「決めました、私の家にあなたを監禁します」
「はあ……」
事の始まりは、エグザベが任務中に負った全治ひと月ほどの足指の骨折だった。
松葉杖を突けば歩行出来るもののリハビリが完了するまではモビルスーツに乗れないし、任務にも大いに支障を来たす。
幸いと言うべきか、シャリア・エグザベ・コモリの三人で構成されている女王直属部隊は別隊の態勢も整っていることを理由にしばらく内勤を言い渡されている。
そしてエグザベはこの機会にリハビリ完了まで休職することになったのだが、それを決めた張本人である上官はエグザベを自宅に招いて言い放ったのだった。
君を監禁する、と。
「正直なところ僕は松葉杖さえあれば生活出来るとは言え不自由はあるので、あなたがこの家に住まわせてくださるのは大変有難いのですが」
「それは良かった」
「申し訳ありません、もう一度言っていただけますか。僕に間借りさせると?」
「監禁します」
「ええ……」
せっかくマシな方への修正を試みたのにわざわざ軌道を戻したぞこの人。
素直にドン引きするエグザベに、シャリアは笑みを深めた。その目はちょっと血走っている、ように見える。
「もう我慢なりません。あなたがそうやって意味不明な無茶をして生傷をこさえて帰ってくるのを迎える羽目になる私の身にもなってください。その上とうとう骨をやりましたか。指とは言え骨は骨です。いくら言っても無駄のようなので、完治するまでは私の家にいてもらいます」
「刑事で法廷で裁かれようとしておられる?」
「解放された君がそれを望むなら結構」
ああこれは僕がいくら言っても駄目なやつだ、とエグザベは悟る。
どういうわけかエグザベ・オリベという部下を大事に大事にしたがるこの優しい上官には元からこういう傾向があった。
エグザベを縛りたくないと思っているのにこれ以上危険な目に遭わせたくないから束縛しようとする、相反する二つの思いの間での綱渡り。
どうも今回は束縛の方に振り切ることにしたらしい。
しかしエグザベとしては「監禁」というワードが不穏に過ぎるだけで、シャリアの家に間借りできるメリットが大きいのは事実であった。どうしたって、生活における不自由に手を差し伸べてくれる人がいるのはありがたいのだ。
まあ間借りさせてもらうのは受け入れるとして、と考えるうちに、ふと通院以外で必須の外出予定があることを思い出す。
「僕が月二で通っているカウンセリングについてはどうなさるおつもりですか?」
「車で送迎します」
「監禁って言うんですかそれ……?」
かくして、エグザベ・オリベはシャリア・ブルの家に監禁されることと相成った。
監禁が決まってすぐ、シャリアは車を出してエグザベが自宅の宿舎から荷物を運び出すのも手伝ってくれた。
監禁と言ってもシャリアの自宅(公王庁舎からほど近い高級マンションの一室)の空き部屋にあっという間に運び込まれた新品のベッドにデスクに椅子に棚付きの「監禁部屋」に拘束も一切なく住まわされることになり、当然のように部屋からは出入り自由で、もはや監禁とは何なのか、とエグザベは自分の常識を一度疑うことになった。
その晩はフードデリバリーを呼んで、シャリアおすすめリストランテのピザやパスタを堪能した。入浴を手伝ってもらうのは流石に固辞した。
ベッドに敷かれたマットレスの寝心地は極上で、枕の高さも柔らかさも丁度いい。新品の綺麗なシーツと滑らかながら保温性能抜群の毛布に包まれ、エグザベはそれはそれはぐっすりとよく眠った。
そして翌朝目を覚ました時、エグザベは一つシャリアを試してみることにした。試すというか、答えは分かった上で聞いてみると言うべきか。
「中佐、書店に行きたいのですが送っていただくことは可能ですか」
「ええ、構いませんよ。朝食を食べたら車を出します」
やっぱり監禁なんて言葉ばっかりじゃないか!
エグザベはシャリアの運転する車の後部座席に座りながら、そう突っ込みたいのを堪らえた。
この人は一体何をもって僕を監禁していると言うつもりなのか。
シャリアに連れて来られた大型書店で、エグザベは参考書の棚を眺めながらぼんやり考える。
ひと月勉強すれば取れるような資格でも取ろうかと考えていたが、シャリアの行動があまりに不可解なのでどの資格が良さそうか考えようとしても脳裏にはシャリアの存在が常にちらつく。
シャリアは別のコーナーを見に行ってしまった。
ちゃんと聞くべきだよなあ、と、エグザベは簿記の参考書をなんとなく手に取りながら考える。
簿記の一番簡単な級の参考書と問題集を一冊ずつ買おうと決めた時、ちょうどシャリアが迎えに来た。
◆◆◆
「あなたの身体的不自由にかこつけてその自由を縛っているのですから、それはもう監禁と同じでしょう」
夕食を昨日と同じようにフードデリバリーで済ませた後、食後のワインを傾けながらシャリアは平然とそう言い放った。
この上官の面倒な性格から予想できた屁理屈に、エグザベは顔を顰める。
「ニュータイプの自由を望みながら僕に対してだけは自分の手元に縛っておくことを望みますか。僕が養殖のニュータイプだからですか」
「違います。あなたがフラナガンで受けた実験はあなた自身の価値を損なうものではありません」
「つまりあなたの自傷行為に僕を突き合わせていると?」
口からぽろりとその言葉が出たことに気付き、エグザベは慌てて口を覆った。
しかしシャリアは「ええ」とあっさり頷いた。
「あなたがそれに気付くくらい聡くて良かった」
「……」
エグザベは言葉を失い、まじまじとシャリアを見る。
「人として最悪と罵ってくれて結構。あなたが私の手元にいると実感する時だけ、私の心は満たされる。私以外の誰かに傷を付けられることもなく、汚い連中に利用されることもない。綺麗なままのエグザベ少尉でいてくれる」
「あんたに僕を傷付けるつもりなんておありじゃないでしょうが……」
めんどくさい人だなあ。
読心能力の高いシャリアにそんな心の声が聞こえるのも構うことなく、エグザベは深々と溜息を吐いた。
エグザベはシャリアと違って読心を得意としていないので、シャリアの言葉をそのまま受け取ってやることしか出来ない。けれど、シャリアの言葉が時に裏腹の本心を幾重にも包んでいることを、あの光の奔流の中で知った。知ってしまった。
「僕は実際どう思っていたかに関係なく、自分で決めてやったことに対しては責任を取るべきだという考えです。そのつもりでキシリア様の走狗になることを選んだ責任を取るべくあんたの部隊で平和のため身を粉にして働きました。その上で言いますが、あんたが今やってることは責任を取らせるにもお粗末です。何が監禁だよ……」
「……」
「あなたはただ僕にいなくなってほしくない、エグザベ・オリベに向けた信頼を裏切られたくない……それだけなんでしょう。だから僕から中途半端に自由を奪う振りをするのか。馬鹿にするのもいい加減にしろよ」
シャリアの心に土足で踏み込んでいることも承知で、エグザベはシャリアを睨んだ。
「だったら何で僕のことが好きとか大事とか言ってくれないんだ! 好きでも大事でもない人間にこんなこと出来るほどあんたは酔狂でも無いはずだろ!」
「ッ……」
シャリアの目が見開かれる。
頬を濡れたものが伝い、エグザベは自分が泣いていることに気付いた。どれだけ拭っても、溢れて止まらない。それでもシャリアを真っ直ぐに見据え続ける。
「僕は……僕だってあんたのことが好きだからあんたが監禁とか変なこと言い出しても僕にも都合がいいから結局受け入れてるのに……」
「えぁ……」
間の抜けた声がシャリアの口から漏れた。
「少尉、それは、」
「そうだよ!! なんでっ……一緒に働いてるのにジオン最強のニュータイプが気付いてくれないんですか!! コモリ少尉は気付いてるのに!! 自分に好意がない人間が大人しく監禁されてくれると思ってるならあんたは大馬鹿か僕のことを舐め腐り過ぎだ!! 頭冷やせ!!」
「……」
シャリアは何も言わなかったが、その瞳は確かに揺れていた。
「僕はっ……友達に何も、言ってもらえなかった、し、何もしてやれなかったのに……あんたまで僕に何も言ってくれないんですか」
そこまで言って、もう限界だった。大事なことを一人で抱えたままいなくなった友人と、全てを胸の内に抱えたまま自分を助けるために命を捨てようとしていた目の前の人が重なって、しゃくり上げるのを止められなかった。酒が入ったせいか感情の箍は緩みっぱなしで、エグザベはもう目の前の男に遠慮することもやめてただただ涙を拭いながら泣いた。仕事の後の飲み会でもこんな醜態を晒したことはない。
ふと、背中に何かが触れた。それが人の手であることに気付き、エグザベは涙を拭うのをやめて隣を振り返った。いつの間にか立ち上がっていたシャリアが、身を屈めてエグザベの背中をさすっていた。
(ああ、この人は僕に触れてくれるのか)
そう思うと少しだけ呼吸が楽になって、エグザベは溜めこんだ胸の詰まりを全て吐き出すように息を吐いた。
「あんたのせいですよ……僕だってこんな形で告白したくなかった」
するとシャリアはふっとどこか苦々しく息を吐いた。
「申し訳ありませんでした。そうですね、私もこんな形で君に思いを伝えることになると思いませんでした。私が君をそうした対象として好きだなんて、墓まで持って行こうと思っていたので」
「……僕はいつか伝えるつもりでいましたよ」
「ふふ、若いですね……」
シャリアの言葉の端にほんのりと笑いが混じっているので、エグザベは顔を上げた。シャリアの翡翠の瞳と視線が交わる。シャリアの口元は小さく緩んでいた。
「いいんですか。私、重いですよ。怪我をしたあなたを監禁したいと思う程度には」
「実際にお付き合いする前に知ることが出来たので、良しとします」
「ああ……」
シャリアは小さく呻いてから、顔を覆った。
「その、エグザベ少尉」
「はい」
シャリアは何か言おうとしてから口を閉ざすのを繰り返して、やがて小さな声で言った。
「……好きです。いつまでも家にいて欲しいと思っている程度には」
いつもスマートな思い人の姿に、エグザベは思わず自分も頬が熱くなるのを感じた。それにシャリアの言葉は有難いけれど。
「ありがとうございます、僕もあなたのことが好きです。ですが、怪我が治った後については回答を保留させてください。お付き合いすることになったとしてあなたに甘え続けるのは良くないと思うので」
「くっ……そういうところなんです、悔しいですが……」
「ありがとうございます……?」
いったい何を褒められたのかも貶されたのかも分からない。エグザベが首を傾げていると、シャリアは掌を自分の顔からどけてエグザベを睨んだ。
「君がご婦人方に対して同じ態度を取るようなら今後のために指導していたところですが、私のものになるならもうどうでもいいです。あなたはそのままでいい。あなたはこれから私のもので、私もこれからあなたのものですから」
「は、はあ……」
(なんだか急にぐいぐい来たな)
困惑するエグザベを余所に、シャリアはエグザベの背中から後頭部に手を伸ばした。丸い頭を撫でながら、シャリアは笑みを深めた。
「申し訳ありません、ずっとこうして君の丸い頭を撫でたかったもので。叶ってしまって今大いにテンションが上がっています」
「テンションが……」
(そんなに僕の事が好きだったのか、この人。いや、好きすぎるから監禁に及んだんだろうけど)
もうすぐ二十四になるのに、お付き合いすることになった年上の人からこうして頭を撫でられるとは。気恥ずかしさで頬の熱はどんどん上がっていくが、嫌な気はしなかったので黙ってされるがままとすることにした。
「あの、中佐……いや、シャリア、さん」
「ん、どうしました」
「そちらが満足したら次は僕の晩ですからね」
「……ふふ、構いませんよ。エグザベ君」
シャリアは笑みを含めながらそう言って包み込むようにエグザベの頭を搔き抱き、エグザベはその体温に身を委ねて目を閉じた。
(これが夢でさえなければ、何でもいいや)
こうして奇妙な始まりから、エグザベ・オリベとシャリア・ブルは後に生涯の伴侶となる男と心を交わした。
いずれそうなることは(少なくともエグザベの方は)まだ考えもせず、ただ緩やかな時間を共に過ごしたのだった。
(2026/02/24追記)
↓この話のイメソンと言うかタイトルの元ネタです。
