータイプとして特に目を掛けており、笑顔が爽やかで人当たりのいい好青年。
 軍人として未熟ではあるが、その才能を然るべき場所で正しく磨けばいくらでも出世出来るであろうことは明らかだった。
 手駒として使えるだけではない。彼ほどの才能の持ち主であれば、大佐が戻ってきた時に新たな世界を作り上げる際大いに役に立つ──そう睨んで、シャリアはエグザべを容赦なく鍛え上げることにした。
 エグザべに出来るギリギリを見極め、時には(政治的手段を含む)フォローを入れながらも過酷な任務にエグザべを送り出せば、彼は文句を言いながらもしっかりと何かしらの成果を得て帰って来た。
 それがシャリアにとっては思いの外喜ばしく、部下を見る上官としてだけでなく生徒を育てる教師のような感情すら芽生え始めたのだが……何度目の任務遂行を経た頃。
 それはコロニー内でエグザべに焼肉を奢っている最中にのことであった。
 高い肉を焼き酒を飲み交わしながらエグザべから向けられる視線、そして気が緩んでいる故かふわふわと自分のもとへ届く思念の波はシャリアには心地よくすらあった。そこに含まれるのは尊敬、敬愛、困惑、辟易、信頼、劣情……劣情?
 一年戦争の英雄でありかつて《灰色の幽霊》と呼ばれた男は困惑した。
 目の前で美味しそうにカルビを頬張っているこの綺麗な顔をした青年は、十歳以上年上の同性の上官に劣情を抱いているのだという。
 これで相手となる上官が例えば戦友であるドレンやマリガンであればそういうこともあろうと客観視出来ていたのだが、その対象が自分ともなれば困惑するものである。
 その日は何事もなくソドンへと帰艦した。
 エグザべは自分の抱く感情がシャリアに筒抜けていることなど気付いた様子もなかった。これはこれで鍛え甲斐のある弱点なのだが、それは兎も角。
 シャリアは、初めは困惑こそすれど、目的のためであれば自分の体を使うことに全く躊躇のない男であった。
 エグザべを更に「扱いやすく」するため。
 大佐が帰ってきた後のため。
 気付いたからには、利用させてもらおう──シャリアはそうして、ぎりぎりのバランスを見極めながらエグザべにアプローチを掛け始めた。
 最初のうちは良かった。シャリアに翻弄されるエグザべのくるくる変わる表情は愛らしく、そんな彼を間近で見ていると小動物の動画で盛り上がる若いクルー達の気持ちが分かるような気がした。
 しかしシャリアはどうやら、二十三という、エグザべのその持て余された若さを些か侮っていたらしかった。
 潜入捜査のため入港した先のコロニーで、二人で宿泊した先のホテル。ツインの部屋のベッドは、片方がほとんど使われることなく一夜が終わった。
 昨晩のことを思い出すと、記憶に鮮明な己の痴態に顔が熱くなると同時に無理に動かした(動かされた)腰が絶え間ない鈍痛を訴える。まだ声を発していないが喉も酷く枯れているような気がする。そもそも行為の途中からの記憶がない。先にへばって意識を落としたのだろう。シーツの下を恐る恐る見ると、あらゆる体液は綺麗に拭われていたが胸から腹にかけてはうっ血の跡がぽつぽつと散らばっていた。
(しっかりやることやってるなあ……)
 男の人は初めてなんです、とどこか緊張気味に言っていた。許したのは自分だが、ここまで遠慮なくがっつかれるとは。
 そして、行為の最中に嫌でも気付かされたことが一つ。
 彼は間違いなく、本気だ。本気で自分に向けて恋愛感情を向けている。
 彼であれば性別問わず同年代から引く手あまただろうに、よりによって自分を選んでしまうとは。恋は盲目とはよく言ったものだ。シャリアは考えを巡らせる。
(見誤っていた、としか言いようがない。これ以上面倒なことになる前に転属させることも考えるべきか)
 肉体関係だけで繋がれるほどこの青年は「大人」ではない。
 そして広くて狭い軍艦内で肉体関係と恋愛感情が絡めば、それはもう面倒なことになる。木星船団公社時代のあの巨大なジュピトリス内ですら、どれほど団員間の痴情のもつれに頭を痛めたことか。
 しかし手駒としてのエグザべが替えの利かない戦力になりつつあることもまた事実。
 これだけの部下を育てるのにどれほどのコストを費やしてきたことか……そう冷徹に思考しながらも、同時に浮かぶのは、真っ赤になって「好きです」と告げながら自分を押し倒した昨晩のエグザべの顔だった。
(……彼を手放したくない、と考えるのはやはり私のエゴだ)
 ただでさえ大義のためにこの青年を酷使しているのだ。
 それだけならばともかく、自分のエゴで束縛することなど、あって良い筈がない。
「んう……」
 もぞもぞと、すぐ隣の体温が動く。
 シャリアはシーツの中で丸まっていたエグザべに視線を向けた。
 エグザべは寝返りを打つとぱちぱちと瞬きしながら目を開いた。
「あれ? 中……佐……」
 ぼんやりとした目に光が宿り、次いで顔がじわりじ わりと赤くなり、そして一気に青くなった。
 エグザべは上体を跳ね起こしたかと思うと、ベッドから飛び降り床の上で綺麗な土下座をした。
 全裸で。
「昨晩は!! 本ッッ当に申し訳ありませんでしたッ!!」
 それはそれはよく通る声。壁を貫通しそうで少し心配になる。
「……その件に関しては双方合意の上でしたので、強く咎めるつもりはありません。まずシャワーでも浴びてから服を着なさい」
 シャリアは横になったままエグザべに指示を出す。案の定声はガサガサに枯れていた。
 エグザべはベッドの足元に脱ぎ捨てられたホテルの寝間着を羽織って体を隠すと、着替えを抱えてバスルームに直行した。高速でシャワーを終えると全身しっかり着込んでからまた床に正座する。時間にして五分足らず。申し分ないスピードである。
 半乾きの髪のまま正座しているエグザべからは心の底から申し訳ないという気持ちが思念を感じようとせずとも伝わって来る。シャリアはその様子をなんだか可笑しく思うが、それは上官として隠したままエグザベに向き合う。
 尤もこちらは全裸で横になったままなので、威厳も何もないのだが。
「私から咎めることがあるとすれば、暴走した君が随分遠慮なくがっついてくれたことですが」
「は、はい……」
「気を失うまで抱き潰すのは合意としてもやりすぎです」
「お言葉の通りです……」
 わざとエグザべを刺激するような語彙を選んでみたが、顔を赤くはしたものの神妙さは崩さない。
 シャリアはちらりと時計に目をやった。起床予定時刻まであと三十分ある。
 少しだけ、エグザべを試してみたくなった。 
「ではエグザべ君に質問です。私と致している間、君は私から何か感じましたか?」
「え……」
 顔は赤くしたまま、エグザべは戸惑ったように目を瞬かせた。
「貴方から感じたこと……ですか」
「はい。セックス中は基本的に、お互い無防備になります。ニュータイプ同士であれば、そこには精神も含まれる」
 もしエグザべが自分に何かを見ていれば。その答えを求めるのはシャリアのエゴであった。それは彼を手放す理由になるし、手放さない理由にもなり得る。
 エグザべは躊躇うように微かに沈黙した後、口を開いた。 
「……まずは重力、でした」
「重力?」
「はい。真っ暗な穴の底に全てを引き込んでしまうかのような重力を、貴方から感じました。ブラックホール、みたいな。抗えなくて引き込まれてしまう感覚があって……」
「……ほう」
 予想だにしていなかった返答に、目を見張る。
「まずは、と言いましたね。まだあると?」
「はい。もう一つと言うか、続きなのですが。その穴には底がなくて、どれだけ潜ってみても何もない空間が果てしなく広がっていて、自分はそこから二度と抜け出せないと思ってしまうような……学生時代に実習で初めてノーマルスーツだけで宇宙空間に出た時を思い出しました」
「……成程」
 悪くない回答であった。
 満たされることのない空っぽの底なし穴。自分の精神を形容するには相応しいのかもしれない。
「でも……」
「ん?」
 どうやらまだ続くらしい。
「それでも、貴方が色々なこと……その、僕としてる時にも何かを感じて、それでも……満たされないんだなと分かってしまって、少し、悲しくなりました。踏み込みすぎですよね、ごめんなさい」
 エグザべはそう締めて、肩を縮こまらせながら目を伏せた。
 しかしシャリアは、思わず口角を上げていた。エグザべの言葉に胸を強く撃たれたような心地であったが、それが酷く心地よかったのだ。
「……いいえ、合格ですよ、エグザべ少尉」
 ただの一度でそこまで見られてしまっていたのなら、彼を手放していい理由など見当たらなかった。
 シャリアは腰をさすりながらのろのろと上体を起こし、足元のシャツを引き寄せる。
「先も言いましたが、今回のことはお互い気にする必要はありません。君もソドンではこれまでと変わらず振る舞うように。痴情の縺れは集団に要らぬ不和をもたらします」
「しょ、承知しました」
 ぐっとエグザべの背筋が伸びる。こうしたところはやはり真面目な子だ。実際に出来るかどうかは疑問が残るが、そこは自分が気を付けて引き締めておけば良いだろうと判断しながらシャリアはシャツに腕を通した。
「もう良いです、私もこれからシャワーを浴びるので、そうしたら朝食にでも行きましょう」
「はっはい!」
 エグザべが勢いよく立ち上がった。
「あ、僕は先に出てますね」
 そう続いたエグザべのどこかそわそわした言葉に、シャリアは眉をひそめる。
「何故?」
「何故……えっ何故とは」
「私の裸以上のものを見ているのに何を今更」
 シャリアからすれば軽口に等しい何気ない言葉であったのだが、それを聞いたエグザべの顔色は赤くなったり青くなったりを繰り返している。
 おやこれは何か失敗したか、と。荷物から下着を出そうとベッドから出たシャリアがようやく気付いた時、エグザべは顔を真っ赤にしてこう叫んだのだった。
 
「もっと! ご自分を大事にしてくださいっ!!」  

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実は事故みたいな朝チュンネタがすごく好きなんですが、そもそも事故の朝チュンしそうなカプにハマることがあまりないので、エグシャリが事故の朝チュンしそう(偏見)でよかったなぁと思いました。

蛇足の補足

 語り手がシャリアなので本文で特に言及してないですが、エグザべ君が割と決死の覚悟で告白したのに中佐はそれに対しては何も返事してないです。
 エグザべ君は真面目なので「自分は返事をもらってないから関係を持ったとしてもおいそれと中佐の裸を見て良い立場ではない」という認識。

「十も下の部下に手を出すのは駄目だろ」という良識はあるのに一回関係持ったら持ったで「向こうもニュータイプだしまあいいか」(?)くらいにガバガバな中佐だと萌えますね。まあ全部幻覚なんですが