※最終回後if
※シャリが割と限界中年気味
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「シャリアさん、着きましたよ」
「……ん」
運転席から身を乗り出して後席に座るシャリアの肩を軽く揺すると、小さなうなり声の後に目を閉じていたシャリアが目を開いた。それから緩慢な動きでシートベルトを外し始めたので、エグザベはエレカから降りて後部座席のドアを開けた。
車から一歩足を踏み出すと、シャリアの背筋がピンと伸び表情も張り詰める。
エグザベは四方を警戒しながらシャリアの傍を歩いた。近くには他の守衛も複数控えている。そうして公邸の玄関ドアを開け、その中を一歩潜り、ドアが閉じた瞬間。
「っあ゛~~~~…………」
地の底を這うような声と共に、シャリアが床にしゃがみこんだ。エグザベもしゃがみ込むと、シャリアの背を摩る。
「シャリアさんシャリアさん、キーパーさんそこにいます」
「いいです別に……疲れました……」
公邸の掃除や家事を引き受けているハウスキーパーの一人が、すっかり慣れっこですと言わんばかりの顔で玄関ホールとリビングを繋ぐドアの前に立っていた。エグザベは彼に小さく頭を下げてから、間もなく日付の変わる現在時刻を考えつつこの後のことを提案する。
「何か軽くお腹に入れてから寝ましょうか。それともお風呂が先が良いですか?」
「お酒と君が良いです……」
「そっ……そういうこと聞いてるんじゃありません!」
顔を真っ赤にしながら、エグザベはシャリアの脇に下に体を潜り込ませた。
「お酒飲みたいならまずお夜食食べますよ、ほら!」
エグザベの言葉にキーパーは了解したと頷くと、リビングへ消える。エグザベは主に精神的疲労でぐったりしているシャリアを抱えて半ば引きずるようにしてリビングへ連れて行く。
臨時政権の発足から半年も経っていない『ジオン共和国大統領』のこのような姿など、報道自由化が為されたばかりのマスコミに見せれば格好の的となる。一分たりとも隙を見せまいとシャリアがいかに常時気を張っているかを思い、エグザベはやや気が重くなった。
リビングテーブルには籠に盛られたバゲットと二人分の野菜スープが用意されていた。今日はもう下がっていい旨をキーパーに伝え、エグザベはシャリアをソファーに座らせる。シャリアはぐったりとソファに背中を預け、深々と溜息を吐き出した。
これは相当だな、とエグザベはシャリアのジャケットの前を開けネクタイとシャツの首元も少し緩めてやる。
「食べられますか?」
「……一枚分だけ、食べさせてください」
「はいはい」
バゲットでスープを掬ってシャリアの口元に運ぶと、シャリアはあぐと口を開けてエグザベの指先を齧らないようにしながらバゲットにかぶりついた。バゲット半分を口内に入れて咀嚼し、喉を上下させ嚥下する。誤嚥を起こさないかとエグザベがはらはらしながら見守っていると、「流石に大丈夫ですよ」と赤面しながら顔を顰めた。
バゲット一枚分をエグザベの手ずから食べ終えたシャリアは先より少しだけ血色のいい顔でソファの背もたれから体を起こすと、自分のスプーンとスープ皿に手を伸ばした。
二人並んで夜食を食べ、食後にエグザベが入れた温かいハーブティを飲みながらシャリアは呟く。
「明日の予定は」
「通常公務の他、まず十時からツィマッド社代表との会談予定が。それから」
「ああ、待って」
スケジュールを暗唱し始めたエグザベの唇にシャリアは人差し指を当てた。
「私は、明日の何時まで眠れる予定ですか」
「……いつも通りに午前六時半、です」
「ん……ですよね」
シャリアはカップを置くと、エグザベの肩に凭れ掛かった。
「お風呂入りますか? 準備は出来ているそうですが」
「うん……」
軽い食事をして血糖値が上がったせいか、シャリアの返事がふわふわと曖昧なものになっている。
食器を流しに片付けたエグザベは先のようにシャリアを抱えると、シャリアの私室に備え付けられているバスルームへと運んだ。
エグザベはシャリアの秘書でありSPであり、そしてシャリアの私室の鍵を持つことを許された唯一の人間である。それはエグザベがシャリアから公人として誰よりも個人的な信頼を得ていることの証左であり、同時に彼がシャリアのプライベート上でのパートナーであるが故であった。
「ほらシャリアさん、服脱がしますよ」
エグザベは色気のない手つきでシャリアの服を全て脱がせて風呂場の椅子に座らせると、自分も服を脱ぎ捨てた。そして全裸で風呂場に足を踏み入れ、シャワーヘッドを手に取った。
いつからか、シャリアが疲れ果てている時はこうして二人で入浴するのが当たり前となっていた。第一の理由としてはシャリアが入浴中に意識を落とすことがないように。そして、どうせ裸を見られても問題ない関係なのですから君も一緒に入浴すればいいでしょうというシャリアの一言。
こうなっている時は大概深夜であり二人とも疲れ切っているため、色ごとには何も発展しない二人での入浴。しかしこれはこれで長年寄り添った夫婦みたいな距離感で良い……とエグザベは密かに思っていた。
シャリアの体を洗って湯に浸からせている間にエグザべはシャワーを浴びる。
「……君もこっちに入ればいいのに。疲れてるでしょ」
エグザべが体を洗っているのを見ながらシャリアが呟くと、エグザべはシャリアの部屋にのみ置いてある高級石鹸を泡立てながら答える。
「あなたの疲れを癒すほうが優先です。僕はシャワー浴びて寝れば何とかなるんですよ」
「む……」
シャリアが唇を曲げる。エグザべはそんなシャリアを見て目尻を緩めた。
「大事にさせてください」
「……君、年上の男を甘やかすのばかり上手くなってどうする気なんですか」
「あなたが僕にしてくれたことをお返ししているだけです」
「……全く……」
呆れたようにそう呟いたシャリアの頬が赤い理由はきっと、体温が上がっているからというだけではない……そう『勘』付き、エグザベは思わず笑みを深めたのだった。
風呂から上がって互いにナイトウェアに着替えた頃には、時刻は間もなく深夜の一時になろうとしていた。
「お酒、飲みますか?」
冷たい水の入ったグラスを差し出しながら尋ねると、シャリアはグラスを受け取りながら首を横に振った。
「ん……もういいです……」
「じゃ、それ飲んだら歯磨いてもう寝ましょうか」
エグザべは寝る前の支度も手伝ってから、ベッドへとシャリアの手を引く。
ダブルサイズのベッドにシャリアを横たえると、エグザべは部屋の照明を落として回った。ベッドサイドの間接照明のぼんやりとしたオレンジだけを光源としてエグザべもベッドに潜り込むと、オレンジの光をその翡翠の瞳に宿したシャリアと目が合う。シャリアがエグザべに手を伸ばしてきたので、エグザべは大人しくシャリアに抱き締められながら、シャリアを抱き締め返す。
「……やっぱり、君がいてくれて良かった」
エグザべの首元に額を埋めながら、シャリアが呟いた。吐息が少しくすぐったいが、それ以上にシャリアから溢れる安息や信頼の感情の方がエグザべの胸を包み込んでいた。
「ありがとうございます。僕もあなたのそばにいることができて幸せです」
「君がいないと私、どんどん情けなくなるばっかりで」
「だとしてもあなたは世界一カッコいいですよ、僕が保証します」
「私に文句も言わず付いてきてくれた君の方が、格好いいですよ。最初は可愛いだけかと思ってたのに……」
「今は可愛くないってことですか?」
「そうやって拗ねるポーズをするところは可愛いです」
シャリアは吐息をこぼすように笑ってから、一つ深く息を吐いた。もう眠気が限界に近いようだ。エグザべはシャリアの後頭部をそっと撫でた。
「……おやすみなさい、シャリアさん」
「ん……おやすみ、エグザべ君……」
やがて規則正しい寝息がシャリアから聞こえてきた。エグザべはその額に一つ唇を落とし、自分もまた誰よりも愛しい人の傍で目を閉じるのだった。