空閑虎石の出会い捏造。
公式から空閑虎石の出会いの話が出る前に書いたものなので公式とは何もかもが違います。
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小さい頃から愁は、人と喋るのが苦手だった。
頭の中ではいっぱい考えているのに、それを上手く言葉にして口に出すことが出来なかった。愁が何を言うべきか考えている間に、同い年の子供達は愁と会話することを諦めてどこかに行ってしまう。そんなわけで上手いコミュニケーションも取れなかったので幼稚園で友達も出来ず。小学校に上がっても、愁は授業が終わったら真っ直ぐ家に帰って両親に心配されるような生活が続いていた。
しかしそんな生活が2ヶ月ほど続いた頃。
近所に不審者の目撃情報が出た。
「愁、もう先生から聞いたと思うけど、明日からしばらく集団登校と集団下校をするんですって」
「……?」
まだ父親が帰ってきていない夕飯の席で母親にそう言われて、フォークに唐揚げを刺していた愁はきょとんと瞬きをした。
「このあたりに住んでいる子みんなで学校に行って、みんなで帰って来ましょうってこと」
「……」
「愁は明日、八時になったらはくちょう公園に集合してね。そしたら、引率の班長さんの人が待ってるからね」
「……分かった」
集団行動。コミュニケーションを苦手とする愁が特に苦手な事だった。それを学校に着く前からやらないといけない。それを思うと心が塞ぎそうだった。
「大丈夫」
そんな愁の事を一番よく分かっている母親は、それでもにっこり笑う。
「きっと愁なら、大丈夫よ」
「……うん」
きっと大丈夫。今度こそ、きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、愁は大きく口を開けて唐揚げにかぶりついた。
***
「えっと……1年C組の空閑愁君?」
「……」
名前を呼ばれて、こくりと頷く。「いんそつのはんちょうさん」、と母親が言っていた人は、なんだか怖そうな雰囲気の女の人だった。愁の母親とは違って髪を染めて服装もなんだか派手だ。
「それじゃ、もう少し待っててね。後2人来たら出発だから」
「はい……」
返事をするが、喉から出たのはか細くて小さい声だった。これじゃきっと聞こえてない。
周りを見ると、ランドセルを背負った小学生が10人くらいいるものの、知らない顔ばかり。どうやらこの集団下校の班は上級生ばかりのようだった。自分以外の人達は皆楽しそうにお喋りをしている。
愁はいつもの癖で逃げるようにして集団の隅の方へ行き、ぼんやりと空を見上げた。6月の空は今にも雨が降り出しそうな鈍色をしている。
「あ! おまえC組だよな!」
「ひっ……! わ、あっ!」
いきなりすぐ近くで大声を出され、愁はびくりと肩を震わせる。思わず後ずさろうとして足がもつれ、尻もちを突いてしまう。
「こら和泉!」
「いじめたわけじゃねーよ! ごめんな、だいじょうぶか?」
「ふぇ……え?」
「はんちょうさん」の叱るような声、頭上から聞こえる自分と同じくらいの年の男の子の声。何が起きたんだろう、と考える前に影が差して目の前に手が差し出された。急に色々な事が起きて処理し切れず、混乱したまま愁は影と手の主が誰なのかを確認しようと上を見る。
自分と同じくらいの男の子だった。日に焼けた肌に短く黒い髪、大きな灰色の瞳に尻もちを突いた愁が映っている。愁の物とよく似た黒いランドセルを背負っているが、着ているTシャツの柄は愁のに比べて凄く派手だ。
「あ……えっと、」
こういう時何を言えばいいんだろう。自分は尻もちを突いてて、この男の子は自分に手を差し出してて、だったら「ありがとう」だろうか。いや、そもそもは自分が尻もちを突いたから彼は自分に手を差し出しているわけで。愁は口をパクパクさせながら必死で考え、やがて震える声を絞り出した。
「ご、ごめん……」
「? なんであやまんだよ?」
男の子の怪訝そうな表情に、自分は何か悪い事を言ったのだろうかと愁は焦った。心臓がばくばくして、頭の中が真っ白になりそうだ。何か言わなきゃ、何か言わなきゃ、焦ると余計に舌がもつれ声が震える。
「……だ、だって、」
「あやまらなくていーんだよ、だっておれが大声出したからころんだんじゃん」
「でも……」
「あーもう!」
ぐい、と手を引っ張られて無理矢理立ち上がらされる。男の子は愁の服に着いた土埃をぱたぱた払ってくれた。
「気にすんなって! お前、名前なんて言うの?」
「あ……えと、くが、しゅう……」
「そっか! おれ、B組のとらいしいずみ。よろしくな、しゅう!」
そう自分の名前を言って、その男の子はにっこり笑って手を差し出してきた。その笑顔はあまりに眩しくて、曇り空の下で彼の周りだけ陽の光が差しているかのようだった。
***
一年生は一番早く授業が終わる。授業が終わって終礼、掃除をしたらすぐに集団下校だ。愁の班の一年生は自分とあのとらいしいずみ、という男の子だけらしく、「はんちょうさん」に連れられて三人で学校から家がある住宅街まで歩いて行った。そしてようやく分かったのだが、どうやら「はんちょうさん」は彼のお母さんらしかった。
帰り道、「いずみ」と沢山お話をした。というより、一方的にまくしたてられた。名前の漢字が難しくてまだ「石」しか書けないとか、テレビのこのアイドルが可愛いとか、そんなとりとめもない事を沢山沢山、話してくれた。愁はそれを、頷きながら聞いていた。時々質問されては答えるのに難儀したのだが、「いずみ」は愁が話すまで待ってくれた。だからちゃんと会話が続いて、同い年の子とこんなに沢山お喋りをしたのは愁にとって初めてだった。
「じゃーなしゅう! 明日なー!」
「……じゃあね」
近いからと言って家まで送ってくれた「はんちょうさん」と一緒に、「いずみ」は愁の家とは反対方向へ帰って行った。愁は玄関前で控えめに手を振りながら二人を見送る。二人の姿が曲がり角で見えなくなってから、愁は思わず胸に手を当てた。心がぽかぽかして、なんだかとても良い気持ちがする。今までに感じた事のない、不思議な感覚。お父さんやお母さんと一緒にいる時のようで少し違う、そんな感覚。
今度こそ、大丈夫。だった。かもしれない。
「ただいま!」
そう言いながら玄関のドアを開ける声はなんだか弾んでいて、不思議といつもの自分の声ではないように聞こえた。