緑のおじさんワンドロワンライ(4/13)「はじめての…」

「はじめてなんですよ、こんなに諦めたくないって思ったの」

 行為とその後始末を終え、気怠くも快い余韻に浸り離れ難く思いながらベッドの上でその身を寄せ合うそのひと時の最中。どこかふわふわとして定まらないその言葉に、シャリアは横になったまま隣のエグザべを見た。
 エグザべはシャリアの腕にしがみつきながら、瞼が重くなるのに抗うように瞬きをしている。 
「状況に負けたくないっていうのはずっとあったんですけど、何かに執着とかはずっと出来なくて……どうせいつか無くなるし、無くなる時に怖いので」
 シャリアは空いた方の腕を伸ばし、エグザべの髪を撫でた。エグザべが気持ちよさそうに目を細める。
「……その割に、私には随分情熱的にアプローチしてきましたね」
「だから、中佐がはじめてなんです」
 そう言って笑うエグザべは、どこか幼い子供のようだった。
「はじめて、僕が諦めたくなかったのが、側にいるのを諦めたくないって思った人が、中佐なんです」
「……」
 この優秀で素直で人当たりがよく、同時に反骨心をも併せ持つ青年の奥底には常に自分自身に対する諦念がある。
 自分が何をしたところで何も変わらない、という諦めと、それでも環境には負けたくないので足掻けるだけ足掻くという僅かな矛盾を孕んだその精神性に、シャリアはあの赤い光を見る前の自分を重ねていた。
 だから自分はこの青年を放っておけなかったのだろうか、と、シャリアは体勢を変えるとエグザべを抱き締めた。
「……今日の『はじめて』は、気持ちよかったですか?」
「ふぇ?!」
 耳元で囁くように尋ねると、エグザべの声から眠気が吹き飛んだ。少し刺激が強かったらしい。
「は、はい……!」
 とん、とん、と詫びるようにしてエグザべの背を叩く。すると腕の中で少しだけ固くなっていたエグザべの体から力が抜けていく。
 天涯孤独の身である自分に、そのようにされた記憶はない。ただこうすると子供が喜ぶことは、少年時代を過ごした施設で見聞きした知識として知っていた。目の前の彼は既に子供ではないことは理解しているが、無性にこうしてやりたくなった。
「では、君が『はじめて』の次に行くという『はじめて』も、私が貰っていきましょう。これは約束です」
「約束……ですか」
「はい」 
「……じゃあ中佐は、僕に何か『はじめて』をくれるんですか?」
「えっ」
 思い掛けない問いに思わず言葉が詰まる。エグザべは額をシャリアの首筋に擦り付けながら、意識の境界が曖昧な声で言った。
「僕も何か、中佐から、『はじめて』を貰いたいです……」
 自分が『はじめて』を差し出したのだから貴方からも『はじめて』を貰いたい。随分子供じみた我儘だったが、同時にこの青年がようやく手に──あるいは取り戻しつつある諦めの悪さがシャリアにはひどく喜ばしく思えた。
「……そうですねえ」
 シャリアは少しばかり考えてから、やがて一つ思い至った。
「……君のように驚くほどストレートな、好きです付き合ってくださいの告白からの交際は、はじめてですね」
「……」
 腕の中のエグザべが目をぱちくりと見開き、それから顔を真っ赤にしていく様がありありと脳裏に浮かぶ。不便も多いがこういう時にニュータイプ能力は便利なものだ、とシャリアはこっそりエグザべの反応を堪能する。
「あの、中佐、それ」
 エグザべの声が上ずっている。思いのほか動揺させてしまったらしい。シャリアはエグザべの丸い後頭部を優しく撫でた。
「さあ、そろそろ寝ないと明日に差し障りがありますよ。おやすみなさい」
「う……はい……おやすみなさい……」
 それきりエグザべは喋らなくなり、やがて穏やかな寝息が聞こえてきた。
 シャリアはしばらくエグザべを撫で続けた。
 この冷たく暗い宇宙の中で、ひたむきに真っ直ぐながら執着混じりの好意を向けてくれる青年の、その体温のなんと心地よいことか──そんなささやかな幸福が空虚な心の隅で小さく微笑むのを感じながら、シャリアは目を閉じた。

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こちらのワンドロワンライ企画に参加させていただきました。