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となり(再録)(ダンシュン)

 自室の畳の上に布団を敷いていると、後頭部に自分をじろじろ見る視線を感じた。視線が来る方向に目を向けてみれば、座ってこちらを見上げているダンと目が合った。出された布団を敷きもせず畳の上に直に座っている。シュンは思わず小さく溜息を吐く。
「……布団も敷かずに何をやっている?」
「えっ、ああ、シュンの髪伸びたよなって思って」
「……そうか。いいからさっさと布団を敷け」
「おう」
 ダンはそそくさと立ち上がり、布団を敷き始めた。
「髪長いお前って何か懐かしいな。昔ばっさり切ってさ……」
 シュンがダンから視線を外してまた布団を敷き始めると、ダンは楽しそうに昔のことを話し始める。
「あの時オレ達がすっげえびっくりしたの覚えてるか?」
「ああ……」
 何故急に昔の話を始めるのか。何も考えていないようで何か考えているのか、それとも何か考えているようで本当は何も考えていないのか。このところシュンには、幼馴染の行動がさっぱり読めない。
「でもさ、今回は切らねーの?」
「切る必要を感じない」
「暑くねえの……って聞いても無駄か」
「忍びたるもの、」
「常に忍耐、だろ」
「……まあな」
 布団を敷き終わったのでダンを見れば、楽しそうに笑っている。まるで、話すことが楽しくて堪らないとでも言うように。その表情を見ていると、昔の――幼い頃のダンを思い出さずにはいられない。
「シュン、昔よくからかわれてたよな。女みたいだって」
「そんなこともあったな」
「でもさ、喧嘩吹っかけられてもお前全部かわしちゃうんだもんな!」
 ダンはいつの間にか布団を敷く手が止まっている。昔から相も変わらず喋りながら何かをすることが苦手のようだ。
「全く……もういい、俺がやる」
 見るに見かねてダンの手から布団を取り上げれば、
「えっ、いいのか?サンキュー!」
 と悪びれずに礼を言われる。
「いいからそこを退け。普段なら俺はもう寝てる時間なんだ……」
「……オレが泊まりに来てるから『普段』じゃねえだろ、今」
「どこでそんな屁理屈を覚えたんだ……」
 ダンが横に退いたので、ダンの布団を敷く。シーツをぴんと張ると、「すげえ」と感嘆の声を上げられた。
「何でそんな綺麗にシーツ張れるんだよお前……」
「お前とは家事をやる頻度が違う」
「くっ……なんか悔しいぜ……」
「ほら、出来たぞ」
自分の布団から少し間隔を空けた場所にダンの分の敷布団を敷いてシーツを張り、掛布団をその上に乗せ枕を配置すれば、二人分の寝床の完成である。
「サンキュっ」
「俺はもう寝たいんだが……」
「俺はまだ眠くないんだけどなあー」
「ごちゃごちゃ言うな、うるさい」
「むう……」
 ダンが口を尖らせるのもお構いなしにシュンは部屋の隅にある電気のスイッチを切ろうと立ち上がる。ダンはまだ眠くない様だが、シュンはそろそろ眠気を覚え始めていた。壁にかかった時計を見れば夜の十時を過ぎている。普段ならもう部屋の電気を消して眠りにつく時間なのだが、ダンが泊まりに来るとそうもいかない。
「なあシュン」
「何だ」
「髪触っていいか?」
「……」
 何を言い出すんだこいつは。
 そう思いながらダンを見ると、急に慌てたように「ばっ、そんな変な意味じゃねーよ!」と顔を赤くしながら手を振った。
「ただお前の髪って昔からさらさらだしさ……ほら、好奇心っていうか?!」
「男の髪を触りたいと」
「そういうわけじゃなくてー!いやそうなんだけどさー!」
「全く……」
 あまりに唐突過ぎたが、特に断る理由も無いと判断する。
 シュンはダンの目の前に腰を下ろしてあぐらをかく。
「ほら、好きにしろ」
「お、おう……いいのか?」
 ダンは何故か顔が赤い。そのことに何故か苛立ちを覚える。
「触るなら早くしろ」
 早く寝たい、そう言外に込める。
「そ、それじゃあ……」
 ダンが身を乗り出し、おずおずと手を伸ばしてきた。耳にかかる髪に触れたその手は以外にも優しい。
「うわ、ほんとにサラッサラだな……ルノたちが羨ましがるわけだぜ……」
「そうなのか?」
「気付いてなかったのかよお前……」
 髪を一房取ってはさらさらと手の内から逃がし、それを何度も繰り返すダン。その手が耳を掠めて少しこそばゆい。
「聞いて来いってルノに頼まれたんだけどさ、シャンプーとリンス何使ってんだ?」
「お前が風呂場で使ったものだ」
「あっそ……」
 ルノに何て言えばいいんだよ、と言いつつもダンはシュンの髪を撫でる手を止めない。ふと、シュンは気付いた。半袖のTシャツから伸びるダンの腕が、自分の記憶の中のそれと比べて筋肉質になりつつある。
「お前、随分鍛えたな」
「ん、そう見えるか?てか今それを言うのかよ」
「気付かなかった」
 もしかしたら俺の腕より太いんじゃないか、とシュンは自分の腕をそっと上げてダンのそれと見比べる。
「あんまムキムキになりたいってわけじゃないんだけどさ……ま、鍛えとくに越したことはないしな?」
「そうか……」
 昔からシュンの方が痩せていたものの、身長では常に優っていた。これでは並んで立った時に自分の方が小さく見えるのではないか、とシュンは密かに危機感を募らせた。
 それからどれくらいそのままでいたことか。
 ダンは何かに魅入られたようにシュンの髪を撫で続け、シュンはしばらくされるがままにされていた。髪を触らせてほしいと言われた時は流石に驚いたが、幼い頃からの仲なので、特に不快感も無い。気の済むまで触らせてやろうと、シュンは途中から体の力を抜いた。
「なあシュン」
「何だ」
「……やっぱ、お前の髪、綺麗だな」
 いつになく真面目な口調のダンに面食らう。
「……どうした急に」
「……別に、何となく思っただけ」
 そんなやりとりをしている間にもダンはシュンの髪を撫で続ける。
「……なあダン」
 どうしたんだ、少し変だぞ。
 その言葉が口から出る前に、ダンがすっと手を上げた。髪からダンの手が離れる。
「ありがとなっ」
 そう言って笑うダンはいつものダンだ。
「じゃ、もう寝ようぜ。お前どうせ明日の朝も4時には起きるんだろ?」
「あ、ああ……」
 戸惑いは消えぬまま、シュンは部屋の明かりを消すために立ち上がった。壁のスイッチの前に立って首だけダンの方に向けると、ダンはもう布団に包まっている。
 パチン、と電気を消すと、部屋は暗闇に閉ざされる。光源は縁側に接した障子から僅かに透ける月の光だけだ。
 自分も布団に潜り込み、横目で見るともうダンは動かない。眠っているようだ。
 結局あれは何だったのかと思わず考え込みそうになるが、いつまでも気にしていても埒が明かない。シュンは目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整えて眠りについた。

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2015年に書いたもの。
二人の距離感も成長したら変わるようで案外変わらないんだと思います。
四期……四期……

雨色(再録、タイトル変更)(インシュン)

 トツ、トツ、トツ、トトト……サー――――――――…………

 生命の気配が絶えたかのように見える森にも、恵みの雨は降り注ぐ。
 雨が降る中、シュンは外套を頭から被って森の中を疾走していた。一歩を前に出すたびに足元の土が跳ねてズボンが汚れるが、気にも留めない。
 やがて、一本の木の根元に直径2mほどの大きなうろが開いているのを見つけ、シュンは迷わずそこに駆け込んだ。
 うろの中はじっとりと湿っており、纏わり付くような湿気が不快だが、雨に濡れない分まだいい。
「イングラム、もういいぞ」
 若干乱れた呼吸を整えてから、シュンは外套の前を開けてパートナーの名前を呼ぶ。すると、碧色の爆丸がひょいと出てきた。
「突然の雨とは……災難でござったな」
 イングラムがシュンを労わるように言うと、シュンは首を横に振る。
「仕方がないさ……雨がやむのを待とう」
 そして地面に腰掛け、雑嚢から水筒を取り出した。中の水を一口飲んでから、呟く。
「それに、少し疲れた……」
「無理をしすぎでござる。いくらヴェスターの様子を探るとは言え、」
 イングラムが呆れたように言う。
「このところ殆ど寝ておらぬし……それだと、仲間と合流する前に身体を壊すでござるよ」
「……すまない」
 シュンはうろの奥にもたれ掛かり、足を地面に投げ出していた。ここ数日の動き通しに加え、突然の雨。外套を頭から被っていたとは言え、疲労がかなり色濃く滲んでいる。
「少し、眠ったらどうでござるか」
「そうしたいのは山々だが、」
 シュンは雨で額に張り付いた前髪を払いながら、首を横に振った。
「ダン達がこちらに来ている。俺もぐずぐずしてはいられないだろう」
「ならせめて雨がやむまで……」
「やんだらすぐに出発する」
 強情なシュンに、イングラムはムッとして言い募る。
「身体を壊したら元も子もないでござる」
「分かっている。……分かっている、それくらい」
 イングラムは、自分の胸が少し痛くなるのを感じた。
(頑なに仲間を思うことは、悪いことではないのでござるが……)
 このままでは、仲間のために自分の身を犠牲にしかねない。そんな危うさが、今のシュンにはあった。
「シュン、拙者は……」
「?」
「初めてのパートナーに、倒れてまで頑張ってほしくないでござる」
 イングラムの突然の言葉に、シュンは驚いたような顔をしてから、
「……どういう意味だ?」
 と、聞き返す。
「少しばかり、拙者の身の上話のようなものを聞いて欲しいでござる」
「ああ……」
 イングラムは、静かに話し始めた。
「拙者は、かつて次元の境界が割れた折に地球に来た爆丸の一体にござる。尤も、誰かの爆丸となることはなく、誰も知らぬ場所で……人間達が暮らす空間の狭間で、ずっと誰かに出会うのを待っていた。狭いカードの中で、ずっと」
「……そうだったのか」
「ここに帰って来てからも、拙者はずっと憧れていたでござるよ……人の手の温かさ、というものに」
 だから、とイングラムは話し続ける。
「シュンに出会えたとき、パートナーになることが出来たとき、嬉しかったでござる。そして、助けて貰った恩義もある。力及ばぬところ多々あるだろうが、拙者なりにシュンを守ろうと誓ったのでござるよ」
 そこまで言ってから、イングラムは照れくさそうに身体を揺らした。
「……まあ、そういうことにござる」
「……そうか」
 シュンは、息をついて、小さく微笑んだ。
「お前がそこまで言うなら、少し眠るとしよう」
「む、それで良いでござる」
 イングラムが満足そうに頷くと、シュンはうろの壁にもたれ掛かったまま目を閉じ、身体の力を抜いた。そして、そのまま呟くようにこう言う。
「……ああそうだ、お前も寝ろイングラム」
「ぬ?」
「お前もほとんど寝ていないだろう……俺が一切寝ていないのに眠れるような性格ではあるまい」
 イングラムは「図星でござる……」と驚いたように言って、
「やはり、シュンには敵わぬでござるな……」
 と苦笑した。シュンは目を開けると、イングラムに手を差し出した。イングラムは大人しく、その上に飛び乗った。シュンは手を足の上に降ろし、今度こそ目を閉じた。数秒後には、俯いて肩を浅く上下させるのがイングラムには見えた。どうやら、完全に眠ったようだ。
(よほど疲れていたのでござるな……)
(今度からは、なるべく適度に休憩をとらせねば)
 そう心中で呟き、イングラムはかしゃりと自分の身を閉じた。シュンの手のひらは温かい。イングラムには、本人の人となりが体温に現れているように感じた。
 その温もりの中、イングラムもまた、深い眠りに落ちていった。

 二人は、木のうろに差し込む日の光で目を覚ました。
 眩しいので、シュンは手を目の上に翳しながら外の様子を伺う。
 木々の間から覗く空は、雲一つなく青い。しばらく雨が降ることもなさそうだ。
「……よし、行くぞイングラム!」
「御意!」
 二人で一人分の影が、あっという間に森の奥へ消えていく。
 一瞬の疾風が、地面に落ちた葉を巻き上げた。

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リクエストをいただいて書いたもの。
この二人そういうとこあるよな、と再録用に読み返していて思いました。

朝陽の色(再録)(シュンフェニ)

 拙者とシュンが、ブローラーズと合流してからから2、3日経った頃であろうか。
「イングラムはん、ダンはんに嫉妬しとるやろ」
 エルフィンにいきなりそう言われた。
「……嫉妬?」
「そ、嫉妬」
 シュンはその時、トレーラーに付いているシャワー室で水浴びをしていた。なので拙者はトレーラーの居間とも言える部屋で一人待っていたのだが、そこにエルフィンが絡んできたのだ。
「ウチには判るで……イングラムはん。シュンはんとダンはん、幼なじみやってマルチョはん言うとったしなあ。仲良しやしなあ」
「話が読めないのでござるが……」
「そこにいきなり新しいパートナーが割り込むのは難しい話やん。せやから、嫉妬。やきもち、ってゆーてもええけどな」
「嫉妬、でござるか」
「そ」
 それは、今になって思えば拙者の当時の感情を見事に言い当てていた、と言っていい。
 だが、あの時の拙者は今以上に未熟者で。 それ故、こう答えた。
「何を言っているでござるか。拙者はシュンの影、嫉妬などおこがましいにも程があるでござるよ」
 エルフィンは何か言いたそうだったが、やがて肩をすくめた。
「イングラムはんがそれでええんやったら、別にええけど」
 いやはや何とも、こういった点では女子の方が成長が早い。
 拙者がその意味に気が付いたのは、つい昨日だというのに。
 より正確に言うと……嫉妬、という言葉の意味を実感したと言うべきか。
 拙者は完全に失念していたのだ。
 シュンがずっと、”誰を”助けるために戦っていたのかを。
 そして、思い出したのだった。あの時エルフィンとした会話を。

 フェニックスが去った後、しばしシュンは放心状態に陥っていた。
 ダンが察して声をあげてくれなければどうなっていたことか。
 この時拙者はどうすればいいのか判らなかった。何を言ってもおそらくシュンにとって気休めにすらならなかっただろうと気付いてしまったが故に。誰にも立ち入ることは許されないと、そう思ってしまったが故に。
 そして実感した。
 エルフィンが言っていた、嫉妬、という言葉の意味を。
 初めて出会った時よりはずっと、シュンにとっていいパートナーになれたつもりだった。……だが、フェニックスには勝てる気がしなかった。
 あの絆には誰も割って入ることは出来ない……おそらく、あれほどシュンと仲のいいダンでさえも。
 だからこその嫉妬。
 勝てない相手だからこそ相手に羨望の念を抱き、そして嫉妬するという、感情を持つ知的生物のどうしようもない側面。
 シュンから時折、彼女の話は聞いていた。シュンが彼女を助けるために戦っていたということも頭では理解していたはずなのに、心がそれを認めたがらない。
 しかし、解らないことがあった。

 ――拙者は何故、フェニックスやダンに嫉妬しているのだろう?

 解らないままに、朝になる。
 そしてシュンの朝は早い。
 その日は、夜が明ける直前に鍛練を開始した。
「近所の山に鍛練しに行く」
「山、でござるか?」
 自宅から近所の山へひとっ走りし、そこでしばらく運動してから帰宅して朝餉、というのはシュンの毎朝の習慣なのだそうだ。
 今まではただ、ワンダーレボリューションにいたからそれができなかっただけで。
「一緒に来るか?」
「当然でござる」
 シュンの肩に乗ると、豪!と全身を風が叩く。シュンと同じ風を全身に受ける。恥ずかしい話だが、拙者はこの感覚が好きで堪らなかった(シュンにはたまに落下することを心配されるが)。
 パートナーと同じ感覚を共有することの喜び、とでも言えばいいのだろうか。
 無論、身体の大きさが違うのでそんなことは有り得ない。それでも、シュンと同じ風を受けるのは楽しかったし、嬉しかった。
 夜明け前の山中をシュンが疾走する。振り落とされないようしがみついていると、森の木々の隙間から覗く空がいつしか明るくなり始めているのに気付いた。
 そして、さっと目の前が明るくなった。何かと思えば、森を抜けて視界が開けた所に出ていた。
 眼下に広がる、目覚める直前の町。それを黄金色の光で淡く照らし始める、昇りかけの太陽。
「……綺麗でござるな」
 思わずそう呟くと、シュンは「そうだろう」と小さく頷いた。
「小さい頃……今の家に引き取られる前からここは好きな場所だった」
 その横顔を伺うと、シュンは何だか寂し気な顔をしていた。
 恐らく、フェニックスのことを思い出しているのだろう。拙者がここにいるということは、フェニックスもシュンと一緒にここに来たことがあるに違いないだろうから。
「……シュン」
「何だ?」
 一瞬迷ってから、拙者はシュンにこう問い掛けた。
「フェニックスのことを、思い出したのでござるか?」
「…………」
 返ってきたのは、沈黙。そして、その沈黙が答えだった。
「シュン。おこがましいやもしれぬが、聞かせてほしい。本当は……」
 本当はあの時、何が何でもフェニックスを呼び止めて、一緒に地球に帰りたかったのではないのか?
 そう聞くと、シュンは昇りゆく朝日を見つめながら、小さく頷いた。
「では何故あの時、フェニックスを呼び止めなかったのでござるか?」
 大切な相手なら、一緒にいたいだろうに。そう思いつつ更に聞くと、シュンは
「そのことは、俺も一晩中考えていた」
 と前置きしてから、
「多分、それが俺達のためだったからだ」
「……?」
 どういう意味なのか解らず首を傾げると、シュンは苦笑して、
「俺は、誰かに依存しないと生きていけない人間らしいからな」
「依存……?」
「そうだ」
 シュンはどこか遠くを見るような目で続ける。
「誰かが傍にいないと、誰かが心の支えになってくれないと駄目なんだ。それは母さんや、ダンや、フェニックス……それに勿論イングラム。独りになるのが、正直言って怖い。小さい頃からずっと……」
「しかしそれは…… 誰だって抱きうる思いなのでは?」
「ああ、そうだろうな」
 シュンはそう肯定してから、更にこう続けた。
「でも、相手がフェニックスだったからいけなかったとしたら?」
「……どういう意味でござるか」
「そのままの意味だ」
「もしや、違う種族同士だから……と?それはどういう……」
頭では理解していても、拙者の中の何かがその答えを良しとしていない。それが何だというのだと。
少し、身体が震えるのを感じた。
シュンは何を言おうとしている?
「……つまり、俺は本気でフェニックスが好きになってしまった、ということだ。分かるか?それがどういうことか」
「…………」
シュンの表情が、少しだけ歪む。そしてその口から次々と言葉がこぼれる。
「……家族や友人、仲間に対して抱くのとは全く違う感情を、俺はいつしかフェニックスに対し抱いていた。全く違う種族の彼女に対して。それは、本来ならおかしいことのはずなんだ……生物として。決して結ばれることのない相手にそんな感情を抱くのは」
「そして、住む世界の違う人間と爆丸はいつかは別れなければならない、それをフェニックスは分かっていた……だから、フェニックスは、別れざるをえなかったあの時も、少なくとも俺よりは冷静だった……自惚れるつもりはないが、俺と別れるのは辛かったはずなのに」
「あの時俺の世界にはダン達だけじゃない、フェニックスが大きな比重を占めていた。そうやって自分の世界を小さくしていたところがあるからな……それでは駄目だと、フェニックスは俺に教えようとしてくれていた」
「きっとそれが何より俺のためだと、フェニックスは分かっていたんだろうな……だから再会しても、ほんの一瞬。別れを惜しみでもしたら、ますます俺が彼女から離れられなくなるだけだから。……もしくは、俺にこれ以上離別の苦しさを味わってほしくなかったのか」
最後は、消え入るように小さな声だった。「……羨ましいでござるな」
「?」
「フェニックスが、羨ましいでござる」
それ程までにシュンのことを思い思われ、しかし種族の違いという壁に阻まれ、それでもなお互いのことを思う……フェニックスのそんな強さが。二人の強固な絆が、羨ましい。羨ましくも、妬ましい。
「イングラム……」
「っ! す、すまぬ、こんなことを言って……」
こんなことを言ってはシュンを困らせるだけだというのに。拙者が己の迂闊さを呪っていると、「いや」とシュンが首を横に振った。
「すまない、俺もこんな話をして」
そしてシュンは肩の上の拙者を見た。
「それと、」
「?」
「ありがとう。こんな俺の話を聴いてくれて」 そう言って微笑むシュンの顔。それは朝陽を浴びて、いつになく穏やかで晴々としていて。
「お陰で、だいぶ楽になった」
「…………」
拙者は、何も言うことが出来なかった。
こんなにも澄んだ笑顔のシュンを見るのは初めてなのと――無論、自惚れるつもりは微塵もないが――それは恐らくシュンが「大切な者」にしか見せない顔なのだろうと直感的に解ってしまったから、そして何より、

ああ、そうか。

拙者は、シュンのことがこんなにも好きだから、フェニックスやダンに嫉妬しているのか。

 答えに気付いたから……気付いてしまったから、と言うべきかもしれぬが。なぜならそれは、違う種族の相手を好きになってしまった、ということなのだから。
 だとしても、だ。
「シュン」
「何だ?」
「傍にいるでござるよ。拙者に出来る限り」
「……?」
唐突にそう言われてシュンは少し面食らったようだったが、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」

いずれは別れることになると解っていたとしても、せめて今は寄り添っていたい。
そんな分不相応なことを願わずにはいられないほど、その朝陽色の笑顔は眩しかった。

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三期が始まる前に書いたものだったような気がします。
イングラムをシュンさんがそっと支えてるような支え合ってるような関係性が好きです

小さきものへ(再録)(シュンフェニ)

 それは、フェニックスがシュンのパートナーになってから一週間ほど経ったある日のこと。

その日もシュンはなかなか寝付けない様子だった。
月明かりでぼんやりと白く光る障子を見るに、時間は恐らく彼が寝床についてから二時間以上経っている。ひょっとしたら日付も変わっているかもしれない。
「大丈夫?」
シュンが31回目の寝返りをうったのを見て、フェニックスはシュンにそう声をかけた。
しかしシュンはといえば、
「…………」
フェニックスに背を向けて黙ったまま。
それを見て、フェニックスは心中で嘆息した。
(まだ私と出会って日が浅いんだもの、心を開いてくれないのは仕方ないわよね……)
彼が心を開いてくれるにはまだまだ時間がかかりそうだということを、彼女はここ一週間で実感していた。
彼が現在住んでいる祖父の家にこもりきりだということ。
その原因は、彼の母親な死にあるのだということ。
彼がどれだけ母親を大切に思っていたかということ、それ故の喪失感に彼がひどく苦しんでいるということ……それらが積もり積もって、シュンは今、祖父以外とのコミュニケーションをほとんど受け付けない状態だった。
だとしても、とフェニックスは思う。
(やっぱり、この子の心の支えになりたい)
その思いは、フェニックスがシュンの母親……栞の死のまさにその瞬間まで彼女の傍にいて、母子の絆の強さをよく知っていたから、どうにかしなくてはという義務感から来ているのかもしれない。それはフェニックスも重々承知だった。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
なぜなら、自分がシュンを大切に思う気持ちは本物だという実感が、フェニックスにははっきりとあったから。
今はただ、どうすれば彼と心を通わせるかが課題だった。
(まあ、あまり考えすぎても仕方のないこと)
そう無理に思考を中断させると、フェニックスは小さい体をフワリと浮かび上がらせた。そしてパタパタと翼を動かし、シュンの枕元を回り込むようにして反対側……要するに、今シュンが向いている方向へ移動する。
(この姿にはまだ慣れないわね……)
体の大きさが本来の姿のときよりずっと小さくなっている為、感覚がまるで違う。こうして飛ぶのも実は精一杯で、
ガクン。
「キャッ!?」
空中で、フェニックスは思い切りバランスを崩した。
重心を持ってくる位置を間違えたのか翼の動かし方に問題があったのか、と考えている暇など勿論なく気が付けば床に敷かれた畳が目の前まで迫っていて、
ポトリ、と。
「…………?」
畳の上よりずっと柔らかい感触。
それがシュンの手の上なのだということに気付くのに少しかかった。
(私今、この子の手の上にいる……?)
「助けて……くれたの?」
他に理由なんてないだろうけど、思わずそう聞いていた。
シュンは布団に俯せになり、顔だけ上げた状態でこちらに手を差し延べている。彼は何も言わなかったが、フェニックスは構わず言葉を続ける。
「ありがとう」
するとシュンは目を逸らし、小さくこう言った。
「…………別に」
(会話が成立した……!)
喜びのあまり、無意識のうちにフェニックスは呟いていた。
「……本当に優しい子なのね。栞の言っていた通り」
シュンが驚いた顔をし、フェニックスを手に乗せたままごそごそと体を起こした。
「……母さんの?」
「ええ。あなたのこと、色々話していたわ」
病に侵された体で生前の栞が語ったのは、一貫して息子のこと。どんな食べ物が好きで、どんな遊びが好きで、どんな歌が好きで、どんな友達がいて……そこからは、母が息子に向けるひたすらな愛情が感じられた。
「そう……か」
シュンはそう小さく呟いて俯いてしまった。その瞳は――月明かりのせいかもしれないが――うっすらと濡れているように見えた。
チクリ、とフェニックスの胸が痛む。
こんなとき、自分は何も出来ないのか、と。
(……ああ、そうだ)
いいことを思い付いた。
「シュン、もう夜も遅いわ。そろそろ眠りましょう」
「……ああ……」
シュンはそう言って、フェニックスを畳の上にそっと降ろして布団に入るものの、やはり眠ることはまだ難しそうだ。
フェニックスはそれを見て一度呼吸を整える。そして、
「――――」
小さな小さな声で、しかしシュンには聞こえるように歌い始めた。
「?」
シュンが怪訝そうな顔をする。 それは、大切な者への思いを歌う歌。大切な者が怖い夢を見ることなく、安らかに眠ることを願う、とても優しい歌だった。
やがて、シュンの表情が驚愕に彩られていく。
「――! その歌、」
「あなたが眠れるまで歌っていてあげる」
フェニックスは歌うことを中断し、シュンに語りかけた。
その優しい声で、寂しそうな目をした一人の少年を温かく抱きしめるかのように。
「だからせめて今夜は、安らかに眠ってちょうだい……」
そしてまた、歌い始める。
この歌は、生前に栞が、シュンが幼い頃に子守唄としてよく歌っていたという。「もう忘れているかもしれないけど」、と彼女は言っていたが、そんなことはなかった。
そして彼女は、こうも言っていた。
『もしあの子が眠れないようなら、歌ってあげてみて』と。
(今はこれくらいしか出来ないけれど)
フェニックスは、歌に小さな誓いを込める。
(傍にいよう……シュンが寂しい思いをすることのないよう、ずっと傍に)
それは小さいけれど、とても大きな誓い。そして、とても優しい誓いだった。

歌が終わったとき、部屋には静寂が訪れた。
わずかに開いた襖からは、白い月明かりが漏れている。
その白い光は、月が西に傾くまで、寄り添って眠る二人を照らしていた。

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支部からの再録。
2011年に書いたものです。シュンフェニを感じて当時何度も聞いていた曲がタイトルで分かる……