【学パロ】古典的なおまじない

※学パロ(生徒18×司書29)
※学校司書エアプなので細かいところは見逃してください

 ◆◆◆

「そろそろ閉めますよ」
「あ、すみません」
 図書室の一角、自習スペースで最後まで居残っていた生徒に、図書室司書のシャリア・ブルはそう声を掛けた。
 熱心に問題集に向かっていた生徒ははっとして顔を上げ、慌ててノートや参考書を畳み始める。図書館の常連であるその生徒に、多くの生徒からは「なんか暗い」という印象を持たれているシャリアはふっと微笑んだ。
「今日も君が最後でしたね、エグザベ君」
「あはは、すみません……ここが一番集中できるので」
 エグザベが困ったように笑う。三年生であり受験が近いエグザベは、毎日のように閉門時刻ぎりぎりまで図書室の自習スペースで勉強していた。他の多くの生徒のように予備校に通っているわけではないが、彼がいつも持っている赤本はそれなりの難関とされている大学だ。そんな彼が勉学に励む姿を、シャリアは好ましく思っている。
「閉門時刻も近いですから急ぎなさい」
「はい、いつもありがとうございます」
 ばたばたと片付けを終えたエグザベは、きっと教科書や参考書でいっぱいなのであろう鞄を抱えて立ち上がると図書室の出口へ向かった。
「さようなら、シャリア先生!」
「はい、さようなら」
 がばり、と勢いよく礼をするエグザベ。先生と呼ばれてはいるが教師ではないシャリアはそれをむず痒く思いながら、エグザベに手を振る。
 たたた、とエグザベが小走りで薄暗い廊下を去る足音が聞こえなくなるまでシャリアは手を振っていた。図書委員の生徒達は既に帰した後で、残っている生徒がエグザベだけなのは確認した。再度図書室をぐるりと見て回って忘れ物が無いかどうかを確認して、ちょっとした締めの業務を終えたら図書室を施錠して、自分も帰宅するだけだ。
「……おや」
 そして忘れ物はたいてい、日につき一つか二つは見付かるものだが、エグザベが先まで座っていた机の上に長方形の紙が一枚残されてあった。サイズ感を見るに栞だろうか。忘れ物は回収したら忘れ物ボックスに入れておいて、生徒が問い合わせしてきたら確認して渡す決まりになっている。シャリアは何気なくその栞を手に取り、そこに文字が書いてあることに気付いた。
 そして悲しいかなシャリアの特技は速読であり、視界に入った瞬間意識するより先にその文字の内容が頭の中に飛び込んできた。
『合格したらシャリアさんに告白する!!!!』
 力強い文字で書かれたその言葉。
 その意味を認識した瞬間に、頭が真っ白になった。
(これを、エグザベ君が。告白? 私に?)
 彼から見たらずっと年上であろう暗い男に、なぜ彼のような若さ溢れる学生が懸想をするのか……と思いを馳せかけたが、いや待て。
(迂闊すぎるのでは?)
 告白しようとしている相手が働いている場所に毎日遅くまで居座る。
 それはまあ、いい。大人だって恋に狂えば似たようなことをすることもあろう。まして彼は十八の若い盛りだ。
 だが、そこにこの栞を持ち込んで挙句忘れて行くのは、ちょっと迂闊すぎるだろう。
「……っふふ」
 エグザベのそんな過ちがあまりに可愛らしくて、シャリアは栞を手に思わず肩を揺らして笑ってしまった。栞は使っていない透明クリアファイルに挟んで、忘れ物ボックスにそっと入れておく。彼の思いはきっと純粋で、大人が粗雑に扱っていいものではないだろうと思えた。
 そして翌日、一時限目と二時限目の合間の休み時間に図書室が開いてすぐ。
 エグザベが、ひどく焦った様子で図書室に駆け込んできた。
「ああああの、昨日、僕忘れ物を」
「ああ、届いていますよ。これでしょう」
 忘れ物ボックスから取り出した栞をクリアファイルごとエグザベに渡す。真っ青だったエグザベの顔に安堵で血色が戻る。クリアファイルごと栞を受け取ってほっと安堵した様子であったのもつかの間、またさあっとエグザベの顔から血の気が引いた。
「あ、あああの、見ました、か」
 わざわざ聞かなくてもいいことを聞いてしまうエグザベに、この子は社会に出てから苦労するのではと心配になる。
「何の話ですか?」
 素知らぬふりをしてやると、エグザベはぱちぱちと目を瞬かせた。
 こういう時は見て見ぬ振りをしてやるのが大人のルールというものだが、彼にはまだ早かったのかもしれない……と。シャリアは、周りに生徒が誰もいないことを確認してカウンターから立ち上がると、そっとエグザベの耳元で囁いた。
「君が卒業したら、聞きますから。頑張ってくださいね」
「ッッ!!!!」
 びくり、と勢いよくエグザベの肩が跳ねた。
 さっと顔を離してまたカウンターに腰を降ろしてエグザベの顔を見れば、その顔は案の定耳まで真っ赤になっていた。
(ああ、なんて可愛らしいのか)
 教育機関に関わる人間として言語道断の、生徒に対して抱くにはあまりに邪な感情。シャリアはそれにそっと蓋をして、いつものようにうっすらと笑う。
「もうすぐ二時間目が始まる時間でしょう、そろそろ戻りなさい」
 だから待っていますよ、君が卒業するまで。