朝陽の色(再録)(シュンフェニ)

 拙者とシュンが、ブローラーズと合流してからから2、3日経った頃であろうか。
「イングラムはん、ダンはんに嫉妬しとるやろ」
 エルフィンにいきなりそう言われた。
「……嫉妬?」
「そ、嫉妬」
 シュンはその時、トレーラーに付いているシャワー室で水浴びをしていた。なので拙者はトレーラーの居間とも言える部屋で一人待っていたのだが、そこにエルフィンが絡んできたのだ。
「ウチには判るで……イングラムはん。シュンはんとダンはん、幼なじみやってマルチョはん言うとったしなあ。仲良しやしなあ」
「話が読めないのでござるが……」
「そこにいきなり新しいパートナーが割り込むのは難しい話やん。せやから、嫉妬。やきもち、ってゆーてもええけどな」
「嫉妬、でござるか」
「そ」
 それは、今になって思えば拙者の当時の感情を見事に言い当てていた、と言っていい。
 だが、あの時の拙者は今以上に未熟者で。 それ故、こう答えた。
「何を言っているでござるか。拙者はシュンの影、嫉妬などおこがましいにも程があるでござるよ」
 エルフィンは何か言いたそうだったが、やがて肩をすくめた。
「イングラムはんがそれでええんやったら、別にええけど」
 いやはや何とも、こういった点では女子の方が成長が早い。
 拙者がその意味に気が付いたのは、つい昨日だというのに。
 より正確に言うと……嫉妬、という言葉の意味を実感したと言うべきか。
 拙者は完全に失念していたのだ。
 シュンがずっと、”誰を”助けるために戦っていたのかを。
 そして、思い出したのだった。あの時エルフィンとした会話を。

 フェニックスが去った後、しばしシュンは放心状態に陥っていた。
 ダンが察して声をあげてくれなければどうなっていたことか。
 この時拙者はどうすればいいのか判らなかった。何を言ってもおそらくシュンにとって気休めにすらならなかっただろうと気付いてしまったが故に。誰にも立ち入ることは許されないと、そう思ってしまったが故に。
 そして実感した。
 エルフィンが言っていた、嫉妬、という言葉の意味を。
 初めて出会った時よりはずっと、シュンにとっていいパートナーになれたつもりだった。……だが、フェニックスには勝てる気がしなかった。
 あの絆には誰も割って入ることは出来ない……おそらく、あれほどシュンと仲のいいダンでさえも。
 だからこその嫉妬。
 勝てない相手だからこそ相手に羨望の念を抱き、そして嫉妬するという、感情を持つ知的生物のどうしようもない側面。
 シュンから時折、彼女の話は聞いていた。シュンが彼女を助けるために戦っていたということも頭では理解していたはずなのに、心がそれを認めたがらない。
 しかし、解らないことがあった。

 ――拙者は何故、フェニックスやダンに嫉妬しているのだろう?

 解らないままに、朝になる。
 そしてシュンの朝は早い。
 その日は、夜が明ける直前に鍛練を開始した。
「近所の山に鍛練しに行く」
「山、でござるか?」
 自宅から近所の山へひとっ走りし、そこでしばらく運動してから帰宅して朝餉、というのはシュンの毎朝の習慣なのだそうだ。
 今まではただ、ワンダーレボリューションにいたからそれができなかっただけで。
「一緒に来るか?」
「当然でござる」
 シュンの肩に乗ると、豪!と全身を風が叩く。シュンと同じ風を全身に受ける。恥ずかしい話だが、拙者はこの感覚が好きで堪らなかった(シュンにはたまに落下することを心配されるが)。
 パートナーと同じ感覚を共有することの喜び、とでも言えばいいのだろうか。
 無論、身体の大きさが違うのでそんなことは有り得ない。それでも、シュンと同じ風を受けるのは楽しかったし、嬉しかった。
 夜明け前の山中をシュンが疾走する。振り落とされないようしがみついていると、森の木々の隙間から覗く空がいつしか明るくなり始めているのに気付いた。
 そして、さっと目の前が明るくなった。何かと思えば、森を抜けて視界が開けた所に出ていた。
 眼下に広がる、目覚める直前の町。それを黄金色の光で淡く照らし始める、昇りかけの太陽。
「……綺麗でござるな」
 思わずそう呟くと、シュンは「そうだろう」と小さく頷いた。
「小さい頃……今の家に引き取られる前からここは好きな場所だった」
 その横顔を伺うと、シュンは何だか寂し気な顔をしていた。
 恐らく、フェニックスのことを思い出しているのだろう。拙者がここにいるということは、フェニックスもシュンと一緒にここに来たことがあるに違いないだろうから。
「……シュン」
「何だ?」
 一瞬迷ってから、拙者はシュンにこう問い掛けた。
「フェニックスのことを、思い出したのでござるか?」
「…………」
 返ってきたのは、沈黙。そして、その沈黙が答えだった。
「シュン。おこがましいやもしれぬが、聞かせてほしい。本当は……」
 本当はあの時、何が何でもフェニックスを呼び止めて、一緒に地球に帰りたかったのではないのか?
 そう聞くと、シュンは昇りゆく朝日を見つめながら、小さく頷いた。
「では何故あの時、フェニックスを呼び止めなかったのでござるか?」
 大切な相手なら、一緒にいたいだろうに。そう思いつつ更に聞くと、シュンは
「そのことは、俺も一晩中考えていた」
 と前置きしてから、
「多分、それが俺達のためだったからだ」
「……?」
 どういう意味なのか解らず首を傾げると、シュンは苦笑して、
「俺は、誰かに依存しないと生きていけない人間らしいからな」
「依存……?」
「そうだ」
 シュンはどこか遠くを見るような目で続ける。
「誰かが傍にいないと、誰かが心の支えになってくれないと駄目なんだ。それは母さんや、ダンや、フェニックス……それに勿論イングラム。独りになるのが、正直言って怖い。小さい頃からずっと……」
「しかしそれは…… 誰だって抱きうる思いなのでは?」
「ああ、そうだろうな」
 シュンはそう肯定してから、更にこう続けた。
「でも、相手がフェニックスだったからいけなかったとしたら?」
「……どういう意味でござるか」
「そのままの意味だ」
「もしや、違う種族同士だから……と?それはどういう……」
頭では理解していても、拙者の中の何かがその答えを良しとしていない。それが何だというのだと。
少し、身体が震えるのを感じた。
シュンは何を言おうとしている?
「……つまり、俺は本気でフェニックスが好きになってしまった、ということだ。分かるか?それがどういうことか」
「…………」
シュンの表情が、少しだけ歪む。そしてその口から次々と言葉がこぼれる。
「……家族や友人、仲間に対して抱くのとは全く違う感情を、俺はいつしかフェニックスに対し抱いていた。全く違う種族の彼女に対して。それは、本来ならおかしいことのはずなんだ……生物として。決して結ばれることのない相手にそんな感情を抱くのは」
「そして、住む世界の違う人間と爆丸はいつかは別れなければならない、それをフェニックスは分かっていた……だから、フェニックスは、別れざるをえなかったあの時も、少なくとも俺よりは冷静だった……自惚れるつもりはないが、俺と別れるのは辛かったはずなのに」
「あの時俺の世界にはダン達だけじゃない、フェニックスが大きな比重を占めていた。そうやって自分の世界を小さくしていたところがあるからな……それでは駄目だと、フェニックスは俺に教えようとしてくれていた」
「きっとそれが何より俺のためだと、フェニックスは分かっていたんだろうな……だから再会しても、ほんの一瞬。別れを惜しみでもしたら、ますます俺が彼女から離れられなくなるだけだから。……もしくは、俺にこれ以上離別の苦しさを味わってほしくなかったのか」
最後は、消え入るように小さな声だった。「……羨ましいでござるな」
「?」
「フェニックスが、羨ましいでござる」
それ程までにシュンのことを思い思われ、しかし種族の違いという壁に阻まれ、それでもなお互いのことを思う……フェニックスのそんな強さが。二人の強固な絆が、羨ましい。羨ましくも、妬ましい。
「イングラム……」
「っ! す、すまぬ、こんなことを言って……」
こんなことを言ってはシュンを困らせるだけだというのに。拙者が己の迂闊さを呪っていると、「いや」とシュンが首を横に振った。
「すまない、俺もこんな話をして」
そしてシュンは肩の上の拙者を見た。
「それと、」
「?」
「ありがとう。こんな俺の話を聴いてくれて」 そう言って微笑むシュンの顔。それは朝陽を浴びて、いつになく穏やかで晴々としていて。
「お陰で、だいぶ楽になった」
「…………」
拙者は、何も言うことが出来なかった。
こんなにも澄んだ笑顔のシュンを見るのは初めてなのと――無論、自惚れるつもりは微塵もないが――それは恐らくシュンが「大切な者」にしか見せない顔なのだろうと直感的に解ってしまったから、そして何より、

ああ、そうか。

拙者は、シュンのことがこんなにも好きだから、フェニックスやダンに嫉妬しているのか。

 答えに気付いたから……気付いてしまったから、と言うべきかもしれぬが。なぜならそれは、違う種族の相手を好きになってしまった、ということなのだから。
 だとしても、だ。
「シュン」
「何だ?」
「傍にいるでござるよ。拙者に出来る限り」
「……?」
唐突にそう言われてシュンは少し面食らったようだったが、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」

いずれは別れることになると解っていたとしても、せめて今は寄り添っていたい。
そんな分不相応なことを願わずにはいられないほど、その朝陽色の笑顔は眩しかった。

[戻る]
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

三期が始まる前に書いたものだったような気がします。
イングラムをシュンさんがそっと支えてるような支え合ってるような関係性が好きです