サンタクロースは夏にも来る

※時系列は3話後~5話くらい
 
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「エグザべ君の部屋、物少なすぎじゃないですか?」
 ランチタイムを少しすぎたソドンの食堂に人気は少ない。士官向けプレートをつつく副官であるコモリの言葉に、向かいでパイロット用プレートをつついていたシャリアは顔を上げた。
「エグザべ少尉の部屋、ですか?」
「さっき中佐のお遣いで書類渡しに行った時にちらっと見えたんですけど……生活感無さすぎでした。あんな狭い部屋のどこにも私物が見えないことってあります? 中佐も見たことありますよね、エグザべ君の部屋」
「まあ、そうですね」
「ミニマリストなんですかね?」
「さて、どうでしょう。私物が少ない、という意見には賛同しますが」
「寂しくないのかなぁ……」
 彼女の口ぶりは単なる世間話の種のようであったが、本気で気にしていることが伝わってきたので、シャリアは思わず口元を緩めた。
「気になりますか」
「気になるっていうか……あそこを自分の部屋だと思ってないのかなと感じました。ソドンの一員なんですから、もう少し落ち着ける空間にすればいいのに」
「ふむ……」
 こうした時のコモリの直感は割と当たる。
 確かに、エグザべがソドンで与えられた居室を自分の部屋と思っていない可能性はある。グラナダにいるシムス大尉から聞いた話では彼はキシリア親衛隊の次期隊長と目されるパイロットであり、名目としてもジークアクスのパイロットとしてのソドンへの出向。キシリアがシャリア・ブルを監視するために送り込まれたことを考えれば、ソドンで落ち着くのも難しい話ではあるのかもしれない。
 ただ、それだけかと言えばシャリアには引っ掛かるものがあった。
「……案外、それだけでない可能性はありますよ」
「やっぱりミニマリストってことですか」
「そうとも言えるかもしれません」
 これは本人に直接確かめてみても良いかもしれない……シャリアはそんな事を考えながら、プレートに乗ったハンバーグを切り分けて口に運んだ。

 ◆◆◆
 
「で、どうなんですか実際のところ」
「はあ……」
 事を終えた甘く気怠い空気の中で腕枕の主に昼間のコモリとの会話を思い出しながらそう尋ねてみると、エグザべはどこかぼんやりと頷いた。否定とも肯定とも取れない。
(そんなに変かなあ)
 本人は全く気にしたこともないらしかった。
「部屋に置きたい好きな物だとか趣味だとか、そういうものはないんですか」
「うーん……MSのマニュアルを読むのは好きですが、それ以外は好きな物とか特にないですね」
「食べるのは好きでしょ」
「食べるのは基本的に誰だって好きなのでは?」
「ふーむ……」
 シャリアはまじまじとエグザべの瞳を見つめる。エグザべはどうやらシャリアが何を気にしているのか全くピンときていない様子である。
(なんでそんなことが気になるんだろう。それにしてもシャリア中佐は綺麗だなあ、こんな人と恋人なんて幸せだなあ)
 エグザべから伝わる好意がむず痒く、本当になんでこんな純粋な子をスパイとして差し向けたんだと頭を抱えたくなる。エグザべと自分の意識をそこからどうにか逸らそうと質問を重ねた。
「何か欲しい物は、ないんですか」
「欲しい物、ですか……?」
 エグザべはしばし考えてから、陽の光を思わせる笑顔でこう言ってのけた。
「中佐との思い出がたくさん欲しいです!」
「…………」
 そういうことではないのだが、エグザべはどうも心の底からそれを言っているようだった。
「物、と言いましたよ。事、ではなく」
「そうは言われても……」
 エグザべは困ったように眉を下げた。その目がうるうると煌めいている。同時に、エグザベの心がはっきりと見えた。
(だって、思い出はなくならないし……)
 ああ、とシャリアは一つ得心した。
 この子は本当に物に執着がないのだ。
 それも、形あるものはいずれ全て無くなるからという、実体験に基づいた後ろ向きな理由で。
「……なるほどね……」
「? 中佐?」
 思わず独り言が溢れていたようなので、何でもありませんよとエグザべの頭を撫でながら抱き締める。
(さて、どうしてやるのがよいか……)
 その胸の内を悟られぬようにしつつ、シャリアは黙考する。
 仕事の上でも目を掛けているつもりはあったし、この関係になることを受け入れたのはキシリア派の彼の懐に入り込むためだ。
 しかし思いの外、彼に対し個人的に何かしてやりたいという意識が強くなりつつあるのはシャリアにとってそう悪いことでも無い気がしているのだった。

 ◆◆◆

「昨日君から申し出のあったコロニーに降りてのジークアクス捜索ですが、明日から行って構いませんよ」
「ほ、本当ですか!」
 執務室に呼び出したエグザべの背筋が伸びる。
(よかった、許していただけて。頑張らなきゃ……!)
 やる気に溢れた彼の背中を押したいというのは間違いではないが、半分はキシリア派に怪しまれないようにするための放流に近い。相変わらず素直すぎる……とやや呆れつつ、シャリアは執務机の足元から紙袋を引っ張り出した。
「それに関連してこちら、差し上げます」
「え? はい……」
 エグザべがきょとんとしながら紙袋を受け取る。
「先日差し入れた私服、どちらにするかこちらとあれで迷ったんですけどね。どうせならこちらも買ってあげようかなと」
 開けてみてください、とエグザべに手振りで示す。シャリアから何も手を付けていない事を表すため、紙袋のテープや包装紙は店で包んだまま未開封だ。
 エグザべは紙袋から恐る恐る服を引っ張り出す。緑のモッズコートにワイシャツ、ベスト、ネクタイとシャリアが見立てた服をエグザべは目を白黒させながら見ていた。
「君、この前あげた物以外にろくな私服持っていないでしょう。コロニーに降りるんですから、少しくらいはバリエーションを持たせなさい」
「よ、よろしいんですか、こんなにいただいてしまって」
 声が上擦っているエグザべに、シャリアは肩をすくめた。
「大した事ありません、可愛い部下へのプレゼントくらい」
(部下かあ……)
「それとも恋人、の方がいいですか?」
「!」
 少し甘い言葉を掛けてやれば、エグザべの表情がぱっと輝いた。分かりやすくて本当に可愛らしい。
「イズマコロニー……と言うより、サイド6全体に言えることですが、表向きの治安こそ良くともジャンク屋の集まるスラム街の治安は決してよろしくありません、内ポケットの付いたコートを選んでいます。丈夫な製品なので、体型変化でもしない限りは長く着れると思いますよ」
「あ、ありがとうございます!」
 エグザべが新品の服をぎゅっと抱きしめる。
「その……お言葉の通り、私服は全然持っていなかったので、嬉しいです。大事に着ます!」
「喜んでいただけたなら結構。次は何か部屋に置くものをあげましょう」
「部屋に置くもの、ですか?」
 シャリアの言葉をエグザベが不思議そうに復唱した。やはりよく分かっていないのか、と苦笑いしながらシャリアは答える。
「この前話したでしょう、君の部屋の私物が少なすぎる件です。官給品以外にも何か……そうですねえ、ただ部屋の飾りとして、小さなオブジェを一つ置いてみるくらいはしても良いのでは。私があげれば、君も喜んで飾ってくれるでしょ」
「は、はい……!」
 エグザベの頬がほんのりと赤くなった。それを微笑ましく思いながら、シャリアは穏やかに言葉を続ける。
「『自分の物』から少しずつ好きなものや趣味が生まれて、後々部下が出来た時に人間性の深みとして示しが付くわけです。私が君に奢ったウイスキーだって、私が酒好きだから選んだものですからね。焦る必要もありませんが、私が君に贈るものをきっかけにでもそれ以外でも、何か好きなものを見つけてくれれば、年長者として喜ばしいです」
「なる、ほど……」
「あまり難しく考えなくていいんですよ。ゆっくりと、君のペースでね。私からの話は以上です。もう下がって構いませんよ」
 これ以上長くならないようにと話を切り上げると、エグザベは胸の前で服を抱き締めたまま弾かれたように頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます! いずれお返し出来るよう、頑張ります!」
「ふふ、ほどほどにお願いしますね」
 その服、君の月給三ヶ月分あるから無理に頑張られてもちょっと困るんですけどね……とは、意地悪が過ぎるので声に出さない。
 ただ、エグザベの目の輝きはとても眩しく、同時にこの美しい目をした青年が好きな物はないと言い切れてしまえることが少しだけ悲しく思えた。

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