日の出前、君の帰りを待ちながら

「落ち着いてください」
「……落ち着いていますよ」
「嘘言わないでください」
 アルテイシア陛下直通の報告書を作成していたタブレットから顔を上げて拳三つ分ほど空けて隣に座る上司を横目で見ると、先までずっと落ち着かない風に手足を組み替えながら手術室の扉を睨んでいたシャリア・ブル中佐は動きを止めた。それから膝に腕を付き、床を見ながら深々とため息を吐き出した。
「……申し訳ない。そうですね、今の私は酷く平静を欠いています」
 中佐のこんな姿を見ることは珍しい。私と中佐、そしてエグザべ君のスリーマンセルを基本単位として行動するようになってから、中佐は随分感情表現豊かになった。初めは驚いたが、ソドンにいた頃の何を考えているか分からなかった中佐よりずっと好感が持てると部下として思う。
 けれど、ここまで悲壮感も顕に動揺している姿は、それでも珍しいのだ。
「信じましょう、エグザベ君ならきっと大丈夫です」
 扉の向こうから死の匂いは感じられないし、どれほど悲惨な目に遭おうと生き抜いてきた彼が、こんなところで死ぬわけがない。
 私の言葉に、中佐は俯いたまま「そうですね」と呟き、マスクで隠れていない口元をどこか不器用に歪めた。
 
 事が起きたのは、およそ二時間前。
 私達三人は、連邦でも悪名高い極右派閥と旧ザビ派がコンタクトを取るという情報をキャッチしてジオン国内のとあるコロニーで行われるパーティに潜入した。
 お約束と言うべきか、私達の潜入は連邦側のニュータイプ──中佐が言うには強化人間、人工ニュータイプというやつらしい──に察知され、ちょっとした銃撃戦にまで発展した。その中でスナイパーからの狙撃から中佐を庇ったエグザべ君が(スーツの下に防弾チョッキを着ていたとは言え)重傷を負って病院に担ぎ込まれた形になる。
 連邦側の強化人間の少女は中佐によって発見次第拘束、銃撃戦をおっ始めた連中もエグザベ君を撃った狙撃手を含めて待機していた別働隊によって早々に全員拘束された。彼らは現行犯扱いで警察署行き、私達の任務の目的であった危険勢力の情報入手も完了し、それらは既に総帥府へ引き渡された。
 私達の今日の仕事は既に終わっていて、だからこうして病院の廊下で二人並んでエグザべ君の手術が終わるのを大人しく待てるわけだ。
 実際、手術室の扉の向こうから仄かに感じられるエグザべ君の気配からは、あの背筋が薄ら寒くなるような死の匂いのようなものは感じられない。私ですらそう感じられるのだから、エグザべ君が死にそうにないこと中佐に分からないはずがない。
 ただそれでも、理屈でなく恐ろしいのだろうと思う。この不器用な上官は、部下である私やエグザべ君のことを本当に大事にしていて、特にエグザべ君はこの人にとって人生のパートナーになるかもしれない……何よりも大事な人だ。それくらい大切な存在が自分を庇って倒れたのだから中佐とて取り乱しもするだろう。
「エグザベ君の手術が終わって容体を聞いたら、仮眠を取ってください。エグザベ君に付いていてもいいですが……とにかくちゃんと休んでください。エグザベ君だってきっとそう言います」
 陛下への報告書を送信してからはっきり言い聞かせるようにすると、中佐は私の方に顔を向けた。肉眼では見えないけれど、きっと仮面の下は潤んでいる。
「……ありがとう、コモリ中尉」
「中佐のお目付け役として当然のことを言っているまでです」
 私の言葉に、中佐の口元が緩む。落ち着いてくれたようだ。
 それからお互い何も言わずに時が過ぎるのを待ち、そうして一時間経った頃。
 流石に疲労が勝ち始めて舟を漕ぎ始めた頃に手術室の向こうから微かな安堵の思念を感じたのではっと目を覚ます。
 思わず背筋を伸ばして中佐の方を見ると、その目は既に扉の方へ向いていた。仮面を着けていても分かるくらいにその表情には安堵が溢れていて、少し気が早いような気もしたのだけれど。よく頑張ったエグザベ君、と私も思わず呟いていた。
 それからしばらく経って、全身麻酔から目を覚まして話せるようになったエグザベ君が「ずっと二人が傍にいるような気がしていました」と照れる様子もなく言ったものだから。私も中佐も、大怪我をしていても変わらないその笑顔の眩しさに見事に焼かれる羽目になるのだった。

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