小さきものへ(再録)(シュンフェニ)

 それは、フェニックスがシュンのパートナーになってから一週間ほど経ったある日のこと。

その日もシュンはなかなか寝付けない様子だった。
月明かりでぼんやりと白く光る障子を見るに、時間は恐らく彼が寝床についてから二時間以上経っている。ひょっとしたら日付も変わっているかもしれない。
「大丈夫?」
シュンが31回目の寝返りをうったのを見て、フェニックスはシュンにそう声をかけた。
しかしシュンはといえば、
「…………」
フェニックスに背を向けて黙ったまま。
それを見て、フェニックスは心中で嘆息した。
(まだ私と出会って日が浅いんだもの、心を開いてくれないのは仕方ないわよね……)
彼が心を開いてくれるにはまだまだ時間がかかりそうだということを、彼女はここ一週間で実感していた。
彼が現在住んでいる祖父の家にこもりきりだということ。
その原因は、彼の母親な死にあるのだということ。
彼がどれだけ母親を大切に思っていたかということ、それ故の喪失感に彼がひどく苦しんでいるということ……それらが積もり積もって、シュンは今、祖父以外とのコミュニケーションをほとんど受け付けない状態だった。
だとしても、とフェニックスは思う。
(やっぱり、この子の心の支えになりたい)
その思いは、フェニックスがシュンの母親……栞の死のまさにその瞬間まで彼女の傍にいて、母子の絆の強さをよく知っていたから、どうにかしなくてはという義務感から来ているのかもしれない。それはフェニックスも重々承知だった。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
なぜなら、自分がシュンを大切に思う気持ちは本物だという実感が、フェニックスにははっきりとあったから。
今はただ、どうすれば彼と心を通わせるかが課題だった。
(まあ、あまり考えすぎても仕方のないこと)
そう無理に思考を中断させると、フェニックスは小さい体をフワリと浮かび上がらせた。そしてパタパタと翼を動かし、シュンの枕元を回り込むようにして反対側……要するに、今シュンが向いている方向へ移動する。
(この姿にはまだ慣れないわね……)
体の大きさが本来の姿のときよりずっと小さくなっている為、感覚がまるで違う。こうして飛ぶのも実は精一杯で、
ガクン。
「キャッ!?」
空中で、フェニックスは思い切りバランスを崩した。
重心を持ってくる位置を間違えたのか翼の動かし方に問題があったのか、と考えている暇など勿論なく気が付けば床に敷かれた畳が目の前まで迫っていて、
ポトリ、と。
「…………?」
畳の上よりずっと柔らかい感触。
それがシュンの手の上なのだということに気付くのに少しかかった。
(私今、この子の手の上にいる……?)
「助けて……くれたの?」
他に理由なんてないだろうけど、思わずそう聞いていた。
シュンは布団に俯せになり、顔だけ上げた状態でこちらに手を差し延べている。彼は何も言わなかったが、フェニックスは構わず言葉を続ける。
「ありがとう」
するとシュンは目を逸らし、小さくこう言った。
「…………別に」
(会話が成立した……!)
喜びのあまり、無意識のうちにフェニックスは呟いていた。
「……本当に優しい子なのね。栞の言っていた通り」
シュンが驚いた顔をし、フェニックスを手に乗せたままごそごそと体を起こした。
「……母さんの?」
「ええ。あなたのこと、色々話していたわ」
病に侵された体で生前の栞が語ったのは、一貫して息子のこと。どんな食べ物が好きで、どんな遊びが好きで、どんな歌が好きで、どんな友達がいて……そこからは、母が息子に向けるひたすらな愛情が感じられた。
「そう……か」
シュンはそう小さく呟いて俯いてしまった。その瞳は――月明かりのせいかもしれないが――うっすらと濡れているように見えた。
チクリ、とフェニックスの胸が痛む。
こんなとき、自分は何も出来ないのか、と。
(……ああ、そうだ)
いいことを思い付いた。
「シュン、もう夜も遅いわ。そろそろ眠りましょう」
「……ああ……」
シュンはそう言って、フェニックスを畳の上にそっと降ろして布団に入るものの、やはり眠ることはまだ難しそうだ。
フェニックスはそれを見て一度呼吸を整える。そして、
「――――」
小さな小さな声で、しかしシュンには聞こえるように歌い始めた。
「?」
シュンが怪訝そうな顔をする。 それは、大切な者への思いを歌う歌。大切な者が怖い夢を見ることなく、安らかに眠ることを願う、とても優しい歌だった。
やがて、シュンの表情が驚愕に彩られていく。
「――! その歌、」
「あなたが眠れるまで歌っていてあげる」
フェニックスは歌うことを中断し、シュンに語りかけた。
その優しい声で、寂しそうな目をした一人の少年を温かく抱きしめるかのように。
「だからせめて今夜は、安らかに眠ってちょうだい……」
そしてまた、歌い始める。
この歌は、生前に栞が、シュンが幼い頃に子守唄としてよく歌っていたという。「もう忘れているかもしれないけど」、と彼女は言っていたが、そんなことはなかった。
そして彼女は、こうも言っていた。
『もしあの子が眠れないようなら、歌ってあげてみて』と。
(今はこれくらいしか出来ないけれど)
フェニックスは、歌に小さな誓いを込める。
(傍にいよう……シュンが寂しい思いをすることのないよう、ずっと傍に)
それは小さいけれど、とても大きな誓い。そして、とても優しい誓いだった。

歌が終わったとき、部屋には静寂が訪れた。
わずかに開いた襖からは、白い月明かりが漏れている。
その白い光は、月が西に傾くまで、寄り添って眠る二人を照らしていた。

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支部からの再録。
2011年に書いたものです。シュンフェニを感じて当時何度も聞いていた曲がタイトルで分かる……