「あなたに首ったけ」

 あまりにも浮かれているのではないか、と。

 恋人に贈るプレゼントが入った紙袋をショップで受け取りながら、シャリアはそう我に返った。
 明日は交際を初めてから初めて迎えるエグザベの誕生日であった。
 せっかくなら何か特別なものを、と考えたシャリアは、エグザベの喜びそうな、それでいて実用的なものを、と考えてネクタイを贈ることにした。
 それもただのネクタイではなく、シャリアが愛用しているブランドの物を。
 そうしてショップに足を運ぶと、自分のネクタイと色違いの新作が出ているのを発見してしまった。黒にペールグリーンのコントラストが美しく、自分が使うには少し若すぎる気がするが、エグザベのような若く美しい青年にはとても良く似合うだろうと思い、シャリアはそれをプレゼントとして選んだのだ。
 ところがいざ美しい化粧箱に入ったそのネクタイを店員に見せられ、包装紙に包まれたその箱をショッパーごと受け取ったシャリアは今更に我に返り、そして気恥ずかしさが込み上げてきたのだった。
 そうは言っても当日は誕生日祝いのディナーの予約が入っている。エグザベはモビルスーツの調整のために出勤予定なので、レストランに入っているホテル前で待ち合わせてディナー後は部屋まで取ってあるのだが……冷静に考えて、自分は何から何までは浮かれ倒して恥ずかしいことをしているのでは? と、我に返ってしまったことをきっかけに自分が組み立てた予定を次から次へともう一人の自分が指摘してしまう。
 お揃いのネクタイを贈った挙句ホテルの部屋を取ってあるのは、それはもう……十一も歳下の恋人相手にやりすぎ浮かれすぎなのではないか。
 プレゼントとしてネクタイを贈る意味をエグザベが知っているかどうかは怪しいが、ホテルに部屋まで取られたらもうあまりにも分かりやすいのではないか。いやしかし、自分にはろくな恋愛経験がないので加減とか程度というものが分からない。三十代半ばの人間がする恋愛であればこれくらいはごく一般的なのでは?
 地下鉄に乗っている間から慣れた家路までぐるぐるとそんな益体もない思考を巡らせながら帰宅すると、トマトスープの良い匂いがする。合鍵で入ったエグザベが夕飯を作っているようだ。
 ショッパーをそっとクローゼットの奥にしまってからキッチンへと足を運ぶと、エプロン姿のエグザベがまさに火に向き合っているところだった。
「ただ今帰りました」
「あ、シャリアさん! お帰りなさい」
 声を掛けると、エプロン姿のエグザベが振り向いた。
「間もなく出来るので、少し待っていてください。今日はハンバーグとミネストローネです」
 お玉を手にそう言って微笑むエグザベは、古典的表象における若妻とはかくやと言わんばかりの可愛らしさ。抱かれているのは自分の方なのだが。待て、なんだこのホモソーシャルに染まったあまりにも中年くさい思考は。自分はまだそこまでの歳ではないはずだ。
 キッチンがよく見えるダイニングテーブルに腰を下ろし、いそいそと動くエグザベをアイスティーを飲みながら眺める。
 交際を初めてから、一人だと食事を適当に済ませてしまうシャリアのためにエグザベは料理を練習して、共に過ごせる時は手作りの食事を用意してくれるようになった。
 初めはホットサンドとインスタントのスープだったのがみるみる腕を上げ、今や手作りハンバーグとミネストローネである。そんな努力がいじらしいのもあり、シャリアは完全に胃袋を掴まれてしまった。
 キッチンからハンバーグの焼ける匂いが漂い初め、シャリアは目を細めた。
 初めての恋人にここまでされてしまっているのだから、浮かれてしまうのも仕方ないか、と。ひとまず、今日はそんな自分を受け入れることにしたシャリアなのであった。

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