WebイベのBDアンソロに展示した作品。
前半ソドントリオ、後半エグシャリ。
◆◆◆
オフィスからほど近いドーナツショップの店頭で、ガラスケースからドーナツを選んで箱に詰めてもらう。
たった三人の部隊で食べる分としてドーナツは全部で六つ、全て違う種類だ。
エグザベはレシートをきちんと受け取ってから、箱を持ってそそくさとオフィスに向かう。遅刻したところで上官も同僚も何も言わないであろうとは言え、午後の勤務開始に遅刻することは避けたかった。
「ただいま戻りましたっ」
「お帰りなさい」
エグザベの声に、オフィス内の自席に腰を下ろしていたシャリアが見ていた書類から顔を上げた。
昼休みが終わるまでは十分ほど残っている、コモリはまだ戻っていないようだ。
エグザベはドーナツの箱をそのまま冷蔵庫に入れると、自分のデスクに腰を下ろした。
「どうですか、今回は」
シャリアにそう尋ねられたので、エグザベは箱の中身を思い返しながら答える。
「ドーナツを。期間限定でオレンジのシリーズが出ていたので、少し多めに選びました」
「そう」
シャリアはエグザベの答えに目を細め、口元にかすかな笑みを湛えて頷いた。
程なくしてコモリが戻ってきて、午後の業務が始まる。各々で外を動き回ることも多い部隊であったが、三人揃っての内勤が可能な時は互いの顔を合わせるために勤務と休憩の時間を揃えることにしていた。
そしてそれは、間のちょっとしたおやつ休憩にも適用されていた。
「では、休憩としましょう」
壁掛けの時計が午後三時を指すと同時に、シャリアがパンと手を叩いた。
それを合図にエグザベとコモリは立ち上がると、エグザベは冷蔵庫からドーナツの箱を、コモリは給湯室から紙皿と紙ナプキンが詰まった紙袋を持ち出した。シャリアもまた給湯室に向かい、ポットに紅茶の準備を始める。
「それでは、準備は良いですか」
普段はミーティング時に紙の地図を広げるテーブルの上にはオフィスから徒歩五分のディスカウントショップに売っていた安物のテーブルクロスが敷かれた。その上には三人分の紙皿と紙ナプキンの束、そして開け放たれたドーナツの箱、箱からは砂糖やチョコレートの甘い匂い。
シャリアがマグカップに入れた紅茶を掲げると、エグザベとコモリも各々のカップを手に持った。
「エグザベ少尉の誕生日という、この素晴らしい日に」
紅茶の入ったマグカップで乾杯。
どこか滑稽だがいつの間にか年に三度のお楽しみになっているその習慣に従って、コモリは「エグザベ君おめでとう」と笑い、シャリアは「よい一年を」と微笑んだ。
生誕を寿ぐそれらの言葉に、エグザベは「ありがとうございます」と嬉しそうに、そして気恥ずかしげにはにかんだ。
◆◆◆
「タイミングが良かった」
エグザベの運転する車の助手席に座りながら、シャリアが呟いた。
「コモリ少尉は明日から出張ですからね」
エグザベは相槌を打ちながら、ハンドルを切る。
「僕は昨日までギャンの調整に出ていましたし」
「美味しかったですね、あのオレンジの生地の」
「三分の一くらいはオレンジ系だったと思うのですが……」
季節限定のシリーズがオレンジだったので、とエグザベがもごもご言うので、シャリアは特徴を付け足す。
「生地がもちもちしていたやつです」
「ああそれですか。シャリアさんそのシリーズ好きですよね、選んで良かったです」
シャリアの率いる部隊では、隊員の誕生日になると誕生日を迎える当人が選んだスイーツを囲んでおやつタイムを設けるのが定番となっていた。費用はシャリアのポケットマネーである。発案者はコモリであるが、第一回がそのコモリの誕生日だったものだから、当人も顔を真っ赤にしながら百貨店の地下で買ったというマカロンを持って来ていた。
その次のシャリアは、高級店のレーズンサンドを用意した。
そして最後のエグザベは、ドーナツを。けれどその箱の中身が二種類の定番商品を三個ずつだったもので、シャリアとコモリは思わず顔を見合わせてしまったのだが。
「前回と比べれば随分上達しましたね、ドーナツを選ぶの」
「はは……あの時は良かれと思っていたんですけど。やっぱり、三人で食べるなら全部違う種類にして選んでもらったり一つを分け合った方が楽しいですね」
「今回は君自身が食べたいものをちゃんと選んできたので安心しました」
「え、ばれてましたか」
「オレンジピールとチョコたっぷりフレンチクルーラー」
「わ、うわ……恥ずかしいな……確かに真っ先に取りましたけど……」
車が二人の住む一軒家の前まで来る。ガレージが開き切るのを待ちながら、シャリアはその『オレンジピールとチョコたっぷりフレンチクルーラー』を頬張った時のエグザベの目の輝きを思い出していた。
「こういう機会でもなければ甘い物は食べないでしょうからね、特に現役パイロットの君は」
「羽目を外す口実をくださることに感謝しています」
ガレージに車を入れて、降車する。
そして玄関ドアの鍵を回して扉を開け、
「ただいま」
二人声を揃え、そして顔を見合わせて笑った。
「実は君のために新しく用意したボトルがあります」
ジャケットをハンガーに掛けながら、シャリアは歌うようにエグザベに尋ねた。
「実は今日の晩はそれに合いそうなものを選んでいたのですが、どうします?」
「そう言われると、いただくしかないじゃないですか」
時刻は夜八時過ぎ。夕食として買って来たデリをダイニングテーブルに並べて晩酌をする余裕なら充分にある。
デリは容器の蓋を開けてそのままテーブルに並べてしまい、一緒に買ってきたバゲットは軽くトーストする。カトラリーを並べ、
食卓を整え終えた頃にシャリアが持ち出してきたのは白ワインのボトルだった。
「君の生まれ年です。いくつか候補はあったのですが、君が気に入りそうなのはこれだなと」
「わあ……ありがとうございます」
エグザベはまた目を輝かせる。
『オレンジピールとチョコたっぷりフレンチクルーラー』を頬張った時も、シャリアがエグザベのために用意したワインを見た時も。同じように心から目を輝かせて見せるエグザベの、年齢相応とも不相応とも言える純粋な幼さ。それが眩しくて、同時に彼が己の幼さを曝け出せるようになったことが改めて喜ばしく思えて、シャリアはそっと目を細めた。
「ドーナツを食べたので、ケーキはありませんが」
「そのワインで充分です」
「おや、ではプレゼントはいらないと」
「そ、そんなこと言ってません!」
エグザベが慌てて胸の前で手を振る。
「本当に、ずっと嬉しいんです。昨年からこうやって、職場では貴方とコモリさんに、帰ってからもこうして貴方に祝っていただけることが……怖いくらいです。でもその怖さにもやっと慣れました。だから、プレゼントも喜んでいただきます」
「よろしい。これからも沢山祝われなさい」
シャリアは頷き、白ワインをグラスに注ぐ。
いずれ失 オフィスからほど近いドーナツショップの店頭で、ガラスケースからドーナツを選んで箱に詰めてもらう。
たった三人の部隊で食べる分としてドーナツは全部で六つ、全て違う種類だ。
エグザベはレシートをきちんと受け取ってから、箱を持ってそそくさとオフィスに向かう。遅刻したところで上官も同僚も何も言わないであろうとは言え、午後の勤務開始に遅刻することは避けたかった。
「ただいま戻りましたっ」
「お帰りなさい」
エグザベの声に、オフィス内の自席に腰を下ろしていたシャリアが見ていた書類から顔を上げた。
昼休みが終わるまでは十分ほど残っている、コモリはまだ戻っていないようだ。
エグザベはドーナツの箱をそのまま冷蔵庫に入れると、自分のデスクに腰を下ろした。
「どうですか、今回は」
シャリアにそう尋ねられたので、エグザベは箱の中身を思い返しながら答える。
「ドーナツを。期間限定でオレンジのシリーズが出ていたので、少し多めに選びました」
「そう」
シャリアはエグザベの答えに目を細め、口元にかすかな笑みを湛えて頷いた。
程なくしてコモリが戻ってきて、午後の業務が始まる。各々で外を動き回ることも多い部隊であったが、三人揃っての内勤が可能な時は互いの顔を合わせるために勤務と休憩の時間を揃えることにしていた。
そしてそれは、間のちょっとしたおやつ休憩にも適用されていた。
「では、休憩としましょう」
壁掛けの時計が午後三時を指すと同時に、シャリアがパンと手を叩いた。
それを合図にエグザベとコモリは立ち上がると、エグザベは冷蔵庫からドーナツの箱を、コモリは給湯室から紙皿と紙ナプキンが詰まった紙袋を持ち出した。シャリアもまた給湯室に向かい、ポットに紅茶の準備を始める。
「それでは、準備は良いですか」
普段はミーティング時に紙の地図を広げるテーブルの上にはオフィスから徒歩五分のディスカウントショップに売っていた安物のテーブルクロスが敷かれた。その上には三人分の紙皿と紙ナプキンの束、そして開け放たれたドーナツの箱、箱からは砂糖やチョコレートの甘い匂い。
シャリアがマグカップに入れた紅茶を掲げると、エグザベとコモリも各々のカップを手に持った。
「エグザベ少尉の誕生日という、この素晴らしい日に」
紅茶の入ったマグカップで乾杯。
どこか滑稽だがいつの間にか年に三度のお楽しみになっているその習慣に従って、コモリは「エグザベ君おめでとう」と笑い、シャリアは「よい一年を」と微笑んだ。
生誕を寿ぐそれらの言葉に、エグザベは「ありがとうございます」と嬉しそうに、そして気恥ずかしげにはにかんだ。
◆◆◆
「タイミングが良かった」
エグザベの運転する車の助手席に座りながら、シャリアが呟いた。
「コモリ少尉は明日から出張ですからね」
エグザベは相槌を打ちながら、ハンドルを切る。
「僕は昨日までギャンの調整に出ていましたし」
「美味しかったですね、あのオレンジの生地の」
「三分の一くらいはオレンジ系だったと思うのですが……」
季節限定のシリーズがオレンジだったので、とエグザベがもごもご言うので、シャリアは特徴を付け足す。
「生地がもちもちしていたやつです」
「ああそれですか。シャリアさんそのシリーズ好きですよね、選んで良かったです」
シャリアの率いる部隊では、隊員の誕生日になると誕生日を迎える当人が選んだスイーツを囲んでおやつタイムを設けるのが定番となっていた。費用はシャリアのポケットマネーである。発案者はコモリであるが、第一回がそのコモリの誕生日だったものだから、当人も顔を真っ赤にしながら百貨店の地下で買ったというマカロンを持って来ていた。
その次のシャリアは、高級店のレーズンサンドを用意した。
そして最後のエグザベは、ドーナツを。けれどその箱の中身が二種類の定番商品を三個ずつだったもので、シャリアとコモリは思わず顔を見合わせてしまったのだが。
「前回と比べれば随分上達しましたね、ドーナツを選ぶの」
「はは……あの時は良かれと思っていたんですけど。やっぱり、三人で食べるなら全部違う種類にして選んでもらったり一つを分け合った方が楽しいですね」
「今回は君自身が食べたいものをちゃんと選んできたので安心しました」
「え、ばれてましたか」
「オレンジピールとチョコたっぷりフレンチクルーラー」
「わ、うわ……恥ずかしいな……確かに真っ先に取りましたけど……」
車が二人の住む一軒家の前まで来る。ガレージが開き切るのを待ちながら、シャリアはその『オレンジピールとチョコたっぷりフレンチクルーラー』を頬張った時のエグザベの目の輝きを思い出していた。
「こういう機会でもなければ甘い物は食べないでしょうからね、特に現役パイロットの君は」
「羽目を外す口実をくださることに感謝しています」
ガレージに車を入れて、降車する。
そして玄関ドアの鍵を回して扉を開け、
「ただいま」
二人声を揃え、そして顔を見合わせて笑った。
「実は君のために新しく用意したボトルがあります」
ジャケットをハンガーに掛けながら、シャリアは歌うようにエグザベに尋ねた。
「実は今日の晩はそれに合いそうなものを選んでいたのですが、どうします?」
「そう言われると、いただくしかないじゃないですか」
時刻は夜八時過ぎ。夕食として買って来たデリをダイニングテーブルに並べて晩酌をする余裕なら充分にある。
デリは容器の蓋を開けてそのままテーブルに並べてしまい、一緒に買ってきたバゲットは軽くトーストする。カトラリーを並べ、
食卓を整え終えた頃にシャリアが持ち出してきたのは白ワインのボトルだった。
「君の生まれ年です。いくつか候補はあったのですが、君が気に入りそうなのはこれだなと」
「わあ……ありがとうございます」
エグザベはまた目を輝かせる。
『オレンジピールとチョコたっぷりフレンチクルーラー』を頬張った時も、シャリアがエグザベのために用意したワインを見た時も。同じように心から目を輝かせて見せるエグザベの、年齢相応とも不相応とも言える純粋な幼さ。それが眩しくて、同時に彼が己の幼さを曝け出せるようになったことが改めて喜ばしく思えて、シャリアはそっと目を細めた。
「ドーナツを食べたので、ケーキはありませんが」
「そのワインで充分です」
「おや、ではプレゼントはいらないと」
「そ、そんなこと言ってません!」
エグザベが慌てて胸の前で手を振る。
「本当に、ずっと嬉しいんです。昨年からこうやって、職場では貴方とコモリさんに、帰ってからもこうして貴方に祝っていただけることが……怖いくらいです。でもその怖さにもやっと慣れました。だから、プレゼントも喜んでいただきます」
「よろしい。これからも沢山祝われなさい」
シャリアは頷き、白ワインをグラスに注ぐ。
いずれ失われるかもしれないからと、充足に対し覚える忌避感に似た恐怖。人知れず抱え続けていたそれをエグザベが飼い馴らしつつあることは、シャリアにとってとても喜ばしいことであった。
「……僕にも、これからも沢山貴方の誕生日を祝わせてください」
ワインの注がれたグラスを手に、エグザベが微笑んだ。
「大事な人からの祝われ方が分かったので、きっと祝い方ももっと上手くなると思います。貴方やコモリさんが言うには、僕はたいへん優秀らしいので」
その言葉が、心の虚ろを優しく撫ぜる。大した価値の無い自分の命でも、この青年のためになっているのだとひどく安心する。
そんなことを言ったら、きっと彼は怒るけれど。
「ええ、楽しみにしています」
二人は向かい合って座り、グラスを掲げる。
そして、各々の未来に向けて声を合わせた。
「君の誕生日に」
「僕と、これから来る貴方の誕生日に」
われるかもしれないからと、充足に対し覚える忌避感に似た恐怖。人知れず抱え続けていたそれをエグザベが飼い馴らしつつあることは、シャリアにとってとても喜ばしいことであった。
「……僕にも、これからも沢山貴方の誕生日を祝わせてください」
ワインの注がれたグラスを手に、エグザベが微笑んだ。
「大事な人からの祝われ方が分かったので、きっと祝い方ももっと上手くなると思います。貴方やコモリさんが言うには、僕はたいへん優秀らしいので」
その言葉が、心の虚ろを優しく撫ぜる。大した価値の無い自分の命でも、この青年のためになっているのだとひどく安心する。
そんなことを言ったら、きっと彼は怒るけれど。
「ええ、楽しみにしています」
二人は向かい合って座り、グラスを掲げる。
そして、各々の未来に向けて声を合わせた。
「君の誕生日に」
「僕と、これから来る貴方の誕生日に」
