DWA時空のXメンの話。
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僅かに開いた窓から温かな陽気が学園の生徒達がはしゃぐ声と共に室内にもたらされ、窓から透ける陽光は床に不可思議な模様を描き、ウルヴァリン――ローガンはその柔らかさに春の訪れを思う。
だが、これから長い時間出掛ける以上窓を開けておく意味はない。ローガンは窓を閉じた。陽気は僅かに部屋の中に留まっているが、生徒達のはしゃぎ声はほとんど聞こえなくなる。しかし陽光は相変わらず床に模様を描いている。ローガンは必要最低限の物だけが入ったズタ袋を担ぎ、部屋から廊下に出てドアに鍵をかけ、生徒達が往来する廊下を目的の部屋に向けて歩いて行く。途中すれ違う生徒に「先生おはよう!」などと声を掛けられては「おう」と手を上げつつ、雑ではあるがしっかりと挨拶を返す。
「どうしたローガン、どこかに出掛けるのか?」
途中、向かいから歩いてきたサイクロップス――スコットとすれ違った。その手に分厚いファイルが何冊も抱えられているのを見て、ローガンは立ち止まった。
「お前は休みの日に勉強か?」
「しばらく授業どころではなかったからな、私がいない間の生徒達の様子について知っておく必要があるだろう」
「なるほどな」
「私がいない間、授業を代わりに行ってくれていたようだな。ありがとう」
「全くだ、お前もビーストもいないから俺の受け持ちが倍に増えやがった」
「そのツケをなるべく早く取り戻せるだけ取り戻させてもらうよ」
「せいぜい頑張れよ」
それぞれまた反対の方向へ歩き出す。スコットがどこに向かったのかローガンには分からないが、気にすることも無い。
ローガンが向かうのは、校長室だ。
「入るぞ、プロフェッサー」
ノックをしてから扉を開けると、大きな机の前に座っていたプロフェッサーXがいつものように穏やかな笑顔でローガンを迎えた。
「やあ、ローガン。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「なら話は早いだろ」
ローガンはドアを閉じるとプロフェッサーXの前まで歩いていく。
「いきなりで悪いが、しばらく休暇を貰う。一週間ぐらいな」
「旅にでも出るのかな?」
「日本へ、昔の知り合いに会いに行く」
「そうか」
プロフェッサーXは頷くと、机の引き出しを開けて封書を二通取り出した。
「ならばこれを、君の手から渡して欲しい人物がいる」
手元のハンドルで自身が座る車椅子を操作しながら、プロフェッサーXは机からローガンの前へ回り込んで来た。そして、ローガンに封書を差し出す。
封書は、学園の校章を象ったカシェで封がしてある。ローガンは封筒を裏返して書かれた宛名の名前を見た。
片方には『Mr. Hikaru Akatsuki』、そしてもう片方には『Mr. Nozomu Akatsuki』。
「おいプロフェッサー、こいつぁ……」
「是非とも、頼むよ」
プロフェッサーXは人の好い笑顔を浮かべるのみ。
自分の心を見透かされているのかいないのか、史上最強のテレパスを前にどう判断すべきか迷う。だが考えても無駄だという結論に達し、二通の封書をズタ袋の中になるべく丁寧に入れる。
「わーったよ……。じゃあな教授。俺がいない間の授業はスコットにでもやらせとけ」
「了解したよ。良い旅を」
「おう」
手を振るプロフェッサーXに見送られ、ローガンは校長室を出た。そして校長室のドアを出た直後、
「ウルヴァリン先生っ!」
廊下の向こうから、こちらに向かって走ってくる少女の声。
「……なんだ、ノリコ」
数か月前に学園に入って来た少女……アシダ・ノリコだ。その華奢な体に似合わない厳ついガントレットを両腕に装着している。これは昨日まで付けていなかった物だ。
「ビーストが言ってたそのガントレット、完成したのか」
「あ、はい!ハンク先生のお陰で力の制御もだいぶ楽になりました!」
ノリコはにこにこと屈託のない笑顔を浮かべてはいるものの、つい最近までは放電能力の制御に苦労して電子機器に触ることが一切出来ない状態だったのだ。ビーストがディスクから解放されて良かった、と言葉にも表情にも出さないがしみじみ思う。
「それはともかく!今から日本に行くんですよね?!ボビー先生に聞きました!」
「あの野郎……」
そう言えば昨日夕飯の時にアイスマンことボビーに日本行きの話をしてしまった気がする。なるべく少ない人数にだけ話して旅立つつもりだったのだが、ボビーに話してしまった以上は明日には学園中に知れ渡っているだろう。
「あの、お願いがあって、と、東京ですよね、行くの?あの、関東じゃないところに行くとかだったら断ってもいいんですけど」
「東京にしか行かねえつもりだからさっさと要件言え」
「あ、はい!えっと、これを先輩に渡してほしいんです……!」
ノリコが両手で差し出してきたのは、淡いピンク色の可愛らしい封筒だった。
また手紙か、と声には出さず、ローガンはそれを受け取る。
案の定と言うべきか、そこには『アカツキ・ヒカル様』の文字。
「……わーったよ。ちゃんと預かったからな」
その封筒も、先ほどプロフェッサーXから預かったもの同様になるべく丁寧にズタ袋の中に入れる。
「ありがとうございます!」
それを見たノリコがペコリ、と深々お辞儀をした。
「おいやめろ……」
日本人には慣れているつもりだが、この深々としたお辞儀には未だに慣れない。少々気まずい思いを抱える羽目になる。
「それじゃ、先輩によろしくお願いします!」
「……任せとけ」
そう答えると、「本当にありがとうございました!」と言い残してノリコが走り去って行った。
「ったく……俺はパシリじゃねえんだぞ」
そうぼやきつつ、ローガンはジャケットのポケットに手を突っ込み、その中でバイクの鍵を弄びながらガレージへと歩いて行くのだった。
ドアの向こうが静かになり、プロフェッサーXは思わず笑みを深める。そして、ドアの向こうでローガンと話していた少女のことを思う。
あの少女がこの学園に来ることを決めたのは、自分が説得したからではない。彼女の前に自分の言葉はあまりに無力だった。彼女を動かしたのは、あの少年だった。
アカツキ・ヒカル。ディスク事件の中心人物であり、ディスクを発明したアカツキ・ノゾム博士の息子。そして、突然の能力覚醒と自身がミュータントである現実に絶望しかけていたノリコに希望の光を灯した少年。
『――やあ。久しぶりだね、エリック。少し、話でもしようか』
目を閉じて、どこにいるのかも分からない旧き友に語り掛ける。
『相変わらず趣味の悪いことだ――チャールズ』
そう返した声は、数か月前に聞いたそれに比べるととても不機嫌そうに聞こえる。いつでも遮断できるはずのプロフェッサーX……チャールズのテレパスを遮断することなく、エリックはチャールズの語り掛けに応じる。
『君があの時センチネルを破壊してくれたお陰で私の友人達は救われ、巡り巡って世界は救われた。改めて礼を言うよ、ありがとう』
互いに心の声で対話し、互いの姿など見えない。だがチャールズには、エリックが今どんな表情をしているのか、手に取るように思い描くことが出来た。不機嫌ながらも、決してそれだけではない、深みのある表情。
『私の顔を勝手に想像するのをやめろ――私は若き同朋を救ったまで。あの人間の少年達がどうなろうと知ったことではない』
『だが、君もきっと見ていただろう、エリック。あの少年達のもつ希望の光がヒーロー達に力を与え、世界は人間達の希望の光によって救われたのだ。ノリコもまた、あの少年の光に救われたのだ』
『……何が言いたい』
『人間達は強い光を持っている。我々と同じように。苦難に耐え、成長し、希望を抱き、より良い世界を作ることが出来る』
『……だとしても』
エリックの心の声に、重々しい憎悪が混じる。チャールズが知る、エリックの最も暗く淀んだ感情が、心の声に乗る。
『私は人間の悪しき闇を忘れない。我々は何度もその人間に裏切られ、迫害された』
『時代は変わり、人は成長する。それは我々とて同じ。だからこそ我々ミュータントと人間は共に手を取り合うべきではないか?』
『下らんな』
『……私は信じる。あの少年達の作り出す世界はきっと、より良いものになる。あの少年達を救ったという意味では、君もまた世界を救った遠因になるのだ。そしてこれから、君とて世界の光になることは出来る』
『私に人間にとっての光になれと?』
エリックの冷笑も気にせず、チャールズは目を開き、車椅子を窓辺へと動かす。窓の外には、春の日差しの中で楽しそうに遊んでいる学園の生徒達。ある者は能力を使い、ある者は使わず、思い思いの方法で鬼ごっこやボール遊びに興じている。
『人間にとって、だけではない。ミュータントにとってでもある……君はノリコを救っただろう。全てのミュータントが心地好く暮らせる世界の為に、いずれ君が必要になる。私はそう信じているよ』
『君と私の理想は違う……そう言ったのはお前の筈だ。その理想の世界も、お前と私で違うものを思っている』
『そうだったかな』
『ボケが始まったか、老いたものだなチャールズ』
『ならば、私の言葉も老人の戯言と聞き流してくれまえ。君も私と大して変わらぬ歳の筈だがね』
フン……そう鼻を鳴らすような音を聞いたような気がしたが、その後エリックの声は何も聞こえなくなった。テレパスを遮断するあのヘルメットを被ったのだろう。
「やれやれ、梨の礫だ」
そう口には出してみるものの、不思議と晴れ晴れとした気持ちになる。
世界がこれからどう転んでいくのかは分からない。だが、アベンジャーズに強い力を与え、世界に希望の光を灯したあの少年達が、この世界にはいる。そして彼らに触れた者達が、この学園にはいる。
希望の光は繋がり、連鎖し、伝わり、広がっていくのだろう。それがどのような形になっていくかは分からない。だがいつかは、その希望の光は、人間とミュータントが垣根をなくし、共に手を取り合い、その先に作るより良い世界に繋がっていくのだろう。
私もエリックも、その時まで、生きていたいものだ……そう思いながら、プロフェッサーXは、窓の向こうの若きミュータント達を眺めるのだった。
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Xメン映画完走(2015年4月当時)後に書いたので影響が露骨に出てますがお気に入りです。