その日、ソドンへの配属が決まって間もないエグザベ・オリベ少尉は、「極秘でマンツーマンの訓練がある」とシャリア・ブル中佐から公国軍基地の屋外訓練場に呼び出された。
シャリア・ブルを監視しろ──そんな密命を帯びているエグザベは、緊張と共にその招集に応じた。そんな彼を待ち受けていたのは、ランドムーバーを背負ったシャリアであった。
「……とまあ、今教えてみせた通りにすれば簡単です」
「いや、あの」
事も無げに言いながらランドムーバーのバーニアを吹かして着地したシャリアに、エグザべは思わず突っ込んでいた。これは正規の訓練ではないので楽にしてください、と事前に言われてはいたものの、上官への無礼だとかそんなことも頭から吹っ飛ぶほどに衝撃的な光景であった。
「なんで擬似重力下でそんな簡単に飛べるんですか」
「おや、まずそこですか。そういえば重力下でのランドムーバー操縦ってパイロットコースのカリキュラムからは削除されたんですっけ」
「それはそうなんですが」
「まあこれ背負ってるので。大丈夫です」
「止まったら落ちますよね?」
「そうですね」
「重力下の人間って生身で高所から落下したら打ち所によっては死ぬんですよ?!」
「…………」
にこり、と。そう聞こえてきそうなほどに完璧な笑みをシャリアは浮かべた。その笑顔が空恐ろしく、エグザベは思わず言葉を失う。するとシャリアは「おや」と少しばかり表情を引き締めた。そして教師が生徒に教え諭すようにこう続けた。
「まあ、実際問題重力下での生身の飛行はリスクが大きい。慣れればそう怖くありませんが、そのリスクを頭に入れておくことは重要です。リスクを理解した上での運用、それはMSとそう変わりありません。まあMSは壊れてもコックピットから脱出できればなんとかなりますが、このタイプのランドムーバーはパラシュートもないのである意味MSよりも危険性が高い。そんなリスクにすぐ気が付ける人間こそが、こうした飛行機械を扱うべきなのです」
なるほど、と傾聴していたエグザベだったが最後の一文で思考が止まった。
──つまりこの人は、僕はこれを使うべきであると。
「というわけでエグザベ少尉」
シャリアはまたにこやかに笑いながら、持ってきた大きな荷物から折り畳まれたランドムーバーを引っ張り出した。
「早速実践訓練と行きましょう」
「あの、これが正規の訓練でないのであれば、拒否する権利もあるはずでは」
「大丈夫、君を見込んでのことです。ニュータイプなのでなんとかなります」
「それ関係ありますか?!」
「怖ければ、補助輪になってあげましょうか?」
「ッ……!」
そして一時間後、そこにはランドムーバーを背負って猛然と訓練場上空を飛び回るエグザベの姿があり。
シャリアは、基地最高司令の少将(キシリア派)から「貴重なパイロットを使って何をやっとるんだ貴様は」とお叱りを受けたのをにこやかに受け流したとかなんとか。