10 years after

 ジオン公国のアルテイシア総帥即位から十年が経っていた。
 アルテイシア自身が初めからそう望んでいたようにジオンはゆっくりと共和制に推移し、「ジオン共和国」成立から五年経った今では、ジオン国内の治安は随分と安定を取り戻したと言える。
 そうしてジオンの安定を認めたエグザベ・オリベとシャリア・ブルもまた、人生の転換点を迎えた。
 荷物を新居に運び込み終えた引っ越し業者のトラックを見送り改めて新居のドアをくぐりながら、エグザベはつい頬が緩みそうになるのを必死で堪えた。もう三十三になるというのに、ことシャリアのことになると感情が素直に表に出てしまうのを抑えられない。それは君の可愛いところでもある、とシャリアは笑うが、もう出会ってから十年経つのだ。ピカピカの新卒少尉であったあの頃とは違うのだと見せ付けてやりたい思いくらいはある。
 リビングに足を踏み入れると、ソファに腰を降ろしているシャリアがローテーブルに置いたケトルで湯を沸かしていた。エグザベが戻って来たのを認めたシャリアは、柔らかな微笑みを浮かべる。
「疲れたでしょう、インスタントですがコーヒーを用意します」
「ありがとうございます」
 エグザベはシャリアの隣に腰を降ろし、その体に緩く腕を回す。初めて出会った頃、そして正式に恋人関係となった頃と比べると随分痩せた。最近はデスクワークが増えたとは言え政権交代後の数年間は激務に次ぐ激務を潜り抜けてきたのだ、その頃に失った体重はまだ完全に戻っていない。自分がそうさせたという自覚もあってエグザベは少し複雑な思いと共にシャリアを抱き締める。
「こら、コーヒーが淹れられないでしょう」
 エグザベの思いを知ってかあえて無視してか、シャリアは呆れたようにエグザベの手をぺちんと軽く叩いた。勿論痛くもなんともない。エグザベはそれがとてもむず痒く思えて、誤魔化すようにシャリアの耳元で囁いた。
「お湯が沸くまで……」
「すぐに沸きますよ」
 シャリアは呆れて言いながら、エグザベの髪を梳くように撫でた。その感触が心地よくて、小さく喉を鳴らす。
 シャリアの言う通りにケトルはすぐに湯が沸いたことを知らせ、エグザベは渋々シャリアから体を離す。シャリアは丁寧な手つきで、二人分のマグカップに湯を注いでインスタントコーヒーを淹れていく。インスタントとは言えシャリアが気に入っている銘柄のそれは豊かな香りをリビングに立ち昇らせた。
 右手でマドラーを持ったシャリアはカップを押さえながらコーヒーをかき混ぜる。カップを押さえる左薬指に光る銀色の指輪に、エグザベは思わず言葉を詰まらせた。
「どうしました、エグザベ君?」
 シャリアがエグザベにマグカップを差し出した。九年前だったか、シャリアの監視という名目で同じアパートに住んでいた頃に買った、色違いの揃いのマグカップの片割れ。シャリアはオリーブグリーンを、エグザベはオレンジを。それらは今もシャリアの手の中にあって、新居で初めて飲むコーヒーで満たされていた。
 長かった、と、シャリアからマグカップを受け取りながらエグザベは思う。
 思いを自覚してから十年、恋人関係になってから九年、それから正式に籍を入れるのにこんなに時間が掛かるとは思わなかった。それでも、どれだけ時間が掛かっても、確かにここまで来たのだ。
「……今日この日を迎えられて、本当に良かった」
 エグザベが呟くと、シャリアは目を細めて「そうですね」と笑った。
「我々がプライベートを優先しても問題ないくらい、ジオンは安定しました。君とコモリ大尉が頑張ってくれたお陰でもあります」
「貴方が一番働いていたじゃないですか。僕とコモリ大尉にどれだけ怒られても、そんなに痩せるまで」
 涙声になりながらエグザベはコーヒーを口に運ぶ。コーヒーはゆっくりと喉を通り、体を温めていった。
「でも、もういいんです」
 エグザベはマグカップをローテーブルに置いて、シャリアの膝にそっと手を乗せた。エグザベの左薬指にも、シャリアと揃いの指輪が光る。
「道程はどうあれ、僕達はここまで来た……僕達はやっと、家族になれたんです。僕はもう、それだけで幸せです」
 シャリアもマグカップを置くと、エグザベの手にそっと己の左手を重ねた。重なる温かな体温にエグザベは口元を綻ばせ、そっとその手を掬い上げると手の甲に口付ける。
「……改めて、これからは家族として。よろしくお願いします、シャリアさん」
 エグザベの言葉にシャリアは顔を赤くしながらも、「こちらこそ」と珍しくはにかむような笑顔を見せたのであった。

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