公国最強NTは可愛い部下に絶対脱がせたくない

※最終回後、ブロマンスのシャアとシャリア
※多分一応エグシャリ(ややコモエグ)

 ◆◆◆

「エグザベ少尉に脱がせないために私と一緒に脱いでください」
「なんだって?」

 カレンダーの撮影に協力して欲しい──ジオン公国はアルテイシア公王のシークレットサービスよりそう書かれた書簡が地球に滞在中のシャア・アズナブルの下に届いたのは、シャアが日雇い労働の土木作業に勤しんでいる最中のことであった。
「シャアさん何かやらかしたの?」
 書簡を届けに来たアマテ・ユズリハ及びニャアンのじっとりとした視線に、シャアはさてと首を傾げた。
「心当たりはないな」
「ホントにぃ?」
「本当だとも」
 その書簡はこの時代に珍しく直筆の手書きで、その筆跡には見覚えがあった。かつての部下であり、MAVであり、そしてシャアをジオンから放り出した張本人──シャリア・ブルのものだ。
「まあいい、随分回りくどいことをする男だ。あんな口を叩いておいて私の力が必要になったということであれば馳せ参じてやろうじゃないか」
「ヒゲマンに拳骨されそう」「懲りてないのかも」
 マチュとニャアンが何やらこそこそ言っているが、シャアはどこ吹く風であった。
 端的に言ってこの時シャアはちょっと浮かれていた。あのような別れ方をしたとは言え、友人である男にこうして頼られる己に酔っていたと言い換えることも出来る。
 それゆえ、元軍人として思ってしまったのだ。カレンダーの撮影とやらは何かの隠語であろうと。
 それが字義通りの依頼である可能性など何一つ考慮せず、シャアは数年ぶりにサイド3に「シロウズ」という偽名で渡り、書簡に指定されたビルへ足を踏み入れ、エントランスで来客として案内されたフロアに通され、そうして冒頭のやり取りに至った。
 そこにあったのはスクリーンバック、カメラ、レフ板。そして慌ただしく動くスタッフ達、そして黒を基調としたシックな服に身を包んだシャリア・ブルが、そこにいた。
「まずこちら、ジオンの財政状況をまとめた書類です」
 楽屋でシャアはシャリアと二人向かい合っていた。シャリアはシャアにタブレットを見せる。タブレットには表やグラフの載せられた画面が映っている。
「現在のジオンは非常に懐が苦しい状況にあります。ザビ家による旧体制下における軍備増強、中でもビグ・ザムなどという金食い虫が量産されおまけにイオマグヌッソなどという愚か千万の巨大兵器が建造されたことが大きな原因として挙げられます。イオマグヌッソに至っては先の『事故』に伴い各国への賠償金支払いも発生しまして、ええ、率直に申し上げて火の車です。現在アルテイシア様が財政立て直しに尽力なさっておりますが、それでもまだまだ厳しくはあります」
「な、なるほど」
 シャリア・ブルの目は据わっていた。今だけではない、今日初めて顔を合わせた時から、その目は何か凄まじい覚悟を決めいてるかのようであった。
「そこでアルテイシア様が考案なされました。『ジオン軍人カレンダー』を作って売ろうと」
「なんだって?」
「連邦でもそのような物があるそうで。軍人の中でも特に顔や体格の良い者を集め、脱がせ、あるいは美しい格好で着飾らせた写真でカレンダーを作る。当然売り上げは国の物になります」
「ふむ、それで財政の一助にしようというわけか」
 我が妹ながらなかなか思い切りのよいことを考えるものだ……と感心するが、そこではたと気付く。そのカレンダーの撮影現場に自分が呼ばれているということは、自分はそのカレンダーの被写体に選ばれているという事ではないのか。
「そして、アルテイシア様からの伝言です。『兄さんがイオマグヌッソに搭載した予算度外視びっくりどっきり変形機構でイオマグヌッソの建設費は当初の三倍に膨れ上がったことが調査で判明しました。職業体験ついでに多少なりとも体で支払ってこれまでの所業を反省してください』。伝言は以上です。貴方をこの企画に呼ぶことを提案したのはアルテイシア様です」
 シャアは絶句した。
 最初に自分を脱がせようとしたのは妹だった。
「アルテイシア様は貴方のことを心配しておられる。なので見張るついでに定期的に様子を見ろと私に仰りますが、それも貴方がソロモンをグラナダに落とそうとしていた件は未だに許しておられないゆえです。多少なりとも償う意思をここで見せておくのが得策と存じますね。でないとアルテイシア様が貴方を殺してしまう」
「……それが、軍人カレンダーだと。素顔で」
 何故。何重かの意味で。
「亡命中のガルマ様は貴方のご友人、ミネバ様はザビではなくお母方の姓を名乗っておられる。ダイクン家に敵対するザビ家は事実上消滅しています、貴方の素顔を見られたところで困ることもないでしょう。困ることになれば我々が動きますし」
「……そう、だな」
 言われてしまえば、その通りであった。長年の習慣として常にサングラスを掛けているが、それ本当に要りますか? とララァ・スンには何か見透かしたような笑顔と共にいつも言われている。
「とは言え貴方は公王庁関係者の一般モデルとして参加することになっていますし、顔が完全に出ないような形での撮影も可能と聞いていますから、そこの選択は貴方にお任せします」
「……まあ、私に多少選択の自由があるのなら良いだろう」
 強引なようで妙に気配りされているのを感じ、それが有難い一方で気に食わないような心地でシャアは鼻を鳴らした。
「で、なんだ。アルテイシアではなく貴様が私を脱がせようとする理由をもう少し詳しく聞かせろ。可愛い部下のためだと?」
「はい」
 シャリアは頷くとタブレットを引っ込め、手元で軽く画面を叩いた。
「お察しの通り、彼もこの企画に呼ばれていましてね。私は上官権限で断るつもりだったのですが、どうしてもと企画部に土下座までされてしまい、エグザベ少尉本人が折れて参加する形になりました」
 シャアはエグザベ・オリベと直接の面識はないが、コモリという少尉共々シャリアが随分可愛がっている部下らしい、ということはマチュとニャアン越しに聞いている。
 シャリアが再度差し出したタブレットには、少尉の制服を着た若い男の写真が表示されていた。休憩中の瞬間なのかソファに座って菓子を手にしているが、どうにも笑顔が硬い。
「こちらが彼の写真です。見ての通り写真は苦手なのですが、とても大衆受けする顔をしていましてね。企画部は彼を脱がせる気満々でした。しかし私及びコモリ少尉は、彼に軽々に脱いで欲しくないのですよ。我々が彼を可愛がっているというのもありますが、彼の情緒はまだカウンセリング通いが必要なレベルなもので」
「……なるほど」
 話が見えて来た。エグザベ少尉を脱がせたい企画部、そして脱がせたくないシャリア・ブル。その間でどのようなやり取りがあったのか、考えても無駄だろうとシャアは思った。
 この強情な男が企画部相手に弁論で切った張ったした結果が自分そして「公王庁関係者の一般モデル」の半裸なのだろう。
「そういうわけなので大佐。エグザベ少尉とアルテイシア様のため、向こう一年だけ私と一緒に人身御供になってください」
 これから挑むのが軍人半裸カレンダーでなければ最高に心ときめく殺し文句と言えたかもしれない……とシャアは自分の目が遠くなるのを感じた。私のMAVはあまりにも逞しすぎるな……としみじみしたところで、ふと閃いた。
「……『灰色の幽霊』相手にその条件で飲んだ企画部も一体何者だ?」
「前線を退いた独立戦争従軍者揃いです」
「尚の事何者なんだ」
 自分に逃げ場がないことを悟ったシャアは深々と溜息を吐き出した。しかしそれは思いの外嫌ではなく、アルテイシアやシャリアが自分を案じた結果でもあることを思うと愉快ですらある。
 顔を出す出さないは好きにしろと言われたが、仮面を脱いだ素顔を世間に晒すのは心に未だ巣食う『赤い彗星』という呪縛からの解放であり、己は最早何者でもないという自由の表明のように思えた。それはなんと清々しいことか。
「……いいだろう。貴様の提案を飲んでやる、シャリア・ブル」
 知らず知らずに笑みを浮かべながら、シャアは正面のシャリアを睨む。そしてシャリアもまた、口角を上げる。
「ご協力感謝します」
 こうしてジオン独立戦争の二人の英雄は、少なくともシャアはそうと知られることなくジオン軍人カレンダーでその鍛え上げられた、あるいはしなやかなその肉体を被写体としてカメラの前に晒すことになった。
 軍人カレンダー発売後、しなやかに筋肉の付いた裸身を晒す美しい顔の半分を長い前髪で隠した物憂げな金髪の男(正体不明)の登場に、ジオンのSNSは大いに湧いた。
 そしてシャアの撮影現場を見ていたシャリアは、カメラマンの要望に片っ端から応え何なら少し調子に乗ってすらいたシャアを見て、何事も体験だからとやらせてはみたがこの人に芸能関係の仕事をやらせると大衆の偶像が形成されてしまう恐れがあるな……とひっそり学んだのだった。
 
 さて、一方企画部肝入りとして、エグザベ少尉は全身かっちりとした白い燕尾服に身を包んで教会を背景に撮影を行い、こちらの写真は「軍人カレンダーの脱いでない方バージョン」の六月に使用された。
 これはこれでシャリア・ブルとコモリ・ハーコートが大騒ぎすることとなり、そんなシャリアにシャアは呆れ果てることになったのだが、それはまた別の話。

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