※エグザベの過去捏造がある
◆◆◆
「あ、こいつ……」
サイド7での極秘任務の合間、買い出しの体を取った僅かな非番中。ショッピングモールの一角で、エグザベが足を止めた。
隣を歩いていたエグザベが足を止めたので自然置いて行く形になってしまい、シャリアはすぐに足を止めて振り向いた。エグザベは、雑貨屋の店頭で足を止めてディスプレイをじっと見ている。
「どうかしましたか、エグザベ君」
「すみません、懐かしいものを見付けて……」
「懐かしい?」
シャリアがエグザベの視線の先を追うと、店頭に可愛らしくデフォルメされたクマのぬいぐるみのマスコットが並べられていた。色鮮やかなクマたちは皆ポシェットを提げている。
「これ、僕が子供の頃に故郷で流行ってたんです。サイド7にも展開してるんだなあ……」
エグザベは懐かしむように目を細める。
「故郷ですか」
「ほら、皆ポシェットを提げてるじゃないですか。このポシェットに願い事を書いた紙を入れて誰にも見せずに持ち歩くと願いが叶う、っていう噂がまことしやかに流行って……皆それを信じていたかどうかはもう定かではありませんが、流行ってるからとか、可愛いからとかで。僕くらいの歳だと持ってるやつが多かったんです」
「……君は、持っていたんですか?」
「僕は持ってませんでした。妹に誕生日プレゼントであげたことはあったんですけど」
懐かしいなあ、と。そう言って笑うエグザベの目尻が微かに潤んだ。この誠実で真っ直ぐな青年の心の柔らかな部分を丸ごと明け渡された心地になり、シャリアは狼狽えそうになるのをぐっと堪えた。
シャリアはエグザベに恋情を寄せているが、その思いは墓場まで持って行くつもりでいる。しかしそんなシャリアの思いを知ってか知らずか、エグザベは時折こうしてシャリアの心を揺らす。この青年のために何かしてやりたい、とシャリアは常々思っていた。
「折角です、買って行きますか」
「え、あ……」
シャリアの提案に、エグザベの瞳が揺れる。しかしすぐにその頬がぱっと綻んだ。
「あの、折角ならちゅ……シャリアさんとコモリさんの分も!」
「おや、まるでティーンのようですね」
「お嫌ですか……?」
シャリアが軽くからかったものだからエグザベがしょぼんと肩を落とす。濡れた小犬のようなその寂しげな佇まいにシャリアはこれまた動揺を堪えながら、ゆったりと微笑んだ。
「まさか、嬉しいくらいですよ」
そうしてエグザベは手ずから三人分のマスコットを選んだ。エグザベの分はオレンジ、シャリアの分は緑、コモリには青。欲しいのは僕だから絶対に自分が払うと言って聞かなかったので、シャリアは財布になるのを諦めざるを得なかった。
マスコットを三つ持って、エグザベは店内のレジに向かう。シャリアが雑貨店の外で待っていると、程なくして小さなショッパーを手にしたエグザベが戻って来た。
「あの、今キャンペーンやってるみたいでこれ貰いました」
エグザベが、シャリアの分の緑のクマと共に小さなカードを差し出した。ハートに型抜かれたそのカードはよく見ればクマの提げているポシェットに収まる大きさをしている。
「ポシェットの中に入れる、願い事を書くカードだそうです」
そのカードは字を書くには小さすぎるような気がしたが、兎も角そうしてシャリアの手の中には、可愛らしいクマのマスコットとハートのカード。
「そいつのこと、大事にしてくださると嬉しいです」
エグザベが輝かんばかりの笑顔でそう言うものだから、シャリアは「ええ、勿論」と頷いた。あまりに何気なく贈られたエグザベからのプレゼントが手の中にはあって、目の前には喜色満面のエグザベがいる。
この状況で浮かれてしまう私が一番ティーンじみているのではないか……シャリアがそんなことを思ってしまうのも致し方ないのだった。
その夜、サイド7で拠点としているモーテルの一室で、シャリアは同室のエグザベがシャワーを浴びている隙にデスクに向かった。持っている中で一番細いペン先のペンを手に取って、あの小さなハートのカードに、小さな文字で。
『エグザベ・オリベの生涯が幸福なものでありますように』
