※最終回後if
※エグシャリ同棲
※シャアはよく遊びに来る友人として元気
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深夜零時。
ふと目が覚めて喉の渇きを覚えたシャリアは、隣ですやすや眠る恋人のエグザベを起こさないようそっとベッドから降りるとキッチンへ向かった。
冷蔵庫からルイボスティーのポットを出してグラスに注ぐ。口もとでグラスを傾けながら、冷蔵庫に貼ってある紙のカレンダーを眺める。
シャリアはグレー、エグザベはオレンジとそれぞれのかつての愛機にちなんだ──エグザベはギャンに引かれたゴールドのラインに近くて見やすいオレンジを選んだ──色のマーカーでそれぞれの予定を書き込むのがこの家のルールであった。週に一度以上家を訪れる友人が赤いマーカーで何か書き込んでいることも多い。
明日……否、既に今日の日付の欄には何も書かれていなかった。
二人でゆっくりしようか、行きつけのカフェでモーニングもいいかもしれない……と日が昇ってからの時間に思いを馳せていると、脳裏を鋭い光が一筋走った。
嫌な予感にシャリアがグラスをシンクに置いて急ぎ足で寝室へ戻ると、ベッドの上に残してきたエグザベが、毛布を掻き抱くようにしながら体を丸めていた。その眉はきつく寄せられ、額で汗が結ばれては流れ高い鼻梁を落ち、何か必死で堪えるように歯を食いしばって荒い呼吸が漏れている。
しかし表出しているそれとは裏腹に、彼の中から感情は何も見えてこない。覗き込んでも何も見えない、人の形をした伽藍洞のようだった。
「エグザベ君」
名前を耳元で呼んで、背中から抱き締めた。うなじに小さくキスをして、頭を撫でながら呟く。
「大丈夫、私がここにいますよ」
しばらくシャリアより少しばかり細身の体を包み込むようにしていると、腕の中の体が小さく震えた。
途端に恐怖・緊張・不安・焦りといった情念ががぶわりと解き放たれたかのようにエグザベから放出した。その密度にシャリアは瞑目しながら、腕の中のエグザベを強く抱きしめる。
「あ……シャリア、さん……?」
腕の中で寝返りを打ってこちらを見るエグザベの額は汗に濡れている。シャリアは汗で張り付いた前髪をどけてやりながら尋ねた。
「大丈夫ですか?」
「はい……ありがとうございます……」
ふにゃりとエグザベの表情が緩んだ。シャリアは濡れていることも構わずその額に一つキスをする。
「起きられますか? 寝直す前に何か温かい物でも飲みましょう、入れてきます」
「ん……」
シャリアが起き上がってベッドから降りようとすると、エグザベがその腰にぎゅうと抱き着いてきた。シャリアは苦笑しながらその髪をくしゃりと撫でる。
「随分と甘えん坊ですね……でもちょっと降りられないのでどかしてくださいねー」
エグザベの腕を引き剥がしたシャリアは、エグザベの膝裏と腰を支えるとひょいと持ち上げた。どこかぼんやりとしていたエグザベの目が一気に覚醒する。
「わ……わわっ!? シャリアさん!?」
慌てたようにエグザベがシャリアの首筋にしがみつく。
「危ない、危ないですってばっ!」
「ふふ、これでもまだトレーニングは続けていますから。君一人くらいなら軽いものです」
「嘘だッちょっと腕震えてませんかっ……!?」
「分かっているなら大人しくしてましょうねえ」
「ひぃ……」
ぎゅうとしがみついて来るエグザベをリビングまで運んだシャリアは、リビングのソファにそっとエグザベを置いた。今でも鍛えているのは噓ではないが、流石にエグザベを姫抱きして運ぶのは少々堪えた。
水を入れた電気ケトルと二人分のマグカップにティーバッグの入った缶をいくつかキッチンからリビングに運んで、ローテーブルの上で深夜のティータイムの準備をする。
「何が良いですか」
「ん……レモンバームってまだありますか。カウンセラーさんが、夜寝れない時におすすめだって」
「ありますよ」
レモンバームのティーバッグを二人分それぞれカップに入れる。
ソファに並んで電気ケトルの湯が沸くのを待ちながら、シャリアはエグザベの手にそっと触れた。普段体温の高い彼にしては冷たい。先まで魘されていたせいか、間接照明の光の中だけで見てもその顔色は良くない。
「これを飲んだら、少しだけここでゆっくりしましょう。無理に寝る必要もないです」
「……はい」
ケトルの電子音が静かなリビングに響いた。ティーバッグの入ったカップに湯を注ぐと、レモンに似た爽やかな香りがふわりと立ち上った。その香りにエグザベの表情が安堵で和らいだのを感じ、シャリアは思わず笑みを深めた。
「……シャリアさん、明後日から出張でしたよね」
ハーブティをマグカップの半分ほど飲み終えた頃、エグザベがぽつりと呟いた。シャリアは先程見たカレンダーを思い出しながら頷く。
「ええ、一泊二日ですが」
「……」
「寂しいならキャスバルを呼んでは? 君が呼べばゲーム持参で喜んで来ますよ」
「あの人が来ると深夜までゲーム大会になるじゃないですか……」
ここにはいない共通の友人の話をしながら、言葉と裏腹にエグザベの表情は明るくなり始めている。そんなエグザベの様子に、シャリアはくすりと笑った。
「夜更かしなんて出来るうちにしておきなさい、私はそろそろゲーム大会での二時越えが辛いので」
「むう……」
エグザベはどこか子供が拗ねるような声を上げてから、すぐに「あ、そっか」と破顔した。
「じゃあシャリアさん、僕のために夜更かし付き合ってくれるくらいには僕のこと好きなんですね。申し訳ないですが、正直凄く嬉しいです」
「……」
エグザベの言葉に虚を突かれてシャリアは目を丸くする。しかしすぐに、この子はこういう子だったと釣られて破顔する。故郷と家族を失い、いつしかひどく歪んでしまった内面と抱えたトラウマに苦しみ続けながらも、生来の正直さと優しさだけは失っていない。
「そうですね、眠れなくてもまあいいかと思うくらいには愛してます」
若きニュータイプ達の生きる世界のために身を尽くすシャリアがただ一人、情と恋をもって愛する男は、ほっと顔を赤くしながら、それでも心の底から嬉しそうに微笑んだのだった。