※最終回後、コモリ視点
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──おおかた、難民が新しい主人に体を使って取り入ったんだろ。
基地の食堂でその声が「聞こえた」瞬間、頭にカッと血がのぼったのが分かった。
まずその悪意が向けられた先である向かいに座るエグザべ君の方を見やるが、彼は顔色に変化もなくランチセットのハンバーグを頬張っている。
次いで勢いのままその悪意の主を探そうと首を捻った瞬間、とんとん、と。何か硬い物がテーブルの板面を叩く音で我に返った。
『今は、抑えて』
斜向かいに座る、ボールペンを手にした上司──シャリア・ブルは唇をそう動かし、ゆっくり首を横に振った。
そうだ、まずは深呼吸。
目を閉じて、ゆっくりと呼吸をして、それから意識して脳のチャネルを絞る感覚。聞こえてくるものは仕方ない、だけど受け流せ……よし、少しはマシになった。
目を開けると、エグザべ君が不思議そうに私を見ていた。
「……どうかした?」
「なんでもない」
私は肩を竦めて首を横に振る。それからちらりとエグザべ君の隣のシャリア中佐の方を見て……ぎょっとした。人でも殺せそうな程の冷たい目で、私の左後方を睨んでいたのだ。
──私よりずっと怖いキレ方してるじゃないか、この人!
「中佐っ!」
思わず小声で咎める。すると「失礼」と中佐は一つ瞬きをしてから、にこりと人好きのする……しかし今は底冷えするような笑顔を浮かべた。
「大丈夫です、顔は覚えたので」
その声色は一見にこやかだが、背筋がぞっとするほど冷たい。
中佐からしたらエグザべくんは可愛い部下で、同時に恋人でもあるのだ。そんな大事な存在を侮辱されたらキレて当然だ、当然だけれど。
「ッ……お気持ちは分かりますが、抑えてください! ね!」
私が小声で叱ると中佐は顔を伏せて緩く笑った。
「流石にこんなところで暴れたりはしませんよ」
「……?」
自分を侮辱した人間に私と中佐がキレていたことなど露知らず、エグザべ君は不思議そうな顔で私と中佐を交互に見ている。
ああ、エグザべ君よどうか鈍感なそのままで、と思わず願う。
あんな酷い侮辱が聞こえたところで、きっと君はどんな傷を付けられてもなんてこと無いと受け流せてしまうから。
それならきっと、何も聞こえないほうがマシなのだ──私は頭痛を堪えながら、すっかり冷めてしまったコーヒーをカップから一度に飲み干した。