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雨竜とハチワレぬい

 真夜中にふと目が覚めた時、デフォルメされたつぶらな瞳とぱっちり目が合った。
 今日誕生日なんだってな!ゲーセンで取れたから石田にあげちゃうぜっ!と、賑やかな友人がくれた、青いハチワレ模様の猫のキャラクターのぬいぐるみ。
 貰ったままベッドに置いて、一緒に眠っていたのを霞がかった意識の片隅で思い出す。
 なんでこれを僕に、と聞いてみると、だってこいつなんとなく石田っぽいから石田が持ってると似合うかなって、と答えになっていない答えが返って来たのだ。
 僕はこのぬいぐるみのような笑顔を振り撒けるような人間ではないんだけどな、とは思ったものの、プレゼントをくれた彼の気持ちは嬉しかった。
 後で他の友人が教えてくれたところによると、この猫(?)にはいつも一緒の友達がいて、そしてとても友達思いなのだそうだ。そんな昼間の出来事が、ふわふわと泡のように脳裏に浮かんでは消えていく。
 何とはなしに手を伸ばして、ぬいぐるみの頭を撫でる。短くすこし固い毛並みと綿の詰まった感触が指先を軽く押し返した。
「……君にも、大好きな友達がいるんだな」
 口から滑り出たその言葉に意識を囚われることもなく、またあっさりと意識は深くに沈んでいった。

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以前ツイッターで呟いた「石田雨竜の部屋には啓吾がくれたハチワレのぬいぐるみがある」という妄想を真面目に文字起こししました。

Moment of disappearance

※千年血戦篇アニメ11話Cパートの会話の妄想

◆◆◆

 痩せ細っている、というのが、第一印象であった。
 僅かな灯りのみが道を照らす夜闇に降りしきる雨の中、外套も羽織らずにユーグラムの生まれた頃から千年ほど下った時代の服を着たその男は、憔悴したような目で数メートル先に立つハッシュヴァルトを見ている。
「……もう一度言おう、石田雨竜。陛下はお前を必要としておられる」
 雨音の中でも確かに届くよう、言葉に術式を乗せる。
 彼が今、何を考え何を思っているのかはハッシュヴァルトが考慮するべきことではない。ただ命じられた通りに、この石田雨竜という名の男を帝国へ連れて行くことのみが現在の彼に課せられた使命であり責務であった。
「拒絶する権利はお前にはない。お前に選択肢はなく、全ては陛下がお決めになることだ」
「……何故……」
 初めて石田雨竜が口を開いた。
「何故、父ではなく僕なのですか」
「……」
 雨に打たれ下がった体温故かその声は震えていたが、確かな芯を持っていた。
 己が何者であるか、滅却師の定めとは何か。それらを何も知らされることなく、狭い箱庭の中で育てられた男。真実を知り、雨の中立ち尽くしていた男。だが、決して愚かではない。ハッシュヴァルトは、石田雨竜に対する認識を僅かに引き上げる。
「その問いへの答えを、私は持たない」
「『陛下』のみが、それに答えられると?」
「その問いに答える権利を、私は持たない」
「………」
 石田雨竜は沈黙し、ハッシュヴァルトから視線を逸らすように俯いた。
 ハッシュヴァルトもまた、黙って石田雨竜の返答を待つ。
 しばし、雨音だけが空間を包む。ハッシュヴァルトの外套が雨を吸って重くなり始めた頃、石田雨竜が顔を上げた。 
「……分かりました」
 その言葉と共にひどく静かな瞳が、真っ直ぐにハッシュヴァルトを見た。
「案内してください、陛下の下へ」
 雨音の中、何の術式にも乗せていないはずの声はやけにくっきりとハッシュヴァルトの耳に届く。
 そして一歩、石田雨竜がこちらに向けて足を踏み出した。
 その顔にはあらゆる感情もなく、声に震えはなく。ただ研ぎ澄まされた刃のような、静かで強固な意志だけがあった。
「────」
 あまりに迷いのないその姿に、ハッシュヴァルトは言葉を失いかけた。しかし己を押し殺し、頷く。
「それで良い」
 ──この男に、『陛下に従う』以外の選択肢はない。
 ──だが、本当にそうなのか?
 浮かぶ疑念に蓋をして、すぐ真正面まで近付いてきた石田雨竜を見下ろす。
「これよりお前は、その人生において築いたもの全てと訣別し、陛下の御為に身を捧げることのみが許される」
「構いません」
 用意していた言葉にも、石田雨竜は迷う素振りも見せず首肯してみせた。そして濡れそぼった前髪の向こうから、真っ直ぐにハッシュヴァルトを見る。
 その目に、胸の奥がざわめく。それでもハッシュヴァルトは己を殺す。
「……それでは、お前を『影』に迎え入れよう」
 ハッシュヴァルトは『影』を呼び出す。その刹那に解放される力をこの男の父親に気取られるのに、そう時間は掛からないだろう。だが、初めから盤の外に弾き出されている者に用はない。
 ハッシュヴァルトはこちらに近付くその霊圧を無視し、石田雨竜ごと自身を『影』で覆う。
 その霊圧には石田雨竜も気付いていたであろう。しかし彼は何も言わなかった。
 視界が『影』に鎖され、雨音もその霊圧も感覚から消える。
 この瞬間がこの男にとって、慣れ親しんだ筈の世界との永劫の別れになる──それを指摘したところで、今更この男は自分に付いて来ることをやめはしないだろう。
 奇妙ではあるが、ハッシュヴァルトはただそれだけを確信していた。

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続・竜弦が雨竜に名古屋土産でぴよりん買ってきた話

竜弦が雨竜に名古屋土産でぴよりん買ってくる話」の続きです。

「わあ、ぴよりんだ!」
 箱から覗くひよこ型のケーキに最初に声を上げたのは井上だった。
「本物は初めて見たな、可愛い〜……」
「可愛いな……」
 その可愛らしさに井上と茶渡が夢中で写真を撮る中で黒崎は、どこかむず痒そうな顔をしながらテーブルにカトラリーとコーヒーセットを並べている石田を見た。
「……で、これ買ってきたのがお前の親父さんと」
「……そうだよ」
「………………なるほど」
「な、何だその目は!」
「ぴよりんってすぐに崩れちゃうから、持ち帰るの大変なんだって。だから凄いね、石田くんのお父さん」
「ぴよりんの持ち帰りは箱の形の都合で偶数個が適している……だから四つ買ってきたんだろう」
「井上もチャドも詳しいな……」
 ならば何故「二つ」ではないのか……それは石田以外の三人が思ったことだが、あえては言わない事にした。
 石田は綺麗な白い皿にぴよりんを一つずつ乗せ、四人分のカップにコーヒーを注いでいく。
「……上がっちまって良かったのか?」
 石田の実家に三人が足を踏み入れるのは初めてであった。黒崎に尋ねられた石田は事も無げに答える。
「竜弦に連絡はした、その上で何も言ってこないんだから問題ないさ」
「……ならいいんだけどな」
 黒崎はまだ少し気になっているようであったが、石田は全員分のぴよりんとコーヒーをテーブルに並べ終えた。
「甘そうだからコーヒーにしたんだけど……良かったかな」
「大丈夫だよー」「問題ない」「ありがとな」
 石田は三人の返答に少しホッとしたような顔をしてから席につき、各々がスプーンを手に取る。
「……おいチャド、大丈夫か」
「た、食べられない……」
「本当になんでこんな可愛いもの買ってきたんだあいつ……?」
「いいじゃねーか、せっかく親父さんが買ってきてくれたんだ、食おうぜ」
 躊躇する茶渡と改めて訝しむ石田を促すように黒崎は真っ先にぴよりんの背中側にスプーンを入れた。そしてそのまま口に運ぶ。
「ん、美味いぞこれ」
「……わあ、本当だ! 美味しい〜!」
 織姫も幸せそうにぴよりんを口に運ぶ。
 二人に後押しされるように茶渡もぴよりんに背中側からスプーンを差し、最後に石田もどこか渋々とぴよりんにスプーンを伸ばす。
 まず茶渡が素直な感嘆の声を漏らす。
「厶……美味い」
「でしょ?」
 それから三人は石田の方を見る。石田はぴよりんに小さくスプーンを差し入れ、それを口に運んだ。
 そしてその表情がふわりと解けたのを見て、井上が素早く携帯端末を手に取った。
「石田くん、写真撮るね!」
「?!」
 石田がなにか言う前に井上は素早くシャッターを切り終えていた。
「井上さん?!」
 ぴよりんを飲み込んだ石田が叫ぶが、その時にはその場の全員の端末が震え、あるいは通知音を鳴らし、あるいは通知ライトを光らせていた。
「石田くん、すごくいい顔してたよ」
「だ、だからって……じゃあ君達も撮らないと不公平じゃないか?!」
 そう来るか。
 そう来るか……。
 黒崎と茶渡は、奇しくも内心で全く同じことを呟いた。
「うんうん、だから皆で撮ろう!」
 当然ながら、井上は満面の笑みでそれに応じる。
 しっかりと四人全員収まるように写真を撮り、その写真もグループトークに共有される。
 そうして四人はぴよりん&コーヒータイムに戻るが、雨竜だけはやや恨めしそうに井上を見た。
「……僕の写真をわざわざ上げる必要があったのかい?」
「もし石田くんが良かったらなんだけど、石田くんのお父さんに送ってあげたら喜ぶかなぁって」
「喜ぶかなあ……?」
 石田は訝しむが、黒崎と茶渡は井上に同調する。
「喜ぶだろ」
「喜ぶな……」
「な、なんなんだ君達は……」
 不服であることを隠そうともしない石田だが、その頬はうっすらと赤くなっていた。
 それから四人はぴよりんとコーヒーを伴に常と変わらぬなんてことはない雑談をする。陽が傾き始めた頃には何とはなしに解散する流れとなった。
 そうして三人を玄関で見送り、その背中が見えなくなってから石田はこめかみを押さえて呟いたのだった。 
「写真送ったほうが良いのか……?」

 それから凡そ一時間後。
「院長、本日のカンファについて確認が……」
 空座総合病院の内科部長が院長室に足を踏み入れた時、部屋の主たる院長はじっと携帯端末の画面を凝視していた。
 その様子がどこかただならぬ雰囲気であったので、内科部長は恐る恐る声を掛ける。
「……どうかしましたか、院長?」
「いや……」
 院長・石田竜弦は端末をテーブルに伏せ、僅かに目を細めながら呟いた。
「生きていれば良いことがあるな、と」
「はあ……」

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◆◆◆◆◆

特に知っていてもいなくてもいい裏話:出張先で竜弦にコーヒー受けとしてぴよりんを差し出した剛の者がいたらしい。

【雨竜視点】とある夏の日

 昨晩までの雨なんて降っていなかったかのような顔をした青い空から刺すように降り注ぐ日差しとまとわりつくような熱気に、玄関から一歩足を踏み出すなり顔をしかめる。
 玄関の鍵を閉め、日傘を差して朝八時の住宅街を歩く。目的地のバス停からなるべく早くバスに乗れることを願いながら、少しだけ早足で。
 屋根のないバス停に辿り着くと、バスはすぐにやって来た。冷房の効いた車内はがらんとしていて、後部座席に座ってようやく一息つく。流れる窓の外の景色を見ながら、今年も夏がやって来たのだなと意識の上澄みで考えた。
 目的地の図書館前でバスを降りて、建物内に足を踏み入れた。開館直後の人気の少ない図書館は、エアコンがよく効いて少し寒いくらいだ。立ち並んだ書架にはひとまず目もくれず、自習スペースの方へ足を運ぶ。
 自習スペースは既に埋まりかけており、なんとか一席空いた場所を確保した。
 ノートと問題集をカバンから出し、問題集に取り組みながらふと考える。
 ──そういえば、今年の夏休みは図書館で茶渡くんと井上さんに会ってないな。
 自分と同じように涼を求めた二人の友達と図書館に自然と集まって宿題や読書をして、近くの店で一緒に食事をして……昨年はそれが「夏休み」であった。無論毎日ではなかったが、週に三回はそうしていたような気がする。
 ──二人共、進学はしない予定だと言っていたから、そうなるのか。
 同じ町に住んでいるのだから、今はまだ会おうと思えばいつでも会えるものの。
 ──今年が高校最後の夏休みと考えたら、そんな機会は今しかないのかもしれないのか。
 ──……少し、寂しいな。
 どこか上の空の心で、解いた問題を淡々と答え合わせしていく。正答率は九割、恙無い。
 腕時計を見ると、既に正午を回っている。何か食べに出ようかと荷物をまとめて図書館を出たところ、来た時と比べて日差しが弱い。空を見上げると、あんなに晴れていた空が重たい雲に覆われ始めていることに気付く。
 ──ひと雨来るのかもしれない、洗濯物が心配だから帰ろう。
 思案の結果そんな決定を下して、バス停に足を向けた時。
「よう、石田」
 慣れた霊圧、聞き慣れた声。立ち止まり、道の数メートル先を見る。夏の暑気で少しだけその姿が揺らいで見えるような気がしたが、見間違える筈もない。
 歩きながら、その男に声を掛ける。
「……やあ、黒崎」
 何故ここにいるのか、と聞く必要はない。
 得意でもない霊圧探知でこの場所を探したのだろう。
「なんでここまでわざわざ僕に会いに来たんだ? 僕は今、帰ろうとしているところなんだけど」
 歩みを止めずに問い掛けると、黒崎は当然のように付いてくる。
「午前中は多分スマホ見てないって井上に言われたんだよ、明日の夜暇か?」
 そんなに急を要する用事なのか、と僅かに身構えるが、黒崎は常と変わらず自然体で続ける。
「明日の花火大会、オマエも来るだろ?」
「……」
 ──そんな事を言いにわざわざ会いに来たのか。
「何かと思えば……君も受験生だろう」
「勉強勉強じゃ息が詰まるだろ……って啓吾がうるさいんだよ」
「浅野君は息抜きしすぎだろう……」
 受験生だというのに遊びたがる浅野も、そんな浅野に乗せられてかわざわざここまで誘いに来た黒崎にも。呆れると同時に、肩の力が抜ける。
「分かった、行くよ。どうせ今年で最後なんだ」
「それ啓吾の前で言うなよ、アイツ泣くから」
 彼なら本当に泣きそうではある、そう想像して思わず笑い出してしまいそうになると同時に。
「……僕も彼と似たようなものだよ」
 思わずこぼれたその言葉に、黒崎は「そうか」とだけ呟いた。
 いつの間にかバス停には辿り着いていて、バスが道路の向こうから姿を見せていた。
「じゃ、啓吾達には俺から伝えとく」
 バスに気付いた黒崎はひらりと手を振ると、背を向けて元来たのであろう道を歩いて引き返し始めた。
「あ……黒崎」
「ん?」
 バスが停まる前に思わず呼び止めると、黒崎が振り向いた。
「……また明日!」
 バスのドアが開く寸前で声を張り上げると、黒崎は少しだけ驚いたような顔をしてから唇の端を上げ、
「おう、明日な」
 その言葉を聞き届けて、バスのステップに足を掛ける。
 また明日と言って返ってくる声。こんな何でもないやり取りで何故だか胸の内がむず痒くなるが、それでも奇妙な晴れやかさを覚えた。
 運転手に回数券を渡し、空いている席に腰を下ろす。
 窓の外を見ると、黒崎はのんびりと歩道を歩いていた。
 君も日傘くらい差したらどうなんだと言うべきか、と思いながら窓から見えるよう小さく手を挙げると、気付いた黒崎がこちらに向けてひらりと手を振った。
 バスはすぐに黒崎を追い抜き、黒崎の姿は小さくなっていく。
 ──そう言えば黒崎に最後に会ったのは、一週間前の終業式以来だったか。
 ──明日になれば茶渡くんや井上さんにも会えるだろうか。
 ほんの一週間彼らに会わなかったというだけで寂しいと感じるだなんて、と内心で自分に苦笑しつつ、そんな自分が嫌いではないことにも気付く。
 ──楽しみだな。
 浮つき始めた心はそのままでバスに揺られながら、少しだけ頬を緩めた。
 
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【直央+クラファ】PM6:00

「ごめんね直央、お母さん今日お迎え遅くなりそうで、そっちに着くの九時過ぎになりそうなの。事務所で待てる?」
 電話の向こうの母親は、心の底から申し訳なさそうにそう言った。
「大丈夫だよ、お母さん。心配しないで」
 直央がそう返すと、母親は何度も謝り、プロデューサーさんや大人の人たちと一緒にいてね、と言い残して電話を切った。
 きっと仕事が忙しいのだろう、と直央は納得する。母親は看護師という多忙な職に就いている、こういったことは初めてではない。
 スマートフォンの時計を見ると、夜の六時。母親は七時に迎えに来る予定だった。
 事務所のフリースペースに広げている学校の宿題を眺める。母親を待ちながらやるのが習慣になっている宿題はあと三十分もすれば終わる。今日はプロデューサーや事務員の賢が事務所にいない。突然生まれた二時間をどうしようか、それに夜ご飯は……そう考え始めた時、頭上から声が降り注いだ。
「どうした、岡村」
「あ……鋭心くん。お疲れ様です」
 顔を上げると、鋭心がコートにマフラーの出で立ちで直央が座っていたソファの横に立っていた。
「どうした、一人で。帰らないのか」
「お母さんが迎えに来るのを待っているんです。志狼くんとかのんくんは、もう帰りました」
「そうか……」
「あれ、直央じゃん。お疲れ」
「岡村くん、お疲れ様」
 鋭心の後ろから、すっかり帰り支度を整えた秀と百々人が顔を出す。
「秀くんも百々人くんも、お疲れ様です」
 直央が会釈すると、鋭心は少しだけ考えてからこう言った。
「秀、百々人。岡村はしばらく事務所で母親の迎えを待つらしい。時間的に夕飯もまだだろうし、この後の食事に岡村も誘って構わないか」
「え、そうなの? いいですよ」
「うん、僕も賛成」
「え……ええっ!」
 突然の夕飯への誘いに慌てる直央だったが、鋭心は「どうした」と首を傾げる。
「嫌か、それとももう食べたか」
「いえ、まだです……けど。いいんですか? C.FIRSTの皆さんの中にお邪魔しちゃって……」
「全然、いいに決まってるじゃん」
「一緒に食べよう」
 にこにこと頷く秀と百々人、そして「決まりだな」と頷く鋭心。
 直央は恐縮で小さくなりながらも、恐る恐る自分の宿題を指差した。
「じゃあ、その……こ、この宿題が終わったら、よろしくお願いします……」

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【一心と竜弦】院長室、一人と一人

※藍染による空座町侵攻直前の話

「よお、調子はどうだ?」
 その声は、院長室の入口のドアではなく壁際から聞こえた。
 デスクでノートパソコンと大きなサブディスプレイに向かい合っていた竜弦は、声のする方には顔を向けず指はキーボードから離さず、ただ言葉だけを返す。
「何の用だ」
「様子を見に来た」
「貴様は貴様でやることがある筈だろう、さっさと帰れ」
「つれねえなあ」
 声の主はそうぼやくが気にした風もなく、デスクの方に歩み寄ってきたかと思うと竜弦のノートパソコンとディスプレイを肩越しに覗き込んできた。
 男の体で光が遮られて視界が暗くなるが、退かせるのも面倒なので竜弦は打鍵とマウス操作をやめない。
「……入院中患者のリストか」
「万が一目を覚まされたところで私しか対応出来ん」
「……そうだな、頑張れよ」
「余計な仕事を増やしてくれたものだ……」
『この町にとある悪党の手が迫っています。
 なのでこの町を守るために丸ごと尸魂界に転送します。
 住民の皆さんにはその間眠っていただきますが、強い霊力をお持ちのアナタには全く効かないでしょうから事前にお伝えしておきます。
 アタシ以外にアナタのこと知られるとアナタも何かと面倒でしょうから、なるべく病院から出ないでおいてください☆』
 駄菓子屋店主が隠し倉庫に残して行ったあのふざけたメッセージのことを思うと頭が痛くなる。この病院にどれだけの人間が入院していると思っているのか。
「……何だか知らんが、人間を巻き込むな」
「……ああ、そうだな」
 思わず溢れた独り言に返ってきた相槌がひどく重苦しいものに聞こえたので、竜弦は初めてディスプレイから視線を外して振り向いた。
 黒い着物を身に纏ったその男は、腕組みをして竜弦の背後に立っていた。
 その表情は険しかったが、すぐに取り繕うような笑顔に変わった。
「それ、手伝うか?」
 作り笑顔がひどく癇に障るので竜弦は視線をディスプレイに戻した。
「要らん。貴様は自分の家にいろ」
「……そうかい、ありがとよ」
 礼を言われる覚えはないので無視してパソコンの操作を続ける。
「そんじゃ、俺は帰るわ」
「さっさと帰れ」
「おーおー、それじゃあな」
 男の気配が背後から離れていく。
「黒崎」
 名前を呼ぶと、壁をすり抜けてきたくせに律儀にドアから出ようとしていたらしい男……黒崎一心が振り向く。
 最初に名前を呼んだ時は驚いていた癖に、あれから一週間と経っていないにも関わらず今では驚きもしていない。
 人間的なものか年長ゆえのものか分からないが、その余裕に僅かに苛立ちを覚えながらも、竜弦は言葉を続けた。
「死ぬなよ」
 この頑丈な男が死ぬと本気では思っていない。
 ただ、必要があれば自分の命の優先度を下げることに躊躇いのない男であろうことは分かっている。なのでその言葉を投げ掛けた。大した抑止にもならないだろうが、言わないよりはマシであろうと。
 一心は竜弦の言葉に目を見開いたが、すぐにニヤリと破顔した。先の作り笑いとはまるで違う笑顔だった。
「命は賭ける予定だが死なねえよ。……お前と仲良くしてくれって、真咲に頼まれてるからな」
 思いがけず出てきた従姉妹の名、そして何故自分と『仲良く』することが一心が死なないことに繋がるのか理解できず、思わず眉をひそめる。
「……初耳だが」
「二十年近く俺の名前呼ぼうとしなかった奴にそんなこと言えるわけねえだろ……じゃあな、本当に帰るぞ。そろそろ午後の診療が始まっちまう」
 一心はひらひら手を振って、ドアをすり抜けて院長室から出て行った。
 邪魔をするだけして、一体なんだというのだ。竜弦は一つ溜息を吐いて、仕事を再開した。
 あの男が去り際に見せた無遠慮な笑顔。それを見て少なからず安心している自分に気付いたが、思いの外悪い気はしなかった。

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明らかに何かに憑かれているが全く気付かない眉見鋭心

「そういえばここのスタジオ、出るらしいですよ」
 スタイリストのその何気ない言葉に、眉見鋭心は首を傾げ……ようとしたが、今はヘアセット中であることを思い出して一つ瞬きをする。
「出る、とは?」
「幽霊ですよ。ここのスタジオ、廃病院を改装して作ったスタジオなんですけどね。その頃から出るって噂があるんだそうですよぉ」
 廃病院を改装したスタジオ、という点はどうも確証があるようだが、出るのか出ないのかいつからなのかという部分は伝聞らしい。
 鋭心は「なるほど」と首は動かさずに相槌を打つ。
「ここは元々本物の病院だったんですね。道理で建物の外観が病院のようだなと」
「そう思いました? まあリアルな病院っぽい施設で撮影出来るのがここのウリですからね」
 スタイリストは世間話をしながらもセットの手を止めない。
「と言っても今日は病院セットでの撮影じゃないですけどね……それでもやっぱり元の建物全体が病院だからどこの部屋にも出るときは出るとかなんとか……はい、出来ましたよ」
 メイクとヘアセットを終えた鋭心は椅子から立ち上がる。首筋にふわりと風が触れたような感触を覚えたが、気にも留めなかった。

【WT】荒船隊隊室にて(映画「ミスト」の話)

※「ミスト」の軽いネタバレがある
※ 荒船隊は全員見ている、「ミスト」を
※ オチはない

□□□□□□□□□□

「聞いてくれ、俺は恐ろしいもんを見ちまった」
「急」
「あったのか、何か」
「この前たまたま俺以外全員防衛任務入れない時あっただろ、その時に空き時間使って俺と王子、水上、二宮さん、三雲で『ミスト』を見たんだが」
「何すかその面子」
「王子と水上は分かるがそこに二宮さんと三雲」
「しかも何でその面子でミストを見ようと思ったの?」
「分からないな、チョイスが……」
「王子がそこの棚から最初に抜いたのがミストのDVDだったんだが俺もなんで止めなかったんだろうな……とにかく見たんだ、ミストを。俺以外は全員初見だった」
「メンバーと映画のチョイスの時点で嫌な予感しかしないのよ」
「加賀美の予感は正しいぞ。見てる間全員真顔だった」
「怖っ」
「こう言った非常事態下の措置や対処法についてずっと真顔で話し合ってたな」
「うわダル……まあでもそれくらいはボーダー隊員なら考えるでしょ」
「怪獣映画とか小さい頃みたいに素直に見れなくなったもんねー」
「それはそうだが全員真顔というところだな、一番怖いのは」
「穂刈の言う通りだ、実際映画より怖かったぞ。まあ俺も参加してたけどな」
「ですよね」「それでこそよ荒船君」
「真顔だったのか、荒船も」
「いや俺にはまず『ミスト』を真顔で見るのは無理だ。まあそれはいいんだが……ほら、途中で出てくるだろ。宗教おばさんが」
「いたな、そういえば」
「三門の駅前とかに一時期めっちゃ立ってたタイプっすよね、ああいうの」
「まさしくそれを王子が言い出して……」
「言いそう……」
「二宮さんと三雲も『言われてみれば』と同意してだな」
「真顔で?」
「真顔だ」
「怖いな」
「そしたら水上がふわっと食いついた」
「ふわっと食いつくって何?」
「それほど前のめりでもないが興味はある、みたいな……大阪でもその辺は百パー無縁ってわけじゃないらしいからな。それで俺も含めて三門市の人間達で水上に色々その……話したんだな、一時期の三門市の駅前の話とかを」
「ミストを見ながら『本物』の話をしてる状況怖すぎません?」
「現実が強すぎて霞み始めたな、ミストが……」
「それでだな……だんだんやけに水上の食いつきが良くなってきて……」
「何が触れたんだ、水上の琴線に……」
「そして王子と水上の間の話題が非常事態下の人心掌握術になっていった」
「ッス……」
「半崎くんが引いてるわよ荒船くん?!」
「俺はあった事を話してるだけだぞ?!」
「そっちの二人はともかくどうだったんだ、二宮さんと三雲の方は」
「二人はそっちの方は興味なさそうだったな、まああの状況下における民衆の動き方とかは話してたが……その辺りで思った、見る映画間違えたなと」
「遅いな、気付くのが」
「『キャビン』とか『来る』とかにしとけば良かった」
「なんでチョイスがホラーばっかりなんすか」
「でもその面子で映画鑑賞会をやった荒船君の度胸は評価に値するわ……」
「しかもその後その面子で防衛任務したんすよね……?」
「したぞ。玉狛第2と二宮隊が合流して、俺と王子と水上は三人の臨時部隊で、細井のオペでな」
「防衛任務か……あの結末を見た後に……」
「にしても犬飼くんとか呼べるなら呼べばよかったのに、二宮さんや三雲くんだって内心気まずかったかもよ」
「犬飼と空閑とあの新入りはなんかもっと怖い反応が出て来そうだし辻とちびちゃんに見せるのは普通に良心が咎めるだろうが」
「辻と雨取以外は咎めないのか、良心が……」
「二宮さんと三雲にしても普通に会話には参加してたぞ、まあ三雲は最初こそ『何故自分がここに?』みたいな顔してたがミスト見てる間は真顔だったし二宮さんとの話も弾んでたしな、出水の弟子同士ちょっと仲良くなれたんじゃないか」
「出水くんも自分の弟子がミストを真顔で見ることで仲良くなってるとは思わないと思う」
「いっそ出水にもミスト見せるか……ちょうど射手訓練用メソッドを考えてるところだしな……」
「新手の拷問か?」
「A級1位部隊の隊員にミストを見せながら考え出される射手訓練用メソッドって何よ」
「それなら二宮さんにも聞けば良かったんじゃないすか?」
「そうだよなー、真顔ミスト鑑賞に驚きすぎて忘れてたぜ……」
「……荒船の話を聞いていると見たくなってきたな、ミストを……」
「俺も話しながらちょっと見たくなってきた」
「うわダル……」
「絶対に嫌だからね」

終。

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【WT】香取葉子と隊長会議

 隊長会議。
 会議と言っても連絡事項の共有程度なことがほとんどで、週に一回のB級隊長会議と月に一回の全体隊長会議の二種類がある。
 正直、死ぬほどめんどくさい。
 これアタシが出る必要ある? と思う。
 別に連絡事項の共有とかそんなの支給端末でいいじゃん。というか太刀川さんがしょちゅう出水先輩を代理に立てて会議さぼってるのになんでアタシはダメなわけ? ……ということを華に素直に愚痴ったら、「あれは太刀川さんがA級一位部隊隊長かつ総合一位だから許されている蛮行よ」「でも総合二位の二宮さんと三位の風間さんはちゃんと会議に出ているでしょう、隊長たちに示しを付ける担当はあの人たちであって太刀川さんじゃないから」と淡々と諭された。それはそれでムカつく。なんだこの組織。
 「めんどくさいを連呼しながら毎回会議にちゃんと出てるのは葉子の良いところだと思う」とも言われたので、アタシは今日も仕方なく隊長会議に向かう。
 今日は全体会議の日だから、会議も席が階段状に並んでる一番大きい部屋を使う。あと全体会議の日は、ペットボトルのお茶が出る。B級隊長会議の時も出せっての。
 開始五分前に会議室に入ると、まだちらほら空席はあるがほとんどの人は来ているようだった。
 部屋の入口の近くだと諏訪さんの隣が空いていたので仕方なくそこに座る。諏訪さんは私が座るなり声を掛けて来た。
「おう香取、今日はずいぶん機嫌悪いな」
「は? 何藪から棒に」
「お、そこまで機嫌最悪なわけじゃなさそうだな」
「おっさんしつこ……」
「誰がおっさんだコラまだ二往復しか会話してねーだろうが」
「ふふ。カトリーヌと諏訪さん、今日も仲良しだね」
 諏訪さんを挟んで私の反対側に座っている王子先輩が、当然のように会話に入って来た。この人が急に会話に入って来るのはいつものことなのでアタシも諏訪さんも特に気にしない。
「王子先輩それマジで言ってんの?」
「僕の目にはそう見えるからね」
「おーおー、勝手に言ってろ」
「そう言えば諏訪さん、風間さんや二宮さんがまだ来ていないのが珍しいですが、何かご存じで?」
 言われてみれば、太刀川さんはともかくとして会議にはちゃんと来る人達がまだ来ていない。あと一分で会議が始まる時間なのに。
 諏訪さんはボリボリと頭を掻いて、特に気にした様子もなく答える。
「あ? あー……あいつらな。会議の前にやることあるんだ。でももうすぐ来るぞ」
 その言葉がやけに確信を伴っているものだったので、アタシだけでなく王子先輩も少し怪訝な顔になる。
「諏訪さんなんか知ってるの?」
「何してるのかくらいはな」
「そう言えば木崎さんも来ていないね。太刀川さんがいないのはいつものこととして……」
 その時、入口のドアが開く音がした。アタシ達三人がそちらを見ると入って来たのは、縄か何かでぐるぐるに縛られた太刀川さんを片腕で米俵のように担いだ木崎さんだった。その後ろから風間さんと二宮さんが入室して来る。
「……は?」
 思わず声が上がる。
 異変に気付いた他の隊長達もざわつき始めた。
 正直笑いたいけど笑っていいのかこれ、という空気が会議室内に漂い、一方で加古さん・東さん・冬島さんは事情を知っていたのか戸惑うでもなく普通に笑っている。来馬先輩は苦笑していた。
 そんな空気の中を木崎さんはのしのしと進み、一番前の席に太刀川さんを放り込んで自分はその隣にどすんと腰掛けた。木崎さんとの間に太刀川さんを挟んで風間さんが座り。そして太刀川さんの後ろの席は二宮さん。
「こんなのってねえよ……」
「こんな目に遭いたくなかったら講義に出てレポートを出して隊長会議にもちゃんと出ろ」「嵐山や柿崎にレポートを手伝ってもらおうとするな出水に隊長会議の代返をさせるな」「恥ずかしくないのか人間として」
 太刀川さんはさめざめと泣いていたが、清々しいくらい三方向からボコボコにされていた。
 ここまで同情心が湧かない多対一も無い。
 諏訪さんはニヤニヤ笑いながらペットボトルのお茶を開ける。
「お前ら、あんな大人になるなよ」
「っふふ……ふ、はい、気を付けます」
 王子先輩は必死で爆笑を堪えている風だったが、アタシは笑えなかった。
 太刀川さんのダメダメっぷりを見て思い出されるのは、まず雄太の「太刀川さんっていつもランク戦してるんだけど、いつ大学行ってるんだろうって攻撃手界隈で噂なんだ~」というのほほんとした言葉。隊室に置いてあるアタシが持ち込んだゲームのソフトとハードの数々。そしてちょっと前……いや何年か前だった気もするけど、とにかく麓郎に以前言われた、『お前このままだとただバトルが強いだけのダメ人間になるぞ!』なる言葉。
 忍田本部長が会議室に入って来て、何事もなかったかのように隊長会議が始まる。
 ……せめて隊室のゲームを、全部片付けよう。
 縄でぐるぐる巻きにされたまま最前列で晒し者にされている太刀川さんを見て、アタシはそう心に決めるのだった。

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ワートリの女子だと香取が一番好きです。

【WT】二宮と加古が防衛任務しながら来馬の話をするだけ

「二宮くん、私時々不思議に思うんだけどあなた高校の方に友達いたの?」
「は? 友人くらいいたが」
「そこで喧嘩腰に返して来るから学校に友達いなさそうって印象が真っ先に来るのよね~」
 二宮と加古の会話は暢気なものだが、二人の後ろには蜂の巣になったトリオン兵が積み重なっていた。
 ここは三門市警戒区域内。今日は高校生隊員の多くが二学期の中間試験で防衛任務に参加出来ないため、高校生ではない隊員達による臨時合同部隊が編成されている。そして二宮と加古は二人で警戒区域の南側を担当しているのだった。
 二宮と加古は担当区域を見回りながら、世間話を続ける。
「だって私、あなたが高校の休み時間とかでまともに会話をしてるの、私以外には来馬くんくらいしか見たことないわよ」
「……」
「あ、高校時代に来馬くんしか友達がいなかったっていう話は本当なのね。卒アルも二宮くんの写ってる写真は絶対来馬くんか私が一緒に写ってたものねー」
「……それがどうかしたのか。もう高校生でもあるまいし」
「いいえ~? ただ今の高校生の子達は、同じボーダー同士での友達も多くてちょっと羨ましいなって思っただけよ」
 夕暮れ時の警戒区域内は静かで、二人の話し声と風以外は何も音を立てない。加古は一つ伸びをした。
「ボーダー隊員になっちゃったら、どうしても周りと壁が出来るじゃない。皆勤賞は貰えない、クラスメイトは守る対象、学校行事だって参加は出来るけど緊急招集が掛かれば途中から不参加。その上二宮くんは二宮くんだし」
「おい、最後のはどういう意味だ」
「その点、今の子達は同じ学校に何人もボーダー隊員がいる。それって結構心強いんじゃない?」
 自分の言葉を思い切り無視されて何か言いたげな顔をしながらも、加古の言葉に二宮は渋々頷く。
「……それはあるだろうな。現高二以下は特に人数が多い」
「ま、そう考えたら入隊前からずっと二宮くんが友達認定出来てた来馬くんってやっぱりすごい子なのよね。来馬くんがボーダーに入隊するつもりだって聞いた時、ちょっと納得しちゃったもの」
 その時臨時部隊オペレーターの月見から、トリオン兵反応のアラートが送られて来た。二人は会話を続けながら、アラートの方角に意識を向ける。
「……一つ言わせろ」
「何かしら?」
 モールモッドが地面に腹を擦る音を立てながら道の向こうから迫って来る。
 二宮はメイントリガーでアステロイドを起動し、弾速に振った108分割の弾丸をモールモッドに向けて雨のように発射する。モールモッドが足を止めている隙に加古が宙に躍り出ると、右手のスコーピオンであっさりとモールモッドの首を落としてしまった。
「あの時期の来馬は、誰に対してもそうだった」
「あら。じゃあ来馬くんにとって二宮くんは友達と言えるほど仲良くもなかったってわけ?」
 山と積まれた荷物が崩れるような音を立てながら道路上に転がったモールモッドはもうピクリとも動かない。モールモッドの活動停止を確認した二人は、既にモールモッドを視界から外していた。
「そういうわけではない、中学から高校にかけて四回も同じクラスになっていればあいつにとって俺は友人扱いするに十分だ」
「それを自分で言える自信も凄いわよあなた」
 加古の呆れながらの突っ込みを意に介せず、二宮は周囲を警戒しながらも淡々と自分の話を続ける。
「そしてあの頃のあいつからすれば、あいつの視界に映る人間全てが等しく尊重すべき存在だった。友人であろうとそうでなかろうと同じように扱っていた」
「それは今でも変わってない気がするけど」
「俺にはその程度が度を越して見えたという話だ。少なくとも、ボーダーに入隊して鈴鳴第一に配属されるまではな」
 防衛任務終了まで残り十分を切ったと月見のオペレーションが入る。
 二人は基地の方角へと足を向けた。
「それじゃ二宮くんから見たら、あの頃と今の来馬くんは違うってこと?」
「他人や友人よりも隊員を優先するようになった。人間関係に明確な優先順位を付けられるようになったのは成長と言うべきだろう」
「……そう」
 加古は首を傾げ、横を歩く二宮の愛想のない顔を覗き込んだ。そしてくすくすと笑いながら肩を揺らす。
「二宮くん、来馬くんがボーダーに入るって言い出した時に来馬くんのいないところで心の底から嫌そうな顔してたっていうのにねえ」
「いつの話をしている……」
 二宮が僅かに顔をしかめたのを見て、加古は肩をすくめる。
「それでまた本人のいないところでこういう話をするじゃない。本当にそういうところよあなた」
「何がだ?」
「教えてあげない。それくらい自分で考えなさいな」
 加古はもう一度大きく伸びをした。薄暗くなり始めたかつての住宅街に、影が長く伸びる。二宮は眉間に皺を寄せたが、それ以上何も言わなかった。
 ああそうだ、と加古が声を上げる。
「二宮くん、今日の日替わり定食何か知ってる?」
「……知らん」

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↓以下、会話の流れを考えて書かなかったりした諸々の補足です。ほとんど全部根拠の薄い妄想なので読んでも読まなくてもいいです。

・来馬が同じ高校出身の二宮&加古よりボーダー入隊時期がかなり遅いことを考えると、来馬の入隊は二人の影響があったのでは?という妄想

・二宮と加古の入隊時期はBBFの表から「彼らが十七歳になる年の前半」であると考えられるので高一の三学期~高二の一学期頃

・一方で来馬はボーダーに入る頃には既に大学に上がっていたのでは……?大学一年次前期頃?三門市立大学のトリガー研究室はボーダーに興味のある人をスカウトする窓口でもあるので、研究室経由で入って来た初めての大学生が来馬だったりするのでは(他の現状の大学生正隊員は全員高校以前から入隊してる)

・BBFで来馬と二宮の成績が横並びだったので中高で同じクラスになったこと何回もありそう

・小中高という若い子しかいない極小コミュニティの中で来馬のあの菩薩ぶりはあらゆる人に好かれると同時に一定の距離を置かれていてもおかしくない。その上で来馬は友人にもそうでない相手にも対等に接する。二宮はその頃の来馬のことを知っているので彼が鈴鳴第一の隊長になって隊員達を優先するようになって良かったと思っている

・加古もその時期の来馬のことは知っているが、二宮ほど深刻に捉えてはいなかった。ただ、あの二宮くんと普通に仲良くなれるのは才能なのでは?とは当時から思っていた

・二宮はあの性格なので友達は別にいてもいなくてもいいけど好きな人達のことは大事にする(ただし主な愛情表現が焼肉)人に見えるので来馬がボーダーに入りたいと言い出した時流石に渋い顔はしたんじゃなかろうか

・高校の方に、と加古が言ってるのはボーダーの同年齢組である太刀川・堤は別に普通に二宮の友達だろうと思っているため。

・関係ないけど二宮はあの自己肯定感の高さと高そうな私服と素直な向上心とまあまあ傍若無人な性格から「この人良いとこの家庭で親に可愛がられて甘やかされて育ったんだろうな」と勝手に思ってる

・なおこの話での二宮と加古の会話は全部月見さんに筒抜けだが、二人とも「まあ聞かれても良いか」と思っている

【WT】二宮隊と恐竜チョコの話

 それは、学校の帰りに直接隊室を訪れた辻の言葉から始まった。

「ひゃみさん、犬飼先輩。二宮さんが発掘恐竜チョコを発掘して食べるか発掘せずに食べるか賭けませんか」
「たまに鬼みたいな発想するよね辻ちゃん。俺は発掘しない方に賭けるよ」
 最初に反応したのは、制服を着たまま隊室のテーブルに参考書を広げていた犬飼。次いで、既にトリオン体に換装してオペレーター室でパソコンの前に座っていた氷見が反応する。
「賭けとか良くないよ辻くん。私も発掘しない方で」
「賭けにならない……」
 隊室のテーブル上に、手に持っていた黄色のビニール袋をからちょうど四つの発掘恐竜チョコを出して置いていきながら、辻が呟く。ちなみにビニール袋の中身は発掘恐竜チョコがまだいくつも詰まっている。
 犬飼はそんな辻を見てニヤニヤ笑いながらテーブルに膝をついた。
「え〜何、辻ちゃんもひゃみさんも二宮さんはそんな血も涙もない人だと思ってるわけ?」
「引いた恐竜の確認すらせず丸ごと食べそうな犬飼先輩に言われたくないです」
「辻ちゃん酷い」
「血も涙もあるかないかで言ったらある方ですけど……発掘はしなさそうですよね。どの恐竜かくらいは見ると思いますけど」
 デスクから立ち上がって作戦室の方まで来た氷見の言葉に、辻は「そう」と頷いた。
「二宮さんはあれでコアラのマーチの絵柄を毎回見ながら食べてる。その点犬飼先輩はコアラのマーチを袋から直に流し込むようにして食べる」
「辻ちゃん今日当たり強くない? 俺なんかした?」
「当たりが強いも何も荒船先輩から聞いたことをそのまま話してるだけですが……」
「あいつ辻ちゃんに何話してんの」
「王子先輩も同じようなことを言っていたので、事実だと判断しました」
「犬飼先輩、それはちょっとないです」
「ひゃみちゃんまで……弧月使いのコミュニティ怖ぁ……」
 犬飼はいじけながら発掘恐竜チョコのパッケージを指先でつまんだ。そしてはあ、とため息を一つ吐き出しながら摘まんだチョコのパッケージを揺らす。
「いやでもさ……言うても、結局ただのお菓子じゃん?」
 身も蓋もないその発言に、辻と氷見はじっとりとした目を犬飼に向けた。
「そういうところですよ犬飼先輩……」
「そこで否定しないから荒船先輩や王子先輩から根も葉もある話を流されるのでは……?」
 違う違う、と犬飼は首を横に振る。
「根も葉もあるから否定したところですぐにまた広まるんだなこれが」
「自覚あるんじゃないですか……」
「まあそこまで言われたら今回くらいはちゃんと見るからさ、恐竜」
「『今回くらいは』って……」「やっぱり普段は見ないんだ……」
 好き勝手言っている後輩二名をよそに、犬飼はぺりぺりとパッケージを開ける。そして中から出て来た板状のチョコを見た。茶色のチョコの中に埋まるように、白いチョコで恐竜の骨格が描かれている。
 辻と氷見は肩越しに恐竜チョコを覗き込み、犬飼はその絵柄を見て首を傾げた。
「えーっと……この恐竜は……ティラノサウルス?」
「……トリケラトプスです」

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ワールドトリガーにハマりました。

【ぐだ+ダビデとオベロン】夢を見るもの

※2部6章のネタバレがある
※「夢のおわり」についての自己解釈・妄想を含む
※ダビデの生前に関する自己解釈・妄想を含む

「いやあーっ、よく寝た!」
 レイシフト先から担がれて帰って来て数分後。
 自室のベッドの上で目を覚ましたダビデが思い切り伸びをしながら上げた爽やかな第一声に、ベッド脇に立っていたエミヤはやれやれと首を横に振った。
「あのスキルを使われて目を覚ました第一声がそれとは……恐れ入った」
 ここまで自分を担いで来たエミヤの呆れと感心入り混じる言葉に、ダビデは横になったままけろりとして言った。
「え、だって実際よく寝たよ? うんうん、やるべきことを全力でやった後の眠りってやつは最高に気持ちがいいからね」
「流石は懲りる事を知らないダビデ王と言うべきか……」
 やや呆れの方が比重の高くなった声で言うエミヤだが、ダビデはどこ吹く風と言った風である。
「マスターは?」
「無論帰還しているとも。もうすぐこちらに来るはずだ」
「それじゃマスターが来るまで待つか。いい機会だからオベロン君とも話してみたかったんだけど、ここには来てくれなさそうだしなあ」
「……まあ、そうだろうな」
 ダビデの言葉にエミヤが渋い顔をしながら頷いたところで、部屋のドアが静かに開いた。
「ダビデ、もう起きたー?」
「あ、マスター君。おはよう!」
 ベッドの上に寝たままひらひら手を振るダビデに、藤丸はほっと安心したような顔を見せてベッド脇の椅子に腰を下ろした。
「オベロンのスキルに後遺症が無い事は確認出来てるけど……やっぱり立ち直り早いな、ダビデ」
「うん? あのスキル、後遺症とか懸念されるような物なのかい?」
「え、それはまあ……一応レイシフト前に説明した通りで。戦闘が終わるまで目を覚ませないし、どうも起きた後の感じ方がサーヴァントよって違うみたいで」
「ふうむ……」
 ダビデは先までの戦闘を反芻するように、少し考え込む。一方でエミヤは眉間に少し皺を寄せていた。ダビデが目敏くそれに気付く。
「ああ、そうか。エミヤ君、彼のスキル……『夢のおわり』だっけ、掛かったことあるんだったね。君はどうだった?」
 やっぱり聞いてきた、とエミヤは一つ溜息をついてから、渋々と言った様子で口を開いた。
「……少なくとも私には、あまり気持のいいものではなかったな。強制的に励起される、最大出力の更にその上の状態。だがそれは一瞬のことで、後のことがどれ程気にかかっていても強制的に世界をシャットダウンされ気付けば何もかもが終わっている……ああ、寝起きもなんとも心地悪かったとも。何も感じていない、サーヴァントは夢など見ない筈なのに、特上の悪夢を見せられたような心地だった。私の他に同じような感覚を抱いたサーヴァントは何人かいるようだな」
「特上の悪夢って例えばどんな?」
「貴方は本当にデリカシーというものが無いなダビデ王。シェイクスピアの宝具を食らった時に見せられるやつと言えば伝わるか?」
「ああ、それは確かに最悪かもしれないな……ふむ、どうも個人差があるようだね」
 個人差っていうかこの人がちょっと特殊なだけでは……? 私もその通りだと思うぞマスター……こっそり念で言葉を交わし合う藤丸とエミヤだが、ダビデは意に介さず天井を見つめながら考え続ける。自分の中にある感覚の言語化を試みるかのように。
 藤丸とエミヤはしばしダビデを見守ることにする。
「夢のおわり……末期に見る夢……夢の喪失? そこからの目覚め……」
 ダビデはしばしぶつぶつと何か呟いてから、やがて、「ああそうか」とダビデはぽんと拳を打った。
「分かった。うん、これは多分、僕以外のサーヴァント達に問題があるわけじゃあ決してない。僕の方の問題だと思う」
「ダビデの……?」
「そう。まず僕……というより、生前の『ダビデ』の夢はね、退位した後に自分の牧場を持つことだった。今風に言うセカンドライフってやつを、牧場で羊や牛や馬に囲まれて、心穏やかに過ごしたかった。ところが皆が知るようにそれは叶うことなく、ダビデはソロモンの在位に向けたあらゆる準備を整えてから主の下に召されていった」
 ダビデは目を閉じて、自分の手に胸を当てた。
「さて、そんな『ダビデ』の記憶を持った僕はどうだ。驚いたことに文字通りの第二の人生を、しかも王ではなくただの羊飼いとして得たことで、生前の夢に加えてまた違う夢を持ってしまったのさ。『なんかもう王の責務とかそういうの関係ないんだし、とにかく好きなことをしたい』みたいな、ね」
「なんか、牧場経営に比べてふわっとしてない?」
「あはは、まあそんなものさ。夢というか、ちょっとした希望、みたいなレベルのものだから。ところがこの希望を叶えたくとも一つ問題があって。王の責務からは解放されたが、この僕には、主より任されてしまったことがあったからね」
「……『契約の箱』、その管理者としての責務か」
「エミヤ君、大正解。そう、かの箱の管理はとても大変なことなのさ、本来はね」
 ところが、とダビデは目を見開くと、少し大袈裟に両手を広げてみせた。
「カルデアに押し掛け……じゃない、召喚されてみればどうだ! 契約の箱を無事に安置することが出来る、何かあれば科学技術と魔術の合わせ技でアラートしてくれるから誰かが悪用したり誤って触れたりすることの無いように四六時中気を張る必要もない、つまりは『ダビデ』としては有り得ないほどの自由を手に入れてしまったのさ!」
「……なるほど……」
 その自由なダビデに若干の迷惑を被りがちなエミヤが頭痛を押し殺すような声で呟く。
 エミヤも大変だよね、と藤丸がその背中をぽんぽんと叩くが、ダビデは意に介せず話を続けていく。
「さて、そんなかつてない自由を前にした僕は、君のサーヴァントとして働くのは勿論だが、もうやりたいことをとにかくやってしまおうと思うことにした。これはきっと主が僕に与えてくださった千載一遇の機会に違いないからね! 牧場経営に銀行経営が楽しいのは勿論だけれど、このカルデアにいる限りやることが尽きるなんてことがない。美しいアビシャグ達、稀有な出会い、浪漫溢れる冒険の旅……ああ断言出来るとも、僕はとても幸せな形でマスターと縁を結んでいるとね」
 だけど、と、ダビデはベッドから体を起こして一つ伸びをした。そして、藤丸に正面から目を合わせる。
「僕は所詮『ダビデ』の影でしかない。今このカルデアにいる幸せな時間は、いわば泡沫の夢。いつかは覚めてしまうものなのさ」
「貴方にとっては、自身の認識する現実全ては夢の中だと?」
「そうかもしれないし、そういうことでもないかもしれない。夢を見ている主体がいなければ、夢とは言えないだろう? 僕はその主体を認識出来ないからね。だけどまあ、とりあえず夢なんだと思うことにしてるよ」
「……ダビデにとってはこの現実が、いつかは覚めるものだから。夢が終わっても、『そういうもの』として受け入れられてしまうってこと?」
 藤丸の分析に、「そういうことかな」とダビデは頷く。
「……随分と潔いのだな」  
「そりゃまあ、夢に固執しても仕方ないから。だけど、どうせ夢であるならば、楽しくて幸せな夢にしたい。どうせ終わるなら、悔いのない終わりにしたい。僕はそう思う」
「ダビデが悔いることがあるとしたら、それは何?」
「目の前の、己が成すべきことを成せないこと。それがマスターのためであれば、尚の事。それは夢であろうとなかろうと、変わらないよ」
 元々そういう性質だからさ、とダビデは肩をすくめながら付け加えた。
 そして、世間話をしている時と何ら変わらぬ笑顔で、けろりとしてこう言い放つ。

「うん、だからね。後先を考えなくても良い、ただ自分の全霊を出し切れば良い。そうした末期の夢が、それがマスターのため必要なら、僕は喜んでこの身を差し出すし。それでもし本物の『永遠の眠り』に……消滅したとしても、すっぱり諦めは付くさ」

 その、どこか胡散臭いにも関わらず付き合いが長ければ嫌でも伝わる誠意が十割の言葉に、藤丸とエミヤはしばし呆気に取られる。
 しばしの沈黙の後、藤丸がようやく口を開いた。
「……じゃあもしかして、本当に永遠の眠りに落ちても俺のためだから仕方がない、くらいの気持ちであのスキルに掛かってたってこと……?」
「仕方ない、なんて後ろ向きな感情じゃないよ。だって、これと定めた人のために命を使えるのは、とても幸福なことだろう?」
「前から思ってたけどダビデ、だいぶ生き方が刹那的というか……」
「……いいやマスター。あらゆる戦を勝ち残り約40年に渡り古代イスラエルを統治した王なんだ、そんじゃそこらの刹那的な輩とは格が違う。長期的な資産運用をしながらも必要と判断すれば己の保身を度外視した大博打を打ててしまう」
「ええ〜、サーヴァントなら別に普通じゃないかい?」
「それはそうだが、貴方はその『普通』が度を越えて突き抜けているのではないか? 我らがマスターがそれを望まぬことくらい、よく知っている筈だろう」
 エミヤの言葉にダビデはからからと笑った。
「まあ僕自身には主の加護があるから滅多なことは起きないし、起きたとしても後に残せるものがあるなら、ねえ。勝算のある博打くらいは打つさ」
「ダビデの言う勝算ってそれ勝ち筋しっかり見えてるやつだよな……?」
「それはもう博打とは言わんな……己の保身を度外視出来るのは変わらん分、色々な意味でたちが悪い」
「ほんとだよ……」
 ここに来て明らかになったサーヴァントとしてのダビデの人生観のようなものに、藤丸は溜息を一つ吐き出した。
「ダビデに夢のおわり掛けて本当にいいのかなあ……」
「うん? 僕はこの通り全然平気だよ?」
「本人がこう言っているんだ、目が覚めてからのメンタル不調が無いだけ適性があると思うしかあるまい……」
「そっかあ……そうなのかなあ……」
 藤丸はしばし腕を組んで考え込んでいたが、やがて顔を上げると、ダビデの肩にぽんと手を置いた。
「俺のためだからって自分を粗末にしたら怒るからな、さっきまでの話聞いてたらいつかやらかしそうで怖いから」
 ダビデはその言葉にきょとんとしてしばらく何も言わなかったが、やがてくすりと微笑んだ。
「ありがとう、マスターは優しいね。僕は大丈夫だよ」
 自分の肩の上に乗った手をそっと取って退けながら、ダビデは「ああでも」と付け加えた。
「君やオベロン君がなるべくあのスキルを使いたくないと思っているなら、濫用には要注意だ。まあ君なら大丈夫だと思うけどね」
「うん、分かってる」
「よし、それじゃあいつまでも寝てるわけにはいかない、僕はそろそろ仕事を始めるとするよ」
 ダビデは朗らかにそう言って、ひょいとベッドから下りた。
「君達もずっとここにいるわけにはいかないだろう?」
「そうだな、私は食堂に顔を出すとする。マスターは今日はもうしっかり休みたまえ」
「ありがとう、そうするよ」
 ドアの方に向かう藤丸とエミヤ。ダビデは一つ思い出したのか、「そうだマスター」と藤丸を呼び止めた。
「オベロン君に伝えておいてくれよ、今タマモキャットの協力で開発してるスイカとメロンのアイスがあるんだけど。試作品が出来たら、是非とも彼に試食に来て欲しいんだ」
「今新作開発してるんだ」
「ふむ、最近タマモキャットがアイスの作り方を勉強し直していると思ったらそういうことだったか」
「暦の上ではそろそろ夏だからね、皆美味しいアイスが食べたい頃合いだろう? まあ彼が好きなのは生のフルーツの方なのかもだけど」
「分かった、伝えておくよ。俺にも食べさせてよ!」
「あはは、勿論だとも」
 ダビデは壁のパネルで部屋のドアを開けて、藤丸とエミヤを送り出す。藤丸は手を振って、エミヤは軽く片手を上げて自分の部屋に、もしくは食堂へと向かっていった。
「……さて」
 ドアを開けたままにして藤丸とエミヤを見送ったダビデは、2人の背中が見えなくなってから部屋の隅の観葉植物に目を向ける。
「まだいるかな~? ……いるね」
 大きな葉の伸びた観葉植物の鉢に躊躇いなく両手を突っ込み、ひょい、と、葉の中に埋もれていた重さ6㎏の小さな妖精を、猫を両脇から持つようにして引っ張り出して、軽々と持ち上げた。
 白いマントに身を包んだその妖精は寝起きのようなどこかぼやぼやとした目でダビデを見詰めていた。
 一方でダビデは、先まで彼のマスターやエミヤに向けていたのと同じ人好きのする笑顔を浮かべたまま、言う。
「君、さっきの僕の話全部聞いてたろ」
「……」
 小さなオベロンは何度か瞬きをしたが、何も言わない。しばし、じっとりと大きな目をダビデに向け、やがて勢いよくその小さな足でダビデの手首を蹴り上げた。
「あ痛ァ!?」
 ダビデが手を離した隙に、オベロンは彼がブランカと呼んでいるカイコガの背に飛び乗る。そして、開いたままのドアからあっという間に飛び去ってしまった。
 オベロンとブランカが飛び去るのを見送ったダビデは手首を擦るのをやめて、既に痛みが引き始めている手首を眺めた。
「……ふむ、僕だから大丈夫だったけど。見た目より重いから蹴りの威力もなかなかだったな。ま、初手から距離を詰めすぎるのも良くないか」
 ダビデは肩をすくめてから、わざと開け放しにしていたドアをパネル操作で閉めた。
「僕としては彼のスタンス嫌いじゃないから、是非とも仲良くしたいんだけどなあ」
 呟いて、デスクに向かう。
「彼は、望まぬ役割を押し付けられてしまった者であるマスターの味方だから」
 ワークチェアに腰をおろし、整頓されたデスクの上の小さな本棚から1冊の本を引き出す。藤丸の生まれ育った文化圏で「旧約聖書」と呼ばれるその本をめくり、ある個所で指を止めた。
 サムエル記Ⅰ・16章12節。「ダビデ」が神に王として選ばれた、その一節。
(『ダビデ』だって王になりたかった訳じゃない。王に仕える竪琴弾きになったのも最初は『ダビデ』の意志じゃない。それでも『ダビデ』はその道を行くことを決めた)
 未来の王として見出され、竪琴弾きとして王に仕え、巨人を討った日を境に血に塗れた道を歩き続ける……己の霊基に刻まれた在りし日を思い浮かべながら、羊飼いは一人苦笑いを浮かべた。
(オベロン君は、マスターが自由なき戦いを無理矢理にでも終わらせたいと願ってしまえばきっと力を貸してしまう。僕はその在り方が間違っているとはとてもじゃないけど思えない。それが救いになってしまった人のことも、知っているのだから)
 自分と同じように王に見出されながらも、たった一度の過ちをきっかけにその身に呪いを受け、狂乱の果てに命を落とした先王のことを思い出して、一つだけ小さな溜息をつく。
 かの王はきっと、有り得た自分の姿。
 もしかしたら藤丸にとってのオベロンがそうであるように。
 ただ、かの王とオベロンに違いがあるとしたら、その道を歩き続ける必要が本当にあるのか、と、オベロンは藤丸に問い続けてくれる。彼と似た立場を経験した者として、彼と同じ目線で。
「……うん、やっぱりそういうサーヴァントもマスターには必要だ。僕やエミヤ君みたいな古株は、もうそんなこと言えるような立場でもないくらいには一緒に死線くぐっちゃってるから。言える者が一人くらいはいないと、多分フェアじゃない」
 一緒に戦い続けてきた者からの「もうやめよう」という言葉は、簡単に人の心を折りかねない。であれば、マスターの進む先であれば地獄の果てまでその命を共にすることが、ダビデにとってのマスターに対する誠意であった。
 例え『第二の人生』を謳歌していようと、それが泡沫の夢であろうと、大前提として自分は藤丸のサーヴァントなのだから。
 何度も目を通した手元の本を、文字はほとんど見ずにめくる。そこに綴られているのは一人の羊飼いの少年が王となり、やがて老いて死んでいくまでを語る、どこにでもある英雄譚。ダビデという英霊の基礎となる、およそ3000年に渡り語り継がれた物語。
 やがてダビデは、ページをめくる手を止めた。
「……僕は、懲りずに歩み続けるマスターの尊さを、あいつがマスターに残していったものを、信じている。だから彼のためにこの命を使う。マスターのサーヴァントとして、最後まで歩き続けた『ダビデ』の影として。結局僕がマスターにしてあげられることなんて、それくらいだ」
 列王記Ⅰ・2章10節。ソロモンに遺言を残したダビデが死ぬその一節で、ダビデの人生の物語は終わる。
 でも彼のお陰で気付いたよ、と、その一節を指でなぞりながら、少しだけ目を細める。

「……マスターやあいつの『愛と希望の物語』がいつか誰からも忘れられるかもしれないのはしんどいなって、思ってたけど。忘れられなかったとして、いずれただの物語として消費された上で忘れられるかもしれないっていうのは、確かにちょっとしんどいね」

 僕はそういうの無頓着だからなあ、と。
 3000年に渡り物語られてもなお消費し尽くされることのない羊飼いの英霊はそう呟いたのだった。