木乃伊取りには向いてない

シャリ受ワンドロワンライお題「はかりごと」

※6話までの内容を踏まえています。

◆◆◆

「君、スパイとかは向いてませんね」

 ソドン艦内レクリエーションルームにて。
 盤上の駒を動かしながらシャリアがそう言うと、正面に座りじっと盤面を見ていたはずのエグザべの背筋がピンと伸びた。
 ほら、心を読むまでもなくそうしてすぐ態度に出る。だから向いていないと言うのだ。珍しく動揺が顔に出ていないのはまあ、頑張っている方か。
(パイロットとしてはこれ以上ないくらいなんですがねえ)
 シャリアの思惑を知ってか知らずか、エグザべが駒を一つ動かした。悪くないが、守りに入ってしまっている。
「……僕に、スパイだとかをさせたいんですか」
 その声にはほんの僅かな震えが含まれていた。腹芸を武器としている自分のような悪人でなければ気付かない程度の小さな震え。
 自分がスパイであることがバレているのか、と身構えていることが手に取るように分かる。そんなのバレていますよ、最初から。
「させませんよ、一分野に秀でた人間に適性のない任務をさせるべきではないので。君にはそんなことよりパイロットの方が余程向いている」
 これは本心であり、エグザべにスパイなどさせているキシリア派への率直な非難でもあった。
 キシリア派が彼のニュータイプとして高い能力を見てスパイとして選んだのであろうことは明白であり、また配属前にシャリアが確認した彼の成績は全てにおいて優秀であった。ソドン配属後の現在も初陣はまだ迎えていないが、訓練成績を見ればパイロットとしての技量はニュータイプであることを差し引いても恐ろしく高い。
 そう、パイロットとしては優秀すぎるほどに優秀なのだ。パイロットとしては。だが実際こうして彼自身を見ていればスパイに向いていないことなどすぐに分かる。 
 考えていることを顔や態度に出してしまう素直さ、根の純朴さ。ついでに、思惑を抱えている上官を信じて絆されそうになっている人のよさ。どういうつもりで彼をスパイにしたのやら。まさか捨て駒にでもしようというのか、こんなにも優秀な青年を。
 シャリアは駒を一つ動かした。
「どうぞ、君の番です」
「あ、はい……あっ」
 駒を手に盤を見たエグザべの手が止まる。既にエグザべが打てる手はない。彼が次にどのように盤面を動かそうとシャリアの勝ちは揺るがない、そういう盤面をシャリアは作っていた。
 ひどく不服そうな上目遣いでエグザべがシャリアを見た。
「これ、貴方がチェックメイトを宣言するべき盤面なのでは?」
「おや、よく気付けましたね。あと二手は必要なので黙っていたのですが」
「だってこれ、次に僕がどう動いても貴方の勝ちじゃないですか……」
 エグザべは溜息を吐いてから、深々と頭を下げた。
「負けました」
「素直でよろしい」
 こうした従順さと裏腹の我の強さは、シャリア個人としては非常に好印象である。
「それでは、負けたほうが勝ったほうの言うことを一つ聞く、という約束についてですが」
「ぐ……お手柔らかに、お願いします」
 ゲームを始める前にした軽い口約束を挙げると、エグザべは心底悔しそうな顔をした。この負けん気の強さもシャリアは気に入っていた。もっとも自分と対等に戦うにはまだ経験値も足りていないが……と、ジオン最強のニュータイプは若きニュータイプを前に思う。
 初めから勝ちを譲る気のなかったシャリアは、「そうですね」と用意していた言葉を唇に乗せる。
「そろそろサイド6宙域です。君が初陣を迎える日もそう遠くないと思いますが……」
 言葉を切り、エグザべの瞳を覗き込む。するとエグザべの頬にパッと淡い朱が散った。異なる二つの色合いと輝きを持つ彼の瞳は美しい。そして、その瞳にこれまで散々醜いものを映してきただろうに、優しく素直な心根を失わずここまで生きてきた彼の魂もまた美しいのに違いなかった。
 やはり彼にスパイなど向いているわけもないのだ、と、ニュータイプであるがゆえに翻弄される彼の不幸に心の内で嘆息する。
 遅かれ早かれ彼は自分の下に引き込むべきだろう──そう改めて考えながら、今は異なる派閥に立つ彼に手渡すことの出来る唯一の真心を命令に包む。
「きちんと帰って来ること。それが私から君への命令です」
 エグザべの目が丸く見開かれ、そしてその表情が引き締まった。
「了解致しました!」
 彼から伝わるのは、任務を遂行しようという真摯な思い。それが例え監視対象からの命であったとしても。
 やはり彼は早めに私の下に迎えよう。
 エグザべの姿にシャリアは改めてそう決意し、今後いかにして彼の懐に入ろうかと考えを巡らせるのであった。

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中佐がエグザべ君を自分の下に引き込む気満々だったら嬉しいなって言う願望です