誓いは笑顔と共に

「一緒に指輪、作りたいです」
 崖から飛び込むかのような半ば決死の覚悟で、エグザベは朝食の席で向かいに座るシャリアに告げた。
 朝食を終えてコーヒーを飲みながら紙の新聞を読んでいたシャリアは、エグザベの言葉に新聞をめくる手を止めて目を瞬かせる。
「指輪、ですか」
「……指輪です」
「結婚ではなく」
「今の貴方、偽の戸籍しかないでしょ」
「一応本物扱いの戸籍ですよ?」
「嫌ですよ、『シャリア・ブル』以外の名前の人と籍入れるの。僕が好きなのは『シャリア・ブル』であるあんただ」
 子供のように唇を曲げるエグザベに、シャリアはまた目を瞬かせてからくすりと笑い、かさかさと音を立てながら新聞を閉じた。
「そうですね、『シャリア・ブル』はMIA扱いですから、『シャリア・ブル』と『エグザベ・オリベ』が籍を入れるのは不可能だ」
 通称「イオマグヌッソ事件」と呼ばれるあの内乱から三年が経つ。
 シャリアは世間に対して自身の正体が『シャリア・ブル』であるということを隠し、偽の戸籍を用いて生活していた。この戸籍はアルテイシア総帥やランバ・ラル将軍が用意した本物扱いの戸籍ではあるが、エグザベはシャリアが偽名を用い続けていることが気に入らないことを事あるごとに主張していた。
 それは今回のような、「指輪を作る」という疑似的な婚姻に至っても一貫している。シャリアとしては、エグザベ個人のあらゆるものに対する拘りの薄さの中で、シャリアが『シャリア・ブル』であることへの拘りが如何に特別かを思うとそう悪い気はしなかった。
「いいですよ。行きましょうか、指輪を作りに」
 シャリアの返答に、エグザベの表情がぱっと明るくなる。
「あの、ショップとか実はもう調べていてっ」
 嬉々としてタブレットを取り出すエグザベに、シャリアは思わず笑みを深めた。
 この年下の恋人と共に生活するようになるまでには紆余曲折があった。
 キシリア近衛部隊の隊長であったエグザベはイオマグヌッソでの事件後しばし本国に拘束され、シャリアはアルテイシアの庇護の下で怪我の治療の入院を余儀なくされた。やがてアルテイシアの即位に伴った恩赦でエグザベは想定され得る罪を不問とされ、エグザベとシャリアはコモリ・ハーコートと共にアルテイシア直属の特務部隊に配属されることになる。
 部隊での顔合わせ当日、何も知らされていなかったエグザベはあまりに見知った顔がそこにいたので安堵のあまり笑いながら泣き出してしまい、そこでシャリアは初めてエグザベが自分に明確な恋慕を抱いていることを知ったのだった。ソドンに配属されていた頃は新たな上官への疑念・憧れ・不信・尊敬・感謝で揺れ続けていたこの青年の感情がまさかそこに着地するとは、とシャリアは呆れながらも年甲斐もなく喜ばしいと思ってしまった。
 生きて責任を取れと叫び、空っぽの自分に再び生きる意味を灯してくれた青年にあまりに素直な好意が存在することに、求められることの喜びを覚えてしまったのだ。
 しかしその場にいたコモリにもこのエグザベとシャリアの心の動きはばれていた。エグザベ君のことあんまり弄ばないであげてくださいよ、とジト目で釘を刺され、知られていることを知らぬはエグザベばかりなり……といった状態からシャリアもエグザベもそれぞれ押し引きを繰り返してなんとか交際に至ったのが二年前、同棲までこぎつけたのが一年前である。
 それがいよいよ指輪まで来たか……と、シャリアは感慨深く思いながらエグザベが見せて来るジュエリーショップの情報を眺めた。
 エグザベの現在の階級は中尉。特務部隊所属に伴う特別手当が出ているが、それを考えても尉官の給料ではかなり背伸びをしているであろう価格帯の店も見受けられる。この時のために貯金を続けていたのだろうと思うと我が恋人ながらいじらしい。
 この店はああだこうだと言い合いながら二人でしばし同じタブレットの画面を眺めていたが、華やかな結婚式を上げる男女の写真を見た時にぽろりとエグザベからこぼれた言葉をシャリアは耳聡く聞き留めた。
「……本当は、式も挙げたいです。呼べる人、少ないですけど」
「じゃあ挙げますか、式」
 聞き留めたその言葉に、ほとんど反射でそう返していた。
 えっ、と驚いたようにエグザベがタブレットから顔を上げた。
 まさか承諾されると思っていなかったのか、とシャリアは遠慮癖が抜けきっていないエグザベを慈しむように見つめる。
「二人だけでも、せめてコモリ中尉を呼ぶだけでも……きちんとした形で以て我々二人の未来を誓い合いながら指輪を交換するのはきっと、悪いことではないでしょう。挙式とはきっとそのための儀式です」
「未来、を……」
 エグザベの反応を見るに、挙式への希望は結婚式というものへの素朴な憧れから出たものでそこまで考えていなかったらしい。それがどうにも可愛らしくて、シャリアはエグザベの頬に手を伸ばした。
「ただの『エグザベ・オリベ』と『シャリア・ブル』が未来永劫共に在れるよう、ね」
 エグザベの頬に触れてみると、少し熱い。エグザベの手がシャリアの手に重なり、シャリアの手を自身の頬に押し付けながらエグザベは目を細めて笑った。
「……挙げましょう、式。やることも調べることも増えますけど」
「そうですね、一緒にやっていきましょう」
 シャリアと同じ未来を見られる喜びで、エグザベは笑っていた。
 そしてシャリアもまた、未来を見られる幸せで胸の内が満たされるのを感じていた。

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